エピローグ
聞けば、アーちゃんのクレトリア家での扱いは凄惨なものだったらしい。
その中でも……絶対にカインのこれまでやってきたことを許す訳にはいかない。
「………カイン、約束は守ってもらうよ」
「ああ」
「ねえ、これからどうするつもり?」
……それでも、アーちゃんは彼を許した。
彼に情状酌量の余地があると下し、この国に戻って来ないことを条件に彼を解放した。もう勇者の力は彼から失われているので、彼が国に追われることもないだろう。
「……………分からない。だが……」
彼は、気の抜けたような背中をしていた。
「もしもまた、お前らと会えるのならば……また会おう」
その言葉を最後に、彼は去った。
何も持たずに、どこかへ行った。
***
「昔を知っているから分かるけど、カインは……元々は優しいただの男の子だったの、正義を夢に見る。……けれど……その感情は、お母様のせいで歪められた」
「周りの大人がカインという勇者を作り出して、カインを利用し搾取したと。……そういうことか」
「……結局、この人は勇者なんて向いてなかった。私が勇者を放棄したから……この人はこんな結末しか選べなかったのかも知れないわね」
「なんでまたそういう思考になるんだ?いつも、アーちゃんはさ、自分を犠牲にするような……」
「……うるさい」
「やっぱり俺は忘れてないよ。昔アーちゃんがうきうきで、俺のお姫様になりたいって言ったこと」
「……………は---?!一ミリも関係無いじゃない!!!うるさいうるさいうるさーい!!」
……脛を蹴られた。
「どうせ子供のころなんだからいいじゃないのよ……いたい……」
「うるさい!真面目に話しなさいよ!」
「俺は至って真面目なんだけど……?」
***
「何故…………貴様がここに…………………」
女の前に、一人のメイドが首を垂れていた。
「おや。私しめの顔をお覚になられていたとは、大変嬉しい限りです。マツリ家専属メイドのメアリーと申します。どうぞこの場の皆さん、以後お見知り置きを」
クレトリア家の屋敷に、やってきたのはとあるメイド。
「おい………マツリ家とは…………」
「………マツリ家…………滅んだのでは…………」
「……………マツリ……………………」
「馬鹿な…………………………………………………」
女はただ自分にとってありえないものを見ている。しかしそれは現実だった。
勇者がしくじったという結末。
「馬鹿な!!!【七つの技能】を上回る力をあの愚息が有している訳がない……!!!」
場の空気が静まり返った。
クレトリアの家系が集まって、お茶会を開いていた。
そんな雰囲気は消え去りーー喧騒は一瞬にして凍る。
皆、その女の発狂に視線を集めるばかりだった。
「何のことでしょう?ただ私は挨拶をと、ここに伺ったのみでございます。ああ、確かに有りましたね。最近広まっている、貴族を辞めたものが皆、死亡する噂ーーそれについてのご心配痛み入る限りでございます。しかし、そのことについてはこちらを」
「ふ…………………っふ………っ…………」
あまりの怒りに声が漏れていたその女に対して、メアリーは手紙を渡す。
「では、皆さまどうも、お邪魔しました」
礼をしてから、軽やかな足取りで中庭から姿を消した、若きメイドの姿を一同は見たが、すぐに女の方に視線を戻した。
***
「この手紙………魔力による契約で、開封にはサインをしなければならないらしいな?」
「そ、そのようで……へへ。しかも貴女様のサインのみ受け付けるようになっているらしく……」
静まり返ったその場所で、その女は当たり前のように一人語る。
皆に、命令をする。
ふんぞり返り、それが正義だというように。
「そこな女。万年筆を寄越せ」
「は……はい」
「おい」
「………は、はい」
「ペンを渡す方向が逆だ!!常識も分からんグズ女め!!」
「し、失礼しました……」
「何だ何を記している?この手紙に、脅して金でも取ろうと言うのか?カスの小物の分際で良い度胸だ笑ってやる……」
彼女は冷静さを完全に失っていた。為に、ひとつの単純な過ちに気づけなかった。
間違いの指摘を、悪と切って捨てた為。
だから彼女はいとも簡単に契約をしてしまった。
【七つの技能】継承の契約書、それがこの手紙だった。
***
「アーリアスマ・リン・クレトリア……突発性心臓ショックにより意識不明……原因はストレスか。エブリ新聞……」
「常にお怒りであられました方でしたので。まあ、糸でも切れたんでしょうか?」
「お、お母様…………」
街の宿屋で新聞を購入し、その報を見た。
……やりすぎたか?
