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私を信じてくれなかったあなた達の元に戻ることはありません〜聖女の瞳の真実〜

作者: もちまる




「イザベラが聖女だと?!そんなバカな!!いや、そもそも瞳の色が聖女と全く違うではないか!!」


 陛下と共に現れ、聖女として紹介を受けた私を見て顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒鳴るように大声を上げる元お父様と、「そうよそうよ!」とキーキー頭に響く大声で合いの手を入れる元義母様。


「嘘だ!!聖女はリアのはずだ!!だって瞳の色が……」


 非難の滲む声を上げながらも、困惑したように私の瞳と義妹の瞳を見比べる元お兄様。


 義妹の…いえ、元義妹のリアはというと、プルプルと身体を小刻みに震わせながら、可愛い顔を歪め紫の瞳で私をキッと睨め付けている。そんなリアを支えるように肩に手を添えながらも、なぜか私をボーッと見つめてくる私の元婚約者ローガン・ハートフォール侯爵令息。


 他にも見知った顔がたくさんいる。リアが現れた途端、私の元から離れていった元友人。「そんなんだから愛想を尽かされるのよ」と婚約破棄された私を嘲笑うためにわざわざ手紙を送ってきた侯爵令嬢。


 そんな仕打ちに傷ついた私を優しく受け入れてくれた新しい家族。私の環境が変わっても、変わらずに側で支えてくれた大切な友人達。この人達が誇りに思ってくれるような私でありたい。


「鎮まれ!」


 陛下の一喝でシーンと静寂が流れる会場で、陛下に促され、新しい名を名乗る。


「この度聖女の任を拝命いたしました、イザベラ・ローズデールです」



※※※



 私はリッチモント侯爵家に長女として生を受けた。私の2つ上にはオーウェンお兄様がいて、お父様お母様の寵愛は全てお兄様に注がれていた。


 殴られたり食事をさせてもらえなかったりという虐待はされなかったものの、両親からの無関心は幼心に深い寂しさを覚えた。


(勉強をもっと頑張れば、お兄様のように褒めてもらえるかもしれない)


 そんな幼い私の願いは、満点をとった家庭教師のテスト結果を見せに行き、バチンと初めて頬を打たれた時に砕け散った。


「オーウェンより頭が良いっていう自慢のつもり⁈顔がお義母様そっくりなだけでも嫌だというのに、何て性格が悪いの!」


 そう言って泣き崩れるお母様、そんなお母様に寄り添い冷たくこちらを見つめるお父様。


 頭が真っ白になりつつも、いつの間にか自室に戻っていた私は、打たれた頬を冷やしてくれるメイドのアンから亡くなったお祖母様の話を聞いた。


 どうやらお祖母様は非常に厳格な方だったらしい。奔放な性格のお母様は嫁いできてから毎日ビシビシしごかれ、お祖母様を恨むようになったそう。お父様もお祖母様には逆らえず、また幼少期から厳しくされていたこともあってお祖母様が苦手なのだそうだ。


 お祖母様は私が生まれる前にお亡くなりになっていて、お祖母様の肖像画も全て燃やしたくらいお父様お母様からすれば忌むべき存在だったと。そうして生まれてきた私がお祖母様と同じ銀髪に紅瞳を持っていたため、両親は心底落胆した様子だったらしい。


 ただし、昨今家族を虐待などしたら貴族といえど罰せられることになるため、殴ったり食事をさせなかったりということはしないものの、なるべく私と関わりたくない……と。


「できれば私もオーウェン様付きになりたかったんですけどね、これもまあ仕事ですから」


 アンはそう言い捨てるとサッサと部屋を出ていってしまった。


 これが私がまだ7歳になったばかりの出来事である。



※※※



 それからの私は、家庭教師からのテストも当たり障りのない点数をとり、なるべく自分から両親に近寄らないように心がけた。「あの眼で見られるとゾッとする」という両親の会話を盗み聞きしてからは、分厚い眼鏡をかけて瞳が見えないようにした。


