4.水晶の遺跡
「ここが水晶の遺跡…」
そうつぶやいたのは誰だったか…。
ルーシーたちは予定通り陽が昇りきる前に、遺跡へとたどり着いた。
「どこが水晶なんだ?普通の遺跡と変わらねぇじゃねかよ。」
水晶でできていると思っていたのか、チェルはとても残念そうに言う。
「魔光石のある場所が、そんな派手な訳がないだろう。人の目につかないように、作られているんだ。」
カルムに怒られてチェルはさらにちぇっと悪態ついた。
遺跡の中はかなり古くなっていて、崩れかけている場所などもあり、進むのに少し難航した。
ただ、王様からもらっていた解呪の石が、光で道を照らしてくれたため、ルーシーたちが道に迷うことはなかった。
モンスターにとってこの遺跡は過ごしやすい環境なのだろうか、部屋の様な空間では必ずといっても良いくらいにモンスターに出くわした。とは言っても、ルーシーたちの力で、十分倒せる程度のモンスターだったので、そこまで厳しい道のりではなかった。
そして、どのくらい歩いただろうか、ルーシーたちは水晶でできた扉を見つけ、立ち止まった。ティーナの持つ解呪の石は、この先を指している。
「この先のようだな。」
「…あったよ、水晶。こりゃあすげぇぇ!!」
カルムの声とは対照的なチェルの興奮ぶりに、カルムはため息をついていた。
重そうな水晶の扉をカルム、チェル、ライトで押すと、重たい音とともに扉がゆっくりと開かれた。
「何でここだけ、その石で動く仕組みじゃないんだろうね?」
「さぁ?なんでだろうね?」
後ろで見物していたルーシーがティーナに問うが、もちろん答えなど分からず、ティーナは手で石を弄ぶように転がして首をかしげる。
「魔光石を盗まれないための策だろう。」
答えは前にいるカルムから返ってきた。扉を開き切り、手をパンパンと叩く彼には汗一つ流れていない。それに比べ、隣二人は息を荒げて膝に手をつき額から多量の汗を流していた。
「どういうこと?」
「今まで、その解呪の石で迷わず簡単に来れたということは、それを万が一にも盗まれたらどうなる?」
「あぁ、なるほど。もし、この扉も石で開けられちゃうと、この解呪の石さえあれば誰でも簡単に魔光石が手に入っちゃう訳だ。」
「あぁ、おそらくはそれをさせないための仕掛けなのだろう。僕たち3人でこんな状態なんだ。いくら、こいつらが非力とは言え、普通の人じゃ5人いても開けられるかわからない。」
「な、なんだとぉ…!」
「反論するなら、その様をなんとかしろ。」
2人のやり取りは無視して、「ふーん。」と感心したように言葉を漏らすルーシーは、ふと、ティーナの母親はどうやってここに入ったのか気になった。確か1人で向かったと聞いていたのだ。好奇心で扉に触れたことにルーシーは後悔した。
一気に色々な情報が流れ込んできてしまったのだ。彼女の占いとは、実際は人や物の過去や未来が見えるものだった。この事は彼女自身と一部の者しか知らないことで、こんな能力を持っていることが人間である彼らにバレたら、あまり良くない。
だけど、好奇心に負け、浅慮にも、多くの人が手を触れた想いがある物に触れてしまったのだった。咄嗟に手を離すことは出来たが、ルーシーはその場に膝を付いて肩で息をする。
「ルーシー!?」
「おいおい、何か俺らよりへばってんじゃねーか。大丈夫かよ?」
慌てて駆け寄るティーナが心配そうにルーシーを覗き込む。チェルも心配そうに言って、彼女の方を見た。
慌てて、ルーシーは「大丈夫だよ。」と、手を振って笑って見せる。そして、深呼吸をして立ち上がると、まだ少しふらつく足に気付かれないように、ゆっくりと一番後ろを歩いた。心配そうにティーナはルーシーの様子を伺いながら、歩みを合わせてくれた。
