3話 魔竜メシアとの出会い
俺は取り敢えず立ち上がって、周囲を散策した。しかし火山の間近の地底洞窟なのだろうか、とにかく硫黄の臭いがヤバい。腕に取り付けていた小型の携行灯で、急な段差や落とし穴も回避できる。幸い一本道のようなので、とにかく歩き続けた。
「と、とにかく……今は、水を……」
地底洞窟の奥深くには、地下水が溜まりに溜まった地底湖があるはず。兵士学校で習った地質学の知識を頼りに、俺はとにかく水を求めた。思えば火山に到着後、一滴も水を飲んでいない。噴火口も近くにあったので、余計に喉が渇いた。
あくまで俺の希望的観測に過ぎなかったが、30分ほど歩いて景色が変わった。
「まさか?」
本当にあった。目の前には巨大な空間が広がり、やはり洞窟内だったが、そこには同じく巨大な地底湖まであった。
まさに天の恵みだった。俺は無我夢中でその地底湖に近づき、両手一杯に水を汲み取った。しかしその直後に聞き慣れない声が響き渡る。
「飲むでない!」
俺は後ろを振り向いた。暗闇の中だったが、微かに眼のようなものが光って見えた。
「え?」
驚いたのは、その光った眼の位置だ。明らかに位置が高すぎる。地面から3メートル以上は離れていた。だがその声の主の全体像をぼんやりと捉えた瞬間、俺は唖然とした。
「お、お前は……?」
さっき俺達の部隊を全滅状態にまで追いやったあの魔竜が目の前に立っていた。なんと魔竜も俺と同じくこの洞窟まで落下していた。
俺は咄嗟に立ち上がり、槍を構えた。しかし、そもそもそこには魔竜の姿だけ。ほかに人の姿はいない。
「え?」
「もう一度言う。その水は飲んではいけない」
「お、お前……が?」
「どうした、人の子よ。なぜそれほど戸惑う?」
どうしたもこうしたもない。生まれて初めて人語を話す魔竜と遭遇して、頭の中は混乱しかない。そもそも何で魔竜が人語を話すのか。その俺の考えをようやく魔竜も察した。
「そうか、人語を解す生物とやらがそれほど珍しいか」
「ど、どうして言葉が?」
「だてに長きに渡り人の世を見てきたわけではない。それに人の言葉が理解できねば、人間の動向や作戦を見抜けぬ」
「な、なるほど」
「それはそうと人の子よ、水が飲みたいのか?」
「あ、ああ」
「残念だが、ここの地底湖には火山岩から滲み出た毒性の物質が溶け出していての」
「何? あぁそうか!」
その魔竜の言葉を聞いて、俺もハッとした。そうだった、確かに火山から滲み出た地底湖は迂闊に口にしてはいけない。
このくらいの知識は兵士学校にてとっくに学習していた。なぜこのタイミングで忘れていたのか、危うく死ぬところだった。
だがそうなると、俺はどうしたらいいんだ。
「助けてほしいか?」
「え?」
俺の心の中をまるで読み取ったかのように、魔竜は尻尾の先端に何やら小瓶をつまみ俺に見せた。
「そ、それは?」
その小瓶の中に何が入っているかは容易に想像がつく。俺が一番今欲しいものだろう。
「本当に渡すと思うのか?」
「え?」
魔竜は俺に小瓶を素直に渡さない。何やら画策している模様だ。だが冷静になって考えれば、そもそも人間と敵対している存在。しかもさっきまで殺し合いをしていた相手だ。どう考えても、俺を素直に助ける意思などありそうもない。
「そうか、そうだよな。俺は、いや俺達は……謝っても謝り切れない」
俺も知っている。その魔竜がなぜ怒り狂ったのか。どうして俺達に襲い掛かって来たのか。最初こそまるで意味不明だったが、ニコラスの部下達が抱えていたあの楕円形の物体こそ、その答えなのだろう。
「心配せずともよい、人の子よ。お前を殺しはしない」
「なんだって?」
「そもそも殺すつもりなら、水を飲めるのを止めたりはせぬ」
魔竜から予想外な言葉が飛び出す。言われてみればその通りだが、なぜ俺を生かしておくのだろうか。
「大魔法師と帝国軍が手を組み、あのような策を巡らすとは思いもよらなかった。我自身にも非がある」
「そ、それは……」
「だがもちろん、あの連中を生かしておくつもりもないがな。我が子を奪われた親の気持ち、お前には理解できるか?」
「……」
そんなこと言われても何も言えない。俺自身子供もいない。家族すらいないからだ。どう考えても聞くべき相手を間違えている。
「まぁよい。いずれにせよ、お前を助けてやる」
「何? 本当か?」
「我の条件をのめば、な」
「条件だと?」
「お前の潜在能力の高さに我も惹かれた。お前ならば、あの試練を突破できるだろう」
「し、試練?」
「そして試練を突破した暁には……」
その後で魔竜から出た言葉は、俄かには信じがたいものだった。
「お前は、晴れて【竜騎士】となる」
魔竜から提示された条件、試練の内容を聞かされた。俺は耳を疑った。魔竜が言うには、俺に【竜騎士】になってほしいとのことだったが、未だに信じられない。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったな、人の子よ」
「俺はグラハム、グラハム・スターロードだ。あんたの名前は?」
魔竜に名前とかあるのか疑問に思ったが、念のため聞いてみた。
「我の名は、メシア。魔竜メシア……」
「メシアか、いい名前だな。これからよろしく」
「……」
「ん、どうした?」
メシアは何か言いたげな様子だ。
「いや、一応人の間では我の名前を聞いて、震え上がるほどの者もいるのだがな」
「え、そうなのか?」
「いや、まぁよい」
俺はどうやらかなりその手の知識に疎いらしい。しかしそうなると、俺達は魔竜の中でもとんでもない相手と戦っていたことになる。そして、俺はそいつとの戦いで生き残ったことにもなるわけで、これがメシアを駆り立たせたわけだ。
「ではここを離れるぞ。用意はよいか、グラハム?」
「わかっている、だがその前に……」
俺はメシアの尻尾の先にぶら下がった小瓶を見ながら言った。
「そうだった、すまない」
メシアもすっかり忘れていたようだ。意外にも人間っぽい一面もあるもんだ。
小瓶の中にあったのはやはり案の定真正な水だ。渇ききった喉に久しぶりに潤いが蘇る、そして体中からそれまであった疲労も心なしか消えた。
「ありがとうメシア、じゃあ行くか!」
「もう一度確認するが、後戻りはできぬぞ。そして人類、いや帝国の敵になるという覚悟は本当にあるか?」
「あるとも。俺もお前と同じ境遇、仲間を見殺しにされ失いものもない。このまま無様に生き恥さらして生きるなんて真似、できるか!」
「ふふ、それでよい。そうでなくてはな!」
俺はこのチャンスを絶対に不意にしない。一生二等兵のまま終わりたくはない。いや、別に二等兵でもいいが、力は欲しい。帝国に復讐できるだけの力、それを身に付けるまでは絶対に帰れない。
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