83話 ニキータの加勢
と、その時だった。
「え?」
なんとディオルベーダの開いた口が咄嗟に下顎から閉じられた。そしてその下顎の真下から突き上げていたのは、見慣れた巨大な獣と白髪の女性の戦士だ。
「ニキータ? それにホエールか?」
恐らくかなり深くまで潜っていたのだろうな、勢いよくそのまま海面の上までディオルベーダの顎を押し上げていた。俺もとっさに浮上して、確認した。改めて見るとホエールの巨体でも小さく見えたが、それでもディオルベーダは完全に意表を突かれたのだろう、態勢を立て直すのに時間がかかっている。
「ランディ、乗って!」
ホエールに乗ったニキータが、俺に呼びかけた。言われなくてもそのつもりだ。俺はすぐさまその巨体に乗りかかった。
「ニキータ、すまない。なんと礼を言ったらいいか……」
「そんなの後でいいよ。それよりこっちが言いたいくらいだ、あの化け物は……」
「お前も信じられないかもしれないが、魔竜ディオルベーダだ」
「はは! あんたについてきて正解だったよ、相手にとって不足なしさ! 嬉しいね」
ニキータ笑いながら強気なことを言っている。顔は笑っているが、若干震えている。武者震いかもしれないが、無理に強がらなくてもいいぞ。
そしてディオルベーダも意表を突かれた攻撃で態勢を崩していたが、すぐさま俺達二人の姿を捉えた。再び奴との激闘が始まるが、今度は仲間も増えた。さっきのようにはいかないぞ。
「ニキータ、来るぞ!」
「わかっている。それよりちょっと聞きたいことあるんだけど」
「はぁ? なんだよ、こんな時に? 作戦とか?」
「そうじゃなくて、さっきあんたが喰われそうになってたのを見たんだけど、どうして避けようとしなかったのかって」
「え、いや……それは」
「まるで、わざと奴の体内に入ろうとしてたみたいじゃない?」
なるほど、ニキータもさすが歴戦の戦士ということか。俺の行動と戦いぶりをちゃんと見ていたな。
「お前の言う通りだ。今の俺じゃ奴には勝てない。【重装備】形態にならないと……」
「【重装備】? なるほど、要するに今よりも強化した形態ってことか!」
「話が早いな。なんとか奴の隙を見いだそうと、探りを入れるのに苦労していたんだが」
「ふふふ、それならあたしに任せな!」
「え? ニキータ、まさか……」
「要はあんたがその【重装備】形態になれるまで、奴の気を引けばいいんだろ。それくらい、お茶の子さいさいさ」
「ありがとう、だが決して無茶はするなよ! やられそうになったらすぐ逃げろ!」
「はっ、誰に向って言ってるんだい? だてにホエールをしつけてきたわけじゃないよ。見てな、海での戦いはあんた以上に自信があるよ!」
俺はそのニキータの自信に満ちた言葉に思わず圧倒されそうになった。そしてその自身は本物だった。
ディオルベーダの鋭い眼光がホエールを見下ろしていた。しかしホエールはそんな威圧にも恐れを知らず、果敢に猛進した。その速度の凄まじさたるや、俺達二人分の体重などまるで無視しているかのようだ。
ディオルベーダの周囲に立っていた水竜巻から水鉄砲の嵐が降り注ぐ。狙いは正確だが、ホエールはそれを難なく躱し高速で泳ぎ続ける。
だが俺も何もしているわけにはいかない。俺は竜気の膜を周囲に張り巡らした。これで仮に被弾してもダメージを最小限に抑えられる。
ディオルベーダの間近まで迫り、ニキータが立ち上がった。そして持っていた双子竜の斧を両手で構え、魔力を込めて集中する。
「大旋風斬!!」
彼女の奥義が炸裂した。真横に振り払った巨大な斧の先端から巨大な衝撃波が渦を巻きながら、ディオルベーダの胴体に襲い掛かる。
しかしその衝撃波の渦は直撃するも、ディオルベーダの胴体には傷跡は何一つついていない。
恐らく奴の体中に魔気のバリアが張り巡らされているのだろう。さすがは五大魔竜の一角、防御面でもガルシアとは隙がない。
(魔気のバリアか、【重装備】になって強烈な一撃でも加えない限り打ち消せないな)
「バリアなんて小賢しい真似してくれるね!」
「ニキータ、真正面から攻めても駄目だ! 奴の背後をつけ!」
「わかってるよ!」
このまま正面から攻めても打開策はない。なんとか奴の背後をつき、隙を見つけ次第【重装備】形態になって攻撃しないと、魔気のバリアも打ち消せないだろう。
だがそれも甘い算段だった。
なんと俺達がディオルベーダの背後に回った途端、奴はその背中の巨大な鰭から衝撃波を繰り出した。俺達の行動をまるで予期したかの攻撃、その衝撃波をかろうじて躱すも、衝撃波が海面に衝突した際の衝撃でホエールの態勢は崩れた。
「ぐぅ、なんてこったい! 大丈夫かホエール?」
「ニキータ、第二波がくるぞ!」
衝撃波は休む間もなく、二発目、三発目と立続けに襲い掛かる。躱しても、その衝撃の余韻で高波が生じてホエールの移動もままらない。
ニキータも必死に斧を振りかざして、その衝撃波を両断させていた。しかし思った以上にその衝撃波の威力が凄まじかったのか、ニキータも徐々に疲労が見えてきた。
「くそ! このままじゃキリがないね、どうするランディ?」
「このまま移動し続けろ! 一旦攻撃が届かない距離まで離れるんだ!」
「それしかないか、頼んだよホエール!」
ホエールも俺達の命令に同意し、ディオルベーダに背を向けたまま一直線に移動し続けた。
だが目の前に思わぬ障壁が立ちはだかる。
「うわぁ!! な、なんだい?」
ホエールの進行方向の目の前の海面に突如として、巨大な細長い物体が出現した。出現した際の衝撃で、ホエールの態勢は崩される。
何があったのか、一瞬わからなかったが、俺は上空まで伸びた細長い影をこの目で捉え、その正体をすぐ理解した。
「奴の尻尾か!?」
なんということだ。俺としたことが、うっかりしていた。
ディオルベーダの体は海蛇のようなもの。当然長い尻尾がある。その尻尾は海中に沈んだままだが、俺達の移動を阻むために、海中から突き上げることなんて造作もないことだ。
ディオルベーダは俺達の位置を背中を向けながらも正確に把握していた。さすがは魔竜だな、規格外の強さだけじゃなく頭まで良いとは。
しかしそんなことを褒めている場合じゃない。ディオルベーダはその巨体の正面を俺達に向けた。再び奴の鋭い眼光が俺達を見下ろす。俺達の前方にはディオルベーダ、その後方には奴の尻尾、八方塞がりとなった。
どうするべきか、思案していたが俺は一か八かの賭けに出ることにした。
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