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春の青さとの決別


【七つの技能】。

それはあくまで一つのユニークスキルの名前。そしてこの世で唯一【他の誰か】に、受け継ぐことのできるスキル。


その伝承と継承のはじまりは、勇者と呼ばれる聖人の物語に起因するとされる。魔王を倒した、勇者と呼ばれる聖人ーーその七つの技能は、今もなお受け継がれていてーー


***


この引っ越しの準備の合間に、【感覚欠落】を研究して、分かったことがある。


その存在自体が、極めて異常なスキルだということ。


実験して効果はある程度判明した。

視覚、聴覚、味覚、痛覚、かゆみ、から何から何まで、【感覚】を消すことができるということ。使用者をそういう状態にするのがこのスキル。その複数を同時に消すことも、意識してやれば出来るようだ。



……このスキルの異常性は、消費SPの部分。


【このスキルを発動中は、一秒ごとにSPを1消費する。】


ということが判明した。


メアのような【気配消去】だと、発動から解除までの過程で消費は12SPで固定。

例えば朝七時にこのスキルを発動して、七時一〇分に解除しようが二〇分に解除しようが、消費するSPは12。


これが普通のスキル。


【スキルを一回発動すれば、一回分のSPを消費する】


当たり前の考え方だ。



だが、このスキルは、そもそもこの理論から外れている。


SPというのは魔力、体力、精神力の総合。多少誤差はあるが、この総量は基本的に皆同じ程度だとされる。その数値がだいたい100といったところか。


そして、消費SPが大きければ大きい程、スキルで得られる恩恵は高いというかのが、魔法においての基本的な考え方。


高い対価を払えば、それに見合ったものが返ってくる。

少ない対価しか払わないのならば、それだけのものしか返ってこない。


それ故に消費SPの大きさで、スキルの良し悪しを判断する魔術師の派閥さえ現像しているほど。


当たり前の考え。

これを常識と置くならば。


【発動中は、一秒ごとにSPを1消費する。】


これは紛れもない異常。



ーーそしてその異常性こそ、このスキルを【万能(チート)スキル】だと証明していた。


***


もう十二時を過ぎようとしている深夜。

欠けた月の光は穏やかだった。


メアとのやりとりを思い出す。


「クレトリア家ーーまさか、あそこまでの歪みを抱えていたのですか」


「俺が貴族を辞めようが辞めまいが、どっちにせよ生かす気などないよ。聖なる勇者を悪事に使っている、なんてスキャンダルのネタをこちらに渡すわけがないし、そうだな……昔からおかしな思想を持ってると思ってたけれど、そこまでならまだしも、まさか勇者の力まで持つとは……」


「しかし…………結局、その力への対抗策は………」

「まあ、メア。俺に任せといて欲しい。このまま街から逃げても、死ぬ確率は100%、この計画がうまく行く確率もまた1%だと仮定しても、後者を選択する方が合理的だろ?」


「しかし……私があのクレトリア家の令嬢………」

「アーちゃん」


「………はい、【気配消去】で、私がクレトリア家に侵入しーーアーちゃんさんを助け、ここに持ってくるーーというところまではいいですけれど……それはつまり、勇者との戦闘を選択するということなのでは……」


「そうだな。けれど、メアが戦闘で伝説の勇者にかなう程の力は無いだろ?それならーー俺のこのスキルに賭けるしかない」

「………心配です」


「まあ、俺の心配はしないでくれ。メアは自分のことだけ考えてほしい……あと、むしろさ、わくわくしてるんだ」

「えっ」


「この力をーー試せる。まだ魔法において、これだけ分からない謎があるなんて………!!!それもスキルの法則の前提を覆しかねないほどの………この検証は生死を賭けるに値するのだよ………!!!!」

「ご、ご主人様……」


メアがなんか引き気味だったけれど、けれどもまあ俺が勇者の相手をするのは実際に理にかなっているはずだ。ゴミスキルと呼ばれたこのスキルーーその真価を、俺が引き出せるかどうか。


理論は合っていた、検証は今ここで。


世界最強とされた勇者を凌駕するか、其れともただの夢に終わるか。


この選択を人は蛮勇と呼ぶ。


だけど魔法使いなら?

