第1話 『喰龍』との出会い―①
───────龍とは、最強の生命体だ。
龍は、世界の誰も彼もが……否、生きとし生ける全ての生命体が認める、絶対的存在だ。
龍は、空を飛び地を駆け、世界を揺るがせる力を持つ覇者だ。
龍は、岩をも凌駕する硬さの鱗で身を覆い、熊をも凌駕する膂力を以て破壊を撒き散らし、鷲をも凌駕する翼を持って飛行する、万能の生物だ。
龍は、様々な伝説と共に、その恐怖を、畏怖を崇められてきたのだ。
畢竟、竜殺し───ドラゴンスレイというものは、語り草となる伝説である。どこの神話でも、その名が記されていることを確認出来るだろう。カドモス、聖ゲオルニウス、ジークフリート……などなど、具体例をあげればキリがないので割愛するが。
龍を屠ることは、勇敢にして、果敢の英雄的行為である。失敗すれば愚か者と嘲られようともなお龍に立ち向かう、勇者のみがその栄誉を得られるのだ。
……………では、龍を食べることは、称えられるべき行為なのだろうか。殺すどころか、剰えその肉を喰らい、貪り、糧とする。龍を伝説の存在と称するのであれば、それは唯の蛮行に等しいのではないか?
その答えは、今にわかるだろう。
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「数が多いわね……チッ、もう少し強化薬を買っておくべきだったわ」
「わ、私の荷車は大丈夫なのか……?」
「何とか切り抜けます。だから危ないから、引っ込んでてください!!」
もう何匹目かも分からぬ飛竜の首を切断し、首から血を吹き出す胴体を蹴飛ばして飛竜の突貫を防ぐ。不運だった。意気揚々と護衛の任を受けた矢先のこれだ、最悪な不運としか言いようがないだろう。依頼主の商人がこちらを案じて顔を出してくるが、正直戦闘中に気を散らすようなことをしないでほしい。なるべく、傷つけないように丁寧に「引っ込んでろ」と叫んで、再び眼前に集中する。
「依頼料に、プラスしてくれないかしらね……!!」
「GYAA!?」
愚痴りながらも、竜を斬る手に迷いは無い。1度受けた依頼を途中でほっぽり出すのは、自分の────レーティス・エリーナ・アイアタルの信条に反する。だから出来る手は最大限打つのだが……にしても、数が多い。飛竜の群れとはいえ、ここまで数が多いのは久しぶりに見た。ここまで竜が集まってるとなると、龍の存在を疑うべきだろう。
「B級には厳しいわよ、これ」
エリーナ……エリィは、自他共に認める普通の冒険者だ。能力が異常というわけでも、才能が異常というわけでも、ましてや精神が異常という訳でもない。ありふれた、唯のB級冒険者でしかない。まあ、3年間もこれをやっていればこれくらいだろう、という実力は持っているが、それだけだ。こんな風に、竜が数十匹単位で襲ってくれば普通に死ねる、英雄の資格など微塵もない女だ。
「備えはしていたけども……!!」
「GYAAAAA!!」
竜が襲ってくるのは予想していなかったわけではない。というかこの世界で、都市を出て竜に出くわさないことは皆無だろう。だが、予想よりもその数が多かった。竜は本来、数の多い群れを嫌う傾向にあるからだ。竜は大飯喰らいで、群れの数が増えれば増えるほど一頭あたりの餌の量は減る。だからこそ、竜はあまり群れないのだが……例外がある。それは、絶対的強者に付いていて、そのお零れを預かっている場合だ。つまりは、龍と行動を共にしている、という時。
そして、嫌な予感は、的中した。飛竜のソレとは全く違う、魔力……龍気を感じることが出来た。
「龍……!!!やっぱりいたのね!!」
「GYAOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
翼をバサバサと羽ばたかせて、ソイツは歓迎とばかりに雄叫びを上げた。青い鱗、巨大な体躯、凶暴な面。竜とは異なり、四肢を持ち、龍気を纏う生命体────龍が、そこにいた。鱗はその龍の操る属性を反映しているので、水属性か。
龍は、人間を嫌っている。思わず、鏖殺してしまうくらい。青龍は、雄叫びを上げて、そしてこちらを破壊するために、龍気を口元の一点に集中させる。龍の必殺技にして通常技、【龍咆哮】だ。
エリィは顔を引き攣らせる。B級冒険者にはちと、いやめっちゃ、荷が重い。龍を1人で倒せるのは、最低でもA級レベルの実力者でないと無理だ。水属性だからエリィの魔法と相性はいいが、それでも覆せない差というものは横たわっている。だから、エリィが取れる選択肢は一つしかないだろう。依頼人には申し訳ないが、一旦都市の方に戻って救援を───────────。
「───────お、今日の食材はっけーん」
「!?」
エリィの左後ろ、二十メートル左くらいの位置から、声がした。男の、軽い声だった。今なんて?キョウノショクザイ?卿の贖罪?凶の殖財?……………今日の食材?
