第8話 そうだ、冒険者になろう
「お久しぶりですね、エリーナ」
「こっちに寄るのは三ヶ月ぶりくらいよね。久しぶり、ルル」
付泡都市ハイドロキサ、その都市層の中心部近く。冒険者組合連合の組合所ハイドロキサ支所はそこにあった。そしてその中の一角、受付カウンターで繰り広げられているのが上の会話だ。エリィと受付カウンターの中にいる彼女は、既知の仲であるがゆえに談笑しているというわけだった。そんな話し込んでいるエリィを見てカルラが後ろから近づいてきた。
「知り合いか?」
「そうよ、学校の同期」
「どうも、こんにちは。エリーナの同期のルールニア・エティアスです」
「おう。俺は『喰龍』カルラ・ジクブリード。今は、コイツと旅してる仲間だ」
カルラがそう言うと、ルールニア……ルルが、目を細めた。まるで、怨敵を見つけたときのような、視線の鋭さだった。訝しげな視線レベル100といった雰囲気の、ソレである。
「……エリーナ、変なことされてないですか?催眠とか……あるいは、弱みを握られてるとか」
「されてるわけないでしょう」
「でもこんな変な人と旅するなんて、相当なことがないとありえないですよ」
「誰が相当なことがなきゃついて行きたくない変人だ」
「いや、カルラが変人なのは認めるけど……ついていってるのは私の意志よ」
「!……可哀想に、そこまで洗脳されてるなんて」
ヨヨヨ、と泣き真似をするルルに、エリィは極寒の視線を浴びせる。コイツはこういうノリなのだ。いつまでも生産性の無い話をしてしまいそうなので、早速本題を切り出す。
「今日来たのは───」
「その人の冒険者登録、でしょう?」
「よく分かったな」
ルルが今日来た目的をピタリと言い当てると、カルラは驚きで目を見開いた。ルルは得意げに胸を張って、指を立てる。
「これでも多くの冒険者志望を見てきましたからね。人の目利きには自信があるんですよ」
「なるほど。じゃあ、登録を頼めるか」
「はい、エリーナ……冒険者の方からの紹介なので、信用認証が不必要になりますね。登録料はお持ちですか?」
「ん、登録料……」
エリィを見ないでくれ。その態度からするとエリィから金たかってるヒモみたいじゃねーか。いやでもさっきソーセージ奢ったな。じゃあヒモか。
「はぁ、貴方龍の素材持ってるでしょ?それ換金なさい」
「あれ、登録しなくても換金はできんの?」
「そうですね。それは誰でもできますが……竜の素材だと足りないかもしれないですよ。登録料は講習料も含まれているので、少し高いんですけど」
……なるほど、ルルが心配しているのはそこか。だがそれは杞憂でしかない。ルルがしている勘違いを、エリィは訂正する。
「ルル、違うわ。ソイツが持ってるの竜じゃなくて龍よ」
「え、龍?まさかそんな……冒険者でもない旅人が龍を狩れるわけないじゃないですか。それにこんな変人ですよ?」
「変人と強さ関係ないだろうが……ほらこれ」
カルラが背負っている背嚢から龍核を1つ取り出して、軽く放り投げる。完全に龍気が抜けきった安全なものとはいえ、龍核をそんな乱暴に扱わないで欲しいものだ。龍核をキャッチしたルルは、目を見張る。それが、紛れもない本物の龍核であることを手に持って確信したのだろう。
「ほ、本当に龍核だ……」
「だから言ったじゃない。書類持ってきてちょうだい、代筆するから」
「わわ、わっかりましたぁ〜!!」
再三だがルルはこういう思い込みのある奴である。もう学生の頃からの付き合いなので流すことにエリィは慣れている。パタパタと走り去るルルの後ろ姿にため息を放り投げた。
「仲良いんだな」
「まぁね、科は違ったけどよく放課後に遊んでたのよ。そのまま卒業してもちょくちょく会ってたんだけど……最近は冒険者稼業が忙しかったから会えてなかったのよ」
「逢瀬の邪魔だったか。そりゃ悪かった」
