異世界召喚★かくれんぼで世界救っちゃってもいいですか?★
星は二度またたく
「ようこそ、異世界へ。勇者候補生のみなさま」
鼻の下にちょこんとヒゲをはやした男性が拡声器を使ってそう話しだした。
「何の話だ?」
「夢…だよな」
部屋にいる人々が戸惑いを隠せずにざわつく。
「疑問点等は最後にまとめて伺いますので、今は私の話をおききください。話はそう長くはありません。よろしいですか、私ども人間は現在、魔族と戦争中です」
男性が話すたびに頭の上にのった、背の高い黒い帽子が揺れる。
「みなさまには、命をかけてこの世界を救っていただきたくお喚びしました。以上です」
言い終わると男性は手を二度叩く、どういう仕掛けかわからないが、部屋の壁が消えた。周囲を取り囲むように女性たちが白いベールをかぶり、膝をついて祈りを捧げていた。
「ご質問がある方は、後方の扉よりお進みください」
男性が一度手を叩くと、背後に青く光る扉が現れた。それは支えるものなどないのに、すきっと、空間に立っていた。質問がある数人が扉に消えてゆく。
「体調の優れない方、気分が悪い方は後方の扉よりお進みください」
また、数人が消えてゆく。
「詳細な説明が必要な方、勝手にお連れしたことに対して賠償をお求めの方は後方の扉よりお進みください」
三人が消えていった。
そして、残ったのは僕を含めて九人である。
「では、最後に
元の世界にお帰りになりたい方は後方の扉よりお進みください」
4人が消えていった。
まだ、続くのだろうか、と思ったところで男は頭の帽子をとり、恭しく頭を下げた。
「それでは、世界を救うお覚悟のある方はどうぞ私についてきてください」
男は跳ねるように歩きだした。俺達5人はその後をついていく。祈りを捧げていた女たちが両脇を歩く。彼女達の白い服とベールが相まって、何だか結婚式のようだった。女たちは美女揃いだ。楽しくなりそうだ。
その後、城のようなところに入り、個室をあてがわれ、広間で美女の給仕つきで豪華な夕食をとり、現在、天蓋付きのベットに横たわっている。
「はじまった」
はじまった、はじまった!はじまった!!!
37才、いつまでも冴えない人生だったが、俺は、やはりただの人間ではなかったのだ!異世界召喚、やっと人生がはじまった。いささか遅かった気もするが、まぁ、誤差範囲だろう。今まで仕事もせず、体力、精神力を温存してきたのはこのためだったのだ。「仕事探せよ」と、夕食を渡すたびに言ってきたクソ兄貴め!ザマァみろ!!お前より素晴らしい人生が俺にはあるんだ!
スマホで兄貴から送られたメッセージをみる。
「明日から知り合いのところで働けるように話をつけたから、明日は七時に起きて僕と一緒に行こう」
うるせぇ、馬鹿!てめぇが俺の分まで働け!!
階段の上から思いっきり怒鳴った。これがさっきのことだ。それから…うとうとして、気がついたらここにいた。働いたら負けなんだよ、その答えがこれだ。なんともタイミングがいいではないか。
俺は深く深く息を吸う。
あちらの世界は苦しかった、空気があっていなかった。だがこちらはとても清々しく息苦しさがない。
男は跳ねるように歩きながら言った。
「みなさまには適性ございます」
適性が低いものが、あの扉から消えていくのだと。それは色々な理由をつけ、逃げることを正当化した結果。つまり、ここに残った、それだけで俺の成功は約束されたようなものだ。
次の日、俺の前には4人の女が立っていた。
「私はソーディアン。剣士で2班のリーダだ」
「アタシはアンコール、魔女だよー」
「私は、…ユミ子、弓兵をやっている…」
「私はナゴミと申します、癒し手です」
「ど、どうも、よろしく」
勇者候補生にはそれぞれ4人の従者があてがわれ、30日ほど訓練を共に行い、それから魔王討伐の旅に出る。他の候補生とは別の場所で訓練を行うため、ここには俺達5人しかいない。
「勇者殿、お名前をきいてもいいか」
ソーディアンは身長の高い、ポニーテールの女性だ。女騎士という彼女は凛とした雰囲気を身にまとっている。
「お、俺のなま、名前は…」
いいたくない、俺はこの名前のせいで、辛い思いばかりしてきた。
「勇者さま?大丈夫ですか」
身をかがめて、うつむく俺を心配してくれるのはナゴミだ。優しげな雰囲気とたわわなボディをお持ちで、お母さん属性だと思われる。
「お、俺の名前は、綺羅星」
「じゃ、ティー君って読んでいい?」
ねっ、ティー君っ!っと笑顔でいいながら俺の手を取り握手をしてくれるのはアンコール。メンバーの中では幼く見える。振る舞いも幼いが、その明るさに救われる。
