69話 巨大な影
「となると、是が非でも先回りして卵を死守しないといけないな」
「その通りだ。リデル、今度はお前の力も借りることになるかもしれない。今更こんなこと言いたくないが……」
「後戻りできないって言いたいんでしょ? 望むところよ、だてに大賢者様の末裔じゃないわ。鬼が出ようが蛇が出ようが、ドーンと来いよ!」
相変わらずリデルの語彙力は貧弱で子供っぽい表現だが、その強い意志だけは伺える。
「よし、そうとなれば後は『ロマーヌフェルジュ』へ、まっすぐ向かえばいいだけか!」
「でも残念よね。オリバーもついて来ればよかったのに」
「彼はそれなりに独立不羈な一面があるようだ。今更とやかく言っても仕方あるまい」
「おーい、リデル聞こえるか?」
その時、艇内にホークの声が響き渡った。
「なぁに、ホーク?」
「速度が下がってきている。操舵室に行ってくれないか?」
「あぁ、もうそんな時間か」
自動操縦機能付きとはいえ、肝心の動力源となる魔力が尽きかければ速度が下がる。リデルは魔力を補給しに部屋を出ていった。
「リデルも大変だな。なぁアマンダ、やっぱり彼女を戦闘に参加させるのはどうかと思うが……」
「お前は港町での攻防戦をあまり見ていないから知らないだろうが、彼女の魔法の才能、腕前は確かだ。実はランクA相当のガーゴイルも倒していたんだぞ」
「なんだって?」
アマンダから初めて聞く事実だ。やはり大賢者フォーゲルの末裔というだけあるな。
「だけど潜水艇の操縦も彼女に任せっきりだ。いくら補給薬があるとはいえ、少し負担を減らした方がいい」
「……ふふ、いやに彼女のことを気に掛けるんだな」
「え? いや、なんというかリデルはまだ若いから。それに女性だし……」
「別に私は何も気にはしない。年頃の男女の馴れ合いだからな、好きにするがいい」
「だから違うって言ってんだろ!」
「顔が赤くなってるぞ」
どうやらアマンダに誤解されたようだ。いや、誤解とも言えないかも。俺の顔はかなり赤らめているらしい。本心は隠せていないのか。
確かに10年前に彼女にナンパしたのは覚えているが、リデルは俺のことなど気にかけてなどいないはずだ。きっとそのはずだ。
こうなったら無理にでも話題を変えよう。さっきリデルから聞いた、俺の槍のことをアマンダに聞くか。
「そ、それはそうと……アマンダ、『イルスミラーン聖王国』の神話って聞いたことは……」
「緊急警報! 緊急警報! アマンダ、ランディ急いで操舵室に来て! 魔物が出たみたいなの!」
いきなりのリデルの大声で思わず会話を遮られた。なんというタイミングだ。
「魔物って、こんな海域にも出てくるのか?」
「時間的にもうビリスンの海域に入ったあたりか。ならば出てくる魔物どもは……」
「アマンダ、何か知っているのか?」
「この海域の深度的に言えば、一番危険なのはアビスオクトパスだ。ランクS相当の強さを誇る」
「まさか……そいつか?」
「わからん。取り敢えず操舵室に行くぞ」
俺とアマンダも操舵室に急いで向かった。
操舵室に入って俺達は一目散に前方の大窓を見た。だがそこには見覚えのある光景だった。
「何だよ、アイツらデビルシャークじゃないか」
「ランディ、アマンダ。ごめんなさい、任せられる?」
「あれくらいの数ならどうってことない。お安い御用だ」
これは俺達が『マロトリス島』へ向かう時の再現だな。あの時もデビルシャークの群れが襲い掛かってきた。
だがあの時と違い、群れの個体数はそれほどでもないからそこまで苦戦はしないだろう。バラエノプテラもいないはずだし、楽勝のはずだ。
俺達は近づきつつあったデビルシャークの群れを確認して、操舵室を出ようとした。
だがその時、艇内が大きく揺れるのを感じた。そして俺の【気配探知】スキルは、巨大な気を感じた。
「な、なんだ? 今の揺れは?」
「ああ! なにあれ!?」
「どうした、リデル?」
リデルが窓を向いたまま叫んだ。リデルの視線の向こうには、近づきつつあったデビルシャークの群れの塊が四方へ散っていった。その内の数体が潜水艇にぶつかっていたが、今感じた揺れはたかがデビルシャークがぶつかったそれではない。
よく見たら、デビルシャークの群れの中心から、何やら巨大な細長い影が出現した。どうやらデビルシャークらを蹴散らしてくれたのだろうが、さっき感じた巨大な気の持ち主は間違いなくあいつだ。
「い、今の……見た?」
「あぁ、見えたさ。驚いたな、まさかさっき言ってたアビスオクトパスって魔物か? アマンダ?」
俺はアマンダの顔を見て質問した。しかしアマンダはなんということか、リデル以上に驚いた顔をして固まっている。俺の質問にも一切返事する気はないようだ。
「お、おい? どうした、アマンダ?」
「……まさか、そんなアレは……?」
「どうしたんだよ、さっき言ってたアビスオクトパスじゃないのか? おい、どうなんだよ?」
アマンダは再び口を閉ざした。だがすぐに平静さを取り戻し、俺の方を向いた。
「な、なんでもない。大丈夫だ、それよりランディさっきのお前の言う通りだ」
「ってことは、やっぱりアビスオクトパスか」
「アビスオクトパス? ランクSの魔物じゃない、あんなのに襲われたらこの潜水艇も……」
だがその心配はなかったようだ。直後、その巨大な影は海底へと消え去って行った。
「あぁ、よかった。逃げてったわ」
「驚いたな。俺達を襲わないだなんて、一体何がしたかったんだ?」
「……取り敢えず、一難は去った。リデル、ここからは手動で頼めるか。もうそろそろ着くはずだ」
「わかったわ」
アマンダは再び手を当てて考え込んでいる。奴の正体がアビスオクトパスなら、アマンダが驚くほど固まるのはちょっと納得がいかない。それにアビスオクトパスは確か複数の触手が生えた巨大な魔物だ。
さっきの影はどう考えても、細長い巨大な蛇にしか見えない。それはそれで恐らく別の魔物だろうが、一体正体は何になるのだろうか。
まぁそんなことは今考えていても、答えはわかりっこない。俺は気を取り直して、ウォードの部屋へ行って酒を飲みながら、目的地に着くのを待った。
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