いや………まあ、【勇者】なんて重大な責任は、カインでも、アーリアでもなく、【大人】が背負うべき責任だし。
アーリアスマには、今の今まで、それを子供に背負わせていたツケだと思ってもらいたい。
私たちのやったことは要するに、勇者の技能をアーリアスマに継承させたのだ。
勿論心臓が止まる呪いとかをかけた訳ではない。それはなんか彼女がストレスが原因で勝手に起こしたやつらしいし、俺達には関係はない。
原因になりそうな手紙は送ったけどさ……
勇者の技能の継承のきまりーー
先ずはじめに、何故アーリアがその技能を持っていたかというと、おそらくは遺伝によるもの。
勇者の技能が失われたことは無い。
それは所持者が死亡しても、自動的に必ず誰かに受け継がれるシステムであるから。勿論家族がいるのなら、その遺族に渡る。
そしてアーちゃんの父は勇者だった。
勇者は国防をする義務を負う。
……あとは語らずにも及ぶまい。
『そう』なったのだ。
ちなみに、伝承が新しいものになるにつれ、稀代の魔術師たちの手により継承が合理化されていったと記載がある。
例えば少し前までは、継承者が血を飲まねばならなかったらしいが。
最近だと、魔術的な契約を結んだ時にも継承が可能になる……ということになったようだ。
この場合はサインにあたる。
伝承では、書面で継承を行ったなんて前例もあるから、これで良いかなとは思ってはいたものの。しかしまさかこんなに上手くいくとは思わなかった。
ほとんど騙して契約したみたいなものなのに。
「さっさとこの街からトンズラするぞ。アーちゃん」
「うう………まじで帰れないわこれは………」
「まあ私たち、そもそも不法侵入器物破損から罪のフルコースですもの。クレトリア側も悪事がバレるので事件は隠蔽する……ということになりましょうけど、限度がありますし。それこそ刑罰は大盛りでしょうね、捕まったら」
「嫌だーー!!!!」
「こっちも事情があるのだし、も、そういうものだと思えばいいさ。まあ……犯罪者になった、俺の家が壊されるくらいよ、結果はね。なら上等でしょう」
「……なんにせよ、マツリの名前は地に落ちたわ。……これも、クレトリアのせいだし、責任とってあんたについて行くけど私に気遣いなんか不要だから。その点疎かにしないように、分かった?」
「やっと調子戻って来た?アーちゃん」
「あとその呼び名をやめろと言うとるでしょうが!」
「痛い痛い痛い……ぎゅーしないで痛い痛い……」
……本当に、素直じゃないお姫様。
「いや、そもそもこれからどうするのよ?兎に角この街には居られないでしょうけども」
「俺らにはそもそも目的がない。冒険にでも出てみようか?」
「いや……この国の犯罪者が無理でしょ……」
「ははは、まあ冗談。新居探しの旅もいいんじゃないか?しばらくは」
「て……適当……まともな人生送る気はないの?」
「まあそんなの、十五の儀の時捨てたからな」
「一番厄介なやつ!……通りで肝が座ってると思ったら……」
「ははは」
「で、どこに向かいましょう。お嬢様?」
「………メアの治癒が大体終わったし……そうだねよし、まずは国外逃亡から」
「………うーん………もうなんか……慣れたわ………」