12話 重すぎる剣
彼女が天井を見上げながら考え事をしている最中、先ほど魔法陣の上に置いたポーチから光が発せられた。
「終わったね」
彼女が手に持ったポーチは穴は完全に塞がり、それどころか以前よりも高級感溢れるポーチに生まれ変わった。
彼女の持つ【裁縫】の魔法、それは破損した布製品を一枚の布と合わせることで、修復させ完全オリジナルな別の布製品へと生まれ変わらせることができる。彼女の特技の一つだ。
「これも高値で売れるかな。売価は50ルペクあたりで……」
彼女が生まれ変わったポーチをまじまじと見つめていると、部屋のドアが開く音がした。彼女は腰に掛けていた剣に手を伸ばし警戒する。
「俺だ」
「もう……ノックしてよね」
戻ってきたのはウォードだ。その両手にはグラハムが携えていた剣があった。
「やったね、ウォード!」
「……」
「どうしたの?」
リデルが喜々としてウォードの仕事ぶりを評価する。しかしウォードは対照的に浮かない顔だ。すると、ウォードの口から信じられない言葉が飛び出す。
「……残念だが、これは売り物にならねぇ」
「はぁ? 何言ってんのよ?」
唐突すぎるウォードの口振り、当然リデルは反論する。
「売り物にならないってさぁ、あんたその剣知ってんの?」
「俺も知らねぇよ、お前の言うことは一理あると思う。だが……」
「だけど……なに?」
「重すぎるんだ」
「……はぁ?」
ウォードの口から出てきたのは、最早剣を最初に扱う子供が言うような台詞だ。リデルも知っている。
百戦錬磨の【重戦士】としての称号を持つウォードは、成人男性並みの大きさを誇る戦斧をも軽々持つ。そんな男がなぜ「剣が重い」など言うのだろうか。
「ふざけないでくれる、ウォード? 剣が重すぎるって……」
「ふざけてねぇよ、だったら持ってみろ!」
「あぁ、はいはい。言われなくても持ちますよ」
リデルは自分から剣の鞘の部分を両手で持った。しかしそれでもウォードは剣を離さない。
「ちょっと、ウォード離してったら!」
「さっきも言ったが、本当に重いんだ。念のため【身体強化】かけろ!」
「ちょ、それどういう意味?」
「そのままの意味だよ、落とさねぇようにマジで【身体強化】かけろって!」
「そんなことしなくていいでしょ、たかが剣一本で」
ウォードもこれ以上言っても無駄だと思ったのか、観念したようだ。
「……わかった、どうなっても知らんぞ」
「あんた、いつからそんな臆病になったの?」
ウォードがそっと手を離した。次の瞬間、剣の柄頭の部分が垂直に床に激突した。リデルはあまりの出来事に、一瞬何が起こったのかわからなかった。
「はぁ、なにこれ!? どうなってんの?」
「だから言ったろ、重すぎるって!」
その言葉は真実だった。リデルがいくら力を振り絞っても、一向に持ち上がらない。まるで巨大な岩石がその剣の柄頭に接着しているようだ。
「ふ、ふん……こ、この……がぁあああ!!」
リデルはようやくここで【身体強化】のスキルをかける。ようやく剣の柄頭が浮き上がった。だがそれでも地面から30センチほどしか離れていない。リデルはすっかり息を切らしてしまった
「はぁ、はぁ……マジで……あんたの言う通りだわ。疑ってごめん」
「この俺ですら【身体強化】を発動して、やっと両手で持てるほどだ」
「嘘でしょ、それじゃ誰が持っても……」
「この重さじゃ、そもそも持ち運びすら容易じゃねぇ。それにもう一つ問題がある」
「も、もう一つ問題って?」
ウォードが剣の柄の部分を両手で握った。そして渾身の力でそれを引き抜こうとする。
だがリデルには、ウォードがふざけているようにしか見えない。
「……何してんの?」
「見ての通りだよ」
「何が見ての通りよ?
「わかんねぇかよ、引き抜けねぇんだ。刀身が!」
「はぁ、そんなことないでしょ?」
剣が異様に重いことも信じられないが、それ以上に信じられない事実が浮き上がった。ウォードは渾身の力で、剣を鞘から引き抜こうとしたのだ。
しかしどう足掻いても剣は鞘から抜けない。今度はリデルが反対方向に力を渾身に込めた。
「ふん! くぅううううう……ほ、本当だ。抜けない……」
「マジで本当にわけがわかんねぇよ、一体どうなってんだこの剣は?」
「重いだけじゃなく、鞘から抜けないなんてね。これじゃあんたの言う通り……」
「俺の剣がそんなに物珍しいか?」
その時男性の声が聞こえた。振り返ると、ドアの所に寝静まっていたはずのグラハムが立っていた。
リデルは咄嗟にウォードに視線を配る。ウォードはあり得ない表情を浮かべて言った。
「睡眠薬は飲んだはずだ……」
「じゃあ、何で起きて来たの?」
おいおい、一体どうなってんだよ?
何か大きな物音が下の部屋でしたと思ったら、受付の男性とさっき俺達を宿まで案内してくれたリデルがいるじゃないか。確か男性はウォードと言う名前だっけ。
しかも二人とも俺の剣を持っている。そしてギョッとしたような表情で、俺を見つめている。
そんな目で見られても困るんだがな。というか、さっき何かが床にぶつかったような音がしたし、俺の部屋に誰かが入ったような音も聞こえた。逆に寝かせないつもりなのだろうか。
いやそれより睡眠薬がどうのこうのって今言ったな。さっき飲んだ差し入れの茶の中に混入していたのか、喉が渇いてたからがぶ飲みしたが、睡眠薬が入ってたとは気づかなかった。
しかしそれなら俺は熟睡していてもおかしくないな。あぁなるほど。それで俺をそんな怖い目で見つめるんだな。まぁこれは恐らく、【竜騎士】の持つ【毒物耐性】スキルが発動したんだろう。
ということを二人に説明するわけにはいかないが、まぁ説明しても信じてもらえないだろうが。
まぁいいや、そんなこと。二人がどんな意図で俺の剣を盗んだかわからないが、あの二人には到底扱えない代物だ、返してもらわなければ。
「お二人とも。こんなことは聞きたくはないが、何をしたかわかってる?」
「ひっ!!」
「いやそんなビビらなくても。俺の聞き方が悪かったな、すまない」
「ご、ごめんなさい。これは、その……」
「いいよ、謝らなくて。とにかくお二人がしたことは目を瞑っていてやる、返してもらうぞ」
そう言いながら二人に接近して、俺は剣を片手で奪い返した。といっても意外とあっさり返せたな。なんか二人とも抵抗しそうだったが、そんな素振りなど一切見せなかった。
「か、片手で!?」
「そんな……馬鹿な?」
なんだ、二人とも何をそんなに驚いている?
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