思わずエリィが振り向くと、そこには腰に手を当てて、岩の上に立っている1人の珍妙な男がいた。襤褸切れのようなマントと、腰の雑種の剣。そして何より奇妙なのが、顔を、龍と思しき頭骨で覆っていることだった。
「GOOOOOOOOOOO!!!」
突如現れた闖入者に、龍は狙いを変えたようだ。龍は、喋りこそしないが、こちらの言葉を解するということは知られている。乱入してきた男の失礼な物言い、そしてふざけたような見た目に、龍も大層お冠ということか。その目は完全にキレたソレで、男を滅殺するという殺意が溢れていた。
「おーおー、活きが良いね。よし、お前はとりあえず刺し身決定だな」
「はァ!?!?何言ってるの!?」
「A、A、GOAAAAAAAAA!!!」
完全に龍気が溜まりきり、【龍咆哮】が放たれる。水属性の龍らしく、高圧の水のおまけつきの一撃が、よくわからない男を襲う。エリィはあれが直接向けられていなくてよかったという安堵と、そして男があんなものに晒されているという心配が一気に襲いかかってくる。思わず、身体が動いてしまいそうになるが、既に放たれた【龍咆哮】をどうにもできない以上、その場で警告を発することしか出来ない。
「逃げてッ!!」
「あン? その必要はねーよ…………龍の調理法その一ィ!! 活きているところを、〆る!!」
そう本当によくわからないセリフを吐いて、男は拳を握る。迫る【龍咆哮】のことを舐めているのか?だが、頭骨から覗く男の口元には笑みが浮かんでいる。
「【加速:四倍速】」
拳に魔力がまとわりついて、なにか作用する。だが、そんなもので止められるのか。何せ、相手は本気で怒り、殺そうとしてきている龍なのだ。拳を腰だめに構えて、男は再度笑みを深める。
「よい、しょォ!!!」
そして、男が拳を振り抜いていた。刹那、空気が歪み、撓む。そして【龍咆哮】が、空間が、音が、爆ぜた。ボッッ!!!!という風切り音がして、白色の光を放っていた一撃に、大穴が穿たれる。無論、直線上にいた青龍にも、その衝撃波が伝わっていたようであった。豆鉄砲を食らったような面食らった顔で、男を見ている。男は振り抜いた拳をぷらぷらと振ると、再び魔力を熾した。
「呆けてると、そのまま調理しちまうぞ」
瞬間、彼の姿が掻き消える。地面を蹴ったのか、彼が元いた場所から土埃が舞い上がり、青龍も彼を見失いかける。だが、彼が現れたのは青龍の眼前だった。その手は既に剣が握られていて────。
「【加速:四倍速】」
再び男の姿は消える。銀色の、刃の残光を落として。直後に鳴るは、キンッ!!!という金属音。それが、何度も。まるで鍛冶の鉄を打つ作業のように繰り返し、金属音がエリィの耳をつんざく。男の姿は未だ見えず、時折煌めく刃の一閃だけが、彼の証明だった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?」
青龍は、凄まじい速度の剣閃の嵐に鱗の隙間を切り裂かれていく。その物理的な痛みに、そして絶対者たる自分が傷つけられているというプライドへの痛みに、甲高い悲鳴を上げる。
「───────終いだ」
そう、声が聞こえた。彼はいつの間にか、再度龍の頭上にいた。重力に引かれつつバスタードソードを鞘にしまって、綺麗に着地する。同時に、龍の首がずり落ちた。
「………………」
エリィは、目の前の光景に、口をパクパクさせるしかない。出すべき言葉があるのだろうが、この世界の常識という常識が破壊されて、それどころでは無いのだ。
龍を数分も経たずに切り裂いた男は満足そうに頷くと、腰に下げていたもう一本の鞘から、ナイフ……いや、あれ包丁だなどう見ても。おい、ふざけんな。
「龍の調理法その二〜、新鮮なうちに捌きます♪」
なんでちょっとリズムに乗りながら喋ってんだよ、アイツ。男は包丁を振るうと、殺したてホヤホヤの龍の死体の腹辺りの鱗をベキベキとひっぺがす。それから、赤身と思しき部分の肉を切り出していく。テキパキと腕を切り落とし、足をかっさばいて、頭から龍石を取り出す。手際だけは、というか力量は、異常なほど良かった。意味わからない現実の中でも、最も意味がわからないところだった。
「龍の調理法その三、龍気をほぐします。この工程を飛ばすと、肉がめっちゃ硬くなっちまうんですよねー。家庭で面倒くさがって飛ばさないようにしてください」
どんな家庭だよ。つーか、誰に向けて言ってんだアイツ。いつの間にか机とまな板がそこにあった。いつ用意されたのか、エリィは全く気づかなかった。ぶつくさ独り言をいいながら、男は赤い肉を揉んでいく。すると、面白いほど綺麗に、龍気が抜けていくのが、エリィの目にも見えた。
「今回の味付けはソイソースだな。さっぱりめと行こう」
そう言いながらポーチから黒色の液体が入った小瓶を取りだしつつ、肉を四角形に割いていく。何処からか皿を取り出すと、切った肉を綺麗に、まるで皿の上に赤い花弁が開いたかのように盛り付ける。別添えの小皿に黒いソースを垂らし─────。
「お待ちどぉ!」
「いやお待ちじゃないわよーっっ!?!?」
エリィの渾身の叫びが森に木霊するのだった。




