追放されたの、全員今日でした。相席から始まった仮パーティが噛み合いすぎて、復帰要請はお断りします
6日間短編毎日投稿の最後の作品となります。
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少し違和感のある箇所を微調整いたしました。
ご指摘ありがとうございます。
リーダーの口が、私の名前を最後まで言わなかった。
「……つまりさ、お前は向いてないんだよ。場を回すのは助かるけど、目立たないし、決め手に欠ける。ミナ」
言い直したその一拍が、やけに長く感じた。
「今後はもっと火力のある支援を入れる。お前の結界は地味で、パッとしない。あ、いや、悪気はないんだ。わかるよな?」
わかってほしいのは、どっちだろう。私は喉の奥で笑いそうになって、それを飲み込んだ。飲み込むのは得意だ。戦闘の前に皆の靴紐を結び直すのも、揉め事の仲裁も、回復薬を割り勘で多めに出すのも、ずっと私の役目だった。
「手当や道具は返すから、清算は後でギルドに——」
「いやそれはこっちでやっとく。……な?」
「な?」の一文字が、背中を押す手つきで宙に浮いた。私の居場所も、一緒に浮かんで、そのまま落ちた。
「了解しました。お世話になりました」
本当にそう思っていた。思っていたのに、口に出すと、薄い紙のように軽くなった。皆がほっとした顔をしたから、私も笑った。笑って、拠点の扉を静かに閉めた。閉まる音が、胸の中のどこかにも響いた。
◇
行く当てがないとき、人は灯りに向かって歩く。夕暮れの石畳は冷たく、酒場から漏れる温かさが、まるで毛布みたいに見えた。
看板には「三日月亭」。入り口の鈴が小さく鳴る。
「いらっしゃい。お一人?」
「ひとり。……あ、相席でも大丈夫です」
「そこ、空いてるよ」
指さされた四人がけのテーブル。端に座っていたのは、耳がぴんと立った獣人の青年。灰色の毛並みの耳と、同じ色の尻尾。肩幅は広いのに猫背で、周りに気を遣って小さく見える。目は琥珀色で、優しい色をしている。
向かい側には、淡い緑の瞳をしたハーフエルフ。長い髪を一つに結び、耳の先が少し尖っている。細い手首には、使い込まれた矢羽の飾り。
その隣は、小柄な……たぶんドワーフの男性。けれど一般的なイメージの“がっしり髭”ではない。髪は短く、顔には影が少ない。中性的で、白い指が器用に木のコップを回している。
「どうぞ」
「ありがとう」
私は端に腰を下ろした。温かいスープと、黒パンと、薄いエールを頼む。湯気が顔に当たるだけで、少し泣きそうになった。
「……えっと、よかったら、乾杯だけご一緒しても?」
ハーフエルフが控えめに言った。声は澄んでいるのに、遠慮が混ざっている。
「もちろん」
「だったら俺から。新しい席に——静かな始まりに」
獣人がグラスを持ち上げる。彼の爪は短く丸く整えられていて、誰も傷つけない形だ。
「静かな始まりに」
私もグラスを合わせた。エールが喉に落ちる。温度が、心に届く。
「俺はガルド。狼種。今朝、パーティーから、えっと……抜けた」
「抜けた?」
「クビになった。言い換えても、意味は同じだな」
苦笑い。尻尾が情けなく左右に揺れた。
「俺、前に出ると、後ろのやつらの視界を塞ぐらしい。だから下がるんだが、下がると“壁”が足りないって怒られる。前も後ろもやると“空気読め”って言われる。空気、読んでるつもりだったんだが」
思わず頷いた。わかる。その“つもり”が、いつも通じない。
「僕はセイル。ハーフエルフ。弓と、ちょっとした風の術」
セイルは苦笑を浮かべた。細くて長い指先が、グラスの縁をゆっくり撫でる。
「万能は、便利に使われるよね。足りないところに僕を置いとけばいいって言われて、気づいたら前衛の盾になって、気づいたら後衛の支点になって、どっちの評価にもならない。最後は“器用貧乏”で終わり」
