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ココロ散ル~高田馬場ノ恋物語

潔く散るココロ。美学です。

 昆布は携帯片手に躊躇していた。

 北野麻美に電話をかけるタイミングを計っているのだ。

 タイミングが悪いと機嫌をすこぶる損ねる麻美。

 「眠たいとき」

 「お腹がすいているとき」

 「旅のしたくをしようとしているとき」

 これらの条件のうち一つ以上が重なったとき、自爆へのカウントダウンが始まる。

 近くにいないから、電話をしてみないことには麻美の機嫌はわからない。

 たとえ自爆してしまっても、昆布には今どうしても伝えたいことがあった。

 麻美に彼氏がいることは知っている。しかし、誰が何と言おうと昆布は麻美が好きなのだ。

 来週の火曜日は麻美の誕生日。

 ずっと一緒にいられないにしても、5秒でもいいから会いたいと言いたい。


 自分から人に寄ることはないけれど、人に対してウェルカムな麻美。潔くカラっと明るく悩むこともあまりない麻美。自分の心のシャッターの開閉を厳しくもコントロールしている強く生きる女、麻美。10~15人人間が集まったらきっとリーダーとしての地位を確立するであろうオーラが輝いている。

 昆布の思い出の中では、麻美はまるで炎天下のもとで同じ高校の球児を応援する甲子園出場校の吹奏部のホルンのように、豪快かつ神聖な振動となる。息をするのも苦しくなるぐらいに自分を魅了する麻美。

 サークルのみんなでお好み焼きを食べに行った時。いか玉やぶた玉など、好きなものを好きなだけ食べてはあまり周囲を気にはせずビール片手に大きな声を、部屋中に響かせていた麻美。

 悩む昆布の記憶の中で動き回る麻美。そして、女友達といるときは全く別人のように、自分のサバサバした部分を解放する麻美。


(脚注:鹿嶋「なんとか、2人が結ばれるといいなぁって。生まれてきて、巡りあえたからには。一度ぐらいは「あなたが好きです」と伝えるチャンスがあってほしいんだ。非力な若人昆布に空間を、」)


 昆布は携帯を持ったまま、気がつくと走りだしていた。平日の夜20時のJR高田馬場駅のロータリー付近は人が多く、場所を変えようと駅に向かう者。飲み屋に急ぐ者や、カラオケの客引きと値段の交渉をする者まで、色んな人間がそれぞれの思惑を広場にてぶつけ合い、その声はワヤワヤワヤガイガイガヤと昆布の身体の中を外回りに内回りにと、駆け巡る。


 洗濯機の水の中で洗われては汚れを出し、洗剤を吸収しては吐き出す。脱水されるまでは、やむことのない「動」のそのもの。


 今まで自分の世界の中の同じような所を堂々巡りしていただけなのではないかと、目前の高田馬場のロータリーのドンチャン騒ぎとかぶせては、はっとした昆布。

 昆布「おれって勇気ないかな。彼氏がなんだってゆうんだ。麻美の景気のいい「アハハ」とも「ガハハ」ともとれるような心揺さ振る表情を見たいんだよ。」


 彼氏がいるから、越えてはいけないラインはある。今自分がたつ位置から9歩先ぐらいに。少し話をするぐらいは許されないかな。6歩先にある理想。


 今まで、麻美には自分からの好意に気づいてほしくて試行錯誤を繰り返してきたことを振り返ると、今自分が立つ位置は、2人が出会った時から数えると4歩ぐらいのところではないかと確信する。目的地はその先2歩めぐらいのところである。


 昆布が麻美を恋人にしたいと思うようになったのは、前の彼氏と別れた時だった。


 麻美は親友の鳩ヶ谷に自分の失恋話を語っている。

 16時40分頃の学内の喫茶店のテラス席。常緑樹が繁るキャンパス内の静かな場所であり人気の少ないところ。


鳩ヶ谷「麻美、めんどくさいでしょ。彼女がいる相手だよ。留学して会えなくなるのは辛いかもしれないけど。もう、決断してもいいんじゃないかな。」

麻美「ははは!たしかに。鳩ちゃん。今まで決心つかなかったけど、いいかげんめんどくさくなってきたよ。昨日、髪を洗っているうちになんかどうでもよくなっちゃった。向こうから来てくれるんなら、いくらでもかかってこいってゆうんだけど。あ、気分いいとき限定ね!去るのなら、じゃあねって、手をふるだけだよ!アッハッハ」