 おかげで周囲から受けた評価は"容姿も勉強もまあまあの侯爵令嬢"。


 その評価に酷く私はホッとしていた。正しく私が狙っていた通りに周囲から私が見えているということだからだ。お兄様はそんな私の心情を知らず、「こんなのが妹なんて最悪だ」といつもバカにして笑っていたが。


 そんな私にも6歳の頃からお父様に決められた婚約者がいた。ローガン・ハートフォール侯爵令息だ。


 家族の愛を受けられなかった私に「僕がずっと君のそばにいるよ」と照れながら微笑みかけてくれたローガン様。


 私の初恋だった。


 眼鏡をかけるようになってからもローガン様の態度は変わらず、16歳になってローガン様に嫁ぐ日を今か今かと心待ちにしていたが、私が15歳になり、お母様が亡くなってすぐに新しいお義母様と義妹が現れたことで、それは儚い夢となってしまったのだ。



※※※



 お母様が突然の病でお亡くなりになり、その死を悲しむ間もないままお父様が屋敷に連れてきたのは、色っぽい大人の女性と、金髪に紫の瞳を持つ美しい少女だった。


「これから仲良くしてちょうだいね」

「初めまして、リアです!あっもう違うんだ!リア・リッチモントです!」


 お父様が連れてきたのは、再婚相手のサマンサお義母様と、義妹のリアだった。


 なぜリアがリッチモントの名を?と疑問に思ったものの、お父様の説明でサマンサお義母様は長年の愛人、リアはお父様の隠し子だということがわかった。お父様の実子、つまり、リアはリッチモント侯爵家の血筋ということになる。そして驚くことに、リアの歳は私と同じ15歳。


(そんなに前からお母様のことを裏切っていたなんて……。あんなに仲が良さそうに見えたのに。でも、あの子の瞳……)


 このルプレシア国には聖女の伝説がある。もう300年ほど前になるが、この地に聖女が現れ、様々な厄災から人々を守り、病を癒やしたという。教会の絵画に描かれたその聖女の瞳が紫色だったことから、ルプレシア国では紫の瞳を持つ者に並々ならぬ憧れを抱く者が多い。


 自分と同い年の母親違いの姉妹。

 お祖母様と同じ紅瞳ゆえに家族に嫌われる私と、国民から愛される紫の瞳を持つ少女。

 

 私が憧れ求めた両親からの愛情を、当たり前のように受け取っている少女。


 バクンバクン!と、耳に心臓があるのかと疑ってしまうほど脈打つ心臓、熱くなる瞳に涙が滲んでいることに気がつき、分厚い眼鏡を掛けていることに心から安堵した。


 フゥと聞こえないように小さく息を吐き、少し心を落ち着かせると、お兄様の様子が気になり、チラッと顔を覗き見る。すると、お兄様は口を半開きにしてポーッと熱に浮かされたように頬を赤くしてリアを見つめていた。


 この様子は聞いたことがある。「一目惚れするとね、ポーッとなってしまうらしいわ」と以前友人のマリアが言っていたのだ。


(まさかこの状況でお兄様はリアに一目惚れを?)


 お母様を裏切ったお父様に対して怒っているに違いないと思ったお兄様の予想外の反応に呆然としていると。


「オーウェン、どうだ!リアは可愛いだろう」

「はい父上!こんなに可愛い妹ができるなんて夢のようです!それに紫の瞳を持つ妹だなんて!リア、これから仲良くしてくれ!お義母様も、これからよろしくお願いします!」

「私も嬉しいです!ありがとうございますお兄様!」

「ふふ、こちらこそよろしく」


 周りの執事やメイドを見ると、なぜか皆、揃いも揃って微笑ましいものを見るような、温かい眼差しを彼らに送っている。この状況を誰もおかしく思っている様子がない、つまり、あらかじめお父様は使用人達にこの事を伝えていたということだ。


 お兄様と私だけが蚊帳の外だったのだ。しかし、そんなこと気にもしていないのか、はたまた気がつきもしていないのか、顔を紅潮させながらお父様やリア達と話をしているリッチモント侯爵家の次期当主であるお兄様の様子に、リッチモント侯爵家の将来が不安になる。