「俺の名前、笑わないのか?」
まさしくキラキラネームだし。その上、陰気な俺にはふさわしくない名前だ。これで俺が明るくてイケメンなら誰も笑わなかっただろうが。
「…笑う?なぜ?あなたの名前、とても素敵。それに…私、星好きだもの」
ユミ子は不思議そうに首をかしげる。ソーディアンについでの長身だが、華奢な体をしている。濡れたような黒髪と瞳が美しい女性だ。
俺は、はじめて俺の名前を笑わない女性に会った。それも4人も!そして彼女たちは俺を守るためだけに存在しているらしい。女と話した経験は少ないが、俺は彼女たちとならうまくやれる気がした。
訓練1日目
「綺羅星殿、まずは魔族の恐ろしさ、生体について説明しよう!」
訓練5日目
「綺羅星様、お菓子でも食べながら休憩しませんか?」
訓練14日目
「ティー君っておもしろいね!もっとお話きかせて!アタシこんなに笑ったの久しぶりだよ!」
訓練20日目
「あなたと一緒に星がみたい…お願い」
訓練21日目
「いいぞ、ティー君!見違えたぞ、これなら魔族も怖くないな!…え?………私がティー君って呼んだら…ダメか?」
訓練25日目
「じゃ、今日はついにアレだね」
「うむ、気がすすまないが、訓練は行わねば」
「…ふぅ」
「み、みなさん、ティーさまが不安になってしまいます」
みんなが暗い顔しているので、俺はことさら明るく言う。
「勇者の仕事だろ、教えてくれよ」
今日までの訓練はこのためにあったのだ。具体的な内容を今まで教えてもらえなかったが、曰く、
「精神力が必要だ、己との戦いだ」
「アタシはハッキリ言ってやりたくない」
「…つらみ」
「辛く、孤独な戦いです」
とのことだ。怖くないわけではないが、勇者がそれを行うことで、従者に強力な補助魔法がかかる。そう、どうやらこの世界では勇者は先頭で戦闘を行わず、後方支援が仕事らしいのだ。
「私から説明しよう。綺羅星殿、あなたには…」
ソーディアンは眉間にシワを寄せ、苦しそうに告げる。
「あなたには『かくれんぼ』をしてほしいのだ」
「かく、れんぼ?」
「そーだよ、アタシ達が戦っている間、ティー君は隠れていないといけないの。この勇者の杖を使いながらね」
「…勇者の杖は勇者にしか使えない。しかも、光って、音も出て…目立つ」
「でも、私達が結界をはります。この結界内にいれば大丈夫です、みつかりません」
「しかし、隠れている間も杖は音を出し、光る。場合によっては魔族は綺羅星殿を狙うかもしれない」
「ハハ、それでも冷静に杖を使い続けなきゃいけないのか、逃げ出さず」
四人は俺の言葉にうつむく。
「いや、多分、余裕だよ」
だって、俺、もともと引きこもりだし。
「結界って狭いの?」
「あ、実際にはってみましょうか」
4人が手をつなぎ、俺のまわりを囲む。すると、さらにそのまわりに四角い光がロープのように現れた。広さは6畳ほどだろうか。
「杖かして」
アンコールが慌てて俺のもとに杖を持ってくる。
「ふんっ」
気を込めると、杖が光を空に発生させる。それと同時に俺の好きなアニメソングが流れ出した。
「何でこの曲?!」
「勇者の杖の効果は勇者さまの影響を強く受けますから、でも見てください、私達、力が溢れています!」
「これなら、魔族とも対等…いや、それ以上いけるな」
「光の柱、キレイ…」
「ティー君、大丈夫?」
「今のところ、全然平気だな」
「辛いのはこれからだ、体力的にも、精神的にも」
「あー、確かに長時間立ちっぱなしは辛いよな」
よっこいせ、と俺はその場に座る。
「ティー君?何を…?」
「座っただけだよ?杖は使ったままだし、問題ある?」
「ティー君!すごい!天才!」
「そんな…かくれんぼ中に、座るなんて…思いつきませんでした」
「確かに、これなら疲れない」
「え?これ、そんなにすごいこと?」
「すごいとも!今までかくれんぼといえば、立っているしかないと思われていたんだ!すごいぞ、これは!」
「うーん、座り心地悪いな。寝てみるか」
このあとのみんなの驚きようは更に凄かった。しかし、これでいいのなら難しいことはない。今までの訓練の方が辛かったくらいだ。
やはり、俺はこの世界に選ばれた人間なのだろう。
訓練28日目
「あれ、あの子たち、なんであんなにボロボロなんだ」
訓練が終わり、城内に戻るところで他の班の女性たちが体を引きずるように歩いていた。その前には対照的に無傷の勇者候補生がいる。
「あぁ、あれね、逃げようとしたんだって」
「逃げる?」
「そのぉ、担当の勇者候補生の方が逃げようとしたので、従者が罰せられたのです…」
