表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/25

4.5-a 幕間 トキメキと渋茶




ルチシャが厩舎を訪れたのは、自分の恋人が迷惑をかけていないか確認のためだった。



ヘイゼルはあまり馬車などの人工的な乗り物が好きではない。


だから庭先まで飛んできたり、精霊の道と呼ばれる人間には目視できない道やローアンの森を経由して伯爵家を訪ねてくることが多い。

竜は飛翔時には同族以外からは姿が見えないそうで、空を飛んで来る日はルチシャが気付いたときには庭先に到着していることが多いためとても驚いてしまうのだが。


ヘイゼルが気儘に庭先から登場するため、正面玄関ではなくテラスで出迎えてそのままお散歩へ行ったり客間でお茶をしたり…という流れが出来上がりつつある。


庭師のギリアムとはいつの間にか交流を持っていて、ヘイゼルが裏庭側の森から訪れた際には彼が屋敷まで案内してくることもある。

どうやら植物愛好家同士で積もる話もあるらしく、ヘイゼルが興味を持った庭の樹木や植物について、ギリアムは嬉々として説明しているようだ。



ヘイゼルは樹木の精霊であり、竜の姿で庭に着陸したとて、植えられている植物を傷つけることはない。

けれども生き物への影響は異なる。

森の害獣を含め、やはり強大な力を持った存在には本能的な忌避感を抱くものだ。


リリオデス伯爵家には、二頭立ての馬車を牽引するための馬二頭と、遠乗りや緊急時に護衛や伝令が使用するための馬三頭が置かれている。

彼らが竜王の気配に怯えていないかしら…とルチシャは心配になったのだ。



訪れた厩舎にはちょうど、御者も兼任する厩務統括のダスティが居た。他の下働きたちは飼い葉の世話や馬の手入れで忙しくしているようだ。



「おや、ルチシャお嬢さま。このような場所まで如何されました?連絡は入っておりませんが、遠乗りのご希望で?」


「馬の様子を見に来たの。最近お屋敷に竜王さまがいらっしゃるから、馬たちに負担がかかってないかと思って」


「なるほど。馬たちをご心配下さりありがとうございます。ですが、その問題なら既に解決済みですよ。お嬢さまの恋人であられる竜王さまが直々に対処くださって…」


「竜王さまが?」


「ええ。いつだったかギリアムと一緒に厩舎までおいでになりまして、馬が怯えては憐れだからと」



ダスティからの言葉は寝耳に水だった。

これまでの交流のなかでヘイゼルがとても優しい御仁だとはわかっていたが、まさか厩舎にまで気を遣ってくれていたとは。


けれどもルチシャが気になったのは、庭師と共に厩舎へ来たというところだった。

伯爵家の敷地内を歩くのに道案内が必要なのは理解しているが、自分ではなく庭師のギリアムを頼ったというところで妙な敗北感を覚えてしまう。



「………ギリアムは私より竜王さまと交流しているのではないかしら」



軽く落ち込んだルチシャを見て、ダスティは困ったように笑った。そして声を潜めて、当主である父も知らないであろう、とっておきの秘密を教えてくれる。



「実はギリアムの祖母は魔女なんですよ」


「え!?」


「魔女である祖母から森や植物との関わりを教えてもらって庭師になったらしいんです。竜王さまの森にも管理者としての魔女がお住まいとかで、植物に対する考え方が………お嬢さま?」


