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異郷の春はいつぞ来る  作者: ルマ
第一章 冬
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第三話 春の色

暁城


「あと幾年たったら会えるのか、声も温度も忘れてもうたで・・・。約束を覚えてるのんは俺だけで、あんたは忘れてもうたんやろうか。」


煙管からプカプカ浮かぶ煙がゆっくりと窓から逃げていく。


「そもそも、あの約束すら嘘やったのか・・・。」


 鼻歌を歌う。彼女がずっと歌ってくれた歌。


 冬に会うた春のような人はもう二度と逢えへんのやろうか・・・。

 愛した日々はあの時のまま止まり続け、もう二度と動かへんのやろうか?

 進みもしいひん恋愛に一人だけ恋焦がれて、まるで恋をしてもかなわへん鳥籠の中の遊女のようや。

 

 次会うたら、どないな話をしよか。

 まずはあの時の礼を言うて、約束をもういっぺんしよう。


 こないになってまで、ずっと探してる。


 彼女はえらい神聖な人やったさかい、きっと今頃どっかで生まれ変わってるやろうか。

 俺との約束なんて忘れて、ちゃう男と幸せになってるんやろうか。


 あぁ、嫌やわぁ・・・。


 考えるだけで吐き気がする。


 「一緒に堕ちたるって言うてくれたのは嘘やったのか・・・?」


 あの過ごした日々をなかったことにしたない。

 妖になって早千年と少し。


 自分は気ぃつたら、異郷におった。


 記憶を取り戻したいと強う思うとった俺はすぐにどないな汚い手でも使うて記憶を取り戻した。


 この九尾の狐の妖になった途端、数多の女言い寄ってきた。もとは一本狐よ。

 そらぁ中にはとんでもない美女もいたさ。


 記憶があらへん俺でも何故だか、この言い寄ってくる女は俺が求めとる女とはちがうってことだけは分かっとった。


 そいで記憶を取り戻した俺は舞い上がったんや。

 俺の未練は、『約束を果たす為』やったんやってな。


 でもまぁ、少し記憶に違和感はあったんやけど、些細なことかと思うて気にせぇへんかった。


 そう、そないなこと気にするよりも、すぐにでも会いたい。

 約束を果たそう。

 そう思て、街中・・・異郷中探しに探したんやで?


 まぁ、結果としてはいーひんかったんや。


 ふと、窓の外を眺めると恋人同士で肩を抱き寄せあっている二人組がついと視界に映り込んだ。

 女は男の方に体を預け、男はその女の肩を大切そうに触れている。


 自分の尾で自分の肩をぎゅっと抱きしめてみた。

 なにも満たされない。


 「はっしょーもな・・・アホらし。この騒動の時期は感傷に浸ってもうてあかんわ。」


 すぐに尾を戻すと、自分の行動に毒を吐いてしまう。

 ずっと暗い夜の世界。

 ここは異郷、夜の世界だ。朝などない。時間の流れだけが存在し、植物は空気にある妖気に触れて育つ。

 太陽も月もないこの世界でいつも思い出すのは己の名前。


 彼女が付けてくれたこの『暁』


 『ねぇ、よく考えてみたんですけど・・・暁って名前はどうでしょう?夜明けって意味があるんです。貴方の夜が・・・』



 「俺の夜はいつ明けるのか・・・。」


 今回もきっと彼女はいーひんのやろうな。

 もう期待もしいひん。


 期待して傷つくのんはもうかなわんさかい。


 「にしても、紅が参加するとは今回は盛り上がりそうやな」


 ふとあの真面目な部下の顔を思い出した。


 報酬は多めに用意して、一番その時の美女に渡すのが通例・・・。


 あの真面目な紅は完全な出遅れ。

 本気で俺の女性探しをする気なのやろうか・・・?

 いや、俺がこないに探しても見つからへん様子を1300年も見てるんや、そないな無謀なことに時間をかける男とは思えへん。


 まさか俺に似合う思う女でも連れてくる気か・・・?


