82話 水魔竜ディオルベーダ
なんということだ。予想はしていたが、正直当たってほしくはなかった。
海面から現れた巨大な蛇の化け物は、正真正銘の水の魔竜ディオルベーダだ。
俺でも自信満々に言い当てられる。最初俺はラティアの火山で遭遇した巨大な魔竜をメシアと思っていた。それは後にアマンダと言う名前の竜人族だとわかり、確かに古の五大魔竜にしては体格は小さすぎた。
しかし今目の前にいるこいつは違う。正直規格外だ。火山で出会ったアマンダ、さらに『ゴードンの遺跡』で戦ったガルシアとも比較にならぬほどの巨大さを誇る。
この俺がこれまで出会ったどの魔物、どの戦士よりも間違いなく強敵だろう。【竜騎士】だから敵なしだと俺は自負していたが、まさかこんな所で思わぬ強敵に相対するとは思わなかった。
いやよく考えればここは『ディオルベーダの祠』だ。いてもおかしくはないが、それにしては唐突すぎる気もする。
だがどうしてディオルベーダが突如出現したのか、あれこれと考えている余裕もない。ディオルベーダの巨大な眼光は俺を見下ろし、その巨体をさらに唸らせ、再び咆哮を轟かせる。体も巨体だから、声の大きさも半端ないな。
「やるしかないが……しかし」
果たして、俺は勝てるのだろうか。
俺は竜神界で神竜ゼノンと10年も戦った。しかしゼノンには結局最後まで勝てなかった。ゼノンはこう言っていた。
『私はね、グラハムには慢心などしてほしくはないんだ。確かに私とこれだけ戦い続けた君は相当強くなったろう。そりゃ10年も前に比べたら、信じられないほどね。多分君も実感はしていないだろうが、今の君は正直地上でも敵なしと言えるだろう。だけど……世界は広いんだ。時には想像もつかないような化け物と遭遇するかもしれない。私には及ばないかもしれないが、特に海の中とかは……気を付けた方がいいよ』
当時聞いていた俺には、なんのことかわからなかった。海の中にゼノンと同じくらいの強敵がいるという暗示だったのだろうが、今にして思えばもっと早く気づくべきだった。
俺が目の前で対峙しているディオルベーダは間違いなく、地上に降りてからは最大の難敵になりそうだ。とにかく、腹をくくるしかない。
「我が力欲し奪うとする、それ即ち万物の掟への反逆なり」
また難しい言葉でお説教しやがるな。どういった理由かはわからないが、この怪物はファティマの身体をのっとって喋らせているのだろう。
ファティマがかわいそうだ。万物への反逆とか冒涜だとかいろいろ述べているが、自分だって人間の体を好き勝手操りやがって、傲慢にもほどがある。
こうなったらますますディオルベーダは倒さないといけない。そうしないとファティマも救えない。俺の闘志に火が付いた。
だがここで重大なことに気づく。今の俺は【軽装備】形態のままだ。こんな強敵相手じゃ、まずこれでは勝てない。
なんとかして奴の隙を見出し、早く【重装備】形態にならなければ。
「きしゃあああああああああ!!」
甲高い咆哮がまた鳴り響いた。だがこれまでと、どこか感じが違う。
すると、ディオルベーダの周囲からいくつもの水柱が聳え立った。その水柱は螺旋状に空に直進し、直後ディオルベーダと瓜二つの姿へ変化した。
「随分とかわいい子供達だな」
子供かどうかはわからないが、分身的な存在か。その小さなディオルベーダ達は標的を俺に据え、その口から強烈な水鉄砲を発射させてきた。
全ての水鉄砲が俺一点に向かってくる。狙いは正確だな。
俺はその水鉄砲をかろうじて躱す、祠の一部が直撃の際に崩落した。巫女の身が危ないと、俺は崩れた瓦礫を払いのけ、巫女の下へと立ち寄ろうとする。
しかしその必要もなかった。なんと巫女の体の周囲はバリアが張られており、落ちてきた瓦礫もすべて粉塵と化した。
もっとも今この状況では、奴が巫女を攻撃する理由もない。狙いはすべて俺だ。すかさず第二波、第三波の水鉄砲による猛攻が襲い掛かる。
「このままじゃ埒が明かない!」
躱すことは簡単だが、水鉄砲による猛攻で祠は巫女が立っている場所以外が崩落し、俺が移動できる足場も少なくなってきた。いよいよ逃げ場はなくなり、俺は潔く海に飛び込むことにした。
水竜形態だから、泳ぎに関しては心配ない。水鉄砲も海中までは追ってこれないと俺は踏んだ。
とにかく【軽装備】形態のままでは戦局は不利のままだ。今はこの場を離れ、【重装備】形態へ変われる場所を探さないといけない。
しかし俺の判断は甘かった。海に飛び込んだ矢先、ディオルベーダはその背中の巨大な鰭を光らせた。それを見て俺も嫌な予感がしたが、当たっていた。
なんと奴はその巨体を左右に唸らせ、剣先のように鋭く尖った鰭から衝撃波を飛ばしてきた。その大きさと速度に俺は度肝を抜かれた。とても竜気のバリアで防げる威力ではないと判断し、俺は咄嗟に海中に潜水して回避をはかる。
衝撃波は海中に入った途端、その威力と速度を弱めた。ここまではよかったが、問題なのはこの後だった。
よくよく考えれば相手は水魔竜ディオルベーダ、海は奴にとっては庭のような存在、どう考えても相手の方が戦局は有利な状況だ。
俺が潜水した直後に、奴もその巨体の全身を海中に潜らせた。鋭く巨大な魔竜の瞳が俺を睨みつけた。奴の瞳は成人一人分の大きさを誇る、改めると恐ろしいほどの巨大さだ。
俺はなんとか奴を振り切ろうと必死に泳ぐ。しかし相手は水魔竜、その巨体からは想像もできないほどの恐ろしい速度で俺に向かってきていた。
(なんて速さだよ!)
かなり差を広げて泳いでいたが、あっという間にその差を縮め、その大きな口が俺の足先に迫ろうとしていた。
そして奴の巨大な口が開き、その奥にあった巨大な黒い穴がハッキリと見えた。吸い込まれたら二度と生きては戻ってこれない、まさに地獄へ通じる入口とも言っていいかもしれない。
だが俺はここで危険な案を閃いた。
(一か八か……喰われるか!)
もちろん生きたまま奴の胃袋の中まで入ってやろうとも考えた。俺は咄嗟に竜気のバリアを全開に張った。
俺が奴に勝つとしたら、もう【重装備】形態に変わるしかない。
しかし目を閉じてしばらく集中しなければいけない欠点がある。守護竜ガルシアと戦った時は、アマンダとオリバーの二人がいてくれた。あの二人が時間を稼いでくれたから、なんとか凌げたが、今は俺一人だけだ。ただ逃げ回っているだけのこの状況では、どう足掻いてもそんな隙を見つけられない。
だからこそ、奴にわざと喰われたふりをする。そして頃合いを計らい、奴の体内で【重装備】形態に変わる。竜気のバリアを全開に張って、果たしてどれだけ耐えられるかわからない。かなり危険な賭けだが、ほかにいい案が思いつかなかった。
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