“器用貧乏”。言葉が胸に刺さって、それから妙にあたたかくなった。刺さるのは、同じ痛みだから。
「私はミナ。支援術師。結界と、足場作りと、段取り」
「段取り?」と小柄な彼が顔を上げる。瞳は灰青、目つきが穏やかだ。
「戦闘の前に道具の位置決めたり、合図の順番を決めたり、誰と誰は視界が重なるから配置をずらそうとか。……そういうの」
「それ、うちの誰もやらないやつだ」とガルド。
「やらないね」とセイル。
「やっても、褒められないやつ」と私は笑う。
「僕はテオ。ドワーフ。鍛冶と小物の発明。でも小物ばかりだからって、役に立たないって言われた。大きい武器をドンって置いたほうが、見栄えがするらしい。……でも、小物は命の端を留めるんだよ」
テオは木のコップの底をコン、と指で叩く。ささやかな音がテーブルの四隅に広がって、戻ってくる。
「……ねえ、みんな、今日?」
「今日」とガルド。
「今日」とセイル。
「昼過ぎ」とテオ。
「奇遇だね」
笑って、少し黙った。黙っているのに、会話みたいだった。不思議と、沈黙が怖くない。テーブルの上のパン屑を集めていると、ガルドがもぞもぞと耳を触った。
「俺、追放の場でさ。最後に『ごめんな』って言われた」
「うん」
「その“ごめん”は、俺のためじゃなかった。言った側が楽になる“ごめん”。わかる?」
「わかる」とセイルと私が同時に言った。テオが、わかるって顔で頷いた。
「僕は『またね』だった。またはなかった」
「私は『感謝してる』だった。いるうちに言ってほしかった」
「僕は『才能があるから別の場所で』。才能、ちゃんと見てくれてたら、俺はまだ、そこにいるはずだった」
四人で、同じため息を吐いた。吐いた後、少し笑えた。
「それで……これから、どうする?」とセイル。
「登録所に行って、日雇い?」と私。
「工具の研ぎ直し。あと、片付け。僕、しばらく片付け要員だったから」
「俺は……寝る。明日の朝が、今日は早い」
笑いがこぼれる。ガルドの尻尾が、少し元気になった。
「——組むか」
誰が言ったのかわからない。私じゃない気がするけれど、私の喉から出たようにも感じる。四人の視線が、まん中でぶつかって、ほどけた。
「仮でいい。やってみて、違ったらやめればいい」
「仮がいちばん、信用できる」とテオ。「仮のほうが、修正が効く」
「名前は?」とガルド。
「まだ早い」とセイル。「帰りの道で、思いついた順に」
私たちはグラスを合わせた。乾杯は大きな声じゃない。小さな音で、ちゃんと響く。
◇
翌朝、ギルドで仮登録を済ませ、雑用の依頼を二件受けて、肩ならしのつもりで街道の見回りに出た。空は薄く曇って、風は穏やか。土の匂いがやさしい。
「右、遠い」「左、手前」——自然と、必要最小限の言葉だけが飛ぶ。誰も被せない。誰かの言葉が終わるまで待てる。それだけで連携は半分できているのだ、と初めて知った。
丘の向こうから、悲鳴。荷馬車の影が斜めに走り、空が陰った。風の流れが変わる。羽ばたきの気配。
「——ワイバーン」
セイルの声が落ち着いている。驚いたのは、その次だ。
「翼関節、右が甘い。風の乱れが違う」
彼の瞳が、細く絞られた。矢筒の口が開く。
「馬車、守る」とガルドが前に出る。「ミナ、俺の右、支えて」
「任せて」
私は足場の模様を地面に描き、ガルドの膝裏に軽い押しをつくった。跳ぶ方向にだけ、重心が滑らかに落ちる。ガルドが低く吠える。獣の爪が土を掻き、彼は一直線に飛び出した。
「テオ、留められる?」
「留める。三秒」
テオが背嚢から、小さなボルトカノンを出す。掌サイズの鉄筒。引き金を引くと、細いワイヤー付きのアンカーが、空へと弧を描いた。
「——今」
セイルの矢が、目に見えない風の糸をまとって放たれる。矢は右の翼の関節に入って抜け、ワイバーンの翼が一瞬だけ緩んだ。そこでワイヤーのアンカーが関節の隙間に噛み、テオが引き戻しのレバーを回す。小さな機械が唸り、ワイバーンの翼が引かれた。