 めんどいことになりそうや。紅の組は最後に通すことにしよう。


 その前の組で適当な女を見繕うて、一晩くらい城で過ごさせったら問題あらへんやろう。

 あ、褥に入り込んで来られたら面倒やな。

 

 「ま、その時は気分に任せよか。」

 

 気分が乗れば抱いてやるし、乗らなかったら帰そう。


 遊郭がこの異郷にあるのは、妖気を手っ取り早く上げることができるからだ。

 お互いの妖気がぶつかり合うとその余波で、互いの妖気を高めることができ、すぐに妖気を溜めることができる。

 その方法を使ってすぐに記憶を取り戻す者もいれば、永遠に近い若さを手に入れる為花街に自ら遊女としていく者もいる。

 だが、この頃は妖気よりも金目当ての者が増え、容姿がいい女を無理やり連れて遊女にしているところもあると聞く。

 取り締まってはいるが、取り締まり切れないのが現状だ。


 

 ふぅ~・・・。煙管から吸った煙を口から吐き出す。

 まるで自分の今の気持ちのようにふわふわと消えていく。

  


 紅には悪いけど、彼女以外の女を妻に迎える気なんてあらへんのや。

 己も結婚してへんくせに、主の恋愛事情にまで真面目やなんてあの堅物・・・。


 「はぁ・・・。誰やあの堅物に火ぃつけよったんは。」


 結婚。

 この異郷の場でも結婚ちゅうものはある。

 だが、妖同士の結婚の場合は子供出来づらい。

 種族がちゃうやら、体合わへんやら・・・。まぁ色々と要因がある。

 やさかい、体だけの関係を求めて遊郭へ行く者も多い。

 この異郷の街から『結婚』が消えへんのは、誰もが恋愛に恋焦がれてるからやろう・・・。


 「結婚してこの寂しさが埋まるんなら、もう埋まっとるんよ。彼女以外では絶対に埋まらんから困っとるんやろうが・・・。分からへん男やなぁ・・・。」


 あの堅物に言ったらまた何か真面目に変なことをやりかねん・・・。

 

 肘掛けにまた寄りかかると、煙管キセル最後の煙を吐いた。


 コンコンっと誰かが部屋の戸を叩いた。


 「入れ。」


 「失礼いたします。」


 部屋に入ってきたのは天狗だ。

 頭にはひし形の冠を紐で付け、人間に近い姿でありながらその身長は2m50cmは超えている。

 裸足だからこの程度の身長だが、いつもの下駄姿になればもっとデカい。

 

 黒髪を一つに高くまとめ上げ、赤い鼻の長い全面仮面を被っている。

 

 大天狗の黒羽くろばという男だ。

 大鬼の紅とは仲が悪い。


 「黒羽くろば、お前が俺に用とは珍しいやん。何の用や?」


 「はい、確認したいことがございまして参りました。」


 (どいつもこいつも・・・。確認ごとが好きやなぁ)


 つい先ほどまで考えていた、先日確認したいと部屋に訪れていた堅物を思った。


 「ええで。何を確認したいんや?」

 

 「お探しになられている女性は春のようなお方だと聞き及んでおります。出会ったときにはすぐ分かるように春の色でいる・・・。そうお約束したと黒羽にお話しくださったのを覚えております。」


 「そうやなぁ、そないな話したかもなぁ。彼女は春が好きやったからな。見たらすぐにわかる春の色で会いに行く言うてくれたんや・・・。で?それがどうしたんや?」


 確認したいことって数十年前に黒羽に話した俺が探しとる女の容姿の件だったんか・・・。

 ずいぶんとこの頃の部下たちは俺が探している彼女について聞きたがる。


 彼女は俺と一緒に堕ちてくれると約束してくれた時、遅れていくかもしれへん。言うた。

 

 だからずっと彼女を待っている、遅れてるだけや。

 

