10.再会
水の都『ウォータニンフ』は森の中にある大きな湖の上に浮かんでいるような、小さな村だった。その湖と森林が織りなす幻想的で美しいこの村は、普段なら観光客で賑わっている。だが、今は観光客の姿は見えず、閑散としていた。
「人、いないねー。ここ、観光の名所なんでしょ?」
ライトがルーシーに問いかけると、そのはずなんだけど…とルーシーも首をひねった。
「村人に聞けば分かるだろう。」
「じゃあ、そこの店で聞いてみよーぜ。」
カルムの言葉にチェルが指を差した先には、観光客向けの土産屋があった。ライトが走って行き、店の前にいた年配の女性へと声をかける。
「おや、珍しいね。外から人が来るなんて何か月ぶりだい。」
「俺たち、ディーバレイスから来たんだけど…全然人いないね。何かあったの?ここって有名な観光地なんでしょ?」
「なんだい、あんたたち知らないのかい?このあたりの森に、凶暴なモンスターが現れて、人を襲うようになっちまったのが原因さ。幸い死人は出てないようだけど、観光客はめっきり来なくなっちまったよ。」
「モンスターの特徴とかって分かるかい?」
ルーシーの質問に、店の人はもちろんさと、頷いた。
「ウールフと言って、狼みたいな姿をしたモンスターだよ。しかも、かなり大きいって話だ。あんたたちも、森を歩くなら気を付けるんだよ。」
店の人に礼を言って、ルーシーたちはその場を後にした。
「モンスターだってよ。そんなのがいるところに、お前の知り合いはいるってのかよ?」
「うーん。多分?」
「おいおい、適当だな。」
チェルの言葉にルーシーは曖昧に答えて笑う。
「…うーん、そのモンスターなんだけど…多分知り合いだと思うんだよね。」
「え!?ルーシー、モンスターの知り合いがいるの!?」
ライトが目を輝かせてルーシーを見る。
「知り合いって言うか友達?ちなみに、モンスターじゃなくて聖獣なんだよね。」
「聖獣。聞いたことはあるわ。でも、聖獣って数が少ないし、それに…性格は穏やかだって聞くわ。だから…その…」
「村人の話と合わないよね。」
友達と言ったルーシーを気遣ってか、言い辛そうにするティーナ。その言葉をルーシー自身が引き継いだ。
「理由は分からないけど、何かあったんだと思う。名前はウォルムって言ってね。モフモフでふわふわの可愛い奴なんだよ。」
ルーシーの言葉に今度はティーナが目を輝かせる。
「だから、何か理由があると思うんだよね。それも調べてみようかと思うんだけど…良いかな?」
ルーシーが聞くと全員が頷いたのだった。
まだ陽が高いこともあり、とりあえずルーシーは独りで森の中を探し歩くことにした。ライトたちは村でもう少し聞き込みをして、明日から本格的に森を探すことになっている。
森は静かで、小鳥たちの囀ずりが心を落ち着かせてくれる。木々からの木漏れ日が心地よく、ウォルムのことがなければ、いくらでも昼寝ができそうだとルーシーは思う。
そんなルーシーは昔の記憶を辿りながら、ようやく目的の場所を見つけることが出来た。森が開けて湖が見えてくる。そこには、1つの人影と精霊の姿が見えた。小柄な人影はこちらに気が付き振り向くが、外套をスッポリと被っており表情は見えない。ルーシーはニッと笑って手を振る。
「なんじゃ、ルーシーかや。久しいのぅ。」
「良かったよ。すぐ見つかって。」
「何かあったのかや?」
つれない挨拶じゃな。と、呟きながらも、心配そうに尋ねるあたりが昔と変わっていないと、ルーシーはなんだかほっとした。
湖の前で2人は並んで腰掛けた。湖にはウォルムのせいで数を減らしていたが、まだ少し精霊が残っているようだった。精霊たちは、楽しそうに仲良く遊んでいる。そんな風景を見ながら、ルヴェルディはルーシーに尋ねる。
「それで、わっちになんのようじゃ?観光にきた、という訳じゃなさそうじゃな。」
「うん。…。」
「何じゃ?珍しいのぅ…」
煮えきらない様子のルーシーを見て、ルヴェルディは不思議がっていたが、何か思い付いたようにクスリと笑って続ける。
「やーっと、夫でも出来たかや?」
「ち、違うよっ!それに、やーっとって何だよっ!」
「わっちは主の育て方を間違えてしもうたかのぅ…この歳にもなって恋人すらまともにいたことないんじゃ…わっちはひ孫の顔を見れるのかのぅ…シクシク。」
「ルヴェルディだって同じようなものじゃないか。他人のこと言えないでしょーが!」
「そうじゃったかの?」
とぼけるルヴェルディは、コホンとわざとらしく咳払いすると続ける。
「…と、冗談はさておき、どうしたんじゃ?主らしくもない。」
「実は…今さ、人間たちと旅をしてるんだよ。」
まさかと、驚いた顔をルヴェルディは向ける。
「そんなに驚かなくても良いだろっ。」
「いや、驚くしかないじゃろ。」
