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いつも通りの二つの日常


***


「もう一度丁寧に伝えなさい」


震える少女は、目の前の主人におそるおそる事情を報告する。


部屋には女と少女のふたりきりで、けれども耐え難きプレッシャーを女は少女に放っている。


その少女には義務がある。

事実を正確に伝えねばならぬ。

その行動は少女を苦しめる。


その冷たい空気感に、少女は胸が張り裂ける思いだった。


「……マツリが、貴族階級を放棄する……と……申し……」


何かの破れた音が少女の言葉を遮る。割れたのはティーカップだった。少女が今さっき、女に対して出した紅茶を淹れていたそのかけらは散らばってしまった。それが地面に広がる星みたいだなと思った。


その割れた破片は残月に輝く。少女は直視出来なかった。まるで情けない自分のこの姿を、月に見られているような気がしたから。少女は黙り込む。ただ口を閉ざしているのでなく、文章を紡ぐことができなかった。脳から言葉は一つも出力されない。主人の顔を、様子を伺うことに全ての思考を割いていた故に。


「いつも、いつも、いつも!いつも!いつも!いつも!」

「……………」


「あの恥晒しのグズ共め……資金提供の恩を仇で返すつもりか!!先代どころか、やはりその愚息も社会グズには変わり無いのか!!……ジョゼフ・マツリ!!」


自身の()()からそう言われた少女には分かりきったこと。自分が()()から逃げられない、ということは。


「ならばせめて殺してやろうか?なあ、赤ダヌキ」

「は、はい……ならば、勇者にその役目を果たさせましょうか」


「ああ!はは……過剰すぎるか?どうだバカネコ」

「は、はい!左様ですねアハハハハ。まともなスキルも保有せず、不気味な研究ばかり繰り返すかの魔術師ジョゼフには……は、はは」


「だろう?しかしな、勇者カインにも機会というのをくれてやらねばなるまい。言うまでもなく、()()の勇者としての力はクレトリアの強大な力。この程度の命令、容易くこなしてこそでは無いか。クレトリアの裏切り者が流した噂の件もある。……予測できん成長をしかねる余計な枝は刈り取らねばならないだろう?」

「さ、左様です……」


それこそいつだって、いつもそうだったから。


「………そうだ、アーリア。ご報告に感謝します」


女はにこりと笑う。

その笑みには先ほどまでに見せていた憎悪のしわが残る。


その笑みにアーリアは震える。


ジョゼフ……逃げて。と。


アーリアがひとり思う。

何の力も持たぬ自分が思うのだ。


けれども、見上げた月ように遠い旧友へ、そんな言葉など、どうして伝えられるだろうかとも思う。


その自分の無力に、自尊心などとうに壊れた。

かつて自分が目指した自分はもう何処にもいない。


失われるのは、無価値な私だけの命で良い、と。

アーリアは旧友の無事を、ただ祈るばかりだった。


それは、それは。

悲しい祈りだった。


***


貴族とは、栄光の象徴だった。

だった。


それはもはや遠い昔の話であり、今となって平民の間では呪いのようとすら表現される。


生まれ落ち、いつの間にか貴族になって、手放すことを許さないほどに妬まれる地位を得る。


そこに疑問など無かったかのように振る舞うことでしか生きられない。


そして、ついに憐れみは与えられた。

ーー死という救済が。



***


「てな感じさね、うん」

「そんなの、それこそ大昔のウワサなんじゃないですか……?」


貴族階級を手放すにあたって、やるべきことはかなり多い。領地の整理借金借用書の整理関係の整理………頭が痛くなる。けれど、これも貴族が決めたことというのがなんというか、皮肉のよう。


この商家達への挨拶回りもその一環のようなものだ。

これで十三軒目。


「そう思うでしょ?うん。けどみーんなそうだからね、うん………」

「みんなって、一応指で数えれるくらいです……よね」


「それでも、うん、最近物騒だから………ヨケイね」


この個性的な老婆の、心の底からの心配が伝わってくる。けれども大丈夫ですよなんて、私は言えなかった。


「というかそんな……忠告?なんて、私にする必要ないですよ」

「マツリ家には随分世話になったからさ、うん。一応伝えようと思ったわけ、うん」


老婆は答える。


「うーん……………あ、ごめんなさい。ありがとうございます」

「話に謝罪の要素あった、うん?」


「ああいえ、考えごとをしてたので………」


十三軒回った、しかし必ず皆口を揃えて言う。


貴族を放棄するものは、皆一ヶ月以内に揃って謎の死を遂げるのだと。そういう呪いのウワサのことをだ。


「わしは気をつけてとしか言えないけどさ、うん、あの人の娘さんなら幸せになってほしいから、せめてこれくらいはね、うん」


「……………………………」


***


「って感じ。だからもうーーメアは、俺のそばにいるべきじゃない…………って、何度言ったら分かるんだ………?」


「うふふ……………」

「……………何?」



「ええ。これが世間一般でいう()()()なのかと思っていた所存でごさいます」


「………世間一般で言ったらその思考はだいぶ狂ってると思うよ………」

「いいや、反抗期です」


メアは、俺について行くと言ってきかない。なんとなく予想していたけれどね、うん。


「俺はメアが心配なんだよ……それが伝わらないかなあほんと………」

「私も心配ですよ」


「…………へ?」

「私もご主人様が心配です。そんな噂があるなら尚更。それが伝わらないことにやきもきしているのですよ、私も」


………はっとした。


「………メアの心配を、俺は無下にしてた……ごめん」

「いいえ」


そして、メアはいつもと変わらない笑顔で言う。


「それにーー主人と命運を共にしないメイドが、この世のどこにおりましょうか?」


…………けれど。


「………けど、俺はあなたの主人としてふさわしいのか?」

「何をおっしゃる、例え主人がどうされようと、主人であることには変わりありません」


「だってさこの世のどこに、メイドに対して何の給料も払えない主人がどこにいるのさ。俺はもう何も……無いから……」

「ーー給料、つまり労働への対価、ですよね?もう頂いておりますよ」


「ーーー?」

「アホとか、常識にかけてるとか、頭のねじが抜けてるだとか、そんなことをよく人から言われる私でも、この通り人間ですのよ?」


「…………ん?」

「ふふ…………」


「待って、嫌な予感しかしない」


「つまり欲求はあります。はい………♡」

「ストップ!………………………まさか昨日、お前が洗濯かごを漁ってたのは、まさか」


「ふふ……スデに見られていたのですね?……私も腕が落ちたのでしょうか、年ですかね」


いやお前は21だろ、なんて俺が突っ込むひまもなくメアは続ける。


「そうだお嬢様、またまた逞しくなられました?下着がきつくなったのなら、言って頂ければご用意しますのに。まったくお嬢様は。ご自分で買われるのですかr………」

「ばかあーーー!!!!!!!!!」


世界一最低な告白であった。


***


「どこに!!!世界のどこに主人の下着を盗む変態メイドがいる!!!!」

「うふふ……ではこれからは同意を得ることにしますか」


メアの顔面に思い切り蹴りを入れたけれども笑顔をミクロも崩さない。鼻血は出ているけれどその態度に変わりはない。


なにこの女……鉄なのか?


「意味っわかんない!!!同意って何なの!!!!」

「これからは堂々と取ります」

「何て………!?」


「だって()()ですもの。」


この時、自分の発言をこれほど後悔したことはない。


え、じゃあ何?俺はこれからメアに下着盗られ続けるの?

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