86話 内相との取引
「……ランディ……マクローリンと言っておこう」
「ふふふ、ずいぶん適当な名前だな」
「な、なんだって?」
「私はてっきり、君の姓は『マクラーレン』だと思っていたが……」
「!?」
なんということだ。目の前にいる内相とやらは、全てお見通しだったのか。もちろん本名ではないが、それでも俺のもう一つの名前を言い当てられて動揺を隠せない。
「とぼけても無駄だよ。私達はお前のさっきの戦いぶりをオーブで監視してもらった。実に凄まじい戦いぶりだ。未だに信じられぬが、なんとあの水魔竜ディオルベーダを倒してしまうとはな……だが、そんな芸当が可能なのは後にも先にも【竜騎士】以外には、存在せぬよ」
「……」
「ふふ、私達の見聞をなめてもらっては困るな。しかし安心したまえ、別に君のことを悪魔と罵ったり、排斥するというわけではない」
「では、どうするんだ?」
「簡単な話だ。取引しよう」
「取引?」
「君はどういう理由かはわからんが、ここにいる巫女を救いたくてここに来たんだろう。しかし巫女はここ『ロマーヌフェルジュ』近郊の海の治安、ならびに我が都市の安定と平和を望む大切な存在だ。いてもらわねば困る。別に君が救わなくとも、我々は帝国の手から彼女は全力で守りぬくと誓う」
「それなら、もっと早めに兵を派遣しておけよな」
「なるほど、君も帝国が彼女を狙っていることを知っているようだな。となれば話は早い、我々とともに協力しないか。君のその絶大な力は打倒帝国には持って来いだ。知っているだろうが、我が都市、というかそもそもビリスンという国自体、軍事力が乏しくてな。属国化してしまったが、未だに独立を呼び掛ける勢力も多く反旗を翻す機会を窺っているんだが、どう足掻いても帝国には歯が立たない。しかし君の【竜騎士】としての力は、かつての『レギオス戦記』に登場する伝説の竜騎士レギオス・マクラーレン、さらに50年以上前の暗黒戦争時に活躍したという実在した【竜騎士】にも劣らない。我々としても、君のその力がほしい。そして協力してくれたら、いつでも巫女に会わせてやろう。頼む、承諾してくれないか」
内相の話は俺でも理解できた。要するに俺達と目的が一緒だということだな。俺が『竜騎士』であることを見抜いたから、縋り込んでいるわけか。
正直断る理由はない。帝国を打倒するという目的は確かに一致している。しかし、それでも俺はこの話にどうも腑に落ちない点があった。俺の心の中で絶対承諾してはいけないという強い声が、聞こえてきたような気がした。
「ディオルベーダを倒した【竜騎士】、に協力を請うというのか?」
「あぁ、そのことか。ディオルベーダのことは私も残念だが、確かにこの都市の守り神として崇められていた。もちろん住民達にはこのことは伏せておく。元々存在してはいけない奴だからな。長い年月をかけてお前が奴にとどめを刺してくれたことを、むしろ感謝しているよ」
「そうか……ならいいが、それなら尚のこと疑問に感じる点がある」
「なんだね?」
「お前達は巫女を、いやファティマを一体どうするつもりなんだ?」
「おいおい、さっきも言ったではないか? 彼女は我が『ロマーヌフェルジュ』にとって欠かせない存在だ。この都市は漁業で成り立っているようなものだ。確かにきつい思いもさせているかもしれないが、それでも十分な休養も与えているし、豪華な屋敷も用意してそこに住まわせている。何不自由ない暮らしだよ」
「そういう問題じゃないんだよ!」
「なんだと?」
俺は決定的なことを聞くことにした。
「彼女を操っているのは誰だ?」
「!?」
一瞬だが内相の顔色が変わった。俺でも奴が明らかに動揺しているのがわかる。もっと突っ込んでみるか。
「ファティマは誰かに操られているだろ? 答えろよ」
「……一体何のことを言っているんだ? 彼女は優れた魔法師だ、操られるも何も……」
「とぼけるんじゃないよ。俺が駆け付けた時、彼女は明らかに自分の意思で話していなかった。あの様子じゃ、まるで何かに操られているような感じだった。最初はディオルベーダが彼女を操っているんだと思ったが、どうもそうじゃないらしい」
「…………」
内相は黙って聞いているが、顔から滲み出てきた汗を、ポケットから手拭を出して拭いている。
「俺は僅かだが感じた。彼女の背後にもう一人別の魔法師がいることに。もちろんその場にはいなかった。恐らくかなり遠くの場所から、思念というか魔力だけ送って彼女を操っているんだろう。あんな禍々しい気は感じたことがない。口で説明するのは難しいが、ディオルベーダの気とはまた違う意味で、強大で不気味だった。なんというか……あれはまるで……」
俺はここで口を閉じた。この後で出す言葉に迷ったからだ。
「まるで……何だと言うんだ?」
「あの邪悪な気は……ヒースとそっくりだった」
「!? ま、まさか……」
俺のその言葉は内相にとっても完全に予想外だったらしい。もう動揺を隠そうとする気すらない。おどおどしていて、遂に周りにいる兵士達もさすがに気になり始めた。
「す、スレッジ内相、一体どうされました?」
「巫女を操っていたって……本当なんですか?」
「なんでもない、気のせいだ! 奴の戯言に耳を傾けるな!」
「いいえ、さすがに気になります。思えばここ数年、確かにこの『ロマーヌフェルジュ』一帯の海は異常なほど平穏でした。それこそ、魔物の発生は一切ありませんでした」
「いくら巫女の神力が絶大なものとはいえ、小規模の魔物の発生くらいはあってもおかしくはなかったはずですが……」
なるほど疑問に思っていたのは、俺だけではなかったのか。周りの兵士達の疑念が最高潮に達しているようだ。
しかしスレッジはもう誤魔化す気はないのか、とんでもない強硬策に出た。
「す、スレッジ内相……一体何を?」
なんとスレッジは腰にぶら下げていた鞘から小剣を抜き取り、部下に剣先を向けた。
「それ以上言うな! いいかお前達、それ以上巫女について詮索してはならぬ! それよりもこの男だ。無礼な戯言を吐きおって、侮辱にもほどがある。今すぐ全員で拘束しろ!」
「しかし、さっきの話では奴は【竜騎士】とのことですが……」
「安心しろ! 奴はさっきの戦いで既に消耗しきっている。奴がその気なら、とっくに我らは地面に寝転がっているはずだ」
なんということだ、内相は遂に開き直って本性を顕した。部下達もここは抵抗しても仕方ないと踏んだのか、視線を俺に向け再び戦闘態勢をとった。
大多数の敵意が込められた兵士達の目が俺に向けられる。本来なら今すぐにでもあしらってやりたい。
しかしさっきの内相の言葉は推測などではなく、事実だった。
(今の俺じゃ倒せたとしても2~3人が限度か、どうする?)
その時だった。
ザバァアアアアアアアアアン!!
俺達の背後の海面から何か巨大なものが出現した。俺達の足元が水に浸かるほどの大量の水しぶきが空から降ってきた。
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