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16.最終決戦


大きな扉はカルムたちを迎え入れるように、近づくと勝手に開いた。そして、部屋へと招き入れる。部屋の中は簡素な造りで、そこそこの広さはあったが先ほどの部屋に比べたらこじんまりとしていた。部屋の中央には台座があり、その床には魔を払う術式が刻まれている。しかし、光の魔光石(まこうせき)が置いてあるはずの台座には何もなかった。


「待ちくたびれたぞ。」

部屋には先客がおり、退屈そうに空っぽの台座に腰を掛けていた。

「ロージー…」

静かな怒りと悲しみの混ざったの声で、名を呼ぶのは姉であるルヴェルディだった。

「もうこんなことは止めるんじゃ。主の生は終わったのじゃ。怨念なんぞ残すとは、どれだけ水月の民を(おと)めるつもりかや?」

「また、説教かぇ?いつもそう。姉さんばかりが正しく、皆に信頼される存在。」

「そんなことは…」

ロージーに言われてルヴェルディは思い当たることがあったのだろう、言葉を詰まらせてしまう。昔から、出来の良い姉と比べられ、ロージーは生きづらい人生を送っていた。だから、今まで誰もやったことがない、偉大な功績を残そうと研究に没頭した。そして、禁忌(きんき)を犯したのだ。


「姉に当たってんじゃねーよ。禁忌を犯したのはお前の問題だろう。」

「貴様ら人間に何が分かる!?」

「ケッ、そんなの分からないし分かりたくもないね。」

チェルは言って鼻で笑うと、ルヴェルディもつられて笑ってしまう。もう過去のことなのだ、いくら後悔しても時が戻る訳ではない。


「さて、その体、返してもらおうかね?」

ルヴェルディが言って一歩前に出ようとして、ロージーが鋭く睨む。

「動くでない。忘れたのかい?こちらには人質がいることを…。それに、姉さんが動けば、この体は一生戻ってこないよ。」

「チッ…卑怯な奴め!」


魔を払う術式を発動されるのをロージーは恐れたのだろう。ルヴェルディの動きを止めてから、彼女は腕を広げるとルーシーが姿を表した。カルムは忌々しそうにロージーを睨み付ける。

「さてと、ルーシーや。あの者たちを殺して水の魔光石を奪っておいで。人間が憎いのだろう?」

言われたルーシーは光のない瞳でカルムたちの方を見る。

「ルーシー!!」

ライトが名前を呼んでもルーシーの反応はない。


片手に短剣を構えるとカルムたちに向けて駆け出した。5対1でどうみてもルーシーの方が不利なのに、彼女は怯む様子もなく突っ込んでこようとする。まさか彼女を攻撃する訳にもいかず、避けるだけで反撃を誰もが出来ずにいた。

その様子を見て、ロージーは心の底から楽しんでいるようだった。

「悪趣味な奴だぜ!」

「いつまで持ちこたえられるかねぇ?」

チェルの言葉にもロージーは余裕の表情を見せた。


バチッ…


静電気より遥かに大きな電流が流れると、カルムたちの上に雷が落ちた。全員が膝をつき、痺れて動けなくなる。ルーシーはゆっくりとルヴェルディの方へと歩いていく。

その前にカルムが立ちはだかった。腿から血を流している彼は、自分の剣で足を切りつけて、その痛みで痺れを解いていたのだ。

「ルーシー、止めるんだ。」

「…。」

カルムの言葉に返答はなく、ルーシーは軽く手を上げて振り下ろす。


バチンッ!


先程より威力はなかったが、再びカルムを雷撃が襲った。


クッ…


痛みに顔を苦痛で歪ませるが、彼は持ちこたえる。


バチンッ!


