13.霊獣 ウォルム
森が少し開けたところに姿を現したライトたちの前に、巨大な狼が姿を現した。
「おいおい、これって…」
「あぁ、聖獣だな。」
「だよなぁ…」
チェルが嫌そうな声で言って、カルムが言葉を返すとチェルは大きなため息をついて落胆した。どうみても、相手はこちらを敵と判断したようだった。怒り狂った目で睨み、吠えると突進してくる。魔法も同時に発動してくるので厄介な相手だ。
しかし、全員がそれを器用に躱していく。その様子を見ていたルヴェルディは唖然としていた。なぜなら、誰も武器を構えないのだ。誰一人としてウォルムを攻撃しようとしなかった。
「おい、これどうしろっていうんだよー!槍で足止め…」
「ダメだよっ!ルーシーの友達じゃ、攻撃できないよ!」
チェルの言葉にライトが非難すると、じゃあどうすんだよっ!!と、チェルの叫びが森に響いたのと、人影が飛び出してきたのはほぼ同時だった。
「光よ!」
力ある声に反応して光の珠がウォルムの目の前に生まれる。眩しく輝くと、彼の視界を奪った。
「今のうちじゃ!」
その声にライトたちは森の中へと駆ける。
「あっ!おまっ…」
「ルヴェルディじゃ。人間よ。」
走りながらチェルが抗議の声を上げようとして、ルヴェルディは遮る。木々が生い茂る場所まで走り、木の陰に身をひそめた。
「今は奴をどうするかを考える方が先決じゃと思うがの?」
「え?さっきので逃げ切れないの?」
「一時凌ぎにすぎん。奴の鼻はよう効くからの。」
「ゲッ…」
ライトの問いにルヴェルディがこたえると、チェルは落胆する。
「どうしたら良い?」
「主らの中で魔法を使えるものは?」
ルヴェルディの問いに手を上げるのはティーナにカルム、それにチェルだった。ふむ、と顎に手を当てて考えるとルヴェルディは徐にフードを下した。すると、水色の髪と黄金の瞳が露になり、カルム以外は、驚きの目を向けた。髪は肩で切り揃えられており、整った顔立ちに切れ長の目は鋭い印象を与える。一見、ルーシーより幼いように感じるが、鋭い目つきが、長い時を生きてきたように感じさせていた。
「魔力をわっちに渡しんす。」
「!?」
「心配せずとも、しばらくすれば魔力は回復する。なくなる訳ではない。...それとも、水月の民には渡せんかや?」
「渡した魔力をどうするつもりだ?」
「奴にかかった呪いを解くんじゃよ。」
そう言うとルヴェルディはウォルムがこうなった経緯を話し始める。
「ウォルムが凶暴化したのは半年くらい前じゃ。あやつの前に突然、女が現れてのぅ。ウォルムに呪いをかけたのじゃ。それからじゃ、あやつが凶暴化して人を襲い始めたのは…」
「その女性って?」
「ちょうどお主と同じ色の目と髪じゃな。ウェーブのかかった長い髪で、年の頃は40くらいかの?」
「お、おい、それって…」
「私の母の特徴と一致します。」
チェルの言葉の続きをティーナが引き継ぐように答えると、ルヴェルディはそうかと納得した様子だった。
「ウォルムにかけられた呪いが、わっちでも解くことができんくてな。わっちが解けない程の魔力と言うことは、水月の民が絡んでると考えておった。…つまり、あやつがロージーだったと言うことなんじゃな。それなら、納得できる。あやつはわっちよりも、魔力が高かったからのぅ。まぁ、お前さんたちの魔力を上乗せすれば何とか解けるじゃろ。…と、あやつがわっちらを探し始めたの。」
ハッと逃げてきた方角を見てルヴェルディは言ってから、どうするかや?と全員の顔を見た。すると、ティーナが何のためらいもなく、ルヴェルディに魔力を注ぎ込む。カルムもそのあとすぐにそれに倣った。2人の様子を見ていたチェルだったが、ため息を一つついてルヴェルディに魔力を注ぐ。
一番驚いていたのはルヴェルディ自身だった。
「魔法を唱えている間、時間を稼いでもらえるかや?」
魔力をもらったルヴェルディが言うと、ライト、カルム、チェルは頷き、こちらに向かって来ていたウォルムへと向かって駆け出す。魔力を渡してしまったため、魔法は使えず時間を稼ぐのも中々に困難だった。だが、カルムの的確な指示でウォルムがルヴェルディをターゲットにしないようにして、何とかルヴェルディが魔法完成するまで踏ん張ることが出来た。
