15.白銀の遺跡
その後、すぐにウォータニンフを出発したカルムたちは、白銀の遺跡までの道のりをあまり苦もなく進むことが出来ていた。ルヴェルディはルーシーと違い完全に魔道だけ長けており、近距離戦はからっきしだったが、魔力は誰よりも秀でていて、詠唱速度も速く戦力としてはかなり高かった。そして、年の功なのか、誰とでも上手く連携して魔法で援護したり攻撃したりと、カルムですら見事だと感心していた。
こうしてカルムたちは、白銀の遺跡があるというウィンダス山脈へとたどり着いた。
「寒っ!!」
両手で自分の腕を摩りながら、チェルは叫ぶ。山を登るにつれて気温はどんどん下がるばかり。防寒着を装備していたが、雪の積もる山は足からも体温を着実に奪っていた。
「ルヴェルディは寒くないのか?」
隣を歩くルヴェルディにチェルが体を震わせながら尋ねる。すると、彼女は何でもない事の様に、手のひらを見せてチェルに差し出す。
「なんだよ?」
怪訝な顔で何も乗ってない手を見つめる。触ってみろと言われて手を近づけた。
「何だこれ!?あったけー!」
「火の精霊じゃよ。」
チェルの目には見えなかったが、ルヴェルディの手の上には火の精霊がいるらしく、彼女はそれで暖を取っているようだった。ずるいとチェルが言うと、ルヴェルディは手にいる精霊と何やら会話を始める。そして、苦笑交じりにチェルを見る。
「女の子限定なら良いと言うておる。主はダメじゃと。」
「何だよそれ。」
ふて腐れて、もういいぜ。と、そっぽを向いてしまうチェルに、ルヴェルディは悪戯に笑っていた。
「女装でもしんす。」
「嫌なこった。」
「それは残念じゃの。」
そう言うとルヴェルディは、ティーナの方にポンと何かを放るような仕草をした。ティーナは戸惑っていたが、手で受け取るような形を取ると、その手が突然温かくなってさらに驚いた様子だった。苦笑するルヴェルディに精霊だよと説明されたティーナは、手の方を見てよろしくね。と、笑顔を見せる。
「さっさと進むぞ。」
カルムに叱咤され、一行は再び雪山を登り始めたのだった。
「ねえ!あれなんだろう?」
ライトの言葉に全員が視線をそちらに向ける。そこには、でっかい雪の塊にしか見えない何かがあった。
「あれが白銀の遺跡じゃ。」
「え?あれが?」
ルヴェルディに言われて、ライトが驚いたように雪の塊を眺める。しばらく歩いて近くなってくると、確かにそれは雪の塊ではなく、遺跡が雪に覆われていることが分かったのだった。白銀の遺跡はその名の通り、太陽の光を浴びると覆われた雪が輝き見えることからその名がつけられていた。
「へぇ、あれが白銀の遺跡かぁ…」
「…さて、白銀の遺跡の中は危険じゃ。気を引き締めなんし。」
チェルの寝ぼけたような声に、ルヴェルディは背中をバシッと叩くと喝を入れた。
遺跡の中は何ら他の遺跡と変わりはなく、入るとすぐに広い部屋になっていた。先に続く道は見当たらない。ルヴェルディの話だと、部屋の中央に足を踏み入れると、魔法が発動して遺跡の最深部へと続く道が開かれるのだとか。とりあえず、全員で部屋の中央まで歩みを進めて立ち止まる。
「何も起きないね?」
「そうだ…なっ!?」
ライトの言葉にチェルは答えようとして、足元が輝きだしたことに驚きの声を上げる。床には紋章が浮かび上がり、魔法が発動したことが分かる。そして、次の瞬間には違う空間へと飛ばされてしまっていたのだった。
眩暈のようなくらっとする感覚が残る中、揺れる視界が落ち着いてくると、自分独りだということにカルムは気づく。辺りを見渡してみるが、誰もいない。罠は都度変わるとルヴェルディが言っていたが、まさか全員をバラバラにされるとは思っていなかった。もしかしたら、自分だけが一人なのかもしれないと考えたが、答えは出なかった。
道は1本しかない。前に進むしかなさそうだと、カルムは歩き始めたのだった。
しばらく通路のような細い道を歩いていると、扉が見えてくる。扉の前で立ち止まるカルムは、躊躇いなく扉を押して中へと入っていった。
