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コスパ最強の嫁

作者: ネトラム

佐々木健太、34歳、独身。年収600万円の俺は、この世の中を賢く生き抜く術を心得ている。資産はすでに一千万円を超え、アパートは家賃5万円の掘り出し物だ。外食? 笑わせるな。コンビニ弁当すら我慢すれば、月々の収支は黒字だ。世のバカどもが無駄遣いでろくに貯蓄もない中、俺は冷静に資産を築いてる。結婚だってそうだ。「結婚なんて冗談じゃない」と俺はいつも笑う。だって、考えてみろよ。嫁なんてのは食い扶持を増やすだけの負債だ。家計簿に余計な赤字を刻むリスクを、俺が背負う必要はない。


それでも、夜中に缶ビールをちびちび飲んでると、たまに思うわけだ。「もし一切無駄遣いせず、俺のためにタダで働いてくれる女がいたら、まあ、結婚してやってもいいかな」と。合理的で完璧なアイデアだろ? コスパ最高の人生設計だ。そんな女が現れるわけないって? まあ、夢想くらいは許されるさ。俺の賢さが現実を変えることだって、あるかもしれないんだから。


翌朝、玄関先に女が立ってたときは、正直、俺の頭脳が奇跡を呼び寄せたかと思ったよ。

色白で華奢、黒髪を緩く結んだ清楚な女。名は「ユキ」と名乗った。「あなたの妻になりたい」とか唐突に抜かすから、俺は鼻で笑ってやった。「無駄遣いしないなら、いてもいい。試用期間だ」。ユキは静かに頷き、その日から同居が始まった。賢い選択だろ? リスクゼロで様子見だ。


ユキは驚くほど使える女だった。朝5時に起きて掃除を済ませ、俺の弁当を手作りし、夜は残業帰りの俺のために風呂を沸かす。しかも、俺の金に一切手を付けない。スーパーの買い物すら「必要ない」と断る徹底ぶりだ。俺は内心ほくそ笑んだ。こいつ、完璧な節約マシンじゃん。世の中の男どもが嫁に財布を握られ小遣い2万で窮屈な生活をする中、俺は無料で家政婦を手に入れた。ユキの働きっぷりと無駄遣いしない姿勢は、俺の天才的な判断力を証明してるようなもんだ。食卓で一緒に飯を食うことはないが、まあ、そんな時間は仕事で忙しい俺には不要だ。


でも、数週間後、異変に気づいた。冷蔵庫の米が異常に減ってる。10キロ袋が一週間で空になり、スーパーの特売肉や野菜も消える。俺の鋭い洞察力が警鐘を鳴らした。「まさか、俺の知らないところで何かやってるんじゃないか?」と。ユキの穏やかな笑顔すら、裏があるように見えてきた。賢い俺を騙す気か? この女、偽善者じゃねえか?


ある土曜日、俺は完璧な策略を練った。「会社行くわ」と嘘をつき、アパートを出てすぐ、裏口から戻って押し入れに隠れた。俺の知恵が試される瞬間だ。昼過ぎ、ユキがキッチンで動き出す音が聞こえる。炊飯器の蒸気、包丁の音。そして、異様な気配。俺は息を殺し、隙間から覗いた。


ユキは大量の米を炊き、握り飯を次々と作ってた。テーブルには山のような飯が積み上がる。そして髪を解いた瞬間、俺の天才的な頭脳は凍りついた。頭頂部に、ぱっくり裂けた巨大な口。赤黒い舌がうねり、鋭い歯が並ぶその口に、握り飯を放り込み始めた。一つ、また一つ。咀嚼音が響き、時折「グチャッ」と骨が砕けるような音が混じる。あの細い体が、どうやってその量を収めてるんだ? いや、人間じゃない。あれは、人間じゃねえ。


膝が震えた。ユキが正体を隠してた理由が、俺の賢い頭に閃いた。こいつ、俺を食う気だ。金も命も、全部奪う気なんだ。押し入れの中で冷や汗をかきながら、俺は決意した。「別れるしかない」。賢い俺なら、この危機も乗り越えられる。


その夜、俺はユキに切り出した。「お前、出てってくれ。もう用済みだ」。ユキの顔から笑みが消え、目が細まった。「そうか。残念だな、健太」。その声は低く、喉の奥から響くようだった。次の瞬間、彼女の体が膨張し、皮膚が剥がれ落ちる。現れたのは、山姥みたいな化け物だ。顔は歪み、爪は鋭く伸び、口からは涎が滴った。「お前が欲しがったのは私だろ? 逃がすわけないよなァ!」


俺は悲鳴を上げ、アパートを飛び出した。化け物が追ってくる。爪がコンクリートを削り、唸り声が夜空に響く。「ケンタァ! お前は私の物だァ!」恐怖で足がもつれながら、俺は近くの公園へ逃げ込んだ。そこに、偶然にも菖蒲の植えられた池があった。俺の機転が光る瞬間だ。飛び込み、水草に身を隠した。


化け物の足音が近づき、池の縁で止まった。「どこだぁ? お前、隠れても無駄だぞぉ!」だが、菖蒲の匂いに鼻を押さえ、化け物は顔を歪めた。「チッ、こんな臭い場所かよ……」。やがて足音が遠ざかり、俺は泥水の中で震えながら息をついた。賢い俺が勝った……と思った。


翌朝、アパートに戻ると、異様な静けさが待ってた。ユキの痕跡は消え、冷蔵庫の米袋も空っぽ。だが、異変はそれだけじゃなかった。通帳が机に置かれ、俺の貯金一千万円が全額引き出されてる。ネットバンクの履歴を見ると、昨夜のうちにどこかへ送金済みだ。部屋を見回すと、家具も家電も、何もかもがなくなってた。俺が築いた全てが、一晩で消えた。


膝から崩れ落ち、俺は気づいた。ユキは俺を食わなかった。代わりに、それ以外の全てを食ったんだ。


残ったのは、空っぽの冷蔵庫だけだった。

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