 手帳を床に叩きつける。過去の消せないメモリーが麻美のココロの中に画素数を上げながら記憶に貼り付いている。スケジュール帳はその生き証人。きっとココロのどこかでは水蒸気が沸き起こり、涙はそこに存在することだろう。切なくなり、昆布はむせびそうになる。

しかし。昆布の考察とは裏腹、目の前にいる麻美は楽しそうに笑っている。


麻美「結局、1人が楽だよ~!」短く天に向かって吠えた。

麻美「ちょっとぐらい悩んだりする方が女の子らしくっていいのかなぁ~。」


 根から吸収した水分を全部吐き出す緑樹のように、清々しく自然な様子だった。まるで、活劇スターの殺陣を目の当たりにしたようだった。しかも女の人にして剣士なのである。

 鳩ヶ谷「麻美~、今度気晴らしにぱーっとキャンプでも行こうよ~!」

 麻美「いいねぇっ!」

 高まりすぎていると伺えるエネルギッシュな麻美。ちょっと放電しきったように笑い泣く麻美。

 キラキラと、チクチクとした光をまぶたの下に乗せているのに気づいた昆布。

 女の子の、見てはいけない場面を目撃してしまったような気がした。

胸が傷むのを感じた。蒼いものが、彼女の背中から御雷光のように揺れるのを感じた気がした。自分の傷みと麻美の傷みが同じように重なり、同じ進行方向に伸びていくような穏やかな感覚。


 翌朝、起きた昆布は身体に違和感を覚えた。歯を磨いているときに、頭がゆるく揺れるのを感じたのだ。麻美への恋心が芽生えたのだ。もはや、素直に顔を見ることが出来なくなってしまった。


 悩んでいるうちに背骨が痺れてくるのを感じた昆布。

昆布「やばい、、これ以上考え過ぎたら志半ばで死んでしまう!」


ダイヤルを順番に押してゆく。

3回めのコールで麻美が出る。


昆布「もしもし、麻美さん。」

麻美「イヤッハー!昆布~。旅の支度していたよ!」

昆布「どこか行くんですか?」

麻美「うん。誕生日に彼氏と白馬にいくんだ~。スノボ!」


カラカラと気持ちよく笑う豪快な笑い声。ああ、心は湿らずに散る。沢山の夢と散る。でも、不思議と爽快なのである。


昆布「2人で楽しんできてくださいね。麻美さん。」麻美「ハハハ!」

昆布「お邪魔してすみませんでした。」


ツーツーツー。



昆布「あの、笑い声には勝てねえな。好きだーー!」


カランコロン…。固いものがアスファルトに叩きつけられ、ころが

り、音を響かせるような。


昆布の気持ち、街に響く。引きずることなく、まっすぐ歩ける足は

高田馬場の大通りの飲食街をすくすくと駆ける。


昆布「この街の誰よりも大きな笑い声を僕に届けてくれる。この想

いはきっと僕ら1つに寄り添わないから感じられるんだな。これから

も照らしてくれ!外部から。誰にも似ない、痛快で人気者な女、北

野麻美!」


昆布はここ数ヵ月、ロクに眠れないほど自分を翻弄させていた麻美

にうつされた熱病が完治したように軽い気持ちにつつまれた。


昆布「身体が軽い…」


 昆布は、しばらくほったらかしにしていたロールプレイングゲーム

でもしてみようかなぁと心に出来た嬉しいスペースを満たすことを考

えては、ほっと胸をなでおろした。


昆布「電池、買って帰らないとな。」


 昆布は、小さくてふわふわと震えるような新しい予感をハグした。

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