9.武闘大会④
全員がハッとなり、聞き覚えのある妖艶な声の方を向けば、そこにはロージーの姿があった。
「ロージー!!」
カルムの怒声が響く。
対するロージーはつまらなさそうに、ため息を付いた。
「魔光石も手に入ったことだし、少し遊んでいこうかねぇ…」
そう言うとロージーは、手に持った真っ黒な石を弄ぶように眺める。すでに、ディーバレイスの魔光石は奪われてしまっていたのだった。
クソっ!と、悪態つくチェル。その様子を見て、ロージーはクスリと笑う。そして、呪文を唱え始めた。させまいと、カルムが間合いを詰めるが、魔障壁により阻まれる。誰も手が出せず、ロージーは呪文を完成させる。
すると、彼女の目の前に紋章が浮かび上がり、すらりとした男が現れる。
「…悪魔召喚。」
ルーシーが息をのむように呟いた。悪魔はロージーへと膝をつき敬意を払う。
「ドゥクルス。私を楽しませてもらおうかねぇ。」
「仰せのままに。」
恭しくお辞儀をしてから、ドゥクルスは立ち上がると、ルーシーたちの方に向き直った。そして、こちらにも軽く会釈をする。
「ドゥクルスと申します。…と、ここで死ぬ相手に名乗っても仕方ないですかね?」
「なんだとぉ!!」
悪魔の挑発に、チェルは怒鳴り槍の柄を地面へと叩きつけた。
「まぁまぁ、そう怒鳴らないでください。…それに、あなたの相手は私ではありませんから。」
そう言うとドゥクルスは姿を消し、ティーナの後ろへと姿を現した。
「!?」
腕を上げスッと下すと、カルムとチェル、それとライトとティーナとルーシーの2つに魔障壁のようなもので分断されてしまった。
「流石に私1人で5人相手に戦うのは、少々厳しいので分けさせて頂きました。」
「おいッ!ふざけるなッ!!」
と、ドゥクルスによって張られた結界の向こう側で叫んでいる。
「戦いの最中に余所見とは…」
突然の声に、チェルの真後ろに気配が生まれると、チェルを魔法で吹き飛ばした。
「チェル!」
ライトの叫びに、すぐ立ち上がったチェルは大丈夫だと言って現れた悪魔に向けて槍を構えた。ドゥクルスとは違い完全な人の姿ではなく、所々人と違った形をしていた。おそらくは、ドゥクルスよりも階級が低い悪魔なのだろう。
「すぐに殺してはつまんないから、手加減したが…次はどうかな?」
クスクスと笑って殺しを楽しんでいる、という雰囲気だった。
「あなたとカルムさんの相手は彼、ゴーレスです。そして、ライトさんたち3人は私が相手になりましょう。」
ゴーレスは姿を消すと、気配までも消してしまう。隙なく構えるカルムに対し、チェルには隙があるようで、そこを狙ってゴーレスは姿を現しては攻撃する。チェルに攻撃する瞬間を狙ってカルムも動くが、カルムの刃がゴーレスに届く前に姿を消してしまう。
「こちらも始めましょうか?」
そう言うとドゥクルスの殺気が一気に膨れ上がった。空気がピリピリしている。ライトとルーシーはそれぞれの武器を構えるとドゥクルスへと向かって駆け出し、ティーナは呪文を唱え始めた。ドゥクルスはライトとルーシー2人の攻撃を余裕で躱していく。そこへ、ティーナの完成させた魔法が発動した。ピリッとした静電気が走るのを感じ、ライトとルーシーは合わせてドゥクルスから距離を取った。次の瞬間、ドゥクルスへと雷撃が落ちる。
「やったか!?」
ライトが叫ぶと、そこへまた静電気が走る。
「危ないッ!」
ルーシーは叫ぶと同時にライトを突き飛ばす。
「…っく!!」
「ルーシー!!」
ルーシーへとティーナが放ったのと同じ魔法が落ちる。だが、威力はその比ではなかった。
その場に崩れ落ちるルーシーにライトが駆け寄る。
「…だ、大丈夫。」
立ち上がると武器を構え直し、ドゥクルスに向き直る。ティーナは急ぎ呪文を唱えるが、ドゥクルスが手を上げると雷がティーナへと降りかかる。彼女の詠唱は中断されてしまった。悪魔もまた無詠唱が可能だった。この状況はまずいとルーシーは唇を噛む。
