71話 双子竜の斧
ウォードの真剣な話に団員達は思わず黙り込む。さすがのニキータも反論できない。
「……でも危険がすぎるよ」
「そんなことは百も承知だ。だからこそ、今ここで戦いに参加したくない団員達を帰らせたんだ。俺達の戦いに無理について来いとは言わん」
「ここに戻ってきたのはそのためだったのね。じゃあ……」
ニキータはそう言うと目を閉じてしばらく考え込む。そしてウォードの後ろに歩み寄って、斧をじっくり見つめた。
「なんだよ?」
「……その斧、だいぶガタが来てるじゃないか。どうせならもっと強力な武器が要るだろ?」
「お! こいつは気づかなかったぜ。ニキータ、すまねぇ」
「全くこれだから仕方ないねぇ。とびっきりの代物持ってきてやるから、待ってな」
ニキータはそう言って、滝の裏側にある秘密基地へ戻って行った。
「はは、いやぁすまねぇな。危うくこんなぼろい斧で戦地に赴くところだったぜ」
「『マロトリス島』でだいぶ戦ったすからねぇ。こりゃいつ割れてもおかしくないですよ」
「それはそうと、ウォード、一つ聞いていいか?」
「ん? なんだい、ランディ?」
さっきの潜水艇での会話を思い出した俺は、ここに来てから抱いていた疑問点をウォードに質問する。
「リデルの話では、ここは大賢者フォーゲルの末裔の一族が築いた里があるらしいが、彼らはどこにいるんだ?」
「あぁ、そのことか。実はな……」
「ごめんなさい、ランディ。ここじゃなくて、少し離れたところでね」
「え? この無人島じゃないのか?」
「いやいや、この無人島には間違いないの。だけどね、なんというか、そのぉ……」
リデルとウォードは、何か躊躇っているような素振りを見せる。
「隠れ里の入口はこの無人島にはある。だが、とにかく用心深い奴らでな。基本的に部外者を里に入れたりはしない。隠れ里への入口の場所は、リデル以外には頑として喋らねぇんだ」
「なんだって? じゃあ知っているのはリデルだけか?」
「いや、唯一俺は例外だ。俺はリデルの両親とある程度親交があったからな」
そういえばそうだったな。その話を耳にして、またリデルがちょっと暗い表情になった。これはすぐに話題を切り替えないと。
「ランディ、彼らに会ってみたい気持ちもわかるが、さっきも言った通り時間はない。帝国の将軍らは待ってくれないんでな。ウォードの準備が整ったら、すぐにここを発つぞ」
「あぁ、そうだな」
アマンダの無粋な言葉が突き刺さる。確かに目標を忘れてはいけないが、こんな長閑な場所にいると嫌でも平和ボケしてしまう。
俺達がしばらく会話をしていると、滝の中からニキータが出てきた。見たところ、今ウォードが持っているよりも遥かに立派な大戦斧を右手に持ってきている。どんな強靭な物でも、簡単に両断しそうな迫力を感じた。
「待たせたね、ウォード。持っていきな!」
「おぉ、ありがてぇ! ってこれは、かの『カーディフの遺跡』で手に入れた、双子竜の斧じゃねぇか!」
「ふ、双子竜の斧?」
ウォードの言う通り、その斧は軸の両側に扇状に刃が広がった構成をしていた。よく見ると左右の刃は微妙に色が違っていて、左がやや赤く、右がやや青みがかっていた。
「アマンダ、双子竜って聞いたことあるか?」
俺は恥ずかしさを承知で、アマンダに聞いてみた。やはりアマンダは呆れたような表情をしている。
「エイリーク帝国南西部のカーディフ地方を支配していた魔竜だ。五大魔竜とは違うが、それでも古代から現地の人々に恐れられていて、その双子竜と戦い打倒した【魔剣士】ミルズは英雄として称えられた。双子竜とミルズとの戦いを綴った物語は『カーディフ戦記』として代々伝えられ……」
「わ、わかった、アマンダ! もういい!」
危うくアマンダの長い講義に、付き合わされるところだった。それにしても魔竜族と言うから、やはり魔竜についての知識は容赦ないな。
「そのミルズが倒したという双子竜だがな、当時の魔法師達は死骸をあさり、双子竜の牙と鱗、そして双子竜の魔力を利用して強力な武器を作り出した」
「なんだって、じゃあその斧が……」
今ニキータが右手に持っている斧になる。かつて多くの人々に恐れられた伝説の魔竜の力が込められた武器だから、打倒帝国には持って来いの武器となりそうだ。
しかしニキータは、その武器をウォードに渡そうとはしない。
「お、おい。ニキータ、どうした?」
「あんたにあげてやりたいのは山々だけどね。魔法も使えないあんたが、双子竜の斧なんか使いこなせるのかい?」
「う……そ、それは……」
「この斧は魔法と組み合わせることで、真価を発揮する武器さ。正直あんたには宝の持ち腐れだよ。だから、代わりにこっちの武器をあげるよ!」
代わりにニキータが左手に持っていた武器を、ウォードに差し向けた。その武器は長い棒の先端に、大きな直方体の金属が据え付けられた巨大なハンマーだ。
「これは……オリハルコンの金槌か?」
「その武器なら魔力もいらないんでね。頑丈さなら、あんたの怪力にも負けないくらいだ」
「あ、ありがてぇ! 確かこのお宝はニキータが盗ん……いや、手に入れたんだよな? 本当にいいのか俺に?」
「別に……私にはこっちがあるからいいんだよ!」
「え? それってどういう……」
ニキータは右手に持っていた双子竜の斧を両手に持った。そしてその斧を力一杯に振りかざして、地面に叩きつけた。
その直後、ニキータは得意気に笑う。ウォードと並ぶほどの怪力と強さを披露したのだろう、俺はなんとなく彼女の意向を悟った。
「……まさか、お前も?」
「その通り。あんたがそこまで言うなら、地の底までついてってやるよ!」
なんということだ。やはり俺の予想は当たった。アマンダとリデルも驚いた表情をしている。
「えぇー!? ちょ、ニキータ? 本気で言ってるの?」
「あたしはいつだって本気だよ。正直『マロトリス島』に向かう時も、ついて行きたくてたまらなかったんだ」
「確かにそんなこと言ってたな。だがな、ニキータ。お前の強さは認めるが、お前がここを離れたら留守番はどうする? お前より強い戦士なんていねぇだろ」
「へへーん、親方よ! それなら心配ねぇぜ!」
「え? お、お前達?」
再び滝の奥から現れたのは、さっきまで潜水艇に乗っていた団員達だ。
「お、おいてめぇら! せっかく基地に帰してやったのに、まさかニキータと同じこと言うんじゃねぇだろうな?」
「へへ、勘違いしないでくださいよ! 親方、俺達は戦いには参加しません」
「じゃあ、何だってんだ?」
団員達は揃って中央の後ろに立っていた、ひょろ長い一人の青年に目を向けた。
「へへ、親方。こいつの得意スキルが大活躍しますぜ!」
「お前は、メイカーか? 確か得意スキルは【模造】だったな」
「そうです。親方、覚えてくれてありがてぇっす! 俺は戦いに関してはからっきしだけど、【模造】スキルを使えば、“アレ”だって作れますよ」
メイカーと呼ばれた男は喜々として話し出す。俺も潜水艇にずっと乗っていたが、彼が動力室の内部を興味津々に眺めていたのを覚えている。
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