「お前は不満のようだな。お前と違って可愛いリアを虐めでもしたら侯爵家から追い出してやるからな、心しておけ」


 不安がつい滲み出てしまった私の顔を、どう勘違いしたのか的外れな忠告をしてくるお父様。そしてそんなお父様の言葉を聞いて今やすっかりナイト気取りになってしまったお兄様は、サッと背にリアを隠すように立つと。


「俺があの魔女からリアを守る!」


 と鼻息荒く言い放った。いつの間にか私はお兄様の中で妹から魔女に変わったらしい。聖女と同じ瞳を持つリアと正反対の存在、そう言いたいのだろう。


「お兄様!リア、とっても怖い……でも、お兄様が守ってくれるならへっちゃらです!」


 こちらもこちらで突然与えられた"魔女の嫉妬から守られる姫役"に満更でもないようだ。私が一体何をしたというのだろう?


 予想外の事態の連続に、しばらく固まってしまった私がやっと絞り出した「そんなつもりはございません」という言葉を、ハッ!と鼻で笑ったお父様はそのまま「屋敷を案内する」といってお義母様に手を差し出し、お兄様も「リアは私が!」といってリアをエスコートし、後に続くようにして部屋から出て行った。



※※※



 そこからの生活は誰もが予想できるのではないだろうか?


 今まで通り殴る蹴るの暴行はなく、食事ももらえる。しかし、全てにおいてリアが優先される日々が始まった。


「お義姉様に何かされたらと思うと怖くて……」


 というリアの一言で、私は食事を自室でとることになった。


 リアの「いいなー」の度に私のドレスやアクセサリーは問答無用で取り上げられ、元からそんなに多くないドレスやアクセサリーは、リアが来てたった1週間と経たずに、ローガン様からいただいた1着とネックレス2つを残して全てリアの物になった。


 ローガン様からの贈り物をリアからねだられた時は、さすがにお父様も首を縦に振らず、代わりに私がいただいたものよりも高価な物をお父様がリアに贈っていたようで、私は心の底からホッとしていたのだが。



※※※



「初めましてですねローガン様!私はリアです!イザベラとは同い年なんですけど私の方が誕生日が遅いので義妹ということになるみたいなんですけど、私も仲良くして欲しいです!」


 リア達が屋敷に来て2週間が経つ頃に、リッチモント侯爵家で婚約者同士のお茶会をしているとリアが乱入してきた。


 なぜ使用人達はローガン様に対しても無礼にあたる、リアの蛮行を止めなかったのかと使用人達に目を向けると、みな素知らぬフリをしてジッと待機している。それどころか、リア付きのメイドはなぜか誇らしげにリアの様子を見守っているのだ。


(どうしてこんな……いや、今はそれどころではないわ。婚約者同士のお茶会に乱入するどころか、ローガン様のお名前を婚約者でもないのに呼ぶなんて)


 義妹の失礼な態度に気分を害しているに違いないローガン様に謝罪しようとローガン様に目を向けると、ローガン様は2週間前、お兄様がリアを見つめていた時の様子と同じように、口を半開きにしてポーッと熱に浮かされたように頬を赤くし、リアを見つめていた。





 一目惚れするとね、ポーッとなってしまうらしいわ




 初恋の相手の初めて見る表情に、マリアの言っていた言葉が痛いほど頭に響き、サーッと身体中の血の気が引いていく。


 そんな私の様子を気にも止めず、ローガン様の近くの位置にいつの間にか用意されていた椅子に腰掛けたリアとローガン様が、お互いに顔を赤らめながらも言葉を交わし、良い雰囲気になっている。

 

 そんな2人の様子に割り込めるほどの自信も勇気もない私は、話すほどに、見つめるほどに惹かれあっていく愛しい婚約者と義妹の様子を、ただただ震えながら見つめるしかなかった。