 彼女妖の世界に来るのに少し遅れてるだけ・・・。

 彼女は()()やったさかい、妖になるのに時間がかかるんや。

 そうに違いあらへん。約束を忘れたわけとちがうさ。


 ()()ならとっくに死んどるなんて話知りたくもない。


 彼女は俺に言うたんや「私だとすぐにわかるように、春の色で会いに行きますね。大丈夫、すぐにあなたなら春の色が分かりますから。」て。


 その時の話を数十年前この黒羽にしたんだった。と思いだした。


 「そうですか、良い確認ができましたので、報告を。

 春の色をした女性を見つけたので、今回の騒動・・・もとい、『暁様の女性探し』は今回で最後になると思います。と報告いたします。」


 その言葉に耳がぴょんっと経ち、目を大きく開いてしまう。


 「ほんまに春の色をした女性か?」


 「はい、明るい春の陽気のような柔らかい菜の花色なのはないろをしている髪に、現世で言う人間が着ている着物を着てこの妖の世界に来たそうです。

 今は遊女として妓楼におりました。『春の色を体現したような娘がいる』と、そのうわさを聞きつけ、この黒羽会いに行くと、まさに春のような娘がおりました。

 確認いただければと思い騒動が始まって早いですが、明日城にお連れしたいと考えています。

 許可をいただければと思いますが、いかがでしょうか?」


 春・・・。

 確かに菜の花を見て「春ですね」と言ってた時もあった。


 それに着ていたという服が着物だという。

 猫や犬だとといった動物や、虫、魚、人の妬みや恨みが凝り固まってできた妖ではないのは確かだろう。

 着物を着ていたのなら、それはすなわち『人』であったということ・・・。


 「そないに自信があるんか?」


 「はい、この黒羽自信があります。紅が此度の騒ぎに参加したと聞きました。・・・それも組長として参加したと。

 彼奴のことです、それがしと同じように真面目に参加したものでしょう。彼奴にも何の報告なく城にお連れすれば怒るやもしれまぬ・・・。

 それゆえ、一度紅にも伝えてからこの城に連れてまいります。」


 「ふむ・・・。ではこうしようや、今回の騒動は半月早めるとしよう。代わりに、報酬を倍にあげることとする。それでどうやろう?

お前は先に城入りでもしたらええ。俺もその女性に会いたいしな。」


 「ありがとうございます。必ずやきっとお探しになられている女性で間違いございません!」


 「はよ周りの者にも伝えてこい。」


 「はっ、失礼いたします。」


 彼女だったらいいなと思う気持ちと、またきっと別人だろうという気持ちで複雑な感情がぐるぐると胸の内に構成されていく。


 「紅と黒羽は仲があんまし良う無かったなぁ・・・。報告してやらんと怒るから、報告に行くって言うとったけど、たぶんあれはただの自慢をしに行っただけやな・・・。

 でも自慢するくらいや、自信は本物やろ。

 彼女だったら・・・。」



 いや、考えるのはやめよう、200年前も同じようなことを言って誰か連れてきたことがあったはずだ。

 あの時は大蛇だったか?

 「この人こそ、お探ししている女性でしょう。」

 と自慢げに連れてきおったんや。


 あん時も期待してたぶん勝手に傷ついて、しばらく皆に心配かけたんよなぁ・・・。


 

 今回もきっと同じことや・・・。


 「春の色・・・。春と言えば、彼女は桜の花が好きやったなぁ・・・。」

 

 二人で植えたあの桜の苗は今頃現世でどれくらい大きくなったのか・・・。


 「そういえば最近現世に行ったっていうやつがおったなぁ・・・。豆狸の狸助だったか。あの狸の爺ぃか・・・。あの桜の木がどうなってるのか聞いてみよか。」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


紅様 お屋敷


 作戦を練ろうと言って早5日が経っていた。

 

 あの日から私は、教養を学ばせていただいております。

 と言っても先生は私をべた褒めしてくださるので、なんだか甘やかされているような気がして勉強をしている気分にはなりません・・・。


 先生は雨女の雨癒ユーハン先生です。

 発音が難しい先生なので、雨先生と呼ばせていただいています。


 主に、華道、茶道、お琴、三味線、囲碁、数学、文字、舞を教えてくださっている完璧な先生です。

 もとは遊女だったそうで、天狗のお役人様に身請けされ、今は先生をしてお金を稼いでいらっしゃるそうです。

 遊女時代に学んだことを誰かに教えるのは久々とのことで真剣に教えてくださいます。


 「楽器も舞も、雨先生はすごくお上手ですね!」

 

 聞き惚れる・・・見惚れるというのはこういうことを言うのだろうと思うほど彼女は完璧です。

 すごくきれいな人で、髪色の薄灰色に雨のような淡い青色を目に宿しているお方です。

 容姿は人間にとても近い方です。


 「そんなことはありんせん・・・。すべてはわっちに教えてくれんしたあの人のおかげどす。」


 「あの人・・・?」


 懐かしむようにそっと膝前に置いてある琴に触れた。


 「わっちは昔からどんくさくて、楽器や舞が好きではありんせんでした。でも、わっちにいつも丁寧に教えてくれた当時の花魁の山茶花殿は、当時おんなじ遊女であったわっちから見ても完璧なお方でありんした。山茶花殿は最後大蛇オロチ様に身請けられ、はんなりと出ていかれました・・・。今でも覚えておりやす、ただ『好いた男には一度も振り返ってもらえんした』と言って笑いながら行かれたのを・・・。」

 

 「好いた男・・・。」

 