「別にいいわよ、貴方が居なきゃそもそもこっち来ることもしばらくなさそうだったし」
「お待たせしました」
ルルが戻ってきた。しっかりその手には書類とペンが握られている。それをカウンターの上に置いてきたので、エリィはとっとと書き始めた。
「カルラ、魔法なんだっけ」
「【加速】な」
「OK、書いたわよ。じゃああとは血判だけね」
「……前々から思ってたんだが、エリィってこういうの書くの速いよな」
「必要なことを所定の場所に書くだけだし、逆に遅くなる理由がわからないわ」
事務作業は手馴れている。冒険者で様々な街に行っているが故に、こういうこともよくやるからだ。手早く書き終えたエリィにカルラは驚きながら、言われた通り血判を押し付ける。これでこの申請書類は法的な効力を生じて、冒険者としての権限がカルラに与えられる。
「では、指輪を作ってきますので、少々お待ちを」
「指輪ってエリィが着けてるそれだよな。冒険者の証明かなんかか?」
「そうですね。これを見せるだけで身分証明ができる他、指輪の真ん中に嵌っている魔晶石の色で実力を示してるんです」
ルルはどこからかマニュアルじみた紙を取り出す。曰く、黒がE級。紫がD級。青がC級。緑がB級。黄色がA級。赤がS級だ。まぁ赤は滅多に見ない。なぜならS級は今現在11人しかおらず、過去に遡っても30人前後しかいないからだ。基本的にC級とB級が多く、エリィもB級なので緑の魔晶石を嵌めている。
階級の例示だけでなく、そのマニュアルには冒険者の心得やマナーなどが書かれている。多分使い回しなのだろう、紙の疲労が見えた。こういう所に資金のやりくりをいかにしているかということが窺えて、面白い。
マニュアルを二人が眺めている間に、再びルルがパタパタと戻ってきた。手には布とそれに丁重に包まれている指輪。魔術を刻むのは魔刻機と呼ばれる機構で、手作業でやっていた頃に比べたら格段に素早くなった。
「どうぞ。こちらを無くしてしまうと再取得にはそれなりの費用を頂くので、なるべく無くさないようにお願いします」
「ちゃんと肌身離さず持っておけってことね。了解了解」
カルラはソレを無造作に取って、左手の中指に嵌め込んだ。黒く光を吸う珠は不思議とカルラに似合っていた。
「本来ならばこの後講習があるんですが、エリーナの紹介なので割愛しますね」
「ちなみに聞きたいんだが、冒険者のノルマって言うのはどれくらいなんだ?」
「半月につき五体以上の竜の討伐、あるいは半年につき一体以上の龍の討伐になりますね。どちらの達成でも大丈夫ですが、ノルマ以上の積み重ねで昇級できますので、達成したからと言って手を抜く必要はありませんよ」
「昇級すれば、組合での買取をした時の還元率が上がったり、組合寮の利用費がタダになったりするのよね」
冒険者組合は、所属する人間がいて初めて成立する"組合"なのだ。人が離れないように、適度な刺激とそれに見合う返還を提供する必要があるゆえの仕組みであった。高級な冒険者は、それだけで権威がある。例えば、あまり褒められたものではないが……国の政治への介入すらも可能になるほどだ。それだけこの世界で冒険者という存在が地位を得ているのであり、志すものが多のだ。
「…………食わず嫌いせずに、もっと前から入っとくべきだったな」
「今気づけただけマシでしょ。ズルズル伸びていったら、目も当てられなさそうだし」
食わず嫌いの大抵は、杞憂か勘違いでしかないものだ。実際にやらずに判断することは、機会を捨てているに等しい。一度始めたものを辞めることは恥じることではない。ならば一度やってみて、そこから判断することが道理なはずだ。
「いい機会をくれてありがとな、エリィ」
「いいわよ、これも巡り巡って自分のためだからね」
悪戯っぽく笑うエリィに、カルラはその赤い瞳を、しばし奪われたのだった。