何度もカルムへと雷撃が降りかかるが、彼は崩れることなく彼女の前から退かなかった。すると、ルーシーの腕が上がったまま動かなくなる。


「…い…や。」

ルーシーの口元が動いたように見えた。何を言っているのか聞き取ろうとして、カルムはハッとなる。ルーシーの瞳から涙が一筋流れ落ちていた。

「もう…い…」


「いけませんねぇ。」


ルーシーの言葉は、ドゥクルスの声に阻まれてしまう。

「こういうのは興醒(きょうざ)めですよ。」

再びドゥクルスの声がして、ルーシーの真後ろに姿を現わす。咄嗟(とっさ)にカルムはルーシーの腕を引くと、ドゥクルスから庇うように彼女を後ろに下がらせた。


ドスッ…


ルーシーは瞳に映る光景に、ピクリと反応した。目の前にあるカルムの顔に手を伸ばすとその頬に触れる。

「ルー…シ……ゴホッ!」

声を出そうとして、カルムは大量の血を吐いた。ゆっくりと、ルーシーは下へと視線を落としていく。

彼の胸からは大量の血が滴り落ち、床を真っ赤に染めている。ルーシーの瞳に光が戻る。彼女の瞳には、ドゥクルスに胸を貫かれたカルムの姿がはっきりと映った。


「あらあら、おかしいですねぇ。ルーシーさんを貫くはずだったんですが。」

そう言うと、手を抜き血を振り払う。すると、支えをなくしたカルムはルーシーの前で崩れ落ちた。


「い、いや…カルム…」

ルーシーは慌てて、回復魔法を唱えるとカルムにかけるが、血は止まることなく、床を赤く染めていく。


「い、いや…だめっ…」

必死に手で傷口を抑えるが、血は止まらない。すると、カルムが手をルーシーの頬に当て、少しだけ口元を緩めた。ルーシーの涙がカルムの頬に落ち、流れ落ちる。

「…正気に…戻った…な。…良かっ…た…」

そう言うとカルムの腕が落ちた。

「いやあぁぁぁ!!!」


「人間のなんと弱いことか。こんな事くらいで死ぬなんてねぇ。」

クックックと笑うのはロージーだった。面白い余興だと言わんばかりにくつろいだ様子で、眺めている。

「ドゥクルス。水の魔光石を持っておいで。」

ロージーの言葉にドゥクルスがルヴェルディの方へと視線を動かそうとして、何かを感じ取り動きを止めた。


ブンッ


何か風のような衝撃を受けたと思ったドゥクルスは、自分の腕が無くなったことに目を疑った。正確には、ルーシーの放った光魔法によって腕を切り落とされたのだ。落ちた腕は灰となって消えてしまう。ハッと我に返ったドゥクルスは、命の危険を感じ取り、先ほどと同じ転移魔法を唱えようとして、ことばを失った。まるで首を締めあげられているかのように、息ができない。ルーシーは風の魔法で空気を操り、詠唱できないようにしていた。ドゥクルスは苦しみもがき、その場から離れようと背を向けて逃げ出そうとするが、ルーシーが振り下ろした手によって真っ二つに引き裂かれた。


ルーシーは静かに立ち上がると、ロージーの方へとゆっくりと歩きだす。さすがに、高位の悪魔を赤子同然に簡単に殺されたのを見て、ロージーも息をのんでいた。その隙をルヴェルディは見逃さず、唱えていた転移魔法で魔法陣の前に転移した。


「小癪なっ!!」


魔法陣に魔力を注ごうとしたルヴェルディへと我に返ったロージーが襲い掛かるが、その動きが止まる。先ほどと同じ息ができない様子だった。


「ダメじゃ!!殺してはならぬ!!」


魔方陣に魔力を注ぎながら、ルーシーの方に顔だけ向けて叫ぶが、彼女はまるで聞こえていない様子だった。


「誰か!!ルーシーを止めるんじゃ!!」


ルヴェルディの声に反応したライトとチェルは駆け出し、ルーシーの腕を取り引き離そうとして、吹き飛ばされてしまう。ルーシーが腕を横に薙ぎ払うと、ロージーの頬が浅く切り裂かれる。ロージーがその様子に怯えるかと思いきや、声を上げて笑いだしたのだ。


「これは面白いねぇ。このまま私ごとこの体を切り裂いたら、そこの娘はどう思うかね。…見れないのが残念でならないねぇ…」


ロージーの笑い声は部屋に不気味に響き渡る。ゆっくりとルーシーの腕が頭の上まで上げられる。あとは振り下ろすだけ、振り下ろせばドゥクルスと同じように真っ二つになる。挑発的なロージーの笑みに、ルーシーは怒りだけがこみ上げてくる。


“ダメだ…”


後ろから抱きしめられたような感覚に、ルーシーは動きを止める。ルーシーの目からは涙が再び溢れる。


「…カルム…」


止めたのはルーシーの妄想だろうか。彼女が名前を呟くと、それは消えてしまう。ルーシーはその場に崩れ落ちた。チャンスとロージーが目の前のルヴェルディへと手を伸ばすのと、ルヴェルディが魔法陣を発動させたのは同時だった。

「!?」

ロージーが咄嗟に陣から抜け出そうとしたが、すでに遅く発動した魔法により動けなくなっていた。光に覆われて眩しさに全員が目を細める。シェリナの体からロージーの魂だけが抜けていく。魂も怨念のようなどす黒い色から、徐々に浄化されているように色が薄くなっていった。光が消えると、シェリナの体が支えをなくし崩れ落ちる。慌ててティーナが駆け寄り、母の顔を覗き込む。


「お母さん!!」

「大丈夫じゃ。気絶しておるだけじゃ。」


ルヴェルディの言葉にホッと胸をなでおろす。ルヴェルディはライトとチェルに視線を移す。2人とも吹き飛ばされただけで、他にケガはなさそうだった。一番の問題はと、ルーシーへと視線を戻すと、そこに彼女の姿はなかった。ハッとし、ルヴェルディはカルムの倒れた場所を振り向く。そこには、カルムの前で膝をつくルーシーの姿をとらえることが出来た。彼女は何やら呪文を詠唱している。ルヴェルディはその声に集中し呪文の内容を把握しようとして、ハッとする。


「ルーシー!止めるんじゃ!!」


ルヴェルディの声は届かず、ルーシーの詠唱は止まない。ルヴェルディは慌てて駆け寄り、ルーシーの詠唱を止めるために肩を掴もうとして、弾き返される。駆け寄ってきたチェルも同様に跳ね返されて戸惑いの表情をルヴェルディに向けた。


