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5.正体

次にルーシーが目を覚ました時には、宿のベッドの上だった。彼女はボーっとする頭の中、気を失う前のことを思い出し、慌てて両手で頭を押さえた。すると、手に外套(がいとう)のフードの感触がありほっと胸を撫で下ろす。ちょうどその時、部屋の扉が開かれた。


「よお、起きたか?」


入ってきたのはチェルで、手にはカップに入った温かい飲み物を持っている。本当なら自分で飲むつもりだったのだろうが、ルーシーへとそれを手渡した。ルーシーはカップを受け取ると、ゆっくりと口に運ぶ。茶葉の香りがボーッとしていた頭を解す。甘味(あまみ)があり美味しいお茶だった。心が落ち着き、ため息が漏れる。チェルは部屋にあった椅子に腰かけると、ルーシーの方を見て話しかける。


「お前、丸1日起きなかったんだぜ。…って、隣はまだ寝てるけどな。」

チェルに言われて隣を見ると、ティーナが静かな寝息を立てていた。


「あとの2人は?」

「あぁ、あいつらなら何か食べ物を持ってくるって言ってたぜ。」

言ってチェルは思い出したかのように小さく笑って、ルーシーの姿を見て続ける。

「カルムがよお、寒いといけないからとか言って、お前の外套をそのままにして寝かせるんだぜ。可笑しくてよぉ。」

「…!?」

そう言ってチェルは笑う。だが、ルーシーが外套を取らないことを、特にチェルは気にした様子もなく言葉を続ける。

「普段ならそういうこと、気にもしなさそうなのに、あいつ変だったんだぜ。」


ルーシーはチェルが話し終わるのを待ってから、手にしていたお茶を一気に飲み干して、ベッドから起き上がった。そして、チェルにお礼を言うと、外の空気を吸ってくると説明して部屋を出たのだった。


ルーシーが部屋を出て廊下を歩いていると、ちょうどライトとカルムが前からやってくるのが見えた。ライトは手にいっぱいの果物を持っており、カルムが買い過ぎだと呆れた様子で見ている。

ルーシーがフードを被っていたせいか、ライトはルーシーに気が付いていない。

ルーシーは彼らの前で立ち止まると、カルムの腕を掴む。


「カルム。ちょっと一緒に来て。」

「え?あれ?ルーシー?」

「ごめん、ライト。1人で先に部屋に戻っててくれないかな?」

ルーシーの声にライトも気が付いて素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげるが、ルーシーは口早に言って返事も待たずにカルムを引いて行ってしまった。カルムは腕を引かれるがままついていく。


宿屋を出ると目の前は、人でごった返したメイン通りだった。ルーシーは手を引きながら、人が少ない方へとどんどん進んで行った。しばらく歩いて彼女が立ち止まったのは、メイン通りからかなり外れた場所にあった広場。もう日が沈んでからかなりの時間が経っていたため、他に人はいない。

ルーシーは引いていた手を放して、カルムの方を睨み付ける。


「何が目的?」

「…。」

ルーシーの問いにカルムは答えない。

バサッ…と、ルーシーがフードを勢いよく下ろした。


カルムは思わず息を飲んだ。


彼の目には、透き通った水色の髪と黄金の瞳を持つ少女が映っていた。月明かりに照らされて、その姿はとても美しい。

だが、その顔は今、怒りで鋭さが増しており、触れてはいけないもののようにカルムには思えた。


水月(すいげつ)の民だって気づいてたんでしょ?」

「あぁ。」

「なら、何が目的?国に引き渡す?」

「違う。」

「売って金にする?」

「違う。」

「それとも、私を脅して何かさせるつもり?」

「違うっ!」

「じゃあ!どうしてっ・・・」

「匿ったのかと?」

ルーシーの言葉を奪うように、カルムがいつも通り感情のない冷めた口調で言った。すると、ルーシーは自分の髪を見て悲しそうな顔をする。

「…この姿を見られただけで、何度、人から酷い目にあったか…。中には優しい顔をして、近づいてきた人もいた。」

ルーシーの手は震え、瞳からは涙が零れる。


どれほど辛い目に、合ってきたのかカルムに知ることは出来なかった。ただ、水月の民が見つかると、暴力は普通のことのように起こる。だから、想像することは容易かった。


暴力は水月の民が抵抗しなければ、死ぬまで続く。魔力が高い彼らは基本的に、隙を見て逃げ出すことが多かったが、中には卑劣な手を使い逃げられないようにすることもあった。また、見目の良い水月の民は、金持ちの間で人身売買の対象にもなっていたのだ。

