第7話 付泡都市ハイドロキサ―②
「……なんつうか、原風景だな」
「そりゃそうでしょうよ、農耕層なんだから」
付泡都市ハイドロキサに入った瞬間の、カルラの一言がそれだった。たしかに、今の景色は都市という風景とはかけ離れているだろう。一面に広がる畑や果樹園、そして獣臭い匂いと家畜の遠吠え。都市といえば家や商店が立ち並ぶあの雰囲気をイメージするかもしれないが、それは都市層の話だ。ちょうど、目の前に見える聳え立つ壁の内側、の中の話である。
「いや、それ自体は知ってたんだが……こう実際に目にすると都市って名前が皮肉みてーだなと」
「人口が密集してるが故の苦肉の策なんだから、そう考えてやるのは酷でしょ」
「それもそうだな」
「早いところ都市層行くわよ、買い物もできないんだから」
付泡都市に限らず、この世界の都市──無論本国もだ──は大抵が二層構造だ。農耕層と、都市層である。……この大陸に龍が氾濫したが故に、人類は版図を無秩序に広げることがままならなくなった。街の大きさは維持可能なまで狭めた上で壁で囲い、出来うる範囲での龍への対策を打っている。この二層構造もその内の一つで、食糧生産を都市の外縁で行うことでいつでも放棄して戦場に変えられるという策だ。
家を壊されるよりも、畑を焼かれた方がまだマシという思考の元での方策だった。
「……エリィは知識が身についてるな」
「逆よ、貴方がものを知らなすぎるのよ」
「俺だって知識はあるさ。だけど言いたいことはそういう事じゃなくて……知識を知識のままにしてない、みたいな」
「あー……言いたいことはわかったわ」
要するに、知識をただ身につけているというわけではなく、現実でどのようになっているかをしっかり理解しているということだろう。確かに知識というのは、唯持っているだけでは錆びついてしまう。剣のように、手入れをして、実践で使ってこそ役に立つものだ。
……………それにしても、旅立ってから初めてカルラに褒められた気がする。そう考えたら頬に熱いものが登ってきて…………。
「?、どうした」
「……なっ、なんでもないわ。早く行きましょう」
エリィは単純すぎる自分の心を恨めしく思いながら、置いてけぼりなっているカルラを尻目にずんずんと突き進むのだった。
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「なんつうか、街だな」
「そりゃそうでしょ……ってこのやり取りするの二回目よ。流石にくどいって文句言われるわ」
「誰からだよ。それ以外言うことないんだからしょうがねーだろ」
都市層に入る時は何も許可は要らない。農耕層をそのまま素通りして壁の内、都市層へと二人が入った時のカルラの一言がそれだった。酷く聞き馴染みのある、というより数十分前に全く同じことを聞いたエリィは、思わずツッコんでしまった。するとカルラが逆にツッコんできて、少し敗北感。
ともかく付泡都市ハイドロキサの都市層、そこに入ることが出来た。エリィは何度かこの都市に来たことがあるので見覚えのある風景だが、カルラはやはりというか初めてらしく、物珍しげにキョロキョロと辺りを見回している。…………正直カルラの見た目でそんな変なことをやってると、普段から多い訝しげな視線が倍増しになるからやめて欲しいのだが。龍骨が人に当たったらどうするつもりなんだコイツ。
カルラはひとしきり見て満足したのか、エリィに龍骨を向けてきた。
「まず、どこに行くんだ」
「本当なら組合所って言いたいけど……とりあえず小腹が空いたし、腹ごなししない?」
「確かにな。いい加減、龍以外の肉も喰いたくなってきたし」
は?イマナンテ?
