第13話 信仰心と進行心―①
いつまでもハイドロキサにいるわけにもいかない。そもそもの目的は本国たるフェノリアの奥、霊脈龍山の『暉餓龍』なのだ。というわけで、ハイドロキサの安宿から荷物を纏め、組合に再び戻ってきた。
あれ、と思うものがいるかもしれない。出立するのなら衛所なり、あるいは乗り合い牛車の駅に行くべきだろうと思うかもしれない。
「おーい、エリィ。なんで組合に来てんだ? 街出るんならここじゃないだろ」
「わかってないわね、カルラ。ただ街を出るだけじゃ損じゃない」
カルラもここに来る意味が分からなかったようだ。不思議そうな瞳で、エリィを見ている。エリィは指をピンと立ててわからない子供に教え聞かすように、ドヤ顔じみた自慢げな顔で解説を始める。
「確かに、ただ街を出るだけなら、衛所に行って出立するか、牛車に乗る事が多いわよ。普通の職業ならね」
「普通の職業?」
「私達は冒険者よ。冒険者の本懐は何をすることかしら」
「……龍を倒すこと?」
「それもそうだけど。違うわ。依頼をこなすことよ」
「それがどうしたんだよ」
「冒険者が受ける依頼は基本的に2種類よ。駆除の依頼と、護衛の依頼」
「護衛……そういうことか!」
カルラも分かったらしい。指を鳴らして、エリィを見てくる。よくそんなこと思いついたな、と言いたげな顔だが、生憎これは冒険者なら誰でもやっていることである。いわゆる、『依頼渡り』と言うやつだ。
付泡都市と本国の連絡だけでなく、本国同士での移動でも行われる行為で、ざっくり説明すると、移動の際に護衛の依頼を同時にこなすことだ。本来なら乗り合い牛車やらで金がかかるところを、無料で移動するどころか依頼料まで貰えるお得な移動方法なのだ。
ただ……。
「あんまり公には推奨されてないのよね、これ。牛車の人達の商売が干上がるとか何とかで」
「グレーな方法ってヤツだな。OK、あんま言いふらさないようにするわ」
カルラはこういう道理が分からない愚鈍な男では無い。ふんふんと頷く彼に安堵感を覚えて、エリィは肩を撫で下ろした。理解も得られたことだし、護衛の依頼を受けるとしよう。
そう考えて、エリィは依頼一覧が張り出されているコルクボードの前に歩いていき───そして、絶望した。
「げぇ…………まじ?」
何もない、のではない。むしろそっちの方がまだ諦めがついて良かった気もする。いや、その護衛依頼は、別に普通なのだ。依頼主と状況が、最悪なまでに噛み合ってないだけで。
「エリィ、どうしたんだ? ……なんの顔だよ、それ」
「……自分の仲間が龍を喰らうような奴で、エルキス教に関わるべきかどうか悩んでる顔ね」
「あ〜〜〜……まさか護衛依頼、エルキス教のしかないのか」
「そうよ、最悪ね」
護衛内容はエルキス教のお布施に関するナンタラ、別に不審な点はどこにもない。どちらかといえば、悪いのはこちらの方なのだから。それでも、エリィはこの依頼を最悪と評する。相棒が、相棒である故に。
「別に、言わなきゃなんの問題もないだろ?」
「貴方が言わないとは思えないわね……」
「俺を信用してくれよ!」
「悪い意味で信頼してんのよ、バカルラ」
「その呼び方やめてくれよ! なまじ語感が良すぎるだろうが!」
「はいはいバカルラバカルラ。まぁ、依頼は受けるわよ」
「んで受けるのかよ!?」
それはそうだろう。カルラが喋ろうとしたなら殴ってでも止めればいい話なのだから。旅をする上で、1ニーマたりとも無駄にはできない。1ニーマを笑うものは1ニーマ硬貨に撲殺される。よく言う話だ。カルラはエリィの行動にずっこけて、思わず突っ込んでしまったようだ。普段だと立場が逆なので、少し新鮮さを感じながら、カルラに笑いかける。
