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65話 招集された三将軍

 エイリーク帝国の首都イシュランダの中心部にある帝国軍の総本部、その一室でロドリゲス総督はいつものように無糖の珈琲を飲みながら、【魔伝板】を手にした部下の報告を聞いていた。


 だが今日は彼にとって、信じたくもないような一文を耳にすることになった。


 軍のトップである総督は、その威厳さと相反するような苛立ちの感情を露わにし、机を左手で叩きつけ激昂した。その怒りぶりに報告した部下は怯えざるを得ない。


 その後は沈黙が続いた。目の前にいた部下は怯えながら、総督の次の言葉を待つ。長い沈黙が続き、珈琲の湯気はすっかり立たなくなっていた。


 そして部下の報告の真相を確かめる時が来た。直後に総督室に入ってきたのは、群青色のフードを被った一人の魔法師。その魔法師が手にした三つのオーブの内、二つは煌々と内側から輝いていた。


 しかし一つだけ一切光を放つことはなく、ただ半透明に濁った色を呈しているだけだ。ロドリゲスはそれを見て、思わず額に左手を当て、下を向いた。その光らないオーブの下に飾られた横長の板には、『正将軍ニコラス・トラボルタ』と書かれていた。


 しばらく下を向いたままのロドリゲスを、部下の兵士は気まずそうに見つめる。さすがに何も言わないのはまずいと思い口を開こうとしたが、直後にロドリゲスは再び顔を上げた。部下は思わず姿勢を正した。


「緊急会議を開く、将軍らを呼べ!」

「え? 今なんと?」


 あまりの唐突な内容の命令に部下はたまらず聞き返した。


「緊急会議だ! 将軍共を招集しろ、今すぐに!」

「わ、わかりました!」

「ただし、ヴィクトールとエドガー、そしてルゥミラは除け!」


 【魔伝板】を手にしたまま命令を受けた部下は、慌ただしく総督室から出ていった。総督が自ら緊急全体会議を開くなどは、まさに異例の出来事だった。





 ロドリゲスが緊急全体会議の招集を呼び掛けてから、一時間が経った。総本部の三階にある中央小会議室には三人の正将軍が呼ばれ、椅子に座っていた。


「全く何事だ。これから連休に入るというのに」


 長い黒髪をだらしなく伸ばしたグレッグ・ベイツールは、ため息交じりに愚痴をこぼす。たまにしか着用しない薄灰色の制服に付着していた綿埃を手で払っていた。


「休日手当は出してもらえますよ。それよりナターシャ令嬢、じゃなくてナターシャ将軍、今日もまたご立派な礼服で」


 間に座っていた褐色の肌のテイラー・ブゾーニは、グレッグの愚痴に共感する。そして横で豪華な扇子を口に当ててほほ笑むナターシャ・トゥリープに話しかける。


「ほほほ、わかります? やはりテイラー将軍、あなたの目利きの良さは噂以上ですわ」


 真紅のドレス姿に身を包んだナターシャは、自信に満ちた表情でテイラーのお世辞を受け入れる。彼女のスリットからはみ出していた長い美脚に、思わずテイラーは見とれる。


「ナターシャ将軍ほどの美貌の持ち主ならば、ドレスの制作を担当する者達のプレッシャーは相当なものでしょう」

「あら嫌ですわ。それは誉め言葉と言うには少し大袈裟でしょう」

「それよりも呼ばれたのは我々三人だけか? ハリードとヴィクトール様、エドガー、ルゥミラの四人はいないようだが」

「恐らく、これは総督による例の件ですね。ただそれなら、ハリードがいないのが気がかりだが……」

「ついこの間、正将軍に選ばれたばかりの年端も行かない若造には、荷が重すぎたのかもですわ」

「おや、ナターシャ将軍。仔細をご存じで?」


 ナターシャが長い髪を指でとかしながら、話し始める。


「ふふふ、つい先日のことですわ。ハリードはかの有名な魔法師ヒースの力を借りて、『マロトリス島』に向かったとのことです」

「『マロトリス』? となると、例の魔竜ゴードンですか? 作戦は成功したのでしょうか?」

「成功したのなら、我々が呼ばれることはないだろう」


 年長者のグレッグは即座に否定した。その言葉に誰も反論はせず、しばらく沈黙が続いた。


「……若造が。身の程を弁えろとあれほど言ったのに」

「まだ死んだと決まったわけではないですわ。それにヒースも」

「そういえば、つい先日正将軍に昇進したというニコラスはどうしたんでしょう? まさか彼も……」

「ニコラスは死にましたよ」


 突然彼らの前に謎の声が飛び交った。彼らの目の前の地面から、群青色のフードを被った魔法師が出現した。しかし三人にとっては見慣れた光景だった。


「宮廷魔法師のフェイルか。相変わらず神出鬼没の男め」

「今ニコラスが死んだと言ったが、まことか?」

「嘘ではありませぬ。これをご覧ください」


 そう言ってフェイルは三人の前に、三つのオーブを並べて見せた。一番右端にあったオーブだけが光らず半透明に濁ったままで、その下にあった文字を見て三人とも悟った。


「……短い天下であったな」

「彼もそれなりに腕のある魔戦士だったが、ハリードとは天と地ほどの実力の差があるから仕方ない」

「身の程を弁えろと言うのは、ニコラスのことでしたね。ただ彼はいいとして、ハリードとヒースは今どこにいるのです?」


 ナターシャは光る二つのオーブを指差しながら質問した。


「それも気になるが、肝心の卵とやらはどうした?」


 続けざまにグレッグは重大な質問をした。フェイルは即答した。


「ハリードとヒースは生きております。しかしゴードンの卵は未着手です」


 フェイルの返答に対して、三人ともどう受け止めればすぐにわからず、やはり沈黙した。そして三人とも言葉に出さず、ただ思案した。


(ゴードンの卵は奪えずじまいか、ならば我の手で)

(ニコラスを葬ったのはどこの誰だ? 並の戦士ではないのは間違いないだろう。彼もランクAの【魔剣士】だから)

(ふふ、ハリードに会ったらどれだけひどい暴言吐いてあげましょう。あの若造の悔しがる顔が見たくて見たくてたまらないわ)


 しかしその直後、彼らの上司でもあるロドリゲス総督が会議室に入り、彼らの思案は遮られた。


「諸君、多忙の中ご苦労であった。フェイルは下がってよいぞ」

「はは! では、これにて」


 フェイルが再び地面に吸い込まれるように消えていった。そして三人の将軍は起立し、ロドリゲスに向かって深々と礼をした。

第65話ご覧いただきありがとうございます。


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