「………あの方の森に魔女がお住まいだなんて知らなかったわ」


素敵な秘密を教えてもらったはずなのに、ルチシャはさらに落ち込む事態になってしまった。

恋人になってからまだひと月程度なのだから知らないことが多くとも仕方ないのだが、それでも庭師に負けているという現実はツラい。


ダスティはどんよりと顔を曇らせたルチシャを見て、どうフォローしたものかと頬を掻いた。


「えーっと……ギリアムに何か伝えておくことはありますかね」


「そうね…竜王さまが忌避されるような話題があれば教えて頂戴と伝えてくれる?いくら恋人とはいえ、距離感を誤って不快な思いをさせるわけにはいかないもの……」



ギリアムばかり交流してずるいと喚こうにも、ヘイゼルが庭師との対話を望んでいるのであればその交流を阻害するのは得策ではない。

むしろ、貴族籍でない使用人とも分け隔てなく接してくれているのだと思えば、その心の広さに感謝してもいいくらいの出来事だ。


ルチシャは気を取り直すように顔を上げると、ふぅと息を吐いた。


「私ももうちょっと踏み込んでみてもいいのかしら……」


「どうでしょうね……男同士で酒を片手に軽く話す話題と、恋人と食事をしながらの話題が全く違うように、お嬢さまとギリアム相手とでは、向き合い方も話の内容も違うのは当然かと。

竜王さまが現状で満足しておられるなら、無理をなさらなくてもいいのではありませんか?」


「そうね………ありがとうダスティ。仕事の邪魔をしてごめんなさい」


「綺麗な場所ではありませんが、気が向いた時にはいつでもどうぞ。馬たちも喜びます」


二ッと笑った頼もしい厩務統括に手を振ってルチシャは屋敷へ戻る。



明日は七日振りにヘイゼルと会う日だ。

お茶の時間に何か聞いてみようかな……それよりも自分も植物の勉強をするべきかしら…と、ルチシャは会話のきっかけを得るべく二階のライブラリへ足を運んだ。








「少し不機嫌そうに見えるね?」



頬を指の背で撫でられて、ルチシャは悪戯心から、わざとぷくりと頬を膨らませた。


片手で祠石を粉砕できるほどの怪力を持っているのに、ヘイゼルがルチシャに触れる手つきはいつでも繊細で優しい。


今日は隣に座っておしゃべりしたいですと告げたところ、構わないよとあっさり頷いてくれたため、長椅子で隣り合ってのティータイムだ。

向き合って座るよりも少しだけ近くて親密な距離。

手を伸ばせば相手に触れられるけれど、顔を見るためには身体を捻って見上げる必要がある。

いつもよりも近くで聞こえる罪深い声に胸は高鳴るばかりだが、美麗な顔が見えないのが少々惜しくもあり、ルチシャは心の中で激しく葛藤していた。


膨らました頬を突いて萎ませる遊びを二度三度やってから、ルチシャは身体をヘイゼルの方に向け、首を傾げた。

何かな?と言いたげに、見つめ返される。



「……ヘイゼルは私と話をしていて楽しいですか?」


「話さずとも、姿を見ているだけでも喜ばしく思うよ」



柔らかな微笑みとともに告げられた言葉に、ルチシャは胸を押さえた。給仕のために壁際で控えている侍女見習いも、堪らず口元を手で覆っている。


「………胸がしんどい」


「不快だったかな?」


「いいえ、高鳴りすぎて苦しい気がするだけです」


「ああ……それは重畳だ」



顔が見たいと覗き込まれそうになって、慌てて両手で制す。

急いで表情を整えて座り直すと、ヘイゼルは少し残念そうな顔をして「どんなきみでも可愛いと思うよ」と糖度高めの発言をくれる。



(いけないわ。いつもこんな調子で甘い言葉に酔いしれているから、会話が広がらないのよ)



