3.洞穴
次の日の朝、ルーシーたちは日の出とともに、「フローウェイ王国」に向けて
出発した。
「フローウェイには森を出て、山沿いの街道を歩くのが一般的な行き方なんだけど…、もっと早く行きたいなら後ろの山にある洞穴を歩けば、山を突っ切っていけるよ。どうするかい?」
「洞穴で行こうよ!」
ルーシーの問いにライトが答えて、全員が異論なしと頷いたのだった。
「うわぁ…真っ暗で何も見えない!すげぇ!」
「おいおい、そんなにはしゃぐなよなぁ。」
楽しそうなライトに、はぁとため息をつくチェル。
「ここはちゃんとした道じゃないから。坑道とかだと明かりがあるんだけどねぇ。…。『光よ』。」
呪文を唱えて解き放ったルーシーの目の前に、光の珠が生まれた。光の珠はあたりをぼんやりと照らしている。
「これで問題ないね。」
「ルーシーって魔法使えるんだねっ!?」
驚いたのはライトだった。この世界で魔法を使えることはそこまで珍しくはない。高等魔法クラスだったら、世界に数人しか扱える人間はいないから、注目もされるだろうが、ルーシーが使用したのは低級魔法だった。だから、驚かれたことにルーシーは戸惑う。
「あぁ、こいつのことは気にすんな。こいつさぁ、魔法使いたいって言ってカルムに習ってたんだけどよぉ…全くダメだったんだよ。」
「こんなに素質がない奴は初めてだ。」
何やら昔のことを思い出したのか、頭が痛いという風に手を当てて、ため息をつくカルムだった。一方、ライトはむぅと頬を膨らます。それを見たティーナがクスリと笑い、ライトはさらにむくれたのだった。
それから一行は洞穴を進んだ。モンスターは少なく、サクサクと進むことができ、あと少しで出口というところまで来ていた。そこは、今までの細い道とは違い、道が開けて広い場所になっていた。
「反対側に見える道を進めば出口だよ。」
「待て。何か来る。」
ルーシーの言葉に、駆け出そうとしたライトをカルムが手で制した。カルムとチェルはあたりの気配を伺っている。全員の耳に何かが地面を這いずるような不気味な音が聞こえてきた。全員が息をのむ。
「来るぞ!」
カルムが叫ぶのと同時に、足元の地面がボコりと盛り上がった。そして勢いよく、音の主が地面を突き破って飛び出してきたのだった。
左右に分かれるように全員が飛び退く。少し遅れたティーナはライトが庇う形で何とか、攻撃を躱した。
「大丈夫?」
「えぇ、ありがとう。」
ライトに差し出された手を取り、体を起こしながらティーナは目の前に現れたミミズのような形をしたモンスターを見る。ミミズとは言っても大きさが普通のものと違っていた。今、彼らの目の前にいるのは、10メートルはあろうかという巨大ミミズだった。大きな体の先には大きな口。口には鋭い歯のようなものが密集しており、あれで噛まれたらひとたまりもないだろうことは、想像が容易い。
ズズズゥ・・・
鳴き声なのか不気味な音を立てている。
一撃で獲物を仕留めるつもりだったのか、モンスターは戸惑い動けない様子だった。これはチャンスと、カルムの合図で、左からはカルムとライト、右からチェルがそれぞれ技を繰り出し、攻撃する。魔道師2人は、それぞれモンスターから距離を取り呪文を唱える。モンスターの弱点が炎だと分かり、2人は低級魔法を連続で発動させていた。
「でかいと思ったけど、大したことないじゃん!」
「戦闘中に油断するなっ!」
隣で剣を振るっていたライトにカルムの叱咤が飛ぶ。大丈夫大丈夫、とカルムが最後の一撃と大きく振りかぶって、モンスターに叩き込もうとしたが、剣で虚しく地面を叩くだけに終わる。モンスターは地中へと潜ってしまったのだ。再び、ズズズゥという不気味な音だけが、部屋に響き渡る。
ほとんどが警戒して動けずにいる中、ルーシーだけはティーナの方へと駆け出していた。部屋の中央を突っ切る形になってしまうが、モンスターの動きを考えるとこれが最善だった。カルムの舌打ちがルーシーに聞こえてきたが、今はそれどころではないと、かける足を止めなかった。
ズズッ...
