第14話 信仰心と進行心―②
「それは何をお食べになっているのですか?」
「ん、これは…………」
「干し肉ですよ、勝手にここの食料を食べてしまうのはダメでしょう?」
「ハッハッハ、それはそうですね。こちらはエルキス様に献上するものですから」
読みさしの聖典を片手に、モマイスは快活に笑う。おじさんに笑われてもエリィ的には全く嬉しくないが、牛車の中が気まずい空気になるよりかはマシだ。カルラが喋る前にエリィが補足じみた勢いで説明することで、カルラが失言する可能性を極力減らす。これも事前に話し合って決めていたことだ。
(サンキューな、エリィ)
(貴方が捕まるのは勘弁だからね。協力は惜しまないわよ)
コソコソ小声で話していると、モマイスは訝しげな顔をしてきた。エリィが愛想笑いで誤魔化すと、モマイスは再び聖典を読み耽り始めた。
ハイドロキサとフェノリアの距離はおよそ10キロほど。何事もなければ3時間ほどで到着するくらいの絶妙な距離である。何事もなければ、だが。
────ドッ!!っと、エリィが、というか牛車が大きく振動した。どうやら何か異常らしく、外から御者の怒鳴り声のようなものと細かい振動が伝わってくる。
「なっ、なんです!?」
「異常か!」
「行くわよ!!」
エリィとカルラが転がるように荷車から飛び出す。周りをサッと見回すと、黒ローブの集団が行く手を阻むように広がっていた。数えあげればざっと10人ほど、黒ローブには共通の意匠があしらわれている。杖を持った魔術師や剣を持った剣士までいる。バリエーション豊かだな、とエリィは思いながら、レイピアを抜いて構えに入る。
「貴方たち、山賊かしら?」
「おいおい、野蛮な山賊と一緒にしてくれるな」
「ああ、エリィ。アイツらは山賊なんかじゃねぇ。───龍を神だと崇める狂信者共……龍神教だ!」
「狂信者なのはそちらの方だ、エルキス教の狗がァ!!」
指揮官らしき男が吠え、指を鳴らす。それを合図に、射掛けられていた弓の一斉掃射が始まる。山なりの軌道を描いて丁度荷車共々襲われる射線だった。さらに、それに紛れるように魔術の詠唱も聞こえてくる。
エリィが飛び出すよりも早く、カルラの魔力が燃え上がる。
「【加速:3倍速】!」
バン!!という地面を蹴りつける音と共に、カルラの姿が一瞬で空中に現れる。その軌道は、まるで自分から矢に当たりに行くかのようなものだった。そして、その動きだけで、カルラの意図は読めた。カルラがバスタードソードを振るって矢を叩き落すのに合わせて、エリィは笑みを浮かべた。
「剣士は私に任せる、ってことね! 【纏雷】!!」
エリィも雷を纏ってかけ出す。狙うは前衛、一瞬で沈めてやろう。黒ローブの男たちも当然それに気づき、それぞれの得物を構える。ロングソードの剣士2人、手練には全く見えない。カルラと戦っていたから、尚更。しかも自分が見やすいように、ローブのフードを取り払っている。それはエリィにとっては弱点を晒しているに等しい。
「ハッ、2人もバカが釣れたなァ!! 神たる龍に逆らうバカどもが!!」
「龍敵よ、覚悟!!」
「そっちこそ、覚悟よ」
気炎を吐いて迎撃せんとする黒ローブの男たち。前方の男の大振りな一閃を容易に回避して、雷纏うレイピアですれ違いざまに首をひと叩き。電撃による痺れが男の腕から伝わっていき、男はその場にくずおれた。
「あがッ!?」
「「まずは一人ッ!」」
エリィが独り言ちると同時にカルラの声も重なる。向こうで弓兵と魔術兵を相手取っている彼も順調に倒しているらしい。
「何をやっている、相手はたった二人だぞ!」
「こいつら強いんですよ!!」
「ええい、数で挑め! 囲め!」
苛立つ司令官が唾を飛ばしながら指示をし、エリィとカルラをそれぞれ囲い込むように陣形を組む。だがカルラの、そしてエリィの顔に浮かぶのは不敵な笑み。囲まれている絶望感など、微塵もないソレだ。
「ハッ、ソイツはちっと悪手って奴だ!」
カルラの加速された一閃が乱舞する。弓兵は高速の近接攻撃に為す術なく切り伏せられていった。勿論殺すのはNGなので、峰打ちか浅傷に留めている。彼が好調なのを横目に、エリィも魔力の出力を高めた。
(どうせなら────アレ、やってみますか!)
