チートスキルと霊と酒と女
「計画の通りです、お母様」
「ええ」
そう女は頷く。白のベールを見に纏うその女の細い腕は、少女の頭を撫でる。その二人が一目で親子と分かるのは、その褒美を受ける少女があまりに従順であるからだ。
「メイ」
「お母様、如何なさいました?」
「ふふ」
「……………………?」
「あの子、あなたのマリアお姉ちゃんにスキルを植えて、暴走に導いた時のことです」
「…………………………」
「やはり我々の神は、私達に微笑んでいるようですね」
「それ、は……」
少女が見たのは一枚の写真だった。その姉が、姿を竜に変容させてしまっているその瞬間の、苦悶に満ちた表情に共感せざるを得なかった。
「これはかの『冬蝶風節』の組長の知恵にさえ認知しない魔法……世界を変える力の発見に等しいです」
「……………………」
少女はどうしても、それだけは…………
どうしても、従順でいることができなかった。
***
「お腹……空いた……」
「何回目よ!私だってお腹空いてんのよ、我慢して!」
「どうやらそろそろお嬢様も限界ですか……」
「…………子供じゃないんだから」
「いーやガキよ、この超馬鹿鈍感男」
「その単語を聞くのは何回目かな……?」
俺達は、簡潔に言えば旅に出た。兎に角クレトリアから離れた方がいいだろう、ということ。
今は愉快な馬車旅中。それも不安がいくつも付き纏う。
メアの素早さと俺の後処理の結果が幸いし、警察には感知されなかったようだ。
あとーークレトリアがスキャンダル隠蔽の工作に動いてもいるだろうし……様々な幸運が重なり、私達はシャバでご飯を食べている。
刑務所のご飯は臭いと聞くが……
趣味が食事の俺には、きっと耐え難い地獄だろう。
「……それ、全く話に関係ないわよね?」
脱線しかけた。
ーー格差というのがある。
この国が抱える大きな問題というのがそれ。
都市と田舎の格差が大きく、様々な原因からか田舎の治安は最悪なのだ。
治安維持のための有効な戦力や頭脳は都市に集中し、噂でははじかれたものが地方に集まるとかなんとか。
ーー個人が魔法という力を持つ世界で、抑止力のない土地での犯罪を犯す心理的ハードルは究極に低い。
要するに田舎の大抵が無法地帯。
「………だから、田舎に行くのもね」
「けど、都市で仕事とか見つかるの?……そもそもはぐれものが集まる場所でしょ、この国の田舎って」
「逸れものにはなりたくないな……おいしいもの食べたいしな……」
「………こいつ、この先大丈夫かしら」
「このあたり………」
「ん、どうしたメア?」
「ここら辺に、今日は泊まりませんか?」
「それはいいけど、どうした?」
「ああいえ、このあたりならば私も土地勘がありますので」
「あぁ、言ってたね、そういえば」
「ーーはい。この街『アヴァ』には、少々思い出がありまして」
そう言うと、メアはカーテンを開けた。
閉まっていた窓から、月光が入って来て、夜の訪れに気がついた。
***
俺達はこの街の宿屋に宿泊した。そして、これからの生活を会議していた。
これからの稼ぎのことも気にしなければならないし。
「やはり中心部は家賃が高いですからね……別荘地としてここの街はいい場所です。人は多けれど皆が、おだやかなんです。住むのなら、ここは中々の好条件が揃っていますよ」
「私も、ここならクレトリア家の影響も少ないし、新聞もあるし、いいと思うわよ」
「ああ。お父様の遺産もあるし……大抵の場所なら働かずとも三年はもつかな。……まあ、こんな俺たちと契約してくれる雇い人がいるかどうかは……うん」
「なら、暫くこの宿で泊まるの?」
「そうだねアーちゃん。ここなら……ご飯も出るし、それがほんっっと美味だった。後で礼を言っとかなければ……」
「ジョゼフ……ご飯が好きねーほんと。私は日刊の新聞さえ出してくれるのならどんな不味いご飯でもいいのだけど」
「私は……清潔であって欲しいですかね、寝る場所は」
「これから何しようか。先ずは仕事探しだよな……」
「降ってこないかしらねえ、厄介ごとと以外なら、私はなんでもするのに」
「働いて信用や、つて……を得なければならないでしょうね。でなければ住居の契約もままなりませんし。……私はやっぱり家政婦メイド系を職にしたいですが」
「この世のどこに……勇者から逃げ切れるメイドがいるのよ……」
ご尤も、うん。
「ん………なんか、音が聞こえないか?」
「うーん……………私には一切聞こえないのですが」
夜深まるといったこの時刻、ねむる街が寝静まったころのこの夜中……宿屋さんは自宅に帰っていた筈であるし、そもそもこんな音、普通に生活してる人が深夜に出す音では無い。
「……えっ、ウソ」
「ああアーちゃん、俺が見てくるから」
「何よ、は?」
「さあアーちゃんさん、こちらへ。子守唄のレパートリーには自信がありますよ」
「………永久の眠りに付かせてあげるけど?」
「それは怖い。では武器類は没収ということで……」
「あっその魔法杖高いのよ?!てか不安になるでしょやめなさい!!」
仲良し……
うん、メアがいるなら大丈夫だろう。
俺は部屋のドアを開けた。
キイと金属の音。
「ヒタ、ヒタ、ヒタ」と音がする。
これは、液体を踏む音……?
部屋の二人を見ても、特に反応は無い。
……俺にしか、聞こえていないというのか?!
いや………うん、スキルの影響でどうやら五感が最近鋭くなってるらしいし俺は。猫とか犬だろう……
廊下を歩いて、階段の前に立つ。
「ヒタヒタヒタ」「べちゃ」「どんっ」と。
「ねえなんかドンっていった!ドンっていった!!!」
「アーちゃんさん、落ち着いて下さい」
流石にこの音は、部屋の二人にも聞こえたらしい。
霊感あるとかじゃない、はず、私、だから大丈夫だよな。
これで証明されたよな……霊的なサムシングではないはず……
また階段に視線を移す。
そこには、血まみれの男がいた。
「またなんかドンって音が!!!」
「あ、安心して下さい。これはご主人の倒れた音です」
「………見えても無いのに何で区別つくのよ!それはそれでアンタが怖いんだけど?!」