「どうせ貴方が言いそうになったら、ぶん殴ってでも止めればいいからね」
「さらっと怖いこと言うな! ……そこまで念押しされてんだ、絶対言わねーよ」
「オーケー、じゃあこの依頼を受けましょうか。連絡は多分すぐ行くから半日もすればここを発てると思うわ」
エルキス教は、このアネクメニア大陸における、最も信仰されている宗教だ。その信徒数は推定でも数千万人は下らないとされているほどの、広がりを見せている。
当然人が多いゆえに分派もその分多く、主となる宗派は大別して二つある。聖典を信仰対象とする聖典派と、聖樹を信仰対象とする聖樹派の二つだ。聖樹派の本拠地は無論聖樹国アニリールで、聖典派はその北方にある聖国スルフォン。
そしてそのどちらの宗派でも、龍は不浄の神敵であり憎むべき邪悪とされているのだ。直に肉に触れることはもちろん、敬虔な信者まで来ると近づくことすら嫌悪するレベルの忌まわれる存在。
カルラは『喰龍』。言うなれば、エルキス教とは不倶戴天の相容れない存在なのである。
「いい、痛い目に遭いたくなければ黙っておくのよ」
「言い草が人質取ってるやつのそれなんだよ……そんなに念押されなくても言わねぇって」
あーだこーだ言いあいながら、依頼者を待つ。依頼の受諾から普通は数時間、あるいは半日くらいはかかるのだが……今回はどうやら依頼主が近くにいたらしく、組合の受付員が呼びに行っている状態だ。
しばらくたわいもない会話に花を咲かせること半刻ほど、向こうから近づいてくる人影と荷牛車が1台。エリィは多分アレが依頼主だろう、と軽く手を挙げる。近づいてきた人もこちらに気づいたようで、少し小走りになってエリィたちの元へ辿り着いた。礼服をきっちり着こなした40代くらいの男性で、そろそろ髪が気になるのではと思うような風体だ。失礼だから絶対に言わないが。
「申し訳ありません、お待たせいたし…………」
息を整えて初めてカルラが目に入ったのだろう。口を開いたままポカンとした顔を浮かべている。まぁそれはこんな変質者という他ない人間が堂々と立ってたらこんな顔にもなるか。
「すみません、コイツは仲間なんで気にしないでください」
「ああ、はい……エリーナさんですね?私はエルキス教ハイドロキサ支部エドゥス教会のモマイスと申します。この度は依頼を受けて下さりありがとうございます」
「いえ、こちらこそです。警護の対象はあの牛車でお間違いはないですね?」
「はい、大丈夫です。あの中にはエドゥス教会のお布施物や予算書などが入っているので……なるべく丁寧に扱うことをお願いします」
「わかりました。同行するのはモマイスさん一人ですか?」
「従者のほうが一人いますが……それがどうかしましたか?」
「いえ、こういうものを一人で運ぶことはないと思っていましたが、一人しか来なかったもので……」
「なるほど、確かにそうですね。………善は急げとも言いますし、出発としましょうか」
いいぞカルラ、そのまま黙っていてくれよ。エリィは内心ガッツポーズを浮かべながら、よそ行きの愛想だけ詰め込んだ笑顔でモマイスに対応していく。
いつの間に近づけていたのかわからないが、牛車がすぐそこに待機していた。牛車の御者が前に乗っていて、多分今話に出た彼が従者なのだろう。モマイスが牛車に乗り込み、エリィとカルラもそれに乗り込む。勿論すぐ飛び出して戦えるように全身武装状態であり、牛車の旅を楽しもうという雰囲気は微塵もない。荷台の中は整然としていて、教会が如何に清廉さを重視しているかがわかるような様子だった。
「それでは、フェノリアに向けてください」
ゆっくりと、牛車はハイドロキサを出発する。その先に待つ、龍の猛威を知らないままに。