今日は聞きたいことを聞くのだと決意して見上げた先にあるのは、整った美しい顔。

ルチシャが何を言い、どんな行動を取るのだろうかと穏やかに観察しているようだ。



「……ヘイゼルの森の話を人伝てに聞いたのですが、それを話題にしてもご不快ではありませんか?」


「構わないよ。誰から聞いたのかな?」


「庭師のギリアムが厩務統括のダスティに話し、厩舎での雑談のなかで私に伝わりました」



使用人が告げ口をしたわけではないと弁明したくて、ルチシャの耳に入った経緯を詳しく伝えると、気にしないよと頷いてくれる。

その顔に本当に不快感が隠れていないか確認していたら、気を遣わずとも聞きたいことはいくらでも聞いて構わないと寛大な言葉をくれた。



「ヘイゼルの森には魔女がお住まいなのですか?」


「住んでいるね。僕が不在にしている時はその子が管理を代行している」


「私はてっきり、ヘイゼルは魔女が嫌いなのだと思っていました」


「ああ……あんな事があったからね、今は比較的嫌いかな」



てっきり、森に住む魔女とヘイゼルを封印した魔女は違うから…というような回答が来ると思っていただけに、あっさり「嫌いだ」と断じられたことに驚いてしまう。

ヘイゼルはそんなルチシャの考えを見透かしたように、その理由を教えてくれた。



「魔女は何かと輪を作って互いに交流しているから、僕の森に居る魔女があの性悪魔女と繋がっている可能性もある……なにせあの日、僕が森を出てローアンの元へ行くことは外部の人間は知り得ないことだったからね」


つまり、魔女同士で結託してヘイゼルの封印をおこなった可能性があるということだろうか。

森の管理を任せるくらいに信頼している魔女から裏切られたのだとすれば、それは悲しいことだろう。


しょんぼりしたルチシャの頬を、ヘイゼルの指の背が控えめに撫でる。


「身近な人間に裏切られているかもしれないと憐れんでくれているのかな?」


「憐れんでいるのではなく……ヘイゼルが悲しいのは嫌だなと思いまして」


「ああ………悲しんではいないから大丈夫だよ」


「……悲しくないのですか?」


うん。とあっさり頷くヘイゼルに首を傾げると、裏切られたら報復するだけだと微笑まれた。

単純明快だけれど、果たしてそれでいいのだろうか。



「僕の森の魔女は真面目だし古き者で力の強い子だから、例の魔女がどうこうしようとしても、通常なら敵うはずもない。まだ直接確かめていないから疑いは晴れてないけど、操られでもしない限り、僕に反抗するとは思えないかな。

何よりあの子は頭が回るからね…僕を封じるならもっと効果的な方法を取るだろうし、途中で解けてしまうような中途半端な封印はしない筈だ」


「ある意味信頼されているのですね」


「長く傍に居るからね。まあ、万が一にも関与しているなら、容赦なく呪って終わりだ」


「関与していた場合、情状酌量の余地はないのですか?」


「呪いは種類もたくさんあるし、裁量によっていくらでも臨機応変に対処できるんだよ。殺すのは惜しい子だから、二度と逆らえない程度に留めるかもね」



暴力は一瞬で結果が出てしまうけれど、呪いであれば、命を終わらせるまでの猶予期間を調整できたり、命を取らずに日常生活に纏わる地味な嫌がらせ程度に収めたりと、使い勝手が良いのだと教えてくれる。


ちなみにヘイゼルを封印した魔女は、生かしておいても面倒事が重なりそうだから問答無用で殺す予定らしい。


殺人は重罪だと教えられているルチシャの倫理観が崩壊しそうな話だが、自分の恋人は竜なので仕方がないのだろう。


「ルチシャも、困っていることがあれば相談してごらん?」


困っていることと言われても、相談したせいでうっかりお相手が呪われるほうが困る。

むしろそれこそが困り事なのでは?と天啓を得て、ルチシャは隣を見上げた。



「…困ったことに、恋人がすぐに呪いを発動しようとするのです」



おや。という表情をしたヘイゼルは少し意地悪そうな目で微笑んだ。



「それは困ったね……きみには、恋人のどんな欠点も愛おしくなる呪いをかけてしまおうか」


「欠点と思っていないので、その呪いは効きませんよ」



困り事ではあるが別に欠点ではないし、呪ってしまうヘイゼルを嫌いなわけじゃない。


精一杯の澄まし顔で言ってみせたのに、とろりと甘い笑みで「……可愛いね」と囁かれて心臓は大ダメージを負った。


バクバクと早鐘を打つ瀕死の胸を押さえながら、部屋の片隅で待機する侍女見習いに「物凄く苦いお茶を頂戴」とおかわりを要求したものの、

どれだけ苦いお茶を飲んでも、追加供給される竜王からの甘い言葉たちのせいで鼓動が落ち着くことはなかった。





.

今週末は幕間4.5-aとbを更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