すると、先に歩いていた男衆が部屋の前で立ち尽くしていた。
「どうしたの?」と、ルーシーとティーナも間から顔を出す。
そして、彼女たちも固まった。
「…。」
誰ひとりとして言葉が出てこなかった。
遺跡はその名に相応しく、部屋全体が水晶で出来ていた。先程まで騒いでいたチェルも、今は言葉もない。部屋は上方の一部だけ穴が空いており、外の光を取り入れていた。その少しの陽の光だけで、部屋の中は水晶で輝き、暗さに慣れた目には眩しかった。
そして、部屋の中央には魔光石が置かれていたのだろうと思われる、台座があった。もちろん、今は何も置かれていない。
すると、徐にティーナが首飾りを手に取り出した。それは先程まで持っていた解呪の石ではなく、麻の袋がくくりつけられていた。中から手に取り出した物を見て、ルーシーとカルムは驚き目を見開く。彼女の手に乗っていたのは、翡翠色で宝石のように輝いていた。
「それ!魔光石…!?」
ルーシーは石とティーナを見比べるように何度も見て、混乱を隠せない様子だった。カルムはもう感情を消していたが、魔光石からは目を離せなかった。残りの2人は、「へぇ…」これが魔光石かぁ。と、呑気に物珍しそうに眺めている。
「これ、王様に頼まれて…ここに安置して欲しいって…城にあると問題になる可能性があるからと言ってたわ。」
「ここに置いても、また盗まれるだろう。何か策があるのか?」
「封印するって言ってたわ。これ。」
ティーナの説明にカルムが尋ねると、ティーナは腰にかけていたポーチから、札を一枚取り出して見せる。そこには古代文字で何か書かれていた。
「なんだこれ?」
チェルがティーナから札を取るとピラピラして眺める。
「チェル、やめた方が良いよ。それ、本物の護符だね。破ったらあんたが一生かけても払えない品だよ。」
ルーシーの言葉に「げっ!」と、慌てて札を返すチェル。
「これで封印すれば、普通なら触ることすら出来なくなるって。」
「そうだねぇ。でも、それされちゃうと占いにも支障でそうだから、先に占わせてもらって良いかな?」
みんなが同意するのを確認して、皆と少し距離を取ってから、ルーシーは部屋の壁に手を付けて意識を集中させた。部屋に入る前にルーシーは外套のフードをスッポリと被っていて、今は表情などが全く見ることができなかった。
しばらくして、ルーシーが壁から手を離そうとした時だった、部屋の中央が輝き出した。
「な、なんだ!?」
全員がそちらへと視線を向けたが、眩しくて目を開けていられず、目を細めて手で翳す。そして、輝きが消えて視界がやっと戻ると、先程まで何もなかった台座のそばに、一人の女性が立っていることに気がつく。ライトが誰?と言葉にするよりも先にティーナが叫ぶ。
「お母さん!!」
「ええっ!?」
「おまっ、顔覚えてないのかよっ!」
ライトは驚き声を上げると、チェルがライトの頭をグーで殴る。ひどいなぁとボヤくと、「朧気でも見たら思い出せよな!」と、さらに怒られた。
そんな中、ルーシーが何か叫ぼうとして、ひどい眩暈にその場に膝を付く。一番近くにいたチェルが駆け寄り、肩を貸そうとするが、ルーシーは何かを必死にチェルへと訴えようとする。
「ティーナ。心配をかけましたね。」
「お…かあさん!!」
ティーナの母、シェリナは手を広げると、おいでとティーナを促す。彼女は7年間探し続けた母親の元へと駆け出した。
「えっ?なんだって?母親じゃないって…ありゃ間違えなく…」
ルーシーとチェルのやり取りにカルムがハッとなって、ティーナの跡を追うように駆け出す。
