第3話 目標
「んで、どうするの?『龍星』を喰べるって言ったって、アレでしょ?」
エリィは上を指差す。そこの先には白い雲、そして青い空があり、燦然と輝く太陽。だが、確かにその反対側には、ある。─────────『 『龍星』バハムーントが。
『龍星』バハムーントはすべての龍の始祖とされている。千年近く前の時代、まだ人類がそこまで発展をしていない頃。地上で猛威を振るい、バハムーントは生きとし生けるものすべてを殺戮した。だが、破壊の限りを尽くしていた奴は、何が起こったのか定かではないが、突然活動を停止した。そして、その莫大な質量の身体は空の向こうへと飛んでいき、今の『龍星』───────夜空に浮かぶ巨大な球体へと変貌したのだ。『龍星』にバハムーントが変化するとほぼ同時期に龍や竜が現れ始めたことから、バハムーントの分け身が龍たちだと考えられている。
「まあ、今すぐは無理だろうな。そもそも俺たちは空を飛べないし」
カルラも腕を組んで頷く。流石の彼も今すぐ『龍星』を墜すとは言えないのだろう。何せ、自分のサイズと比べて大きすぎる。数百万倍、それでも足りないくらいの身長差だ。それを埋めるためには、相当の力が必要。
「まずは段階を踏むべきだな。とりあえず、〈六王龍〉を喰うことから始めるか」
「とりあえずの先がとりあえずの目標じゃねーっ!! 〈六王龍〉て!!」
出会って1時間くらいのエリィが言うのもなんだが、コイツ、強さに関しての尺度がぶっ壊れてる。龍を独りで討伐できるのは十分に強いが、それでも〈六王龍〉には絶対に足りない。〈六王龍〉は、S級冒険者のパーティを壊滅させる程の強さを誇るからだ。ちなみに、冒険者のランクは龍を使ってよく例えられる。B級は数体の竜の群れを単独討伐出来る程度。A級は複数人で龍単体と渡り合えるレベル。S級ともなると単体の龍を単独で相手取れる実力だ。つまり、エリィは紛れもないB級だし、カルラを冒険者のランクに当てはめるとS級となる。
龍を相手取れる……そんなS級が、束になっても叶わぬ存在、それが〈六王龍〉。
「アンタマジで自分の強さに疑いを持たないのね……強いのは認めるけど」
「あン? 違うぞ。自分の強さじゃなくて食欲に自信があるんだよ」
「は? 食欲?」
「『食べたい』という意志……それが俺を強くするのサ」
本気で言ってんのかソレ。いや絶対本気で言ってんなコイツ目があの夢を語った時と同じだ畜生。エリィはため息を零す。
「はあ……貴方の精神性についてはもうノーコメントで行く、いちいちツッコんでたらキリないし」
「いや褒めてんのか、それ?」
「どこどう切り取れば褒めてるように聞こえんのよ……まぁいいわ」
3秒で矛盾させんな。ツッコまないって言ったけどツッコんじゃったじゃん。天然ボケ野郎の天然ボケはもうスルー、もしくはヤバいやつだけ止めればいいか。
話は逸れに逸れたが……確かに、『龍星』を喰うよりかは、まだ〈六王龍〉を喰う方が簡単かもしれない。だが、それは大海洋を休み無しで泳ぎ切ることが出来ないからと言って霊峰を休み無しで登ろう、というような、別に難易度的にはそこまで低くなってねーだろという話だ。もっと分かりやすく言おうか。五十歩百歩である。
「もっと小さい1歩から始めなさいよ、例えば霊脈龍山の攻略とかさ」
「でも、それって最終的には〈六王龍〉にたどり着かねーか?」
「……………………確かに。霊脈龍山の最奥渓谷には『暉餓龍』がいるし、凍結龍洞の主は『殊羅龍』がいるわね」
「この世界で強くなろうと思うんなら、結局のところ〈六王龍〉を倒さなきゃいけねーんだよな」
