第零話 昔の話でございます
これは昔...気の遠くなるほど昔の話でございます。
しんしんと降る現世の雪の中に一人の妖が迷い込んでまいりました。
身体はボロボロ、使い込まれた雑巾のような服に身を包み、雪の中に沈み込んでいく様は、現実とは...とてもではありませんが思えませんでした。
「まぁ...!なんてこと..!!」
そこに居合わせた私はそうっと手ぬぐいで狐を包むと胸元に抱き寄せました。
雪の上に狐には似合わぬ大きな着物のような布が落ちましたが、そんなことは気にもとめることはできませんでした。
一刻も早く暖めてあげて、そして怪我を手当てしなくてはいけなかったのですから。
「もう大丈夫ですよ...。」
腕の中の狐がゆっくりと私を見た後、身体を預けてきました。
震えて...なにか恐ろしいことがあったのでしょうか。
連れて家に帰れば怒られるでしょうか...?それでも私に似ている気がして、どうしても助けたかったのです。
「覚えとるか...?」
ふっと意識を戻すと、愛おしい人が私を抱き寄せて、泣いていました。
泣き声を抑えながらに言うその言葉に瞬きで返事をしましたね。
もちろんですとも、冬の日を覚えています。
あの冬の日を...。
貴方と出会い、過ごしたあの日々を。
私の全てを見抜き、私に「愛」と「悲しみ」を教えてくれた貴方。
「待っていてください、私は少し遅れてしまうかもしれませんが...。」
喉から絞り出す声は、今思えば滲んでいて聞くに耐えない声でしたね。
「必ず...必ず逢いに逝きます。」
上から降ってくるのはあの日と同じ雪...。
それと貴方の愛...。
「春の色で逢いに逝きますね。待っていて...遅くなるかもしれないけれど...貴方と約束したから...。」
寒い...痛い...意識が遠のく。
あぁ、泣いているのですか、私の太陽さん。
「愛しています...暁。」
愛おしい昔の話。
一人の姫巫女と呼ばれた女が、一人の妖の男性と恋に落ち、異郷で結ばれる事を約束した...。
ただただそれだけのお話でございます。
あぁ、現世の冬はこれにて仕舞い
あとは異郷にてお会いいたしましょう