「これは…」
部屋の中は、故郷にあった自分の部屋になっていた。もう戻りたくもないと思っていた場所のはずなのに、見ていて何だか懐かしいなと感じてしまう。
カルムは父親から力がすべてだと教わり、5歳にはもう剣を持ち稽古に明け暮れていた。父親に認められたくて必死だったことを思い出すと、カルムはフッと笑ってしまう。
だが、その父親が彼を認めることはなく、国の滅びとともに死んだ。彼の生まれた国は彼が10歳の時に滅んだのだ。感傷に浸っていると、突然気配が生まれて剣を構えるカルムだったが、その人物を見て驚き唖然とする。
「どうしたの?お化けでも見てるみたいな顔して…」
そこにはルーシーが手に料理を持って立っていた。カルムは警戒を解かずに、彼女をまじまじと見つめる。
「ちょっ、ちょっと、何?な、なんか変?」
ルーシーが恥ずかしそうに言って、自分の体が変じゃないかと見ている。
カルムは徐々に状況を理解して、これが幻影であると認識した。
一通り自分の体をチェックして何ともないことを確認したルーシーは、料理が冷めてしまうとカルムに座るよう促す。
「ほら、食べようよ。せっかく作ったんだから。」
カルムは促されるままに椅子に腰かけると、ルーシーが作った料理を口にする。幻影なのに味がするとは不思議だなと思わず笑ってしまう。
「どう?結構うまくできたと思うんだけど…」
言葉とは矛盾して自信なさそうな顔で言うルーシーが何だか可愛く、カルムは口元を綻ばせる。まずいならまずいと言ってよ。と、ふて腐れるルーシーを見て、カルムはいやと首を左右に振る。
「…おいしい。」
「本当!?なら良かった。」
カルムの言葉に嬉しそうに笑うルーシーは、カルムの願望の中のルーシーであって、本物とは違うんだろうなと感じていた。だが、これも悪くはないなと、カルムが微笑みを向けるとルーシーの頬が染まり照れたような笑顔を見せる。ドキッと胸が鳴り、さすがにこれは反則だとカルムは項垂れた。
いくら願望の中のルーシーであっても、傷つけたくはないとカルムはご飯をすべて食べてから、席を立った。
「どこへ行くの?」
「僕は先に進まなけらばならない。」
「行く必要ないよ。ここにいれば良い。」
出口を探そうと動くカルムの手をルーシーが掴む。
「すまない。待っている仲間がいるんだ。行かなければ…」
「ここにいれば、何にも悩む必要なんてないよ。」
「ルーシーを助けないと…」
「何言ってるの?私ならここに…」
「違う。」
言い切りルーシーの手を解くと、部屋に扉が出現していた。カルムはそちらに向かって歩みを進めようとして、ルーシーが再び手を取り引き止める。
「ダメ!行かないで!」
「…。」
カルムは振り向くと、彼女は涙を流していた。それは彼の胸を痛ませた。
だが、彼は彼女の手を振りほどくと扉を開くのだった。
部屋を出ると今度はだだっ広い部屋へと出てきた。辺りには誰もいない。
「はぁ…」
誰もいないことに、カルムは少しだけ安堵してため息をついた。理由は、頬の火照りを見られたくなかったからだった。まさか、幻影に出てくるくらいにルーシーのことを考えていたことに自分でも驚いていた。
「どうしたのかや?」
「…!?」
急に声をかけられて胸が跳ねる。後ろを振り返るとそこにはルヴェルディが立っていた。
「なんじゃ?そんなに慌てて。」
「い、いや何でもない。」
「…主にしてはここに着くのが遅かったのぅ。主なら幻影をすぐに見破ると思ったのじゃが。」
問うルヴェルディは何かに気が付いたように、ニヤリと嫌な笑みを向けてくる。
「主をそこまで夢中にさせるとは、ルーシーも隅に置けんのう。」
笑うルヴェルディにカルムは、せっかく落ち着いた頬を再び朱色に染めることになったのだった。
そんなやり取りを2人がしていると、ライトが部屋へとやってきた。
「あっ、カルム!」