※※※



 そこからの展開は早かった。ローガン様とのお茶会の度に現れるリアと、それを待っていたかのように迎え入れるローガン様。


「君の義妹だからね、仲良くしないと」


 言い訳のように繰り返すその言葉が真意でないことは、嫌でもわかってしまった。


 それでも、貴族であるローガン様はきっと、自身の心変わりを理由に婚約破棄などしないはずだ。結婚さえすればローガン様もリアを諦めざるを得ないだろう。そうすればいつか私に振り向いてくれるかもしれない。


 そんな希望に縋り、どんなに2人から邪魔そうにされようとも「婚約者は私なのだから」という一心で気づかないふりをし続けた。そんな事を続けていたところ、自分が気付かぬうちに心をすり減らしていたのだろう。1人になった時や夜のふとした瞬間に、涙が流れるようになった。


 しかし、そんな日々は"ローガンとリアの運命の出会い"から3ヶ月で終止符を打つことになった。



※※※



「お前をローズデール伯爵家の養子にする」


 あと半年で結婚というタイミングで言い放たれたお父様の言葉に、ガンっと頭を殴られたような衝撃を受けた。


 ローズデール伯爵家はお母様の実家だ。一度も会ったことがないお母様のお兄様、私の伯父様が爵位を継ぎ現伯爵になっている。


(なぜ私をローズデール伯爵家に?)


 何とか冷静を取り戻し理由を尋ねると、返ってきた言葉は「リアのためだ」だった。


 お父様が言うには、リアとローガン様は心から愛し合っている。そんな2人が引き裂かれるのはあまりに忍びない。そこで私とローガン様の婚約を私有責で破棄して、リアと婚約し直すことにしたと。


 それまで黙って聞いていた私も、さすがに黙ってはいられず口を開いた。


「私有責とはどういうことですか?婚約破棄されるようなこと、私は何も……」


 バチン!!


 部屋に響く大きな音と衝撃に倒れ込み、焼けたようにジンジンと頬が痛み出したところで殴られたのだと気がついた。


「リアから聞いたぞ!!お前、リアを陰でいじめていたというではないか!!そんなお前だから愛想を尽かされたんだろう!!最初に言ったはずだ、リアに何かしたら追い出してやると!!」

「何のことかわかりません!!私は神に誓ってリアをいじめたことなどありません!!」

「使用人の証言もある!何より清らかな紫の瞳を持つリアが嘘をつくはずがない!!」

 

 義姉の婚約者を奪うリアのどこが清らかだというのだろうか?


「前々から伯爵家でお前を引き取りたいという話をされていたが、婚約の件もあって断っていた。だがリアのおかげでお前はもう用無しだ。ハートフォール侯爵家の求める品行方正な婚約者として相応しくない行いをしたことでお前有責での婚約破棄になった」

「何かの間違いです!!お願いします、どうかお調べください!私は何もしていません!」

「くどい!連れて行け!」


 使用人に無理矢理立たされ引きずるようにして自室に戻されると、使用人のアンは「明日出立です」と投げ捨てるように言って出ていき、バタン!と大きな音を立ててドアを閉めた。


 

※※※



「イザベラ!!頬が腫れ上がっているではないか!!誰がこんな酷い仕打ちを」


 厄介払いとばかりに追い出される私を、翌日わざわざ自ら迎えに来てくれた伯父様は私の顔を見るなり悲鳴に近い声をあげ、すぐに馬車の中で治療を受けさせてくれた。


「それにしても見送り一つないなど、本当にリッチモント家の奴らは……!」


 心配そうにしながらも語気を荒げる伯父様の様子に心に温かいものを感じ、涙が滲んでくる。


「ずっと心配していたんだ、やっと会えたねイザベラ。私の名はリアム・ローズデール、君の伯父にあたる者だ。今日からは君の義理の父親ということになるね」

「私のお義父様……」


 私がそう呟くと心底嬉しいとでもいうようにフワッと優しく微笑み、頷いてくれた。


「君の境遇はダービー伯爵から聞いていてね、何度も妹に手紙を出していたんだが……」


 ダービー伯爵というと、私の5歳からの友人、マリアのお父様のことだ。


「いくら手紙を書いても返事をもらえなくてね、それならと侯爵家に行っても門前払いされてしまってね。君に対する態度を改善しないのであれば我々の養子に、と何度も頼んでいたんだ」


