39話 取り残された盗賊団
「は、ハックション! うぅ……、く、臭い!」
クシャミとともにリデルの眠気を奪ったのは、右耳につけていた石から放出された悪臭だった。
「ゲホッ、ゲホッ! これは……“目覚めの芳香石”? そうか私眠ってたんだ。でも私だけじゃない、ほかのみんなも?」
リデルは不思議な気持ちが抑えられない。そして周りを見れば、ウォードとホーク、ほかの盗賊団員達もぐっすり眠っていた。
さらに驚きなのが、リデルにはハッキリ見えたのが、自分達の周りを強烈な分厚い結界が覆っていることだ。リデルも見覚えがある、結界石の強力な魔法障壁が自分達を綺麗に覆っていたのだ。
「一体全体、何がどうなってるんだか……」
リデルは状況の整理が追い付かない。必死に眠りにつく前の記憶を辿った。そしてはたと気づく。
「あぁ、アマンダさんが!?」
彼女も思い出した。アマンダが灰色の魔法陣を手の前に張り巡らし、そこから強烈な睡眠波を自分達に向けて放射したことを。
「どうして、あんなことを? というか、こんな強力な結界石もどこで……」
リデルには疑問点が多すぎる始末だ。しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。
彼女は今自分がしなければいけない優先事項を、片付けることにした。まずウォードの横に置いてあった結界石に手をかける。
「結界石は希少品だからね。効力は使い切っちゃ駄目。【停止の術】をかけて……これでよし!」
分厚い魔法障壁を張り巡らした結界石はその光とともに、障壁も消した。その結界石をリデルはポーチの中へと仕舞う。
次にリデルは眠っていた団員達に体を向け、大きく息を吸い込んだ。
「起きてー、みんなー!!」
鍾乳洞内に響くほどの大声を張り上げる。しかしそれでも、ウォード達は目を覚ます気配がない。
「これで目が覚めない? 並の睡眠魔法じゃないわね、どうしたら……」
リデルも考え込む。予想外なほどに強力な睡眠魔法で眠らされた彼らを起こす方法は、すぐに思いつかない。
数分間考えたのち、彼女は自分の背後にある地下水路の存在に気づく。
「待てよ、この海水……」
リデルがそっと海水に手を触れる。やはりというか予想通りに、冷たかった。マロトリス島自体が、帝国の北部に位置していることもあり、海水自体も地理的な理由で冷え切っていたのだ。
リデルは立ち上がって後退し、その地下水路に両手を伸ばした。
「ちょっと荒っぽい方法だけど、これしかないね。水がこれだけ大量にあれば、大した魔力消費じゃなくてすむし……」
リデルは目を静かに念じる。地下水路の上空に青色に輝く巨大な魔法陣が出現した。リデルは両手に魔力を集中させ、地下に溜まった大量の海水は魔法陣に吸い寄せられるように上昇した。
彼女の意思により、魔法陣に吸い寄せられた海水の塊は、魔法陣の上に移動する。そして直後、今度はその魔法陣は海水を乗せたままゆっくりとウォード達の上空へ移動し静止した。
リデルが目を開けて、魔力を解き放った。
「みんなー! シャワータイムよー!!」
直後、空中に静止していた冷えた海水の塊がウォード達に落下した。水びだしになったウォード達は、寝ていながらもたちまち体が震え出し、そこら中でクシャミの音が止まない。
「な、なんだ!? 今のは……敵かー!? リデル、どこだー!?」
咄嗟に起き上がったのはウォードだった。血気盛んな姿が蘇り、すぐさま自身の自慢の武器である大戦斧を右手に持って構える。
「私はここよ、ウォード! もう、マジでみんなだらしがないのね!」
「お、おう、リデルか? 無事だったのか、ほかの奴らは?」
「お、親分……俺は大丈夫っす」
ウォードのすぐ横で眠っていたホークも目が覚めた。そして、ほかの団員達も次々に目を覚ます。
「おう、お前らも無事だったか? っていうか、なんだお前ら? 俺もそうだが、なんで全員眠ってたんだ?」
「ウォード、あなた何も覚えてないの?」
「リデル、お前何か知ってるのか? 全部話してくれ!」
真っ先に目を覚ましたリデルが、眠りに落ちる直前の出来事を全て話してくれた。ウォード達も信じられない表情を浮かべる。
「信じられん、何だってアマンダさんが……?」
「俺も冗談で休んだ方がいいよ、って言ったっすけど、まさか本当にそのままの意味だったんすね」
「悔しいけども、アマンダさんの睡眠魔法かなり強力だったわ。私はこの芳香石のおかげで、なんとか目が覚めたけど……」
「あぁ、リデルだけズルいな。そんな装飾品独り占めして」
「だけど、実際ひどい臭いよ。嗅いでみる?」
