第6話 付泡都市ハイドロキサ―①
「やっとついたわね」
「意外とかかったな、アレが見えるまで」
カルラが指差す先には、天を衝く山岳がある。霊脈龍山それそのものが、視界いっぱいに広がっていた。灰色の山肌は遠くからでも十分に見え、所々で蠢いている色とりどりの物体は多分龍であろう。そして何より見えているものが霊脈龍山であることの証左として、最も高い山の中腹に穿たれている大穴────霊穿がその存在感を主張している。
出会い、旅立ってから二週間と弱。アネクメニア大陸を真ん中から斜めに渡るような旅路を経て、封龍王国フェノリアの付泡都市ハイドロキサの目前まで、二人はたどり着いていた。
「二週間と少しで着いたんなら、上々でしょ。にしても、貴方の魔法案外使えないのね……」
「まだそれ言うか。期待外れで悪かったな、すみませーん」
全く謝る気のないカルラの形だけの謝罪にエリィはジト目だけ返す。
彼の魔法である【加速】を使えば一気に時間短縮が狙えるのでは、と考えたエリィは数日前に、その旨を聞いてみたのだ。そうしたら、端的に返ってきた答えは「無理」。どうやら、【加速】は燃費がかなり悪いらしく、戦いのように一瞬で終わらせないと数日間は使えなくなるらしい。故に旅路のように長い距離をゆっくりと進むような移動には全く向かないそうだ。コレを聞いたとき正直落胆は隠せなかったが、別にこの旅路は急いでいるものでもない。渋々諦めたら、その態度がカルラ的には気に入らなかったらしい。現在進行形でへそを曲げているのだ。
「いや、期待外れ……だったのは認めるけど、使えないなら使えないでしょうがないでしょ」
「使えないとか言うな、俺が使えない人間みたいに聞こえるだろ」
「そんな話してないわよ!付泡都市入ったら何か買ってあげるから、機嫌直しなさいって」
「マジ?じゃあ許すわ」
このちゃっかり現金野郎、一回殴っても許されるかな?しないけどさ。
そうこう話している内に、付泡都市の玄関口が見えた。これから到着する付泡都市の名は、ハイドロキサ。ハイドロキサもこの世界の例外に漏れず、巨大な壁で覆われていた。
「なんで寄ろうと思ったんだ?そのまま本国のフェノリアに行けば良いだろ」
「貴方が良くてもこっちに食料とか買い込むものがあるのよ。それに、フェノリアに入る前にやることがあるわ」
「やること?」
「貴方の身分証明ね。フェノリアはいいけど他の国となると入る時に厳格な身分証明が必要になるわ。それに、フェノリアでも霊脈龍山に入るには身分証明がいるのよね」
冒険者は、旅人とは違う。アネクメニア大陸冒険者組合に正式に所属したいわば社員であり、その分縛りもあるのだ。例えば、二週間に一度の指定依頼の達成義務や月の所属費、それに竜や龍討伐時の素材の徴収などが当てられている。しかし、相応のデメリットがある分、メリットは大きい。最も大きなものは、身分の保証と最低限度の生活保障。出入国時の面倒な手続きを一気に簡略化できたり、或いは商業組合に対して金の貸し借りを行ったりができる身分の保証と、組合冒険者がほとんど無料で利用できる冒険者食堂と低価格で利用できる組合寮といった生活の保障。
「冒険者への登録って手続きがだるいんじゃねーの?それに、旅するってんのに組合に縛られていいなのか」
「前者に対してはまぁYESだけどNOとも言える、後者は大丈夫ね。まず、手続きについては私がちゃっちゃとやっちゃうわ。事務作業は嫌いじゃないから」
「組合に縛られることについては?」
「組合が課してくる義務については、大陸中の何処の組合所で報告してもいいのよ。例えば、ラベンゼンで達成した義務や依頼を、フェノリアで報告しても大丈夫なの」
「なるほどな。冒険者ってよく一つの街を拠点に居続けるイメージがあったが……仕組み的には旅しててもいい訳だ」
冒険者になることは特段めんどくさいだけでメリットしかない、とエリィは思っている。カルラもエリィの説明で冒険者になることに納得してくれたらしい。うんうんと頷いている。
「ちなみに聞きたいんだが、エリィは冒険者になってどれくらいなんだ?」
「まぁかれこれ三年以上はいるわね。三年でB級までにしかなれなかった、とも言うけど」
「…………聞いたけど早いか遅いかわかんねぇや」
聞いといてそれかよ、おい。律儀に答えたのはなんだったんだ。
さて、今度こそハイドロキサの門扉の前に二人は辿り着いていた。巨大で荘厳な門がハイドロキサを囲う壁にどっしりと構えている。しかしこの巨大な扉は旅人相手には空くことはなく、商人が荷車を引いている時や儀礼的なパレードを行う時のみが空く。旅人や冒険者が入る時はそのすぐ隣にある小さな扉と詰所があるところから入るのが普通だ。
エリィは詰所にいる受付に話をしようとガラスを覗き込む。他の街と同様に、受付のお兄さんが愛想良くニコニコと座っていた。
「どうも」
「こんにちは、冒険者さんですか?」
「そうです。こっちの彼は連れの旅人です」
エリィが親指で指し示す。そっちの方を見た受付のお兄さんは、カルラの異様な風貌にギョッと目を見開く。だが流石はプロだ。すぐさま笑顔の仮面を取り繕って、エリィに向き合った。……頬がピクピクしているのは触れないでおこう。ウチの相棒が本当に申し訳ない。
「ぼ、冒険者の証明となるものを……」
「はい、どうぞ」
エリィが受付の台の上に置いたのは、指輪だ。親指につけていたモノで、真ん中にはピカピカに磨かれた宝石……魔晶石が埋め込まれている。魔晶石は魔術式との親和性が高く、嵌め込まれている魔晶石にも【表せ】の魔術が刻まれている。
受付のお兄さんが魔力を流してその指輪が本物の冒険者の証ということを確認すると、エリィに突き返した。
「はい、確認が取れました。そちらのお連れ様は、冒険者ではないのですか?」
「そうですね、身分保障をここでやろうと思っているので……」
「わかりました。では、こちらの羊皮紙に彼の経歴をざっとで良いので書いてもらえますか」
経歴を書かせる。淀みなく書けるかどうかで犯罪歴を炙り出す、古典的な方法だ。カルラ必要なので、彼を手招きして呼び寄せる。
「ここに経歴書いてちょうだい」
カルラは露骨に面倒くさげな顔を浮かべた。龍骨で見えないと思ってんなら間違いだからな、それ。だがそれをしないとエリィに置いていかれると理解しているので、渋々といった様子で書き始める。その手に淀みはなく、スラスラと何事もなさげに書き連ねていた。
カルラは数分もしないうちにペンを置いて、お兄さんに紙を手渡した。ざっとだが精査して、その紙を2つ折りにする。
「……承りました。大丈夫ですよ」
「入っていいか?」
「はい、どうぞ。ようこそ、ハイドロキサへ」
扉が開く。エリィとカルラは、旅路初めての都市へと入ったのだった。