どうするかと考えていた時だった。ふと、フローウェイ王国でのカルムの言葉を思い出した。そして、フッと笑みがこぼれてしまう。
「自暴自棄ですかね。」
笑ったルーシーを見て、ドゥクルスはおやおやと首をかしげる。
「いや、考えるのバカバカしくなってね。」
ルーシーはそう言って呪文を唱える。ドゥクルスが魔法を放つ前にそれは完成した。
「まさか…これは驚きましたね。」
「ルーシー…」
水色の髪、月のような瞳を見て、その場にいた全員が驚いているようだった。それは見物していたロージーも一緒だった。
「ライト、一気に片付けるから前衛頼むよっ。」
ルーシーが言うと、ライトはいつも通りに返事をして、ドゥクルスへと向かっていく。ライトの様子を見てティーナも詠唱を始めた。ルーシーも呪文を唱え始めると、ドゥクルスはさっきと同じように詠唱を中断させようと魔法をルーシーに向けて放つ。だが、低級魔法程度ではルーシーの魔障壁は破壊できない。これは困りましたね。と、手を顎に当てて考える。
ルーシーの魔法が完成し、光の高等魔法を発動した。ルーシーの目の前に出現した光の珠はどんどん膨れ上がるように大きく広がっていく。それはドゥクルスが張った結界すら越えて巻き込んでいった。ドゥクルスは瞬間的に移動し、ロージーの前へと現れるとここは引きましょう。と彼女の手を恭しくとる。そして、ともに姿を消してしまった。
残されたゴーレスだけが光魔法で灰となった。
ドゥクルスが消えたと同時に、空間が元に戻り観客たちの声が戻ってきた。慌てて、ルーシーは呪文を詠唱するが、それよりも先にフィールドにかかっている魔法の効果が発動してしまった。呪文は完成したが直接的な魔法は形を変えてしまうため、ルーシーの変化魔法はうまく発動しなかった。慌てるルーシーの頭の上にバサッと黒い布がかけられる。それがカルムのマントだと分かり、ホッとしたルーシーはマントを被るようにして立ち上がり、隣にいるカルムへとお礼を言ったのだった。
結局、ルーシーたちは試合を棄権した。すでに、悪魔たちとの戦いでボロボロだったし、目的の魔光石もすでにロージーのもとに渡ってしまっていたから、戦う意味もなかった。
会場から離れるとルーシーは呪文を再び唱えて、人の姿に戻った。そして、ルーシーはマントをカルムに返すと、カルム以外のまじまじと見る視線に気が付き困ったように笑った。
「宿屋で話すよ。」
ルーシーの言葉にライトとティーナ、チェルは無言のまま頷く。
「で、どこから話そうかね?」
うーんと、悩むルーシーは順を追って少しずつ話をした。
自分が水月の民であること、ロージーのこと、そしてティーナの母親がロージーに乗っ取られているだけであることを説明していった。基本的にはみんな黙ったまま聞いていたが、ティーナの母親の話をした時だけは、ティーナは喜びで涙が溢れていた。
「じゃあ、次はウォータニンフってところに行けば良いのね。」
ティーナは嬉しそうな様子でルーシーに確認して、彼女が頷くとライトとチェルを振り向いた。
「良かったな、ティーナ。これで、母親を助けられるぜ。」
「ねぇ、ルーシー。ウォータニンフまでどれくらい?」
などと、次はどうしようかと話をしてる3人を見て、ルーシーは唖然とした。
「ね、ねぇ…それよりみんなは、水月の民ってこと気にならないの?」
ルーシーが問いかけると3人に不思議そうな顔を向けられた。そして、ライトが口を開く。
「うん?だって、ルーシーはルーシーでしょ?」
「今さら言われてもピンと来ねーよ。それに俺は姿をはっきりとは見てないし。」
「私も、気にならないわ。ロージーは怖いけど、それと水月の民全部が悪いとは思わない。さっきは驚いたけどね。」
それぞれに答える3人を見て、ルーシーは困ったようにカルムを見ると、カルムにほら見たことかと目で言われて、ルーシーは笑ったのだった。