「いや、結構っす。っていうか、それはそうと……寒いっす……」
「あぁ、そうだった。ごめん!」
リデルは全員に凍り付くような海水を浴びせたことを忘れていた。慌てて魔法陣を出し、全員の上空に巨大な火の玉を出現させた。
「はぁー、あったまるっす!」
「それにしてもよ、一体何でアマンダさんはそんなことを……」
その言葉にウォードはどことなく不満そうな表情を浮かべて、推論してみた。
「……恐らく、俺達を輸送屋代わりに使ったんだろうな」
「は? 馬鹿な、じゃあ最初から利用するだけだったんすね」
「親分、それがわかっていながら、何であの二人を乗せたんです?」
「そうっすよ。俺達は曲がりなりにも世界を股に掛ける大盗賊団っす! 騙すのはまだしも、騙される側に立つだなんてありえないっすよ。しっかりしてください!」
「確かにその通りだ。だがよ、俺はあの二人のことを信頼しているんだ」
「はぁ? ちょっとウォード、あんたどこまでお人好しなの?」
ウォードには確信があった。
「あの二人が潜水艇に乗る前のやり取りを覚えているか。あの二人は、俺達に対して5万ルペクもの大金を払ってでも、この島への移動手段が欲しがっていた」
「それは、この島に『魔竜ゴードンの遺跡』があって、そこに宝の山が眠っていると知っていたからじゃ?」
「あの時の二人の顔と行動は、目先の宝がただ欲しいだけの欲張りな考えを持った人間のそれには見えなかった」
「じゃあ、一体何だってのよ?」
「恐らく、あの二人は別の目的があって、この島に来たんだ」
「……じゃあ、もっと大きな財宝があるってことっすか?」
「『ゴードンの遺跡』以外にも、何か隠された遺跡や洞窟があるってことっすか?」
「いや、恐らくあの二人も目的地は俺達と同じだろう……」
「財宝じゃなかったら、一体何が真の狙いなの?」
「そこまでは俺にもわからねぇ。だがな、なんというかあの二人の異常な強さからして、俺達の立ち入る領域じゃなさそうだってことだ」
「た、立ち入る領域じゃないって……」
「宿であのランディの剣を持った時から、俺は戦慄を覚えていた。俺達はとんでもない戦士達を仲間にしてしまったらしい。もしかしたら、人智を超えた何かが……」
ウォードの言葉に、リデルは恐怖さえ感じた。しかしそれでもリデルは、ランディが自分にしてくれた行動を思い出す。
(そうよね。私を不思議な力で包んで、寒気を和らげてくれた。財宝に目がくらんだ人間のする行為とは思えない……)
自分達の置かれた状況の悪さを察したホークは、たまらずウォードの顔を見て言った。
「な、なぁ親方……こんなこと言いたくねぇが、あの二人がいないこの状況で攻め込むのは無理があるぜ。帝国軍も来てることだし……」
ホーク以外の団員達も反論の余地がない。もちろんウォードもそれは重々わかっていた。
「わかってるよ、そんなこたぁ! だからって、ここまで来て引き返すなんて出来ねぇだろ!」
しかしリデルはやや得意気な顔を浮かべて、解決策を示す。
「それなら……私の出番よね!」
「なに? リデル、お前に何か考えでもあるのか?」
「あのね! 私が大魔法師だってこと、知ってるでしょ!」
「あぁ、そうだな。お前があの大賢者フォーゲルの末裔だってことは、俺達みんな知っているし、本当に心強いとも思っているよ!」
「その大賢者様の末裔に任せなさい。あの二人の居場所なら、私にかかれば……」
「そうか、そうだったな……はは、全くお前って奴は!」
「いやぁ、相変わらず頼もしい限りっすね!」
リデルはその言葉を聞いてやる気が漲る。即座に右手を高々と上げ、2つの色を呈した魔法球を出現させた。そしてその魔法球は徐々に、全員が見覚えのある二人の人間の姿へ変化する。
大きさこそ全く違うもの、二つの球体はランディとアマンダに瓜二つの人形へと変化した。
リデルが得意とする【探索】魔法の一種、それまで自分が接触してきた人間限定だが、一度に最大5人までの人間の行方を探索できる魔法だ。
ランディとアマンダの姿へ変化した小さい人形は、ウォード達を案内する手引きをしながら、鍾乳洞の奥へと続く大通路へ入って行った。
「みんな、あの人形の後を追うわよ!」
鍾乳洞内に響いたリデルの甲高い声を聞いた団員達も表情が明るくなる。もちろん人形の行く先に待っているのは、今彼らが最も必要とする戦力だ。ウォード達の望みはまだ潰えない。彼らの思いはただ一つ、遺跡の財宝を我が物にすることだ。
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