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『喰龍』のカルラ  作者: 新切 有鰤
第一章 『暉餓龍』のシチュー編
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第5話 『暉餓龍』

 ソレは、飢えていた。腹が、減っていた。何かを、食べたかった。消えることの無い飢餓感が、ソレを動かす唯一の、行動原理であった。


「──────UUUUU」


 だから、ソレに相対するものは全て、餌である。獲物である。食材であるのだ。それに例外など、存在しない。選り好みも、食べ残しも、存在しない。食べ尽くすことが、終わらぬ食欲の回答なのだから。


「がッ、がアアアアアアアアア!?!?腕ッ、腕がァッ!?!?」


「剣が!?!?」


「矢も全部食べられたわ……!!??」


 今日もソレは、目の前の哀れな食材───人間、三人組を貪っていた。人間の身なりに興味の一欠片もないが、今日の食材が装備しているそれが上等なものであるということは理解していた。しかし、ソレが食事を止める理由には到底ならない。そもそも、上等であっても関係ない。口内に収まってしまえば、すべて価値は等しいのだから。

 一人の腕を触手顎で喰いちぎり、剣を触手顎で噛み砕いて、射掛けられた矢を触手顎で食べきった。

 ……食材の種類は多い。だが、まだ足りない、腹は収まらない。


「【炎よ】ッ!」


 必死の形相から放たれる略式の炎の魔術。凡百の竜、或いは龍すらも傷つけられそうなほどの焔が、人間たちとソレの間を仕切るように繰り広げられる。略式の魔術でこの威力だ。使い手は、本来であれば相当な魔術師であることが窺えた。煌々と燃え盛る炎は、普通であれば生物は忌み嫌い、近づこうともしないだろう。炎というものは元来人間のみが巧みに操ることのできる自然現象なのだから。竜であっても例外はない。

 だが、二本の触手顎が蠢く。恐れも、躊躇いもなく。


「OOOO──!!!」


 炎に噛み付いて、触手顎が炎を空気ごと吸い込んだ(・・・・・)。いとも容易く炎の壁を文字通り喰い破ったソレは、巨大な身体を、餌の方に歩ませる。ずし、ずし、と地面が揺れて、人間どもが息を飲む。

 ……炎は少し刺激的だが、量に欠けた。まだ足りない、貪り足りない。


「はァ!?!?」


「ば、馬鹿げてる……!!」


「にっ……逃げるぞ!!」


 炎を吸って無くすという有り得なすぎる光景に人間どもが戦慄し、今度こそ本当に逃走せんと背中を見せた。だが、それは悪手だ。触手顎は、伸びるのだから。背中を見せているがゆえに見えず避けられることのない顎が、ガッ!!と脚に噛みつく。人間たちが鉄の靴を装備していようが、ボリボリと砕いて、中の脆弱な肉に牙を突き立てる。


「「「ぎゃあああああああああああああああああッ!!!」」」


 ブチッ、というあまりにも簡単な音とともに、人間たちの脚が触手顎に喰い千切られた。少し引っ張るだけでコレなのだ、肉というものはあまりにも脆い。

 ……肉だ、まだ足りない、喰らい足りない。


 ────────ソレは、龍と言うには異形だった。羽根、尻尾、四肢、黒い鱗。それらは、何の変哲もない龍そのものでしかない。強いて言えば、尾が短いくらいか。

 だが、背中から生える、四本の触手は、あまりにも悍ましく、異形な見目をしている。皮をつけ忘れたかのように赤桃色の触手の先端部分には、眼球や鼻もないのに、顎門と牙だけがついているのだ。それだけでも十分な異形だが……もう一つ、異形と形容した所以。それは、胸部にある、大きな太刀傷と見紛う大きな口腔。その口腔……大顎の奥に煌めくのは、龍核の光であった。


 普通の頭部につく顎を含め、六つの顎が、獲物を貪り食らうために開かれているのである。そして、何を喰おうとも傷つかないために、本来は体外で鎧の如く纏うはずの龍気を、体内の保護のために使っている、異常な龍。


──────〈六王龍〉の一体の中でも、最も単純(・・)にして、暴食(・・)な龍。


「かッ──────し、死ぬ……のか」


「神様、助け────ッ」


「ぁぁぁぁ………こんなこと、クソだろ……」




「─────UUUUUUU……」



 脚をもがれた人間たちは、這いずり回ることしか出来ない。痛みで滂沱の涙を流しながら、己の不運を嘆いている。そんなことを、ソレは考慮してくれなどしない。失意と絶望に染まっている餌の身体を、触手顎でがっしり掴む。触手顎は、すべてが龍の筋肉で構成された器官だ。傷つきやすいが、そこらの生物をそのまま縊り殺せるほどの膂力を発揮する。だが、それをするのは意味がない。死体よりも、活きのいい肉のほうが美味いことを、ソレは知っているからだ。

 掴まれた人間は、どうにか脱出しようと、ジタバタ藻掻いている。もう、皿の上に乗っていることなど、認めたくないかのように。生き汚い食材は、飽きるほど喰らってきた。


「嫌だ、嫌だ、死にたくな───────ッッ」


「無理、ムリムリムリムリッ!!」


 人間二人を触手顎を器用に動かして、大顎に放り込んで咀嚼する。ごりゅ、ごりゅごりゅ。肉を噛み潰す音が大顎の中から聞こえてくる。思ったよりも不味い。

 ……まだ足りない、食欲は満たされない。最後の1人を同様に大顎へと入れようとしたときだった。


「た、食べないで……」


 食べないで?おかしなことを言う。人間だって、食事をするときに食材の話を聞かずに殺すだろう。刹那、ソレはそんなくだらない、どうでもいいようなことを考えて…………そして最後の食事を口に放り込んだ。ごりゅごりゅごりゅごりゅごりゅ。


嗚呼、三人じゃ足りない。腹の空きは、埋まらない。

嗚呼、まだ足りない。

足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない───────────!!!


「UUUUUU──────AAAAAAA!!!!」


 〈六王龍〉の暗示かのごとく、六つの顎が闇の中で龍気によって(かが)やく。

 

 永遠に足ることのない餓えを埋めるための、(かが)やく顎たち。

 

 故にその王龍の冠する名は、『暉餓(きが)』。


─────────〈六王龍〉『暉餓龍(きがりゅう)』グルム=ヴェールブ。


 誰か、ソレを喰べるものは現れるのだろうか。絶対なる捕食者は、被食者になりうるのか。その飢餓を、止めるものは──────。


 嗚呼、腹が減った。

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