第10話 手合わせ―②
「いつつ……防御魔術があるとはいえ、衝撃はそのまま来るからな……」
「それくらい我慢しなさい、男でしょうが」
「あたっ」
起き上がってきたカルラの龍骨を軽くはたいて、それから手を差し伸べる。エリィは微笑んだ。カルラの口元にも、同じ形が見える。
「一本あり、でしょう?」
「ああ、こりゃ完全に一本取られた。やっぱり対龍と対人間じゃ勝手も戦術も違うな」
「言い訳は苦しいわよ。素直に認めなさいよ、私のこと舐めてましたって」
「…………」
「黙るな!あと微妙な顔すんな!」
全く素直じゃないんだから…………。ため息を落としつつ、エリィは投げ捨ててそこら辺に落ちているレイピアを拾った。とりあえず一本取った。だが逆に、自分の魔法を開示したというディスアドバンテージを背負ったことになる。次はまた別の策で行くべきか、それとも否か。
とりあえず次の試合だ。も一度、防御魔術をカルラにかけてやる。この戦闘用広間では、常に緩やかに魔力が回復する魔術が刻まれている。一時的の過剰使用には追いつかないが、平生としていればすぐに回復できる。
彼もある程度は魔力が戻りきったのだろう。手をグーパーさせて、それから向き直った。
「ゲフン、仕切り直していこうか」
「そうね、とっととやりましょう」
レイピアを、バスタードソードを構える。そういえば、カルラの構えはあまり見ない型だ。流派はどこで修めていたのだろうか。後学のために知りたいところだが……それは今の話ではない。
瞑目しつつ深呼吸して、目を、口を開いた。
「…………試合、開始」
先程とはうって変わって、今度は二人が様子を伺い合う静かな始まりだった。互いの呼吸音と装備の擦れる音だけが空間にあり、視線の交錯もただ一度のみ。
「──────【加速:二倍速】」
「──────【纏雷】」
故に、二人が動き始めるのは同時だった。カルラとエリィ、二人の魔力がトリガーとなって、魔法が発動する。エリィの身体に二人電流が走り始め、筋肉が膨れ上がったかのような錯覚を覚える。
ザリッ、と踏み込もうと砂を蹴飛ばす。その瞬間にはもう、カルラは動いていた。
「今度の俺はちと違うぜ─────ッ!!」
今回はカルラのことを注視している、先手を取られた先程とは違ってだ。だから、何とか二倍速なら目で追えていた。やはり二倍速までしか使わないという舐めた制限が、彼の敗因となることは間違いない。エリィはそう確信しながら、笑みを浮かべる。そのまま悠々と防御の構えを取ろうとした。
「目で追えるから、違いもなにも防御でき─────ッ!?」
だが、それは驚きによって中断される。いや、目で追えているのは確かなのだ。エリィの動体視力で、カルラの突貫は問題なく捉えられている。だがしかし、正面の眼前まで迫っているカルラの姿は、加速していなかった。その異様な光景に、口に出していた言葉を飲み込んでしまう。先程彼は確かに加速を宣言し、今も魔力の流れが見られる。なのに、カルラの姿は通常と同じ速度だった。
「どういう……いや、下半身だけ!!」
カルラの下半身を見る。その動きは素早く、確かに加速しているそれだ。なのに、上でバスタードソードを振りかぶるその動きは緩慢……いや、足の動きと比べたら、緩慢に見えるのだ。
(タイミングが……分からない!!カルラの狙いはこれか……ッ!!)
人間、案外速いものを見る動体視力は高いものである。慣れれば、の話だが。速度を、身体の上下でズラす。それによって、タイミングをぶち壊してきたのだ。そんなこと出来るやつなど彼ぐらいであろうが。
防御のタイミングが分からず、さらに、狙いも足に比べて動きがゆっくりすぎて逆に分からない。
「ええいままよ!」
「──────そいつは悪手だぜ、エリィ」
フッ、といつの間にかもう目前にまで迫っていたカルラが小さな笑いをこぼす。そして、バスタードソードの刃が煌めいた、気がした。
「【加速:半倍速】」
エリィの顔を守るために組んだ腕の防御より下、ちょうど下腹部あたりに、凄まじい衝撃が炸裂した。痛みは防御魔術で吸収できるが、衝撃そのものを緩和し切れるわけではない。そしてもちろん、カルラのフルスイングを受け止めきれるほど防御魔術は硬いわけでもない。
「あ────かっ」
カルラも先程味わったのであろう嘔吐感にも似た痛みと熱と共に、エリィは後ろに倒れた。視界には戦闘用広間の石造りの天井がいっぱいに広がっている。冷たそうだった。カラン、とレイピアを落とすと同時。エリィの顔を覗き込むように、カルラの龍骨がぬっと現れた。
「大丈夫か?」
「………………容赦ないわね、貴方」
「だってエリィに容赦なんてすりゃこっちが負けちまうだろ。実際一回負けてんだぜ?」
そう言ってカルラは苦笑した。カルラが言うこと、それもそうである。油断を突いて勝利したのはこちらなのだ。つまり容赦がないことは自業自得だった。エリィは上体だけを起こして、カルラの方を見る。どうやらカルラはしゃがんでいたらしい。
「さっきの挙動、どうなってんのよ……足だけ加速させて上半身は普通にしてたってこと?」
「そだな。見せてやろうか?」
そういうやすっくと立ち、カルラは少し距離をとった。魔力がふわっと巻き上がり、渦巻いて意味をなす。
「【加速:二倍速】」
……それから繰り出されたカルラの動きは、気味が悪いの一言に尽きた。だがしょうがないだろう。君たちは見たことがあるだろうか?足だけがシャカシャカと動いて上体は平然としている人間の姿を。エリィは物凄いしかめ顔で、唸る。
「う〜〜〜〜ん、端的に言って気持ち悪いわね」
「酷くねーか!?お前が見せろって言ったじゃねぇかよ!!」
「私一言も見せろって言ってないわよ!?」
とんだ言いがかりだ。ただ実を言うと、もう一度見たいとは思っていたので、これ以上の抗議はせずそっぽを向くだけに留めておく。カルラもそこまで本気で怒ってる訳ではなさそうな様子だった。
「全く……これ、意外と難しいんだぞ?」
「なんのために編み出したのよ、それ」
「龍を効率よく捌くためだな。後は、ビックリさせるため?」
「そんなものいらないでしょうよ。二度と私にやらないで欲しいわ、頭がおかしくなりそうだから……」
カルラはまるで自分のおもちゃの自慢を適当にいなされたような、とてつもなく微妙な顔になっている。やはり彼の技、剣技は全て自己流ということなのだろう。
「あーもう、私以外には使っていいのよ!多分初見で対応できる人間はいないしね」
「そうかそうか、そうだろうな」
こいつマジで煽てりゃすぐ調子に乗るな……。まぁ、いいか。ウジウジ悩まれるよりかは全然。
勝ち方はともかくこれで勝利数は一対一のイーブン。次の試合が、ゲーム的にも、そして利用時間的にも最後だ。エリィは立ち上がって、レイピアを拾い上げた。クルクルと手なりで回して、切っ先をカルラに向ける。
「さて、最後の試合をはじめましょうか」
「ああ、そうするとしようか!」
二人は切っ先を向け合う。どちらが刻印を奢るのか。そして、どちらが悔しさで眠れなくなるのか。その最後の決戦が、始まろうとしていたのだった。