嫌な音はルーシーの予想通り、ティーナの目の前で聞こえ、間を置かずに先程と同じようにティーナの足元の地面が盛り上がった。飛び出してきたモンスターを咄嗟に避けたティーナは、着地に失敗して転んでしまった。2度も不意打ちを躱されたモンスターは怒り狂ったようにうねってから、ティーナに向かって襲いかかる。だが、ティーナが食べられるよりも前に、短剣がモンスターに突き刺さった。突然の激痛にモンスターは頭を上げて体を激しくくねらせる。そして、短剣の持ち主へと体を向け、大きな口を開けて襲いかかる。
「残念。『炎よ!』」
ルーシーの言葉に反応したように、モンスターに刺さっていた短剣が炎を上げて小さな爆発を起こす。
衝撃で仰け反るモンスターに向かって駆け出すルーシーは、後ろに回り込むとモンスターの体を踏み台にして、高く跳躍した。モンスターは最後の力を振り絞って、ルーシーへと大きな口を開けて襲いかかる。このまま落ちると、モンスターの口の中という状況で、ルーシーはもう一本の短剣をその口の中に放り投げた。短剣はモンスターの口の中に吸い込まれる。そして、腹の中で爆発を起こした。
ルーシーはと言うと、唱えてあった空間移動の魔法で部屋の端へと移動していた。
目の前で粉々になり塵となったモンスターを、全員が呆けたように見るのだった。
「すごい...魔術師でもあんな戦い方が出来るのね...。」
ティーナが感嘆の声をもらした。ルーシーはどうってこともない様子で、投げた短剣を回収していた。
「みんな無事みたいだな。じゃあ、とっととこんなところ出ようぜ。」
チェルの言葉に全員が頷いたのだった。
その日の夕方のうちに一行は「フローウェイ王国」へとたどり着くことが出来た。
「僕は宿にいる。」
そう言ってカルムは早々に立ち去ってしまった。
「あいつ、協調性がねぇよなぁ。」
「まぁ、良いじゃん。カルムらしいよ。…で、俺たちはどうする?」
チェルの言葉にライトは気にしてないといった様子で答えると、ティーナの方を振り返る。
「私は王様に、水晶の遺跡への立ち入り許可をもらってくるわ。この時間ならまだ間に合うから。私一人の方が話も早いと思うから、ライトたちは宿で待っててくれる?」
「うん。分かった。」
ライトは答えて、お城へと向かうティーナを見送った。
「ねっ、ルーシーはフローウェイに来るのは初めて?」
「いや、何度かあるよ。」
ライトの問いに素直にルーシーが答えると、なぜか悲しそうな顔をするライト。それを見て意味を理解したルーシーは付け加えた。
「ただ、最近は来てないからねぇ。街の雰囲気も変わってるみたいだし、案内お願いできる?」
「うんっ!!」
ただ街を案内したかったライトにチェルはやれやれとため息をついて、付き合うことないんだぜ。と、ルーシーにだけ聞こえるように言った。
「良いんだよ。たまには街をゆっくり見て回るのも良いさ。」
「俺は疲れてるからさっさと宿屋で寝たいぜ。」
そう言いながらも付き合ってあげるあたり、チェルはやはりお兄さんなのだろう。
フローウェイ王国の土地は広大で、豊かな自然に囲まれていた。それであるにもかかわらず、家を密集させて王国にしては狭い城壁の中で暮らしている。家と家は隣り合っており、レンガ造りでなかったら騒音でトラブルが起きそうな近さだった。だが、この街で騒音を気にする者はいないかもしれないと、ルーシーは思う。街には露店がこれでもかと並んで賑わい、メイン通りでは人がすれ違うのもやっとなくらいだった。観光客や冒険者、商人など様々な人が行きかっている。ライトに案内されながら、ルーシーは色んな場所を巡っていた。
ふと、ルーシーは気になったことを口にする。
「ねぇ、ライトやチェルの家族はこの街に住んでないの?」
「俺たちは孤児なんだ。こいつとも血の繋がりはないんだ。」
チェルはポンとライトの頭に手を置き、答える。
「ご、ごめん。」
「気にすることなんてねーぜ。俺たちは両親の顔も知らないんだ。それに、ティーナの母親が俺たちの親代わりだったからな。父親は居なかったけど、あんまり、寂しいとは思わなかったなぁ。」
「シェリナさん、とっても優しいって記憶はあるだけど、5歳の頃にいなくなっちゃったから、顔が朧気で…」
あははと、笑うライトは少し寂しそうな顔をして頭を掻いた。でも、すぐにグッと手を握って拳を作ると、やる気の満ち溢れた顔をする。
「だから、早く見つけ出したいんだっ!ルーシー、手伝ってくれてありがとうね!すごく心強いよ!」
「本当にな。ありがとよ。」
2人にお礼を言われて、少し申し訳ない気持ちになる。ルーシーの目的は別のところにあったからだ。ロージーの事を確認したいというのが、ルーシーの目的だった。シェリナの事がどうでも良いとは思っていなかったが、少しだけ後ろめたく感じていたのだった。
ただ、彼女の予想が当たっていれば、全員の目的は一致するはずだったが、こればかりは水晶の遺跡に行ってみないと分からなかった。
街を満喫したルーシーたちが宿に戻ったのは陽も暮れて、あたりが酒を飲む人たちでにぎわい始めたころだった。
「だいぶ遊んだようだな。」
開口一番にカルムに言われて怒られるのかとドキッとしたが、彼はそれ以上何も言わなかった。
「遅くなってごめん。楽しくてつい。」
と、頭を搔いて謝るライトに、「明日に響かせるなよ。」とカルムは忠告するだけだった。
「明日?ってことは…」
「えぇ、遺跡に入る許可が下りたわ。」
ライトの言葉に、先に宿へ戻っていたティーナが嬉しそうに答える。
「ここから水晶の遺跡へはどうやって行くの?」
「おいおい、お前この国出身だろ?それくらい知っておけって。」
ライトの問いにチェルが額に手を当てて、やれやれと左右に頭を振った。そして続ける。
「ここから南に向かって歩いて半日ってところだ。魔光石を保管してある場所だから、確か簡単に入れないような仕掛けがあるはずだ。」
「それなら大丈夫よ。王様から'解呪の石'をもらってきたから。」
チェルの説明に答えるティーナは、首から下げていた石を手にして見せる。それは、青い宝石が埋め込まれたまるでブローチのようだった。その宝石には魔力が込められており、遺跡内の必要な個所でかざすと、先に進めるようになっているとティーナが説明してくれた。
「早朝には出発したいのだけれど…」
「もちろん!!じゃあ、今日は早く寝よう!!」
「ばかっ!お前、飯が先だよっ!お前に振り回されて、こちとら腹ペコだぜ。」
今にもベッドに飛び込んで寝ようとするライトに、チェルのげんこつが落ちる。そのやり取りにルーシーやティーナは笑う。ずっと黙ってやり取りを見ていたカルムだったが、彼もまた口元が綻んでいた。