 私のためにマリアやマリアのお父様であるダービー伯爵が伯父様に事情を伝え、それを受けた伯父様も私のために動いてくれていたという初めて知る事実に、胸がじんわりと温かくなり、涙が溢れた。


「君がお父上からの手紙にあったような、義妹いじめをするような人物とはとてもじゃないが思えない。会ったこともなかったのにって思うかい?それだけ君を大切に思う人達もいるっていうことだよ」


 つまり、私のことを案じ、伯父様に私のことを伝えてくれた人物が他にもいるということだ。そしてそんな人達のおかげで、会ったこともなかった伯父様は私の無実を信じてくれている。その事実に、胸がいっぱいになった。



※※※

 


 それからの日々は今までの暮らしが嘘のように喜びに満ち溢れていた。


 屋敷で私を出迎えてくれたソフィア伯爵夫人は、ガーゼを当ててもらったおかげで幾分か見られるようになった私の姿を見るや否や駆け寄りギュッと抱きしめ涙を流してくれる、心の温かい人だった。


 伯爵家には、夫妻の他に長男のノア様がいるのだが、オーウェンお兄様と同い年と聞いて勝手に身構えてしまったのが申し訳ないくらい優しく、優秀な方で、家庭教師からの宿題に頭を悩ませている時にはわかりやすく教えてくれるし、ダンス練習の時も嫌な顔ひとつせず付き合ってくれる。


 使用人達もみんな温かく、否定され続け自己肯定感が低い私に「イザベラ様はとってもお綺麗です!」と何度も褒め続けてくれた。


 ありのままの私を全力で受け止めようとしてくれる温かい家族や使用人達に囲まれて穏やかな日々を過ごす中で、眼鏡を外そう、と思えるのに半年の月日がかかった。


 その間にお節介な知人が元婚約者と元義妹の婚約を知らせてきたり、婚約破棄にまつわる嘘を信じた友人から絶縁状を送られたりと色々あったが、伯爵家のみんなを始め、マリアやエヴリン、シャーロットといった大切な友人達の支えのおかげで、少しずつ傷を癒していったある日のこと。


 ソフィアお義母様が病に倒れた。



※※※



 ソフィアお義母様のかかった病は不治の病と言われる"眠りの姫症候群"。その日まで元気だった人が突然眠りから目覚めなくなり、食事も水分もとれず餓死してしまう。


 医者の診断を信じられず、色んな医者に診てもらったが、診断結果は変わらなかった。


「治療薬はありません。もって5日でしょう」

「そんな!ソフィアっ、頼む……!!起きてくれソフィア!!君なしで私はこれからどうすればいいんだ……」

「母上!!お願いです起きてください!!」


 悲痛な叫びと使用人達の啜り泣きが響く部屋の中で、私は未だかつて感じたことがないほどの深い絶望を感じていた。


 元婚約者の裏切りや婚約破棄なんて馬鹿馬鹿しく感じるほどの底知れない絶望に、目の前が真っ暗になる。


 それと同時にこの半年間の大切な思い出が次々とフラッシュバックしたように頭に浮かび上がり、身体中の血液が沸騰しているかのように熱く燃え上がるのを感じる。


 これは何かへの怒りなのだろうか?それとも悲しみなのだろうか?身体が酷く熱い。


『彼女を助けたいのか?』


 もちろん。私にできることがあれば何をしてでも助けたいです。


『たった半年の付き合いしかないだろう』


 はい、半年でそれまで私が生きてきた15年に受けた親からの愛情の何百倍、何千倍もの愛情を注いでいただきました。


『彼女を助ける力が手に入る代わりに多くの者から狙われるかもしれない。それでも助ける力が欲しいか?』


 はい、彼女を助けられるなら。


『いいだろう、イザベラ。君に力を与えよう』


 頭に突然響いた男とも女ともいえない神秘的な響きの声に尋ねられるがまま答えた直後、太陽の光を全身に浴びたような、何かに包まれたようなあたたかさを感じ目を瞑る。しばらくして目を開くと、部屋中の視線が私に向いているのを感じたが、何かに導かれるように、お義母様の元へ歩み寄っていく。