カルムを見つけるとライトは駆け出してこちらへと向かってくる。ライトが現れたのはカルムとルヴェルディとは部屋の反対側で、部屋の真ん中を突っ切ろうと駆けてきた。
「あっ!来てはダメじゃ!!」
ルヴェルディが声を上げたときにはすでに遅く、ライトは部屋の中央付近で立ち止まった。部屋にはとても大きな扉がカルムの左手、ライトにとっては右手にあった。その扉の両隣にはこれまた大きな石像が、門番の様に剣を地面に突き付け、ものすごい形相で侵入者がいないかと睨み付けていた。その瞳がギロリとライトをしっかりと捉えていた。すると、ゴゴゴゴゴ…と、ものすごく大きな地鳴りが聞こえて、石像が動き出す。
「ええーーー!?」
ライトが驚きの声をあげ、ルヴェルディは額に手を当ててやれやれと頭を痛そうにしてため息をついた。石像は地面に突き刺さった剣を持ちあげて引き抜くと、ライトに向けて振り下ろす。ライトは大きく後ろに飛んだが、石像の一撃は大きく、風圧で吹き飛ばされてしまう。だが、すぐに体制を立て直すと、右側の一体へと駆け出した。カルムとルヴェルディは魔法を唱えて放つ。 1体に2人の雷撃が直撃した。
「効いてない?」
「チッ…魔法無効の呪がかかっている。」
ライトの声に、カルムが悪態つく。これだと、高等魔法クラスを唱えないと厳しいのだが、石像の広範囲の攻撃は詠唱を妨げる。簡単な魔法くらいなら詠唱なしで発現できるルヴェルディだったが、さすがに高等魔法を詠唱なしでは魔力消費が半端ない。この後の戦いに備えて、できるだけ魔力を温存しておきたかった。
カルムなら1人でも石像1体くらい相手を出来るが、ライトだけでは心もとなく厳しい状況だった。せめて、前衛がもう一人いれば良いのだが、姿を現す気配はない。
カルムとライトで石像の攻撃を引きつけつつ、ルヴェルディに高等魔法を詠唱してもらうしかなく、カルムも前へと駆け出す。1体を引きつけ、攻撃を躱していたカルムは、もう1体が詠唱していることに気が付かなかった。魔力のないライトは魔力に反応することはできない。
カルムの目の前にいた石像が大きく振りかぶり剣を振り下ろすところを、大きく後ろに飛んで躱す。しかし、着地した足場がぐにゃりとゆがみ土でできた手が伸びてカルムの足を掴んだ。足を掴まれたカルムは、剣で掴んでいるそれを叩くが、ガッチリと掴まれてしまった足は外れず動くことが出来ない。そこへ石像の2撃目が襲い掛かる。剣で受け止める姿勢を取るが、この石像の一撃を耐えられるか難しいところだった。
“バチッ!!!”
石像の剣が魔法に阻まれて、カルムは攻撃から免れた。
「大丈夫?」
聞きなれた声に、部屋の奥へと視線を送るとそこには、ティーナの姿があった。いつの間にかチェルの姿もあり、1体をカルム、もう1体をチェルとライトで引き付けた。
そして、ルヴェルディの魔法が完成し、カルムを狙った1体へと魔法を発動させた。
「氷よ!」
力ある言葉に反応して冷気が辺りを覆い始める。ピシッと亀裂が入るような音がすると、一気に冷気は膨れ上がり、石像1体を丸ごと氷漬けにしてしまった。
ライトとチェルでもう1体を足止めしていたが、相手の大剣に翻弄されているようにも見えた。そこへ、ティーナの魔法が完成し、雷撃が石像を襲った。彼女が放ったのも高等魔法だった。さすがは一級魔導士の娘だと、ルヴェルディは感心する。本来、高等魔法は普通の魔導士で扱うことは難しいとされていた。これを扱える魔導士は世界に数人といない。
雷撃によって動きが鈍くなった石像へと、カルムが剣を一閃すると腕が落ちた。関節部分を狙って切り落としたのだ。それを見て、ライトとチェルも足や腕の関節部分を狙って武器を振るう。全ての手足を落とされた石像は動かなくなった。
「何とかなったー」
安堵の息を漏らしたのは、石像を動かした本人だった。
「主はもう少し考えて行動した方が良いのぅ。」
ルヴェルディの言葉にライトはごめんと謝る。
「あの扉の奥が最深部じゃ。準備はいいかや?」
ルヴェルディの言葉に全員が頷いた。