 遊女の皆様はいわば商売道具・・・好きになった男性がいたとしても、女としてみてくれるか、道具としてみるかはわからないのだと聞きました。

 前の花魁、山茶花さんはすごく嫋やかなお方で男性の誰もが振り返るほどの美女・・・。だったと聞いております。

 そんなお方が好いた人ってまさか・・・。


 私の気持ちを読んだのか雨先生は静かに想い出を語ってくれました。


 「山茶花殿が好いた男こそ暁様でありんす。

 暁様はきまぐれに遊郭に来てはお過ごしになられ、去っていく・・・。

 一度抱かれた女ならみな同じことを言ってくれるでありんしょうが、あのお方は遊女を抱いているとき、誰かをずっと想いながらお抱きになられる。

 その目を一度でも自分に向けようと、その恋に焦がれた山茶花殿は花魁にまでになりんした・・・。

 でも、最後は当時ずっと通うってくれていた大蛇殿に身請けられんした。」


 その雨色の瞳がゆらりと揺らんだ。

 

 「わっちも暁様に心奪われた時がありんしたなぁ・・・。すぐに負けを認めてもうたけど・・・。

 山茶花殿がきっと暁様の心を癒されるのだろうと信じておりんした。でも、あのお方はそれを拒まれた。

 ・・・紅様は暁様の御心を癒そうと大変真剣でおいででありんす。

 でも、暁様がその御心の戸を開けてくださらねえと、誰も癒すなんてことできんせん。今回もきっと・・・。

 あ、長話になりんした。桜華殿、続きから・・・。」


 「心の戸を開けなければ・・・。そうかもしれません。でも、その戸から出てきたいと思うほど楽しいことをすればいいのかもしれませんよ。諦めはよくありません。」


 ぱちぱちと瞬きをすると、嬉しそうにほほ笑んでくださった。

 

 「そう言う桜華殿は眩しゅうござんすね。見返りなんてあるかもわからねえのに・・・。どうしてそこまで会ったこともありんせんお方の為に頑張れるんでありんすか?」


 確かに私は暁様に会ったことはないし、何かしてもらったこともない。

 姿も声も知らない人の為にこんなに勉強しているのは可笑しく思えるのでしょう。

 でも、紅様や周りの人たちが皆さん「暁様に笑って欲しい」と仰るんですもの。


 きっと素敵な人に違いありません。


 「私も会ったことのない人の為には頑張れませんよ。でも、その私が会ったことのない『暁様』の為にこんなに一生懸命になれる人がたくさんいるんです。きっと素敵なお方なんでしょう。

 それぐらいは私でもわかるんです。

 その一生懸命な皆さんにも笑顔になってほしいから頑張っているんです。

 次いでって言ったら語弊があるかも知れませんが、暁様の笑顔は皆さんの笑顔の次に見たいですね。ふふふ。」

 

 「そうでありんしたか。やっぱり桜華殿は眩しゅうござんす。」


 そんなに髪の毛薄いでしょうか・・・。禿げてきてますでしょうか・・・?


 髪の毛と頭皮をさわさわと撫でていると、雨先生は声をあげて笑ってしまった。

 つられて私も笑っていると、小鬼の赤椿ちゃん(黒髪の着物の少女の方)が慌てて入ってきました。


 カンッ


 「失礼しますっ・・・!桜華様、紅様がお呼びでございますっ!」

 

 「え?わかりました。すみません雨先生。すぐに戻ってきますので。」


 慌てている赤椿ちゃんに手を引かれながら走る。

 子供のような姿の小鬼ちゃんなので、手を引かれると足が縺れてしまいます。


 「ど、どうしてそんなに急いでいるんです・・・かっ?」


 走りながら話すと、舌を嚙みそうになりますっ、気をつけねばっ!

 

 「暁様の女性を見つけ出したと言って大天狗の黒羽くろば様が街を歩いていたそうで、紅様と街で遭遇したそうなんですっ!その時に・・・!」


 「遅いよ赤椿!急いでください桜華様!」


 一つの部屋の前で白椿ちゃん(白髪の着物を着た少女の方)が待っていた。

 その慌てている様子はますます私を不安にする。


 その部屋からは怒鳴り声が聞こえた。

 そっと戸を開けると、紅様と羽大きく広げ大声を出しているお方・・・そして菜の花色の髪をしている女性がそこにいた。

 

 「あの中に私を入れるんですか?」

 

 「「はい!」」

 

 恐る恐る聞いてみると二人は力強く頷いてくれた。

 今はお願いだから頷かないで欲しかった・・・。


 床を少し叩き、ノックをする。


 「失礼します、桜華です。」


 「桜華か、入れ。」

 

 部屋に入ると、大きな翼を広げていた高身長のお方が振り返った。

 黒髪を高く一つにまとめ、馬のしっぽのように後ろに流している。

 顔は赤い全面仮面で見えない。

 姿は人にすごく似ているが・・・、


 (身長が大きい!!)


