12.絶望
「ルーシー!?」
崩れ落ちるルーシーをカルムは支えると、ルーシーに向かって叫ぶが、返事は返ってこない。目は開かれているのにどこを見ているのか分からな状態だった。
「貴様、何をした?」
カルムが睨み付けるのは、ルーシーにルヴェルディと呼ばれた女だった。
ルヴェルディはフードを目深に被っており表情が一切見えない。ライトとチェルは武器を構え相手の攻撃に警戒しつつ、ルーシーを庇うように前に出て立っていた。ティーナはルーシーに回復呪文をかけてみるが、効果はない。
「ルーシーとこれ以上かかわるのは止めなんし。人間と水月の民が関わるのは争いごとの種になる。わっちは、それを伝えに来ただけじゃ。」
それだけ言うとルヴェルディは森の奥へと消えてしまう。カルムたちは彼女を追いかけたくても、ルーシーの状態が分からず動くことが出来なかった。
ルーシーが目を覚ますと、辺りを見渡す。陽が沈み始め、薄暗く不気味な森に、ティーナの姿を捉えた。ティーナもルーシーに気付き、駆け寄る。近づいてくるティーナを見て、ルーシーの顔はみるみる恐怖の色に変わった。
「ルーシー!目を覚ましたのねっ。良かった。」
「い、いやあぁぁぁ!こ、こっちに来るなっ!」
まだ体調が悪いのかと、ティーナが手を差し出すと払い除けて、叫び後退るルーシー。
急な叫び声に慌てて駆け付けるライトたちも、彼女の様子を見て茫然とした。彼女はまるで化け物でも見たかのように、彼らを見て怯え切っていたのだ。
「どうなってんだ?」
チェルの声にビクンッ!とルーシーは体を震わせる。
「分からないわ。起きたから声をかけただけなのに。」
「ルーシー?」
「ひッ!」
ライトが名前を呼んで手を差し出すと、ルーシーはあろうことか腰の短剣を抜いてライトを切りつけて飛び退った。
「さ、触るなッ!わ、わた、私も殺すんだろッ!」
「お前なあ、冗談にも限度ってもんがあるだろっ!!」
チェルが怒鳴るとやはりビクつきさらに後退る。ライトは切れた手をティーナに回復してもらうと、大丈夫だよとチェルをなだめた。
ガサッ・・・
足音にライトたちが後ろを振り向くと、見回りをしていたカルムがいた。
「何があった?」
「それが…」
「死ねえぇぇぇ!!」
全員がカルムの方を向いており、ルーシーから目を離した瞬間だった。彼女は手にした短剣をティーナに向けて振り下ろす。
キンッ…
金属がぶつかる音が不気味な森に響き渡った。
カルムは咄嗟に、ティーナの腕を引き後ろに庇うと剣を引き抜き短剣を受け止めていた。ルーシーが本気で殺そうと短剣を振るったのが、受けた手の感触から感じ取れて、カルムは戸惑う。
「ルーシー、何があった?」
「うるさい!うるさい!うるさいっ!!!」
力任せに短剣を振るうルーシーの攻撃を躱しながら、カルムはどうしたら良いかと考えを巡らせる。
「ルー…」
「黙れっ!この野蛮な人間がッ!ルヴェルディの仇だッ!!」
言葉を一切聞こうとしないルーシーに、カルムは自分の剣を捨て短剣を手で握り掴み取る。手からは血が滲み腕へと流れ落ちた。
「ルーシーっ!!お願いだから聞いてくれッ!!!」
カルムの叫びに、ルーシーだけでなくその場にいた全員が驚き固まった。
「ルーシー、何があった?まずそれを教えてくれ。」
「…何があっただって?ルヴェルディをあんな無残に殺しておいて何言ってんの?」
「殺した?僕たちがか?」
カルムは分からないといった表情をしている。よくもまぁ、そんな白々しい嘘がつけるものだとルーシーは嘲る。
「腕と足を切り落として殺していたよ。それも、とても楽しそうにね。忘れたとは言わせないよ。」
「何言ってんだよっ…」
「ややこしくなるから黙っていろ。」
口を挟もうとしたチェルを制して、カルムは静かな声で続ける。
「…見間違いではないのか?」
「止めに入ろうとした私を、チェルとティーナが邪魔したんだ。見間違うはずない!」
カルムは押さえる手に力を加えて、暴れそうになるルーシーを止めた。
そして、先程の戦闘を思い出す。
カルムはルヴェルディが詠唱していた呪文に、違和感を感じていたのだ。詠唱後に雷撃が落ちだが、あれは雷の呪文ではなかった。今の話を聞いて、疑問が解ける。
「ルーシー、ルヴェルディは死んでいない。おそらくだが、彼女の幻術魔法で見せられたまやかしだ。」
「それを、信じろって?」
ルーシーの瞳がいぶかしんでいるのを見て、カルムは諦めたように小さくため息をついた。
「信じてほしいが、無理だろうな。」
カルムは寂しそうに言って首を左右に振った。それを見て、ルーシーは鼻で笑う。
「当たり前…信じるわけないでしょ。」
「ならば、本人を君の前に連れて来れば信じてもらえるだろうか?」
死んだ者をどうやってと、嘲笑うルーシーから何故か一筋の涙が流れた。
「ルーシー?」
カルムが聞くと、ハッとなりルーシーは呟くように言葉を紡ぐ。
「明日の日没…それまでに、森にあるもう一つの湖に連れてきたら信じるよ。湖の場所はルヴェルディが知っているから。彼女が生きていれば着けるでしょ…生きていれば…ね。」
そう言って、ルーシーは短剣から手を離して呪文を唱えると、消えてしまう。暗くなった森は残された彼らを静かに見守っていた。
彼らはその日、そこで野営をした。森が太陽の光で白み始めると、すぐにルヴェルディを探しに出発したのだった。
ルヴェルディは去ったように見せかけ気配を消し、ライトたちの後を追っていた。ルーシーにかけた幻術は、カルムの言った通り、自分がライトたちに殺されるというものだった。このまま、今日の日没までに自分をルーシーの前に連れて行けなければ、彼らの関係も終わる。森でばったり遭遇してしまっては意味がなかったので、あえて彼らの後をこっそり尾行していたのだった。こちらの方が見つかる心配がないと彼女は考えていた。
だが、その企みは崩れてしまう。
ウォルムが彼らの前に姿を現したことにより…