2話 固有スキル【鋼鉄の魂】
「ふぅ、危なかったですね」
地割れを生じさせた張本人がニコラスに話しかける。
「ヒースか、ご苦労。やはり念には念を入れて正解だったな」
「しかし驚きましたね、あの二等兵にあれほどの力があったとは」
「固有スキル【鋼鉄の魂】というやつだ。正直実戦では使い物にならぬと聞いていたが」
「あぁなるほど、それで納得できました」
全身黒のローブに身を包んだヒースも、グラハムの固有スキルに興味はあった。だがニコラスは、そんなヒースの関心ぶりには気にもとめず浮かない顔だ。
「誤算は、母親の生け捕りができなかったことだな」
「それはごもっともです。ですが、二兎を追う者は一兎をも得ずと言いますから」
「わかっている。最悪の事態だけは免れた。それは良しとしよう」
「慌てることはございません。いずれ母親の方から攻めてきますよ、これが我々の手にある限り……」
ニコラスは部下の兵士が大事に抱えていた、巨大な卵を見つめながら呟いた。
「念願の魔竜の大卵、ようやく手に入りましたね」
「ヒース。言っておくが、この卵はな」
「わかっていますとも。ニコラス様の命ならば、私としてもぞんざいに扱えませぬ」
ヒースは卵の殻に右手をかざす。思わずヒースは鳥肌が立った。
「なんという魔力の鼓動。美しくそれでいて見事なまでに波長が揃っている。これまでの人生でも感じたことがない」
「無論だ。仮にも魔竜の中でも頂点に立つと言われるメシアの卵だ、そんじょそこらの竜の卵とは比較にもならぬ」
「ふふ、これでニコラス様が正将軍に昇進するのも」
「それもあるが、我がエイリーク帝国の永劫の繁栄と覇権のためでもある。そのために些かの犠牲はやむを得ぬ」
「そうでしたね、失礼しました」
「では戻るぞ! よいなくれぐれも二等兵どもを囮にした件は……」
「わかっておりますとも」
ニコラスとヒース、そして部下の兵士達は帰路に就いた。二等兵がまだ一人、地中深くで生き延びていることなどはこの時の彼らは微塵にも思っていなかった。
俺達はあくまで偵察に来たに過ぎなかった。
そもそも最初に気づくべきだった。先発の偵察部隊に呼び出されたのは、俺とジードを含めランクCの二等兵ばかり。最初はこんな不甲斐ない俺達にも出世のチャンスを与えられたのだと、心の中で燥いでいた。その時の俺をぶん殴ってやりたい。
ジードは俺の同僚、ともに今年入隊したばかりの新米兵士だった。そんな新米兵士達にも序列はある。
エイリーク帝国軍の兵士は、入隊時の試験の成績でグループに振り分けられる。【ランク】と言う制度があって、一番上がS、一番下がCとなる。一番上のランクSは早ければ、入隊後半年で士官に出世できる。だがランクCにはほぼ出世の道はないといっていい。
俺とジードはともにC、いわゆる“落ちこぼれ”扱いだった。いや落ちこぼれというより、どっちかと言うとお荷物扱いに等しい。
ランクCは俺とジードだけではなく、ほかにも数十名近くいた。俺達は落ちこぼれ扱いを受け、兵士の中でも役立たず、落ちこぼれと蔑まれており、遠征時にも荷物持ち、雑用など碌な仕事をさせてもらえない。
給料も低く、碌に鍛錬の時間も分けてもらえない。もはや存在意義すら失われるレベルだとも言われ、ランクC廃止の声すら上がっていた。
そんな周りからの不平不満が上がっていた矢先の出来事だった。
ニコラス副将軍が、どういった意図でこんな作戦を指揮したのかわからない。しかし落ちこぼれ扱いのランクCの二等兵達を利用するには、もってこいの機会だ。
魔竜が咆哮をあげた際、俺の目にも部下の兵士達が何やら大きな球体を大事に抱えていたのを目にした。その球体は球というより楕円形に近い。そして誰が見ても虜にされるような、金色を帯びていた。
あれを見て俺もニコラスの作戦が容易に想像できた。俺達を囮にし、その隙をついて魔竜の卵を奪う。たまたま開けた場所に移動して戦いを余儀なくされたが、それも全て計算の内だったのだ。
落下する際に遠くに黒色のフードを被った人間もいたが、あれが魔法師のヒースと言うやつか。ニコラスめ、一体どんな計らいをしたのかわからないが、帝国軍が魔法師と手を組むなど聞いたこともない。
そもそも上層部は知っているのか?
七大将軍の一人であるエドガー将軍が黙認したのだろうか。だとしたら信じられない。俺もエドガー将軍に面会したこともないが、噂ではかなりの人格者と聞いている。
こんな、部下を大勢失うことが簡単に予見できるような作戦を命じるだなんて、とても思えない。
もちろんこれはあくまで推測だ。エドガー将軍も絡んでいる可能性も否定できないが、正直今の俺にとってはどっちでもいい。
ニコラスの独断であろうが、エドガー将軍の命令だろうが、俺達を物のように扱い捨て駒として利用した。断じて許されない行為だ。
だが奴らは最大の誤算を犯した。俺がまだ生きていることだ。それもこれも、恐らく俺の固有スキル【鋼鉄の魂】のおかげなのだろう。
この世界の人間なら、だれしも7歳の時に目覚めるという固有スキルの能力。
俺は【鋼鉄の魂】という、正直全くもって使えないと言われた固有スキルだ。正直何でこんな固有スキルが授けられたのか、全くもって運命の神様を呪いたくなる。
しかし、そんな固有スキルのおかげで、今こうして生き延びていることができた。ハッキリわかっているのは、死の間際まで追い詰められた際に、自分でも信じられないくらい爆発的な力を発揮するという能力。
あの魔法陣の呪縛からもあと一歩、力を振り絞れば逃れられたかもしれない。あの時漲った力は、自分でも受け入れ難いほど凄かった。
それだけに、地面が崩落し落下したのは悔しくてたまらない。
もちろんその地面の崩落も、あの魔法師ヒースがかけた魔法の一種なのだろう。用意周到にもほどがある。それほどまでにあの卵には価値があるのか?
と、敵の作戦を褒めたって仕方ない。いずれにせよ、今の俺に置かれた状況が悪いことに変わりはない。生きている、というそれだけが唯一の救いだ。
なんといっても早いとこ、この地の底から抜け出さねば!
そしてニコラスを、帝国に絶対に復讐してやる。それを果たすまで俺は絶対死ねない!
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