 「この娘か?」

 

 「この娘こそ私が此度の女性探しでご紹介しようと思っている女性だ。名を『桜華おうか』という。この女性も春の色だろう?!」


 「は、春の色・・・?何の話でございますか紅様?」


 菜の花色の女性がキッと私を睨んでくる。

 綺麗な淡い青磁色の着物を身に着け、その綺麗な菜の花色の髪をふんわりと簪でまとめている。おくれ毛があってすごく色っぽい人だ。


 「この娘がわっちと同じく暁様に紹介される女でありんすか?ふぅ~ん・・・。こんな地味な女が暁様の目に留まるとは思えんせん。わっちの一人勝ちでありんしょう。記憶はまだありんせんが、暁様とはどこかでお会いした気がしんす。

 それに探している女性がわっちじゃなくても、わっちの春の色を見ればすぐに寵愛をくださりんしょう。」


 私をじろりと舐めるように見ると、嘲笑した目で見てきた。


 その目つきが恐ろしくて、数歩下がってしまった。

 確かに私は地味だし、綺麗でも色っぽくもない・・・。

 

 「紅様と申しましたか?見る目がないでありんすなぁ・・・。街の貧乏人共と手を組んだと聞き及びんした。それで選んだのはこんな地味女・・・。」


 ふっ。と嗤われたとき、私はカッとなって怒ってしまった。


 「私のことは何を言われてもかまいませんが、町の皆さんを悪く言わないでください!貧乏人なんかじゃありません!」


 天狗のお方が私を見て、驚いていた顔を戻してすぐに余裕の声を出されました。


 「紅、遅れて参戦したとはいえ、無理に春の色をした娘を探し出したとは・・・。くすんだその髪色など春の色にも見えないわっ。手指も荒れていて・・・。はっ、女でもない!さすが貧乏人たちとつるむだけはある。貧乏人の女とはな。そんな女でもない地味な奴を暁様に見せようとは・・・笑止千万!!」


 私の髪色は今はくすんだ様な色をしています・・・。

 桜色で綺麗だと一つ目さんは言ってくださいましたが、もしかしたら綺麗じゃないのかも・・。

 

「見たぞお前の組のものをな。あんな貧乏人たち・・・服も髪もボロボロで容姿も悪い連中と一緒にいて役人として恥ずかしくないのか?その女も貧乏人じゃないかっ、ここに某が連れてきたこの女性を見よ!

美しい白い傷のない肌にまろやかな手。美しい髪色に艶やかな光沢・・・。顔は文句の付けようもないほどの美女だろう!そんな灰色がかかったような髪色にただの黄色い目。指や肌はパサついて、唇はガサガサして見えるぞ。

貧乏人にしては整っている顔立ちは褒めてやるが、田舎者の臭さは消えぬものよ!私の勝ちだな!」


 あはははっ!!!と高笑いされて、隣の美しい女性もそれに合わせて、クスクスと肩を揺らし嗤っています。


 私の手は綺麗な女性の手をしていません。

 あかぎれ、ささくれ・・・爪は深爪で少しボロボロ・・・。

 髪も水で洗うのが精一杯です。石鹸なんて高価なものを買う余裕は私にはありません。

 軋んでいる髪の毛は光沢がなくて、ここに来たばかりの頃の桜色と褒められた髪も今はただの灰色に近い何かにしか見えないのでしょう・・・。


私の容姿のせいで皆さんまで悪く言われているような気がして涙が少し滲んだ。

 私のせいで・・・皆さんまで・・・!