「なんだその顔。信じられねーモノでも見たような顔してるぞ」
「貴方が龍以外の肉を食べようとするなんて……この後槍の雨でも降り始めるんじゃないかしら?」
「俺だって龍以外の肉も喰うわ!好みの問題だよ!」
好みで食べてるのか、龍を……。カルラの好みが、より意味不明になってきたのだが。カルラの食遍歴にツッコミたいのは山々だが、カルラの言い分はエリィにも分かる。
ハイドロキサに着くまでご飯は大抵、携帯食料──パンを小さくして固めた、腹持ちのいい食料──か、龍の干し肉、あるいは竜を少し調理したものだけだったのだ。流石にそんなご飯を二週間近く続ければ飽きが来るのは必定と言えた。
「ハイドロキサは養豚が有名なのよね。さっきの農耕層でも、豚っぽい匂いがしたでしょ」
「あの匂いは言われてみれば豚だな、牛の鳴き声もしなかったし」
「というわけで、豚肉を喰うわよ」
エリィの意向に賛成なのだろう、カルラは軽く頷いた。そのまま、歩き始める。
エリィはてくてくと歩いて数分、肉がソースと共に焼けるあの匂いと音を鋭敏に感じとった。どうやらカルラも同じものを感じたらしく、龍骨をそちらに向けていた。目の先には、露店……と言うよりかは半露店と言うべきか、軒先に受付と料理の渡し口が付いている形の店があった。看板には、アネクメニア統一語で、「肉のモードケ」。迷いも躊躇いも全くなかった。
「いらっしゃい」
「おすすめを二つくれませんか」
「おすすめね……それならソーセージだな」
「そーせーじ?」
「ああ、数ヶ月前にフェノリアの方で生まれた料理だよ。豚肉を腸に詰めるんだ。二本でちょうど500ニーマ、安いぜ」
「腸に……内臓は食べたことあるけど、腸に詰めるのは流石に……勇気がいるわね」
「美味いから食べてみろ、おすすめって言ったのはお客さんだろ?」
そう言いながら、店員なのか店主なのかは知らないがおじさんが棒にくるくると巻き付けられたそれを二本、差し出す。エリィは500ニーマ硬貨を置いて、それを受け取った。
湯気を立てるそれは、香ばしい焦げの香りとソースの芳醇な芳香がマリアージュしている。見た目は棒に巻きついている蛇のようだが色は焦げ茶色で、パンパンに膨れ上がっている。
「はいこれ」
「んだコレ、蛇の丸焼きか?」
「そーせーじ、らしいわよ。私もよく知らないのだけど……」
「まぁとりあえず喰ってみるか。匂いは完全に美味そうなヤツだし」
カルラが大口を開けて、かぶりついた。その瞬間、紅の瞳が見開かれる。まるで、何か衝撃を受けたような……。
「!」
「どうしたの?」
「…………うめぇ」
「いや美味しいんかい」
カルラがそんな反応をするのは、上等な龍の肉くらいだ。それくらい美味しいということなのだろう。エリィも後に続いて、かぶりついた。
パリッ!という音が弾けて、肉汁が口の中で広がる。肉々しさがダイレクトに伝わってきて、旨味の奔流がエリィをくすぐる。更に表面の焦げを舌で触れると、ソースの濃厚な味と、焦げの苦みが同時に押しかけてくる。これもまた、食感と合わせて美味しさの一助となっているのは間違いない。龍の肉には及ばないが……いや、また違った方向の美味しさの肉に、エリィもカルラも食べる手が止まらない。
「肉のモードケ」のおじさんを見るとサムズアップしていて、彼の言ったことは本当だったのだな、と認識を改める。
「いやー、うまいな」
「本当にそうね。最初は腸詰なんてって思ったけど、逆にそれが決め手になってるわ……人間の食への探求ってのは、熱量がすごいな」
龍が現れるよりも前、国が群雄割拠していた時代では、飯を巡って大規模な争いが発生するほどなのだ。それほどまでに、人間というのは食というものにこだわる。……それを体現するものは目の前にいるが。
「はあ、美味しかった」
「よっしゃ、腹も膨れたし……組合所に行きますか」
今日食べたソーセージを忘れることはないだろう、とエリィは思った。
「あ、ねーちゃん。冒険者か?」
「そうですけど……何か?」
「今フェノリアに行くのはやめとけよ、『暉餓龍』が空腹らしいからな」
それがなんだと言うのだ。暉餓龍なんて腹が減ってるのが常だろうに。疑問に思いつつもエリィは助言に感謝だけして、その肉屋「肉のモードケ」を離れたのだった。