『レリース!』
ルヴェルディの言葉に反応するように、ウォルムの足元に魔法陣が生まれる。すると、負のオーラとウォルムが引き剥がされ、オーラは霧が晴れるように霧散して消えた。ウォルムの殺気が消える。すると、ウォルムはその場に座り込み眠りについた。疲れているのだろうと、ルヴェルディは言って、何やら空を見て誰かと話をしていた。
「精霊じゃよ。」
「精霊さんたち何だって?」
ライトが聞くとルヴェルディは意外そうな顔をしてから答える。
「ウォルムは見ておくから心配ないって言っておる。」
やれやれとルヴェルディは大きなため息をついてから、再び口を開く。
「湖に行くのじゃろ?」
「!?なぜそれを…」
「昨日からずっと見張っておったからの。」
途端に警戒するカルムは何が目的だ?と言わんばかりの顔を向けるので、ルヴェルディはやれやれとため息をついた。
「主らがあまりにも馬鹿が付くほどのお人好しだったんでな、様子を見ても良いかと思ったんじゃ。…もちろん、ルーシーに何かしたらわっちがタダでは置かんがの。」
ルヴェルディはそういうとニコリと微笑むが、目は笑っていなかった。それに、チェルがぶるっと震える。ルヴェルディはチェルなど気にも止めず、ティーナの方を向く。
「主、わっちに聞きたいことがあるんじゃろ?なら、まずはルーシーの誤解を解いてやらんとな。」
「お前が言うなよなぁ…」
ルヴェルディの言葉にチェルはため息交じりに疲れた声で言うのだった。
約束の場所にルーシーの姿を見つけ、駆け寄ると彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。その顔は一日でこんなにというくらい窶れて、目も赤く肌もボロボロだった。カルムですら声をかけるのを躊躇ってしまうくらい、鋭く睨むルーシーにルヴェルディが自ら歩みを進める。
「ルーシー。すまんのぅ、主のためと思うて、わっちが殺される幻影を見せたんじゃ。お主が人間と離れた方が良いと思ってな。」
「…。」
ルーシーは何も反応しない。まるで魂が抜けているようだった。
「じゃが、こやつら飛んだお人好しじゃな。主の言う通り信じても良いかと思えた。じゃから、主の頼みも聞こうと思うておる。」
それでも何も返さないルーシーにルヴェルディは一抹の不安を覚えて、焦りの色を見せた。
「ルーシー、何か言ってくりゃれ。」
ルヴェルディは言って、ルーシーの手を取ろうとした。
パシッ
その手は払い除けられた。ルヴェルディは一瞬何が起こったか分からず、目を白黒させる。だが、彼女の口元が動くのが見えてそちらをじっと見る。
「…ない…ん。」
「何じゃ?ルーシー聞こえん。」
「信じられるわけないじゃん!!」
バッとこちらを凝視するルーシーの表情は正気の沙汰とは思えなかった。
「誰あんた?ルヴェルディは死んだんだよっ!幻術でした?私をだますつもりならもっとましな嘘つけないの!?」
「ルーシー?お主…」
ルヴェルディとカルムは何かに気が付いたように、彼女の周りに漂う負のオーラに目を凝らす。そして、ルヴェルディはハッとした。
「ロージー…」
「どういうことだ?」
後ろにいたチェルがルヴェルディに問うが、答えは別のところから返ってきた。
「クックック…やっと、気づいたのかぇ?」
湖の真上に突如として現れたのは、ティーナの母の姿をしたロージーだった。
「魔導士としての腕が鈍ったんじゃない?ねぇ…姉さん?」
「姉さんって…」
「あやつはロージーはわっちの妹じゃ。」
ロージーの言葉に戸惑いを見せるライトたちだったが、ルヴェルディの言葉を聞いて驚愕した。
「役者はそろったかぇ。あとは舞台を用意しないといけないねぇ。」
妖艶な笑みを浮かべるロージーは、わざとらしく唇に手を当てて悩んでいるように見せる。そして、思いついたかのように笑顔をこちらに見せた。
「…白銀の遺跡が良いかねぇ。」
パンッと手を叩くと、ルーシーが消えてロージーの横に再び現れる。
「ルーシーを返してほしければ、水の魔光石を持って白銀の遺跡においで。」
そう言うと、ロージーはルーシーとともに姿を消してしまったのだった。