 「黙れ、彼女は誰よりも美しい心を持っている。卑しい考えで暁様に近づく女を連れていくお前こそ役人かっ!!暁様の為にここに来て、努力をしてくれている彼女は誰よりも美しい!貴様が連れてきたその女よりもずっとな!」


 私の肩を引き寄せ、抱きしめてくださる紅様。

 突然のことで吃驚してしまいましたが、その力強さに落ち込んでいた心がまた蘇ります。


 私は、美しさで勝負をしたいわけでも、暁様の寵愛を頂きたいわけでもない。


 私はこの優しい祈りにも似た願いを叶えて差し上げたいだけ・・・。



 「私はあなたより美しくも綺麗でもないかもしれません。暁様の為に頑張られる思いに優劣をつける貴方達には絶対に負けたくはありません!勝つのはこの『私達』です。容姿や育ちを持ち出し皆を馬鹿にするのはお止めください。醜いですよっ!」


 紅様の腕から少し安心させるように笑顔を向けてから離れると、私はそのお二人に胸を少し張って宣言しました。


 「なっ!!」


 私に醜いと言われたのが気に障ったのか怒りで顔が赤くなる。


 「ふんっ!そこで威張っていろ!私が勝った時には、お前を遊郭へ売り飛ばしてやろう。この菜の花の代わりにな。」


 「まぁ、それがいいでありんしょう!わっちはその時は暁様の腕の中でありんす。」


 ふんっと鼻を鳴らすと、ドタドタと出ていかれました。


 怖かった・・・。遊女と言えば雨先生だけしか知らないので、皆様穏やかな方なのだとばかり思っていました。


 「すまない。あの場で君を呼ぶべきではなかった・・・。」


 申し訳なさそうに謝ってくれます。

 彼の所為ではないのに・・・。


 「私が美しくないせいです。紅様の所為ではございません。女性らしく綺麗な手でもしていたらよかったのですが・・・っえ?きゃっ!」


 両肩を強くつかまれ、上から真剣なお顔をした紅様が私の目を見てきました。


 「なにを!!君は美しい!こんなにも心が穏やかで綺麗な妖は初めて会ったくらいだ!その美しい声も、顔も、心もあの菜の花色の女よりずっと美しい!!出会ったあの時から君はずっと絶え間なく努力してくれている!その街民への思いもずっと眩しくて美しい程だ・・・!

 暁様が君を気に入らなくても、この私がっ・・・はっ・・・!あ、その、すまない。忘れてくれ・・・。」


 「え、えぇ・・・。わかりました・・?」


 小鬼たちが襖の隙間から、「あわわわわっ!!」と二人でお互いの目を隠しあいながら(指の隙間から覗いている)顔を赤くしている。


 いきなり褒めてくださるなんて・・・お優しいお方です。

 にしても、『暁様が君を気に入らなくても、この私がっ・・・』ってどういう意味でしょうか?


 その時部屋の戸がドタンッと音を立てて外れた。


 戸が外れたかと思うと、そこには鏡餅のように誰かが誰かに圧し掛かっている状態で部屋になだれ込んできた。


 「きゃぁ!・・・み、皆さん・・・。何してるんですか?」


 「な、なははは・・・」


 一番上に乗っている河ナカさんが居心地が悪いかのように櫛奈さんの背中に正座して笑った。


 「聞かせてもらったぞ桜華!よく言った!!!紅さんの言う通りあの女よりもお前がずっときれいだ!」


 一つ目さんが(一番下に押しつぶされている)いきなり親指を立て、残りの指を握りこみ、私の前に出してきた。いわゆるぐっじょぶまーく?なるものだ。


 「ガッツがあったぞ!お前のその『私たちがかつ』の一言が俺達はすごく嬉しい!」


 「皆さん・・・!でも、どうして普通に入ってこられなかったんですか?あのお二方が帰られて少し時間がありますが・・・。」


 「え~?あの雰囲気の中行ける奴なんていなくなぁ~い?だぁってぇ~あんな熱々じゃぁねぇ~?」

 

 綾女さんがふぅ~⤴と語尾に謎の効果音を付けました。


 「熱々・・・?」


 紅様の方を見ると顔が真っ赤になっています。

 あら、大変です、お熱でしょうか?!妖は滅多に病には罹りませんが、万が一があります。


 「紅様、お顔が・・・!まさかお熱が?早くお休みになられてくださいませ・・・。」

  

 手に触れてみると、すごく熱い・・・。これは熱で間違いなさそうです!


 「あ、あぁ。少し休むこととする。」


 お屋敷の奥へ行こうとするのですが・・・。

 私が触れた手を握り返されてしまって、私まで屋敷の奥のお部屋に連れていかれそうです。


 え?まさか、看病をお願いされているのでしょうか・・・?