だが、カルムは彼女と少しの時間だけど一緒に過ごして、人間と差があるなどと感じてはいなかった。あるとすれば、人間の方が欲深く非道な奴が多いことくらい。


世界は理不尽だ。


これは、彼が幼い頃に思い知らされたことだった。だから、カルムは彼女の心情を理解し、出来うる限り刺激しないよう、口調に感情をのせずに言葉を紡ぐ。


「目的ならある。」

「…。」

感情なく言われルーシーは、何を言われるのかと身構えた。


「悪魔使いロージーについて、知ってることをすべて話してほしい。」


彼の言葉に、ルーシーは一瞬頭が真っ白になった。

「同じ水月の民ならば持っている情報も多いだろう?それを知りたい。」

「…それだけ?」

「あぁ。」

「…。」


ルーシーが黙ったままなので、カルムは続ける。

「…ちなみに言っておくが、遺跡で僕がライトたちからお前を隠したのは、あの場でややこしくなるのが面倒だったからだ。あいつらのお人好しは並外れているから、あの時正体がバレていても、お前の危惧するような状況にはならなかっただろう。」

ライトたちと短い時間とはいえ旅をして、彼らの優しさは伝わっていた。だが、彼女に刻まれた傷は深く、本当かどうかルーシーは測りかねていた。


カルムがスッと、ルーシーの前に手を差し出す。

「お前の能力なら、触れれば嘘かどうか分かるのではないか?」

「…。」

少し躊躇ったが、他に方法がなかったので、恐る恐るカルムの手を取る。

彼が嘘を付いてないと、触れた手から読み取ったルーシーは、緊張の糸が切れた。そして、ペタンとその場に崩れ落ち、うつ向いて動かなくなる。力なく握られていた手を、今はカルムが握り支えている。


少しして、ルーシーの肩が小刻みに震えだしたので、カルムが泣いているのかと心配で顔を覗き込むと、カルムの心配をよそに、彼女は声をあげて笑う。水月の民だから迫害されて当然と、思い込んでいたのは自分の方だったのだと。時代は流れ、そう言う考えの人もいるのだと、彼女は知ったのだった。


やっと感情が落ち着いてきた頃に、カルムが握っていた手を引いて、起こしてくれる。

「その姿、他の奴には見えてないのか?」

辺りをずっと警戒していた理由はそれかと、ルーシーは少し呆れたように笑うと、認識阻害の魔法をかけているから、カルム以外には見えていないことを説明した。カルムはそれを聞いて、少しだけ警戒を解く。


「ねぇ。何で、私が水月の民だって分かったの?」

「最初から何かあるとは思っていた。確信したのは、遺跡の時だ。無詠唱で魔法を発動させただろう。そんなこと出来るのは、この世界中で水月の民と悪魔くらいだ。」

ルーシーは彼の並外れた洞察力に驚いた。あの状況で気付かれるなんて、考えてもいなかったのだ。


「次は僕の質問に答える番だ。」

「ロージーのことね。」

言ってルーシーは少し悩む。


「…私よりも彼女のことをよく知る人物が、知り合いにいるから、彼女に聞いた方が言いと思うんだ。」

「!?」

「ウォータニンフに行けば会えるはずよ。」

「そうか…」

彼は考え込む様にてを顎に当てて、難しそうな顔をしている。


「一緒に行くよ。」

「…良いのか?」

「無理やりにでも連れて行かされるかと思ったのに、カルムも大概お人好しだね。」

「僕の倫理に反するだけだっ。」

言って、カルムは不満そうにそっぽを向いた。その様子を可愛いなと思い、クスリと笑ってから、それがバレないように咳払いをしてルーシーは言葉を続けた。


「じゃあ、この国を出たらウォータニンフで良いのかな?」

「いや、先にディーバレイスに向かいたい。」

「どうして?」

「その国で開かれる武闘大会で、優勝した者に魔光石が与えられるという噂が流れているんだ。」

「そんなっ!まさか…」

「普通ならあり得ないことだ。」

「ロージーの仕業?」

「おそらくな。」

世界の命運がかかっている、魔光石をかけた大会なんて普通ならあり得ない。そんなことが起こりうるとしたら、ロージーが何かしたのだろうと思うのが当然と言えばそうなのだが…。ルーシーはカルムがそんな情報を、どこで手に入れたのかが気になった。


「ねぇ、どうして、カルムはそんなことまで知ってるの?…まだ話す気にならない?」

ルーシーの言葉でカルムは、出会ったときにも聞かれたなと思う。そして、カルムは困った顔をした。


「まっ、話す気がなくても読んじゃったんだけどね。」

「なっ…」

軽く言うルーシーに、カルムは抗議しようとして諦めた。何も言ってこないからと、ルーシーは続ける。


「ポルタヴィアの領主の奥さん、カルムのお姉さんなんだね。」

「…あぁ。」

もう諦めて、頷くだけのカルムだったが、次言葉には即否定する。

「お姉さんがロージーに、魔光石を渡してしまった?」

「違うっ!あれは、何か原因が…」


カルムの言葉にルーシーはあっさり答える。

「そうね。あれはロージーの仕業よ。」

「どうしてお前がそう言いきれるんだ?」

「水月の民ってね、1人1人違った特別な能力を持って生まれるんだよね。私は人や物から、未来や過去を見ることができる能力を持ってる。…それで、ロージーは心を操る能力を持っていたんだよ。」