 お義母様のベッドの側に立つと、先程までお義父様が握られていたお義母様の左手を両手で包むようにして祈ったその瞬間、優しい光が部屋中に溢れた。


 光が消えると、部屋はシーンと静まり返る。誰もが期待せずにはいられないその光景に、誰ひとり口を開くことなく様子を見守る。


 そしてその瞬間が訪れた。ソフィアお義母様が目を覚ましたのだ。


 その後、屋敷が揺れんばかりの歓喜に包まれたことは言うまでもないことだろう。


 「ありがとう、ありがとう」と泣きながら抱きしめてくれる家族の温もりを感じ、この人達の家族にしてもらえた喜びやお義母様が助かった喜びを感じて淑女にあるまじき大泣きしてしまったのは許して欲しい。


 みんなの涙が落ち着いた頃にノアお義兄様が話したところによると、光が私から溢れた瞬間、私の瞳の色が紅から紫に変化していたというのだ。それには私自身酷く驚いたが、部屋にいた全員が目撃したという。光がおさまると紅瞳に戻ったということで、どうやら私の瞳は力の発現時のみ紫に変化するのではないか?という話になった。


 こうして私は300年ぶりに現れた聖女として、直ちに伯爵家から王宮や神殿に報告がいき、実際に治療をしてみせたことで正式に聖女として認められたのである。



※※※



 陛下から、私イザベラ・ローズデールが聖女であるという発表がされた日から私の周りは騒がしくなった。


 聖女とは清らかな心の持ち主がなるものであるという言い伝えゆえに、元家族たちから着せられた濡れ衣はあっさりと晴れ、それと同時に元家族や元婚約者は後ろ指を指されることになった。


 元父親や元お兄様からは「戻ってこい」や「私はわかっていた」といった内容の手紙が何度も届いていたようだが、私の目に届く前にお義父様によって全て燃やされていたようだ。


 義妹はというと、私に関する嘘がばれたことでローガン様との婚約が破棄されてしまい、その後も色々大変らしいのだが、私への情報はなぜかそこで止められてしまっている。


 私はというと、ローガン様との婚約破棄が知れ渡っていたため、聖女の発表の日から連日婚約希望者が伯爵家に押しかける事態に。


 その中に元婚約者であるローガン様が入っているというのだから笑えないだろう。


 陛下からは婚約者のいない第三王子との婚約を望まれてはいるものの、聖女を巡る争いの記録から「婚約はイザベラ嬢の自由に」という確約をいただいているため、急がずにまずは聖女としての任を遂行しながら苦しむ人々の力になれたらと思っている。


 そんな私の考えとは裏腹に、聖女を巡る争いに巻き込まれたり、ローガン様の襲撃にあったりと、様々な困難に立ち向かうことになるのだが、元お兄様曰く"魔女"から聖女になった私はその後、紫に変化する神秘的な紅瞳を持つ聖女として、国民から愛され、幸せな人生を歩んでいくのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

至らない部分も多々あったと思いますが、ここまで読んでいただけたこと、心から感謝致します。


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― 新着の感想 ―
綺麗にまとまっていて楽しく読めました。 ざまあが物足りないという感想もありましたが、主人公が清らかな心の持ち主であれば、あまりひどいこともできないでしょう。 とはいえ、自業自得の悪評に加え、聖女の本当…
[一言] その評価に酷く私はホッとしていた。 ホッとするのは良くない事では無いので「酷く」で過剰な様を表現するのは間違いだと思われ。 良い事なので「凄く」が妥当じゃないかな。 何でもかんでも「酷く…
[一言] ざまぁを軽く済ませたいという方は、根本的にざまぁ物には向いていないと思われます。 読者からすると単純にストレスばかりが先に立つ話を読む事になりますしね。
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