「…私達の代わりは、いくらでも…いるから」
「そんな…」
この世界の闇を垣間見た気がした。俺は絶対にみんなを裏切らない。
訓練30日目
「今日は、最後だしみんなで遊ぼうよ!」
「馬鹿な、明日は試験だぞ。そんな呑気な…」
「でも、いい思い出があれば辛いことものりこえられますよね?」
「賛成。…あなたは?」
試験日
今日はついに試験日だ。今日の試験次第で勇者候補生の候補生がはずれる。もし、試験で合格できなければ、従者たちは無能と判断され、処分される。そして、勇者には新しい従者が支給される。
「大丈夫、俺は逃げない」
震えるソーディアンの肩に手をのせる。
「みんなを守るよ」
アンコールの頭を撫でる。
「俺は、このために生きてきたんだから」
うつむき、肩を落とすユミ子の肩を抱く。
「みんな、俺を信じてくれ」
泣きそうなナゴミを抱きしめる。
「さあ、行こう!」
【勤務時間終了】
光の柱が消え、耳をつんざく音楽がやんだ。
「はい、かくれんぼ終了を確認」
「おつー」
「おつー」
「マジで疲れた」
彼女たちは一斉に表情と姿勢を崩した。
「魔族サマに受領印もらってくるわー」
「ありー」
「おつー」
「あー、ホントしんどかった。帰りてぇー」
「吸う?」
「ほしい、ほしい」
彼女たちは紫煙をくもらせ、話を続ける。
「国帰るの?」
「そー。子供が待ってるからね。しばらく会わないとばぁばをママって呼ぶんだ」
「旦那の実家だっけ?」
「そー。ありがたいけどさー、自分の親とは違うよね」
「あれ、アンちゃんの旦那って何してるの?」
「同業、女版勇者ランドの闇騎士やってるよ」
「めちゃくちゃイケメンよな」
「えー、みたい、写真ないの?」
「ロッカー戻ればスマホにあるよ、てか、旦那より子供みてー!めちゃ、もぅ、めちゃめちゃかわいいから」
「受領印もらってきたぞー、って、私もタバコほしい!」
「あげるあげる、はい、オネェさんお疲れ様」
「もー、ホントしんどかったよね。最後抱きつかれたし、最悪」
「あ、みんな、終了アンケートちゃんと回答してよ、労務災害の場合とかあとから大変だからさぁ」
「アハハ、今回ので妊娠とかないない」
「追加料金すら発生してないね、みんなそうでしょ」
「はあ、抱きつきもオプションに、はいらないかなぁ」
「まぁ、まぁ。とりあえずこのあと3ヶ月お休みだから、心の傷を癒やしてきてね」
「次、3ヶ月後かぁ」
四人は火を消し、声を上げて笑った。
【扉の外】
「どうも、賢明な方」
「え、帰れるんじゃないんですか」
帰れますよ、そう言うのは前の部屋にいた、背高帽の男に姿も服装もそっくりな男である。
「いえ、全員ではないんですけど、【紹介券】をお渡ししているんですよ」
「は?」
「はい、紹介券」
ピンポンと、スマホが鳴る。ポケットのそれを取り出して、画面を確認すると、登録した覚えのないメッセージスタンプが増えていた。
「そのスタンプか紹介券になっていますから、異世界に送りたい相手にピンポンってね」
1回しかつかえないですけど、男は大したことでもないかのように言う。
「いや、どうやって…」
「私ねぇ、不思議なんですよ。どうして皆さんは異世界が当たり前のように自分たちの文明より遅れていると思うのか。
こんなもの我々の世界ではとうに昔からできることなんですよ、だって、あなた方の世界は異世界人を召喚できますか?…ほらね、だから私はあなたが招待券を必要としていることも知っているし、誰に使うかもわかっています」
「…」
「でも、その人もあなたのように帰ってしまうかもしれない。もちろん私は何の責任も負いません。お互い残念でした、というだけで」
「そちらは何が残念なんですか」
「私どもはあなた方より進んでおりますが、それでも支配される側でして。そして支配者サマ方は面白いことが大好きだというのです」
生きる目的を目の前で奪うこと、希望を与えたあとに深く落とすこと、逃げるものを追うこと、
「例えば、逃げて隠れ続けたものを、逃げられず隠れつづけさせてみつけること」
「悪趣味ですね」
「同感です。辛い、私達はとても辛かった。なので、なるべく辛くない方法を探しました」
「悪趣味ですね」
「それでも私達は家族を守りたいのです」
「もぅ、行ってもいいですか」
「出口はこちらです。お互い、世界を救いたいものですね」
ペコリと男は頭を下げた。よく、あの背の高い帽子落とさないものだと感心した。
「あぁ、そうだ、最後にお名前をお伺いしても?」
「知っているんじゃないですか」
まぁ、いいか、そういって、男は手を振りながら出口にむかう。
「僕の名前は、流星」