私は地面に結び目を描いた。風と土の結び目。アンカーの引きと合わせて、地面側から引き留める。ブレスが来る。ガルドの前に薄い結界を張り、熱を流す。熱は凶器だが、流れていれば怖くない。流し先は空。空は広い。
ガルドが影に潜り、飛び、喉に拳を叩き込む。沈むのは一瞬。ワイバーンが体勢を崩し、翼が地面を叩いた。
「あと一押し」とセイル。「ミナ、結び目、もうひとつ」
「作る」
私は手を伸ばし、テオのワイヤーに指先で触れる。結び目が増える。セイルの二の矢が、尾の付け根を射抜いた。ガルドが尻尾の動きを読んでかわし、足の鉤爪で地面に縫い付ける。テオが別方向からアンカーを撃ち、左右のバランスを崩す。
「今!」
四人の声が重ならないのに、合う。ガルドの膝が入る。セイルの矢が最後の軌道を制す。テオのレバーが止まり、私の結び目が解ける。解けた勢いのまま、ワイバーンは横に倒れ込んだ。地面が揺れる。砂埃が舞い、空気がひとつ大きく息を吐いた。
荷馬車の御者が顔を出し、震える声で礼を言った。私たちは頷いて、手短に後処理をする。素材の切り出し、証明の刻印、周囲の安全確認。誰も「やってよ」と言わない。誰が何をするか言われなくてもわかる。それが、こんなに楽だとは思わなかった。
「……勝った、ね」
セイルが弓を下ろす。ガルドが尻尾をぶん、と振って、すぐに気づいてそっと抑えた。テオがボルトカノンを丁寧に布で拭く。私は結界の薄皮をはがして、手のひらに包んだ。拍手がない勝ちは、静かで、確かだ。
「打ち上げに、行こうか」
誰が言ったのかわからない。四人とも同じ顔で笑っていた。
◇
三日月亭は、夜になると客でいっぱいだった。カウンターの女将さんが顔をほころばせる。
「おや、昼間の四人! 生きて帰ってきたね!」
「はい。ワイバーンの尾、厨房に預けても?」
「うちでスープにできるのは鶏だけだよ。ほら、奥の席。今日はもう……相席、いらないよね」
奥の四人席。テーブルの上に、肉の煮込み、芋のグラタン、焼いた白パン、たっぷりのサラダ。エールの泡がやさしい音を立てる。四人で乾杯する。声は大きくない。大きくしなくても、今夜はちゃんと届く。
「俺、言っていいか」
ガルドが照れた顔で、言った。
「今日、楽しかった。怒鳴られないし、誰かの失敗の穴埋めを、誰にも押しつけない。足並みが合うって、こういうことか」
「僕も。矢が自由に飛ぶって、こんなに気持ちがいいんだね」
セイルがグラスを胸の前に持ち、言った。
「僕の小物、役に立った」
テオが照れたようにうつむく。私は笑って、頷いた。
「私の結界、今日、きれいに流れた」
それだけで、少し泣きそうだった。誰かに“すごい”と言ってほしいんじゃない。ちゃんと効いたねって、一緒にわかっていたいだけだ。
「みなさん、すみません。ミナさんたちって——」
店の子が、申し訳なさそうに奥を指す。四つの影が入口に立っていた。見覚えのある、足音。胸の奥のどこかが、少しだけ固くなる。
一組目。私の元パーティー。派手なマントのリーダー。後ろに新しい支援術師。明るい色の袖口。
「ミナ」
名前を呼ぶ声が、あの時より低い。私は立ち上がらない。座ったまま、グラスを両手で持つ。
「……討伐の件、聞いた。ワイバーン、だろ。俺たちも探してた。よかったら、戻らないか。やっぱり、お前の段取りが必要だ」
背中のどこかが熱くなる。懐かしい音色。でも、違う。
「依頼なら、受けます」
私は静かに言った。
「でも、戻りません。今の席は、四人分です」
テーブルの縁に手を置く。指先の場所は、さっき決めたまま。私はそこから動かない。
二組目。ガルドの元の仲間らしい。華美な魔術師と、装飾の多い軽戦士。彼の耳がぴん、と立つ。尻尾が椅子の脚に巻きつく。