ーーきっと、それでこそ。


***


………そう、きっとそれでこそ。


十二時の鐘の音が鳴り響く。

鐘の音は沈んで……明かりのない街に失せた。



「ぼろぼろ、もうやめて私に構わないでよ!貴女は無関係の人間でしょう!!私はこれでいいのよ……私だけ死ねばいいのよ!……むぐ」

「五月蝿いですよ」


「はな………はなして!!」

「いつも他人の幸せのことばっかり気にしていて、その他人から手を差し伸べられればつい拒絶してしまう。自分に厳しく他人に優しいの典型。そういう人間なんですよね?ご主人から聞きましたが」


「………べ……べつに……」

「アーちゃんさん、ご到着ですよ」


私を離してそう言う。


「残念でしたね。あの方は何があっても貴女を助けますよ。貴女に拒絶されようがお構いなしでしょう……ですから、せめてその分を応えて下さい」


どさりと自分の血に塗れたメイドは倒れた。ああ気に食わない、羨ましい。なんて謎の言葉を繰り返しながら。


私の目の前に立っていたのは。


「アーちゃん!」

「………誰が………アーちゃん………よお…………」



怖いもの知らずの馬鹿で。

そして随分と久しぶりの魔法使いがいた。


***


「メア、ご苦労さま」

「すいませんお嬢様……私はここまでですかね。もう動くのは口だけです」


見れば、何本も剣が刺さっていた。



つまり、勇者はまだ屋敷にいた。

……正直想定外。


勇者に彼女の【気配消去】が通じないのは分かる。

伝説の勇者の技能のひとつーー【七つの技能:千里眼】。


これはあらゆる異常状態を跳ね除け、感覚できる真実を見通すスキル。それがそのまま伝承通り受け継がれているのなら、気配消去は通じない。


恐らくアーちゃんを運び出す時に、メアが起こした何かしらの物音でバレたのだろう。しかし。こちらは襲撃に対して、それ相応の対策をしていたのだが。


「随分と舐められたものだね」


俺が勇者に常に屋敷を監視されている前提ならば、勇者から逃げることは叶わない。

それでも流石に、のんびり勇者が屋敷でくつろいでいたこの間に私達が行方をくらまし逃げ切ることは難しいことではない。


あんな悪趣味な釣り針を垂らしておいて、何を考えているのかーーあまりに思考が甘い。


ただ。

……俺の判断ミスでメアに、怪我をさせてしまった。


「ここで……いいですかね」


剣を抜けば、内臓が溢れてしまいそうなほどの見た目だが……その刺さった剣をメアは一気にその全てを抜き、カランと音を立て剣はこの中庭に落ちた。


剣は残らず光と共に消えてしまった。それで今度こそメアは倒れた。


「大丈夫なの!?このメイド!!ジョセフぅ……」


「大丈夫………私はお風呂場から地獄までお嬢様と共に行きますので……そのためにまだ死にはしませんよ……」

「えっ」


……とりあえずこの変態メイドは放っておこう。

幸い、致命傷でもないようだし。


「えっ酷い!酷いわよメルファ!!!」

「アーちゃん……俺の足を見て」


「えっ?足舐めてる?なんで?何してんのこのメイド???」


変態行動を反省するまで傷の治癒はしてやらん。



「………ねぇ。楽しそうだね??」


声が聞こえた。

気配ーー瞬く間に剣が飛んできた。


けれど、見切れない程の速さじゃない。



「----!」


魔力には魔力で対抗する。

飛んでくる剣に対してーー魔力を固め迎撃する。


その迎撃に、耳障りな鉄の音が街に響く。


心地の良い感触がする。

成功の感覚とでも言えばいいだろう。


その衝撃は吸収されて失せた。



魔術である、魔力凝固。それ程難しい魔術じゃないけどーー魔力の消費は多いので無駄遣いは厳禁。


「へー?よく……これを防いだね」


姿をようやく表したのはひとりの男。


「はじめまして……じゃないだろう?」

「チッ……あの変装に騙されてりゃ、今頃楽に逝けてたぜ。自分を恨めよ?」


170センチ程度だろうか、この国では低い方の身長で、顔を見て特段印象に残る要素はなくーー要は体も心もチビ(小物)