そう言う彼の顔は、なにか諦めたような、諦念に満ちたものだった。口元は引き結ばれていて、堪えているような、ソレだ。彼も、誰かのためにもがいたのだろうか。だが事情を知らないからこそ、エリィは何も言わない。人にはプライベートというものがあるのだ。
敢えて彼の雰囲気を汲み取るような仕草をせず、エリィは首を振って陰鬱な感じを吹き飛ばそうとする。
「ゴチャゴチャ言ってても仕方ないわね、〈六王龍〉を倒しましょうか」
「倒すのが目的じゃねーが……まぁ結果的には倒すからいいか。それでエリィ、聞きたかったことがあるんだが……」
「あら、何かしら?」
カルラに比べたらエリィの抱えていることなど些事に等しいのではないか?そんな彼がわざわざエリィに聞きたいことなどあるのだろうか。龍骨の奥に覗く瞳が真剣な瞳を帯びる。
「────ここ、どこだ?」
「え?」
「だーかーら、ここ、どこなんだ?」
「嘘でしょ」
再び絶句である。こいつ、何を知ってて何を知らないんだ……。
「いや待て、言い訳させてくれ」
「はぁ、聞くけどさ」
「さっき喰った青龍いただろ?」
「そうね、私が死にかけたわね」
「アイツの姿を見て『今日の飯にありつける!!』とか思ったから、全力で走ってきたんだ」
なるほど、言いたいことは分かった。だが、エリィは驚き、と言うよりかは呆れて声も出せない。数回口をパクパクして、そして、言葉を絞り出す。目の前の、変人と言うべき他にないカルラに。
「…………アンタ、信じられないほどの馬鹿ね。なんでこんな奴について行くって言ったのかしら…………」
「信じられないほどの馬鹿で悪かったな。で、ここはどこなんだ?」
「ここは、丁度聖樹国と霊脈龍山の中間ね。左手に湖が見えるでしょ?」
この大陸、アネクメニア大陸は弦が張られた弓のような形をしている。Dみたいな形だ。この弓の部分が太くなっていて、もっとボコボコとした形をしているが、大雑把であればこんな形だ。それの、真ん中から北西に少し進んだ場所に今エリィ達はいる。
「アレが龍星湖。バハムーントが暴れた跡地って言われてる奴ね」
「名前はおとぎ話で聞いてるな。なんでも、エネルギーが大爆発して地面ごとめくれ上がったとか何とか」
「で、手前左にあるのが聖樹国、の付泡都市アミノールね」
この世界は龍と竜が溢れている。それは、紛れもない事実であり、現実である。
だからこそ、人々は街を作る度に龍からの防衛にリソースを割かないといけないのだ。例えば対龍砲や、対龍結界、或いは────聖樹の加護。
それらは無限に用意できる訳ではないため、街の大きさは必然的に制限される。だが人口は集中する。その矛盾を解決するために考えられたシステムが、付泡都市である。巨大な都市の近くに都市を作ることで、人口の集中を解消しながら対龍設備の共有が出来るというわけである。まるで大きな泡の周りに小さな泡がブクブクとくっつくような、そこから付泡都市と呼ばれるようになったのである。
「意外と遠くまで来てるんだな」
「は?意外と遠く?どこから来たのよ貴方」
「大魔森林」
端的に答えたカルラに、エリィは驚き────はもうしないが、納得と理解はする。
「なるほど、彼処から来たなら確かに遠くって言うわね。真南から北上してるわけだし」
「そういうこった。それで、ここが霊脈龍山に近いんなら……まずは『暉餓龍』からってことでいいか?」
「そうね。このまま北上しながら西に進めば、霊脈龍山に着くはず」
「おっしゃ、『暉餓龍』のレシピ今のうちに考えとくか」
随分と気が早いが、別に否定する意味もないだろう。エリィはフッと笑うと、はしゃぐカルラを追いかけ始めたのだった。