「そう言うことか。」

ルーシーの言葉に何やら納得した様子のカルム。


「ねぇ、カルム。このことってライトたちは…」

「知らない。」

「そっか。私が言うのもあれなんだけど…話した方が良いんじゃない?」

「必要ない。手がかりさえ見つかれば、あいつらとは別れるつもりだ。」

「うーん…」

素直じゃないなぁ。と、ルーシーは苦笑してしまう。カルムは他を危険にさらしたくないのだろう。今のルーシーには、彼の優しさを感じとることが出来たのだった。



ルーシーは呪文を唱え、髪と瞳の色をいつもの黒色に戻してから、2人で宿に向かう。宿へと戻る道すがら、ルーシーはカルムからティーナの話を聞いた。あの戦いの後すぐ、ルーシーと同じように彼女も気絶してしまい、ずっと目を覚まさないのだということだった。


宿に戻ると、ライトとチェルが困ったようにティーナの前で立ち尽くしていた。彼女は目が覚めたようで、上半身だけを起こしている。何があったかを問うと、ティーナが目を覚ましたのに、声をかけても反応がないとのことだった。魂が抜けたように虚ろな目をしているティーナは、心を閉ざしているようだった。彼女の気持ちも分からないではなかった。自分の親が悪魔使いのロージーだったなんて、考えたくもないことだ。


ルーシーはティーナの目の前で膝をついて、彼女の顔を覗き込む。反応はなかったが、刺激しないようルーシーは彼女の手を取り、優しく声をかける。


「ティーナ。現実から目をそむけても解決しないんだ。ティーナなら分かってるんじゃない?」

先ほどまでの自分のことの様だと、少し笑えてしまうとルーシーは思った。


ティーナから返事がないので、ルーシーは言葉を続けた。

「このまま、放っておいたらロージーはティーナの母親の姿で、たくさんの人を苦しめる。それは阻止しないと…」

「...。...で、でも…」

「向き合うのが怖い?」

ルーシーの言葉にティーナは頷いた。ルーシーはティーナを握る手に少しだけ力を籠め、言葉を続けた。


「仲間がいるじゃないか。大丈夫。みんな、ティーナの助けになってくれる。」

「もちろんっ!!」

「ああ!当然だぜ。」

ルーシーの言葉にライトとチェルが頷いて答える。扉の前のカルムは無反応だったが、ため息を付いていたようだったので諦めたのだろう。ライトたちの反応を聞いて、ティーナが顔をゆっくりと上げる。瞳は赤く涙が頬を伝っていた。もしかしたら、寝ているふりをして、泣いていたのかもしれない。


「それに、ティーナの母親はおそらく体を乗っ取られているだけだよ。うまく引き離すことが出来れば元に戻るはずさ。」

「ほ、本当!?」

「ルーシー、お前、よくそんなこと分かるなぁ。占い師ってそういうことも分かるもんなのか?」

「い、いやっ!これは、確証じゃないよ。ごめん…。」

「...ううん。希望があるなら良いわ。」


ルーシーは嘘をついた。本当はティーナの母親の状態も、どうしたら引き離すことが出来るかも分かっていた。ただ、それを話すと言うことは、水月の民だと正体をバラすことになる。カルムはああ言ったが、この時にはまだルーシーの心の準備ができなかったのだった。対してティーナは、覚悟を決めた力ある目に戻っていた。


「みんな、迷惑かけてごめんなさい。落ち込んでても仕方ないの…よね。どうしたら良いのか今はまだ思いつかないのだけれど…その…手伝ってもらえる?」

ティーナはそう言って、自信なさそうな表情でライトとチェル、カルムを順に見る。ライトとチェルは当たり前だと言わんばかりに頷き、カルムはやはり諦めたようにため息を付いたのだった。


「それなら、ここから北東にあるにディーバレイス国に行けば、手がかりがつかめるだろう。」

「ディーバレイス?そこに何があるってんだよ?」

「闇の魔光石だ。」

「!?」

カルムの言葉に全員が驚く。

「何でそんなこと、お前が知ってるんだよ。確かに、ディーバレイスはフローウェイ王国の次に大きな国だ。だから魔光石くらい持っているだろうけどよ。種類まで知ってるなんて、おかしいだろ。」

「そのくらいの情報も集められずに、母親を取り戻したいとは滑稽だな。」

「なんだとぉ!?」

「チェル、ダメだよっ。カルムも挑発しないでよ。話が進まないだろっ!」


ライトが珍しく怒り、怒られたチェルは口を尖らせて拗ね、カルムはフンっとそっぽを向いてしまった。どちらも子供だなとルーシーはやれやれとため息を漏らした。

「でも良かったね、ティーナ。ディーバレイスに行けば、母親を助け出す情報を得られるかもしれない。」

ルーシーがニコリと笑って言うと、ティーナは嬉しそうな顔で頷いてから、急にもじもじと言い辛そうな不安そうな顔でルーシーを見る。

「あ、あのねっ…その…ルーシーも一緒に来てくれない…かな?」

ルーシーの答えを待つ彼女は、さながら告白をして返事を待つ女子のようだ。頼ってくれることが嬉しくて、ルーシーは少し照れた様子で笑って彼女に答えた。

「もちろん!私で良ければ。」

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