「ガルド。あの時は言い過ぎた。戻ってこいよ。やっぱりお前の壁じゃないと、落ち着かない」
ガルドは苦笑した。笑いの形が、今日の彼の勇気だ。
「俺、壁じゃない。俺は、前で支える」
三組目。セイルの元の仲間。派手な弓使いが前に出て、肩をすくめる。
「万能くん。やっぱ君、必要だわ。あの新しい子、全然ダメ。ね、戻ろ」
セイルは、グラスを置き、遠くを見た。目の色が少しだけ濃くなる。
「僕は、不足を埋めるための穴じゃない。風の向きを見る役。……ごめん、戻らない」
テオの前にも影が立つ。重厚な男。胸元の鎖に、大きな金槌の飾り。
「テオ。お前のちまちました玩具、悪くなかったが、やっぱり“見栄え”がな。今日の討伐で名前が出た。戻って大物作れ」
テオはあまり目を合わせないまま、台所の方向をちらりと見た。グラタンの焼き色を気にする人みたいに。
「僕の小物で、今日、命が留まったのを見た。だから、僕はこっちで作る」
言葉は短い。でも、強い。三つの影が、少しだけ揺らいだ。
「……そうか。考え直したら——」
「その時は依頼として窓口で。割引はしないけど、期日は守る」
私が言うと、三人同時にため息をついた。笑いそうになった。
「ミナ」
リーダーが最後に、もう一度だけ、私の名前を呼んだ。私は頷いた。挨拶だ。さよならを言うための。
「お疲れさまでした。——お互い、頑張りましょう」
誰も拍手はしなかった。でも、静かに幕が下りる音がした。四つの影は順番に外へ出て、店の鈴が4回鳴った。話し声が戻り、肉の匂いが戻った。女将さんが新しい皿を置く。グラタンの表面が、ちょうどいい色で揺れている。
「四人の名前、そろそろ決める?」とセイル。
「余白は?」とテオ。「目立たないけど、必要なスペース」
「いいな」とガルド。「俺、余白は落ち着く」
「余白の四人。仮、ね」
「仮が、いちばん修正が効く」
グラスを合わせる。小さな音が、ちゃんと響いた。
◇
食べ終わった皿を積み、私は明日の段取りを書き出した。ギルドで正式登録、素材の換金、テオの工具の補充、ガルドの革鎧の補修、セイルの弦の張り替え。昼のうちに近場の巡回を一本。夕方、三日月亭で簡単な反省会。
紙に書いていると、ガルドが覗き込んだ。
「それ、段取り?」
「うん。みんなの分、コピーして配るね」
「助かる」
セイルが弦を指で弾き、テオが小さなオイルを弦に一滴落とす。私は女将さんに、テーブルの端のささくれを指で示した。彼女は笑って、明日直すと言った。直せるところから直す。それで十分、前に進める。
「ミナ」
「なに?」
「——今日、楽しかった」
ガルドが二度目に言ったその言葉は、最初よりずっとまっすぐだった。セイルが微笑み、テオが頷く。私も笑った。
「私も。すごく」
「またね」は、明日の約束として言う。私は立ち上がって、女将さんに会計を頼んだ。手の中の銀貨が、ちゃんと見合う仕事の重さを持っている。
店の鈴が鳴る。外の夜は涼しく、街灯の光が石畳に落ちていた。四人の影は、四つに並んで、ちゃんと並列に伸びる。誰かの影に飲み込まれない。誰かの影の陰になって消えない。
追放された私達の夜は、終わった。余白の四人の一日目は、今終わって、明日から始まる。歩幅はバラバラで、でも不思議と合う。理由は、たぶん簡単だ。気遣いできる四人が、互いの気遣いを信用できるから。
「明日、九時」「了解」「了解」「了解」
同じ言葉が、同じ重さで、同じ速度で飛ぶ。私は胸の中で、その言葉を一度ずつ撫でて、ポケットにしまった。
都合の良い自分でいるのはもうお終い。
酒場の灯りを背に、街路の先に、静かな始まりがのびている。まるで、私達の門出を祝っているかのように。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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