 「紅様!お手を・・・、お手を離さないと桜華様までお部屋に連れてしまいます!」

 

 慌てて赤椿ちゃんが声を掛けてくれました。

 鏡餅のように重なっていた皆さんは順番にずれていき、ようやく最後の一つ目さんまで解放されました。


 「え~?!駄目よそんな野暮のこと言っちゃぁ~!このまま部屋まで行ってばぁ~ん!っと突き進めばいいじゃなぁい!」


 「あの堅物の紅があそこまで惚れ込んじまうとはなぁ・・・。面白くなってきたぞ!」


 ガハハッ!と狸助さんが戸の近くで笑っていますが、何を言ったのかうまく聞こえませんでした。

 それと綾女さん、なにが『ばぁ~ん!』なのでしょうか?

 やっぱり看病のことでしょうか?私看病をしたことがないのですが、できるでしょうか・・・?

 いいえ、ここまでお世話になっているんです。

 猫吉さんのお店で色々学ばせて頂いたり、お屋敷でも雨先生に教えてもらってばかり・・・。私も誰かに恩を返すべきです!

 ここは、このお屋敷の主の紅様に恩返しを・・・!

 熱があるのなら、この私が看病しましょう!先ほども庇っていただきました・・・。


 お仕事を休憩されているところ見たことがありません。きっと無理をしているに違いありません。


 「はっ!しまった。すまない・・・。」


 私の手を握っていることに気が付いたのか紅様が慌てて手をお放しになられました。

 でも、すぐに私が握り直おします。

 

 「私なら大丈夫です。」


 「うぇ?!な、なにを言っているのだ?!」


 「私なら平気でございます!お世話をお任せください!」


 「せ、世話?!そんな、お前は遊女でもないのだぞ、別にそんな気を遣わなくてもよい!誰に言われたのだ、桜華がこのようなことを言うなんて・・・。まさか雨癒ユーハンに教えられたのか?!」


 なぜこんなに慌てていらっしゃるのでしょうか・・・?


 「「お、お世話だなんて大胆ですぅ!!」」


 小鬼ちゃんたちが顔を真っ赤にしてぼふんっと音を鳴らしながら目を白黒させています。(目は黄色なんですけど・・・。)


 「やだぁ!大胆!いけぇ~!」


 綾女さんを含め女性軍が面白おかしそうに茶化しています。

 なにか私は変なことを言ったでしょうか・・・?


 「いいえ、雨先生には教養を学ばせていただいているだけです。この申し出は私個人で考え、言っている言葉にございます。」


 「はぁ?!な・・・な・・・!なんてことだ!わ、私は、お、男なのだぞ?!その男の部屋にきて、私の世話をすると言っているのか?」


 「はい、紅様が男性なのは存じております。」


 そんなことを気になさっていたのですね・・・。

 不思議な。皆性別はあるものです(心の性別は別にして・・・)。

 それに熱があるのに、性別は関係ない気がするのですが・・・。

 もしかしたら、熱があることは男の人にとって恥ずかしいことなのでしょうか?


 「そ、そんなに覚悟があるのか・・・?」


 「・・・?はい、ございます。」


 「な、ならば来れば良い。」


 手を握ったまま、部屋に連れていかれることとなった。

 なぜ、河童の河ナカさんがあんなに悲しそうなんでしょうか?

 皆さん面白そうに、「「いってらっしゃぁ~い!」」と言っているのでしょうか?


 兎にも角にも、お熱を何とかしなくては・・・!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 「行っちゃったぁ~!面白いわぁ!」


 「お、おいらもずっと好きだったのに・・・。」


 河ナカがぐすんっと鼻を鳴らして涙で目を潤ませる。

 

 「馬鹿め、あの様子じゃ何もわかってないだろうよ。」


 一つ目がはぁ、と深いため息をついた。あの意気込みはたぶんただの思い違いだろう。

 あの桜華が『夜の世話』など考えているわけがない。

 豆狸の狸助爺が可笑しそうに笑う。


 「これはこれは面白いことになったぞ~?小鬼の嬢ちゃんたち、この金をくれてやるからあの桜華に似合う着物をちょっと繁華街で見繕ってきてくれんかぁ?あ、あと髪や体を洗う石鹸もな。あとは~・・・あ、手荒れにも聞く軟膏も一つ。時間がないぞ、急げ急げ。」


 「あ、それならおいらも金を出すぞ!桜華の簪やお化粧品に。」


 「俺もだそう!」「僕もベイビーの為に出すよ☆使っておくれ☆」「あ、私も少しだけど出すわ。」

 

 部屋になだれ込んだ皆が笑って財布から金を出す。

 ここは田舎だ、まとまったお金を稼ぐのも難しい場所なのに・・・。

 桜華さんは皆に愛されているのだなぁと小鬼たちは思った。


 「必ずや桜華様に似合う物を見繕ってまいります!」

 