「ティーナ、戻れっ!!」
カルムが叫ぶのと、母親であるシェリナの手がティーナに届くのはほぼ同時だった。
「っ!!?」
シェリナは、あろうことかティーナの手首を掴むと、思い切り引っ張り上げてしまう。シェリナより身長の低い彼女は簡単に宙ぶらりんとなり、身動きが取れなくなってしまった。ティーナは何が起こったのか全く分からないと言った表情で、目を白黒させる。駆け寄ろうとしていたカルムも、人質を取られてしまい動けないでいた。
「人間の何と容易いことよなぁ。全く拍子抜けだねぇ。」
「お、お母さん?」
「おや、まだ気づかないのかぇ?」
ホホホと、嘲笑うようにティーナを見て、握り締めた手を顔の近くに寄せて、呟くように続けた。
「お前さんの母ではない。まぁ、元は母親の身体であったかもしれんがねぇ。」
「ど、どういう…」こと?と、言葉を続けようとしたが、手首を強く握り締められて苦痛で言葉が続けられなかった。
「ロージー…!!」
「ロージーだって!?」
強い因縁でもあるのだろうカルムは、シェリナの姿をした悪魔を睨み付けて叫ぶ。その言葉にチェルとライトも驚く。苦痛でもがくティーナもまた、混乱している様子だった。
「お前は…。クックック…まさか本当に追ってくるとはなぁ」
カルムを見てニヤリと不気味に笑うロージーだったが、すぐに興味は隣のティーナに移る。彼女の首から下げられていた小さな麻袋を見つけると、引き千切って取り上げてしまった。
「この風の魔光石は私こそが持つべきものだ。」
「コノヤロウっ!」
「動くでない。」
静かなもの言いだったが、睨み付けるロージーのオーラにチェルは負けて動けなくなってしまう。
「用も果たせたし、終わりにしようかぇ?」
そういうと、何やら呪文を唱え始めるロージー。そして全員が動けないでいる中それは完成した。
すると、ロージーはティーナを投げ飛ばす。それをライトが何とかギリギリで受け止めた。投げ飛ばされたティーナは、放心状態で魂が抜けたように虚ろな目をしていた。
「魔光石を持ってきてくれた僅かばかりの礼として、苦しいのは一瞬で終わらせてあげよう。」
そう言って笑うと、ロージーは完成させた闇系の高等魔法を発動させた。ブラックホールのような闇がライトたちへとゆっくりと迫ってくる。逃げだせないように、魔法結界で退路も封じられていた。
「ティーナ!」
魔法の技術の長けたものに縋るしかなく、ライトは自分の目の前で力なく座り込むティーナを呼ぶ。しかし、彼女からの答えは何も返ってこなかった。まるで、人形のように動かないティーナ。
「おいおい、これマジでやばいんじゃねーか!?カルム何か方法はねーのか!?」
「うるさいっ!少し黙っていろ!!」
こちらも縋るようにカルムへ悲鳴混じりに訴えるチェルだったが、そのカルムからも焦りの色が見え、チェルは絶望的になった。この時、ルーシーだけはフードを目深にかぶっており、表情が見えなかった。だが、彼女も肩で息をしており、辛そうに見える。
じりじりと迫るブラックホールに、全員が後退し、とうとう壁が背中についてしまう。もう終わりだと誰もが思った瞬間、目の前が輝きだし全員を暖かい光が包む。これが、光系の高等魔法だと気づいた時には、ブラックホールは消滅していた。
「こんな魔法の使い手がいたとはねぇ。たかが人間だと、甘く見てしまったかぇ?」
そう言ってロージーは魔法を放った人物を鋭く睨み付けるが、相手からは何の反応も得られなかった。
「主、何者かえ?」
「ただの占い屋だよ。」
答えるルーシーは荒く息をしており、その一言を言うので精いっぱいという様子だった。そして、ルーシーは一度だけ深呼吸をすると片手を天へと突き上げる。すると、そこに光の槍が生まれた。