「へえ?いい度胸してるねお前」


しまった心の声が漏れていた。

ーーいや、違う。


「成程、千里眼か」

「そうだよ。ジロジロこっち見てるから使ったけど、碌でも無いこと考えてるんだな。性格最悪」


「お互い様じゃないかい?よくうちのメイドをこんなに痛めつけてくれたなーーこの借りは倍にしてお返しするよ」

「それは怖い。やってみろよ。あ?」


お望み通りに。

やはりここで決戦としなければ不味い。


思考を読むーーといっても、発動してから数秒が限度らしく、読めるのはその時に考えていることのみらしいので、作戦のことはバレていないらしい。それにメアにはこの詳細を話していなかったのが幸運だった。


ならば勝機は有り。


「ーーーー【コンセントレイト】」

「…………な」


一秒で1SPを消費するーーこのスキルの異常性。

それに加えてあと一つ。


このスキルの本質、それは目先だけ見ても見通せない。


私はこのスキルを知ろうとしていなかったのだ。

だから本質を見通せなかった。


ーー感覚を、削る。

ということはつまり、芯のように他の感覚を尖らせることに他ならない。


もし視覚を失えば必然的に聴覚は敏感になる。

もしその両方を失えば、触覚が冴えるかもしれない。


このスキルの本質はーー雑念を徹底的に削ぎ落とし、感覚を針のように尖らせ、ただ一点の行動を遂行せんと導くものだったのだ。


集中という要素は、魔法にとって重要な要素。雑念が無いほど、同時に動かせる魔力の総数が増えるからだ。


ならば、生物が本来不可能なレベルの集中力で魔力を回したら?--魔術の極地点にまで至るだろう。


ここで、今。

私はその景色を見る。


「なんだ……その光は」


目の前の人間の勇者カイン、その腹の一点のみを狙い、私の中の火の魔力を固め、固めた魔力の弾丸を撃つこと、そのそれぞれの工程のみを行動し、雑念を削ぎ落とす。一瞬で、理論的に可能な限界の速度と威力を追求し遂行する。


それが俺のたった一つのスキルの力。

【コンセントレイト】の力の正体だった。


「ーーそこ」

「な----ば…………」


その決着には時間など要さなかった。


例えば防御の魔術を展開ようがしまいが関係なく、その弾丸は光線となり、万物を貫く槍となる。カインの腹には、音が発するよりも前に穴が空いていた。


魔力が破裂する音が鳴る。

魔力が庭の土に着弾する音が聞こえた。


***


「あの不気味なマツリ家の魔術師は一体なんなんでしょ?」

「ン?知らんのか」


アーリアスマ……つまりクレトリア当主。

そのお付きの男が尋ねる。


「あやつの力はわしにも見通せんな。十五の儀の時分……貴様らはわしに、あやつの持つ力を事実に関わらず『貧弱』だと分析して、あやつに恥をかかせてやれと言った」

「へ、へぇ。ベロ様。報酬は今、もうたんまりと支払いましたよね?勿論これは口外しねぇで下さいよ……へへへ」

「ああ……確かに受け取った。……これはおまけとして話してやろう。もしこの不正が無くとも、やつの力は実際にも貧弱だと……わしの検査ではそう結果を出したよ」

「……?あっしには分かりませんぜ?つまりただの出来損ないのガキってことじゃないんですかい?」

「違うな。アレはおそらく……十五の儀では価値を発見できんスキルだ」

「???」

「まあつまり、クレトリアは大きな利用価値のある魔術師を殺そうとしている訳だ。いや…………マジで殺せるかどうかは分からんがね」


お付きの男に背を向けた。

金の入ったトランク片手に。


その老人は「がははははは」と豪快に笑う。


「アーリアスマも死ぬほど後悔するだろうよ!ありゃあ……勇者を超える逸材だ!!忠告しておくぞ〜君ィ、辞表を出しておいた方がいいんじゃないかね?」

「あ、あっしには良くわかりやせんぜベロ様……」


「まあなんだ、あの性悪クソ女からのとばっちりに気をつけたまえよ君」

「へ、へぇ………?」

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