 ダっと鬼特有の筋力で急いで買いに出かけてしまった。

 

 「お前たち金は平気なのかぁ?」

 

 狸助爺が聞くと、そこにいた一つ目が答えた。

 

 「狸助爺さんこそいつも金は持ち歩かないんじゃなかったのか?」


 「ガハハハッ!今日はたまたまさ!」


 「あの女にはうちの桜華が負けるわけあるめぇよ!財布は軽くなったが、心は重くなったさ!」

 

 「儂の腹を分けてやろうかぁ?ガハハッ」

 

 どっと皆が軽くなった財布をもってゲラゲラ笑う。

 きっと、皆で買った着物や簪を付けて暁様に会いに行く桜華はどこの女よりも美しいのだろうと自信をもって言えるから。

 だから皆嬉しそうに笑ったのだ。


 「な、なぁ?きっと暁様笑ってくださるよな?あの女になんか桜華が負けるわけないよな・・・?」


 河ナカが不安そうに言った。


 「何言ってるのさ笑うどころか、その美しさに感動して泣いてしまうかもしれないよ☆!本人は全然気が付いてなんかないけどね!」


 「そうよぉ~!まぁ~たくあの子は自分の容姿について何も分かっちゃぁいないんだからぁ~、ここに来た時、とんでもない美女が来たって話題になるくらいだったのにねぇ。

 今は髪の毛が汚れてたり、軋んでたりしているからって、手拭いで少し隠してるんだもの。勿体ないわぁ!あの桜色の髪、見事よねぇ!

 それにしても、来たときはまるで人間のような服着てるから吃驚したわよね?なんて言うの・・・?巫女みたいな?」


 あ、そういえばと皆も不思議そうに考える。


 「巫女服を着た人間のような娘が、桜の花の妖だったんだよなぁ。あの日をまだ覚えているぞ!」

 

 一つ目が思い出したかのように言う。

 そうそう!そうだった!と皆あの日のことを思い出して不思議そうにする。


 「普通花や植物から妖が成るときは、体に葉っぱとか花弁とか貼り付けるように来るのにな・・・。あの時は巫女服きてたから驚いたぁ!それ以上に別嬪でなぁ・・・。おいらすぐに好きになっちゃったぞ!」

 

 えへへ。と恥ずかしそうに頬を搔くとみんなが「そりゃ惚れるのが早すぎだ」と笑う。


  狸助爺が驚いたように聞き返した。

 

 「巫女服?儂が桜華が遊郭に売り飛ばされそうになってた所を助けたときには、ただの花弁が体を少し覆っていただけだったぞ?」


 「え?あぁ~!実は着ていた服を脱がされて、体を商品になるかじっくり見られてたんですってぇ。可哀そうに・・・そのまま髪を引っ張られて、その場で味見されそうになってたのぉ。

 私が助けたかったけど、お偉い立場がないから、慌てて狸助爺さんを河童の河ナカに頼んで呼んでもらったのよぉ。」


 「ほ~・・・?巫女服を着た桜の花の妖だったとな?もしかしたら・・・。」


 皆がわいのわいのと騒いでる中、ボッといきなり青い炎が狸助爺の前で現れた。


 「?!」

 

 皆火事かと思って慌てて離れるが、その炎は声を出した。


 『狸助、久しぃなあ。

  数年前に現世に行ったことあるて聞いたで。

  それについて少し聞きたいことあるんや。今すぐ城に来い。

  あ、そうや、この炎に返事をしても無駄やで。なんか言いたいことあるなら直接城に来い。

  以上や。』


 すこし高いテノールのような妖しげな声が用件を伝え終えると、ふわりとかき消えた。


 「結局文句があっても城に行かなきゃならんのかぁ・・・。面倒くさいのぉ。仕方がない、行ってくるか。すまん~、一足早く城に行って来るとあの堅物に伝えておいておくれぇ。」

 

 ぽこぽこお腹をさすりながら、狸助爺は頭の葉っぱを手に取ると『ぽんっ!』と煙を上げて消えてしまった。


 「だ、大妖ってすげぇ・・・!」

 

 妖の中でも大妖になると己の妖気を使ってなにか技を使えるようになるそうだが、あれがその一種なのだろう。


 みんな消えた煙を吸えば大妖になれるかと思って一斉に狸助爺さんがいたとこに駆け寄ると、おしくらまんじゅうのように潰れてしまった。

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