「まさか…」
それを見てロージーは呆然と呟いていた。
ルーシーは気に留める様子もなく、投げるように腕を振り下ろす。すると、ロージーに向けて光の槍は一直線に飛んでいった。光の槍が当たる寸前、ロージーの体が霧散して消える。
「これは、分が悪い。またの機会にさせてもらうかねぇ。」
ロージーの声だけが部屋に響いていた。
「逃げるなっ!卑怯者!」
「挑発なんぞ無駄なことを…クックック…。…でもそうじゃのぉ、せっかくだからお土産を置いていこうかえ?」
ライトの言葉にロージーは笑うと、姿は見せずに2体のモンスターを召喚した。鬼のような形をしているが、前にルーシーが戦ったモンスターより大きく、比べ物にならないくらいの負のオーラを身にまとっていた。
「もし、次会うことがあれば、また相手してあげようかねぇ。」
ロージーの笑い声だけがしばらくの間、部屋にこだましていたが、それが止むと今度はモンスターの雄叫びが部屋へと響いた。モンスターはすでに呪文を唱え終わっているのか、空間にピリピリとした静電気のようなものが生じていた。もう1体は風の魔法を完成させたのか、部屋の中に風の流れも感じる。2体が同時に魔法を放つ。体勢が整っていないライトたちは動けず、立ち尽くす。ライトたちの少し前で、ルーシーが片腕を横に広げる。すると、全員の前に薄い光の層が生まれた。モンスターの放った魔法は、その光に当たった瞬間に霧散して消えてしまう。
「前衛は任せろ。」
カルムは横切る瞬間にルーシーへと声をかけ、間髪入れずに1体のモンスターへと駆け出した。判断力・洞察力・剣術全てにおいて、他の誰よりもカルムは飛び抜けていた。その彼に遅れてライトとチェルも、あわてて武器を構えて駆け出す。
1体をカルム、もう1体をチェルとライトで相手していた。戦況としては、やはりカルムの相手している方がよりダメージを負っているようだったが、チェルたちも負けてはおらず、しっかりとモンスターにダメージを与えている。
「カルム!」
ルーシーが叫ぶと、カルムが大きく後退する。すると、間を置かずに雷撃がモンスターを襲った。森で放った雷撃と同じ魔法だったが、以前の比ではないくらい魔力量が高く、その一撃で1体は動かなくなった。
そして、チェルたちが息を荒げながらもダメージを与えていたモンスターへと、カルムが双剣を一閃させるとモンスターは倒れたのだった。
「やったのか?」
チェルが周りを見渡してほっと安堵の息をつく。ライトは両ひざに手をついて肩で息をしていた。
ヒュッ...
「…っ!?」
「ギャッ!!」
チェルの言葉に返そうとライトが顔をあげた瞬間、目の前を氷の矢が横切った。矢の飛んで行った先を見ると、蝙蝠の形をしたモンスターが突き刺さっている。そして、そのまま塵になり消えた。
魔法を放った人物に、お礼を言おうとライトが反対に向き直ると、魔法で作られた弓を引いたルーシーが、膝から崩れ落ちるところが目に映る。状況に気づいていたカルムが、崩れ落ちる前にルーシーをしっかりと抱きとめていた。その様子にライトはドキリとし、女好きのチェルは羨ましそうな様子を見せた。そんな彼らは、ルーシーのフードをカルムが目深に被せ直したことに、気づくことはなかった。
温かい。ルーシーはそう感じていた。まるで、お日様に当たっているかのようなぬくもりある温かさだった。魔力をかなり消耗したために起こるめまいの中、それだけ感じることが出来た。
「今は動くな。」
カルムは背負ったルーシーが意識を取り戻したことに気が付くと、そう声をかける。
彼女はその言葉に従い、再び気を失った。