「なんだ、今更怖気づいたか!?」
「押し倒して慰め物にしてやろうかァ!!」
こちらが攻め込まないのをいいことに、男どもがやいのやいの好き放題言ってくる。エリィは色気なんてどうでもいいが……それはそれ、これはこれ。変態につける薬など、鉄拳の制裁以外あるわけが無いのだから。
「死ね変態信者ァ!」
エリィにはカルラのように大立ち回りするようなパワーはない。だから、各個を倒していくしかない。一瞬で一人の剣士との距離を詰める。雷電で強化された筋肉が可能にする高速移動に、その剣士は愚かしくも反応できなかった。
バヂヂ!!と電撃音に応じてソイツが倒れ、次は隣の野郎だ。卑しい笑みを浮かべているソイツに、エリィは容赦なくレイピアを振り抜く。
「へへ、いくら速かろうと男の力には──べぶッ!?」
「次」
「なっ、俺の方にぐえッ!?」
「次」
「俺は他の奴らとは違おぶぅ!?」
「手応えないわね、次」
軽く刃で触れたり突いたりするだけで次々と龍神教徒達を無力化していくエリィに、流石に焦りと恐怖を覚え始めたのだろう。残った四人ほどの彼らはロングソードを持つ手がカタカタと震えて、怯えた表情を浮かべていた。
だが、だからといって、エリィは容赦しない。自分から拳を振り上げておいて、相手が想定より強かったから許してください?この世の中はそんな甘くない。端的に言おうか。インガオホー……なんか違うな。ああそうだ、因果応報だ。
「───────しッ」
呼吸と共に、文字通り迅雷の一閃。踏み込みと共に振り抜いたそれは、麻痺を全員平等に食らわせた。身体の痺れた敵さんは、一斉に声にならない悲鳴を上げて倒れ伏せる。エリィは張っていた肩の力を抜いて、息をついた。
「はぁ……なんか精神的に疲れたわね」
だがカルラが今も戦っている以上、おちおち休んでいる訳には行かない。カルラの方を向いて……その心配は杞憂だったとわかった。当然のごとく弓兵と魔術兵を熨して、指示をしていた男を引っ掴んでいた。
「やめろ、離せーッ!」
「誰が離すかよ、俺としちゃとっとと離したいんだがな……」
エリィはカルラの方に歩く。この襲撃を指示していた野郎の面を拝んでおきたかったのと、カルラに聞きたいことがあったからだ。
「お疲れ、カルラ」
「おう、エリィもな」
エリィはローブの男をちらと見る。50代くらいの壮年の男で、目の下のクマは酷い感じであった。はーなーせ、とバタつく男をロープで簀巻きにしてモマイスに引き渡す。後処理はエルキス教の彼らに任せて、エリィとカルラは二人並ぶ。
「……ねぇ、カルラ。やけにこいつら、龍神教を知ってる口ぶりだったけど……何か関わりがあったの?」
「悪い、エリィ。それは言えない」
今まで聞いた事のないような口調のカルラに、エリィは思わず彼の顔を見つめてしまう。紅の瞳はどこか遠くを見つめていて、口は寂しげに引き結ばれていた。その顔を見て、そう言えばカルラのことを何も知らない、とエリィは気づく。出身は聞いたが家族も、年齢も、龍肉以外の好きな食べ物すらも。
だから、こんな言葉が口をついて出た。
「───カルラ、貴方いくつ?」
「あン?俺か? 俺は20だけど」
「まぁそれくらいよね。妥当だわ」
「人の年齢に妥当もクソもねーだろ……そういうエリィは何歳なんだよ?」
「学校の卒業から三年冒険者やってるって言ったでしょ? 19よ」
「嘘だろ年下なのかよ」
「誰が年上に見えるのよ!」
カルラの顔から、陰りは抜けていた。その顔の方が、エリィは好きだし似合うと思っているのだった。