ルヴェルディが驚くのも無理はない。彼女の知るルーシーは、人間嫌いだった。というのも、人間に両親を殺され、自身も迫害を受け、死にそうなほど心身ともに弱っていた。それを、放っておけなかったルヴェルディが、彼女を保護したのだ。
その当時のルーシーは、まだ本当に幼かった。比べてルヴェルディはすでに100歳を越えていたので、孫を育てる親のような気持ちで、彼女に接していた。
この世界で生きるためには、人間との共生は必須だと、ルヴェルディは彼女に教えようとしたが、これがなかなかに難しく骨が折れた。ルーシーは人間に対して、相当の恐怖心を植え付けられてしまっていたのだ。あの手この手とルヴェルディは何とかしようと尽くしたが、尽く失敗していた。
そして、最後の手段として教えたのが変化の魔法。最初は自分が嫌う人間の姿になることを嫌がっていたが、何度も変化をしているうちに自分の一部となったのだろう。徐々にだったが、彼女は人間を受け入れられるようになっていた。必要以上に関わりはしないようだったが、自分の特性を生かして占い師になるくらいには、人間と関われるようになっていた。
それがいつの間にか、人間と一緒に旅をするようになったとは…ルヴェルディは驚くしかなかった。
「ねぇ、ルヴェルディ。…ロージーが生きていたって言ったら…どうする?」
ルーシーの言葉に、ルヴェルディは再び驚かされる。
「まさか、奴は死んだはずじゃ。」
「私もそう思ってたよ。でも、実際に見たんだ。」
「会ったのかや?」
「…うーん、会ったとは言っても、身体はロージーのものじゃなかったよ。魂となって取り憑いている、という表現が正しいかもしれない。」
「それは、どう言うことじゃ?」
ルヴェルディが聞くので、ルーシーはこれまでの話を、順を追って説明したのだった。カルムたちに水月の民だと正体がバレていることは伏せて。
「そうか…」
一通り話し終えるとルヴェルディは、うーんと難しい顔をして黙ってしまう。静かな時間が流れる。ルーシーは精霊たちを眺めながら彼女の言葉を待つことにした。
「…主の話からして、ロージーの魂が怨念となってこの世に留まり続けておるのじゃろうな。」
「それを解く方法…つまり、えーっと、ティーナの母シェリナの身体と、ロージーの魂を引き離す方法はあるのかい?」
「ある。」
ルヴェルディの答えに喜ぶルーシーはじゃあ!と、勢い良く返そうとして、ルヴェルディに止められる。
「いくら主の頼みでもそれは聞けん。」
「なんでっ!?」
「なんでってのぅ…忘れたのかや?水月の民は人間に嫌われておる。人間と共生しなければいけないとは、言ったがのぅ、関わりすぎるのもまた、危険じゃ。」
ルヴェルディの言葉は間違っていない。いくらロージーが元凶とはいえ、人間の水月の民への行いは非道だった。
「でも、彼らは違うんだ。」
「なぜそう言い切れるのかや?」
「皆…私が水月の民だって知ってる。だから…」
「今、何と言いたかや。」
ルヴェルディの気配が怒りのものに変わったことに気付き、ハッと口元を押さえるルーシーはしまった!という顔をしてルヴェルディの方を見る。手が拳に握られており、それがわなわなと震えているのが見て分かった。
「…人間に正体をバラしたじゃと?主、何を考えているのかや?」
静かな物言いだが、明らかに怒っているようだった。
「彼らは他の人間とは違うよっ。」
「人間は皆同じじゃ!わっちら水月の民を売買し、暴力を振り、虐殺する。何人もの水月の民が酷い目にあっているのを見ておるじゃろ!それなのに、正体を…水月の民だとバラしたじゃと…何を考えておるんじゃ!!?」
「待ってルヴェルディ話を…」
「話なら聞いておる。今は普通に旅をしておるんじゃろ?」
「そう。だから…」
「今は、利用価値があるから利用しているだけで、ロージーを払ったらどうなるのかや?まさか、同じように生きていけると思っているんじゃなかろう?」
ルヴェルディはあざけ笑うと、一度大きなため息をついて少し心を落ち着かせているようだった。
「わっちは主が生きるために、人間とのある程度の共生は必要じゃと話した。じゃが、それは人のふりをして生活に必要なものを手に入れるためじゃ。水月の民だと正体を明かして、人間と仲良く生きるなんて事を教えた覚えはありんせん!!」
バッと、ルヴェルディは徐に立ち上がると、ルーシーに背を向けて森の方へと歩き出す。
「ちょっ、ちょっと!どこ行くんだよっ?」
「主の目を覚まさせてやるんじゃ。そやつらが死ねば主の目も覚めるじゃろ。」
「!?」
振り向き答えたルヴェルディは再び森の…ウォータニンフの村の方へと向き直ると何やら呪文を唱え始めた。その呪文を理解したルーシーが慌てて立ち上がり、彼女の元へと駆ける。だが、タッチの差で彼女の呪文が完成し、フッと彼女の姿が揺らいで消えてしまう。転移の魔法だった。おそらくはウォータニンフへと飛んだのだろう。ルーシーも慌てて同じ呪文を唱えて、村へと急ぎ戻った。