「今度は何なんだ…。」

「ルーシーが今唱えているのは…蘇生の魔法じゃ。」

「!?」

「じゃあ、カルムは助かるの!?」


ライトも近寄りルヴェルディに驚きと嬉しそうな顔を向けるが、彼女は対照的に複雑そうな難しい顔をする。


「何か問題があるのか。」

「前に言うたであろう!…この魔法は禁忌じゃ。」


チェルが聞き、ルヴェルディの答えに全員が複雑な表情になる。ルーシーがこの魔法を成功させれば、カルムは甦る。だけど、ルーシーは禁忌に触れ処刑される。どちらかの命しか助けることが出来ない。


「わっちはルーシーを助けたい!」


そう言うとルヴェルディは魔法を唱え始める。彼女が唱えるのは沈黙の魔法で、一定時間魔法を使えなくするものだった。魔法を完成させ、後は発動するだけ、ルヴェルディはルーシーの顔を見て躊躇(ためら)った。このまま、カルムが死んでしまえば、彼女は生きる意味を失ってしまうかもしれないと感じたのだった。


“全く、姉さんは甘いよね。”


頭に直接響く声に、ルヴェルディは辺りを見渡すが姿は見えない。


「わっちはどうしたら良いんじゃ…」

“私を利用すればいいじゃないか。”

「じゃが…」

“私はもう死んだ身だよ。禁忌に触れたお(とが)めが1つ増えたところでどうってことないだろう。”

声は穏やかなもので、笑い声も懐かしいものだった。ルヴェルディは瞳から流れそうになる涙をぬぐうと、唱えていた呪文を解消した。

“そう、それで良いんだ。ありがとう。…それと、ごめんね、姉さん。”

「全く、手間のかかる妹じゃよ。」


姿の見えない声に、ルヴェルディはそう呟くと、ロージーの声はルーシーに合わせるように呪文を唱える。ルーシーの魔力にロージーの魔力が合わさり、膨れ上がった。ルーシーの魔法が完成する。ぶわっと魔力が外へと溢れだした。それをカルムへと注ぎ込むように、両手をカルムの胸へとかざした。溢れる魔力は底なしなのかと思えるほど、膨大だった。魔力が生む風圧にルヴェルディ、ライト、チェルは後ろに下がり、2人の様子を見守っている。どのくらい時間が経っただろうかと、チェルは額に浮かぶ汗を拭って、緊張からため息が漏れた。さらに時間が経過し、徐々に魔力量が減っていき、ふっと、風圧も消えた。そして、ルーシーは力尽きると、カルムの胸へともたれ掛かるように気を失った。


すると、驚くことにカルムが目を覚ました。ボーッとする視界に何度も瞬きをして、ルーシーが倒れていることに気がつくと慌てた様子で、上半身を起こした。


「ルーシー!?」

「すぐに目が覚めるとは…相当な魔力を注いだんじゃな。ロージーの魔力が合わさったからかの。」

声に反応したように、顔をそちらに向けるカルム。

「ルヴェルディ、これはどうなっている?」

戸惑うカルムにルヴェルディは心配ないと、告げる。

「ルーシーは魔力を使い果たして、眠っているだけじゃ。」

「大丈夫なのかっ?」

「主はよく慌てるのぅ。」


クスクスと笑うルヴェルディの様子から、命の問題はないのだと理解したカルムは、自分の膝の上で眠るルーシーの頬を手で触れる。ふと、手についた自分の血を見て、まじまじとドゥクルスに貫かれた自分の身体を見渡すが、傷1つなくなっていた。


「ルーシーに感謝するんじゃな。」


言うとルヴェルディはカルムに顔を近づけて、耳元で囁くように続けた。


「主を生き返らせるために、禁忌を犯したのじゃ。」

「!?」

「この事はここだけの話しにしんす。」

まわりを見渡して言うルヴェルディに、ライトとチェル、ティーナが頷いた。

「禁忌を犯したのはわっちの妹ロージーじゃ。奴は2つもの禁忌を犯した重罪人じゃな。」


わざとらしく言って、ルヴェルディはシェリナの様子を見に行ってしまった。

再び、カルムは眠る少女を見る。寝息が聞こえてきて、彼女が生きていることを実感し安堵の息が漏れたのだった。


その後は、ルヴェルディの魔法でフローウェイ王国まで、魔法で移動した。こんな魔法があるなら最初からそれで移動してくれよと、チェルが抗議したが、ロージーと戦う前に消費はできないと返されて、チェルは何も言い返せなかった。


今回のことは、ロージーの長年の恨みや妬みが増幅され怨念となり、引き起こしたのだろう。増幅された邪気が祓われて、本来のロージーの姿に戻ったのが、あの時に聞こえた声だったのだろうと、ルヴェルディは考えていた。


そして、ティーナの母、シェリナも数日後には意識を取り戻し、久しぶりの母との再開にティーナは涙して喜んだのだった。





そして、一月の時が流れた。





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