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《デスマロン》をゲットし、リキリキから《栗》を分けてもらって、《よろず屋》に帰ってきた。
ミッションクリアの成果はあったけど、結局、レアムとははぐれたままだ。
夜露津さんは《デスマロン》と《栗》を受け取って、黙ったままキッチンに行ってしまった。
ちなみに、夜露津さんは複雑な文字の書かれたお札のようなものを手や足のあちこちに貼っていた。
《デスマロン》の厄除けなんだろうけど、そういうアイテムがあるのなら、ヘマタイトを探しに行く前に教えてほしかったね。
おかげで、レアムとはぐれる羽目になっちゃったし。
夜露津さんお手製の何かができるまで時間がかかりそうなので、《宝石屋》で《銀色のブレスレット》を鑑定してもらうことにした。
やっぱり、ヘマタイトだったよ。
《デスマロン》から吐き出される厄災の気を、この石が吸いこむか跳ね返すかして、ボクに厄災が降りかからないよう防いでくれてたんだ。
鑑定が済んで《よろず屋》に戻ったら、夜露津さんが皿にのった最強スイーツの《文部嵐》を手に持って、ボクを待っていた。
「……間違うなよ……これはデスマロン入りの《デス文部嵐》だ……キサマが食らうと、キサマがロクでもない目に会うぞ……」
つまり、磨呂ん五にこれを食べさせて、ロクでもない目に会わせるって作戦なんだね。
「……これを使う前に、キサマが何とかしてヤツをネコに化けされるんだ……」
そんな課題が……
うまく化けてくれるかな。
「……ヤツは足がのろい……」
夜露津さんがヒントを言い始めた。
「……ヤツを怒らせるようなことをして、ネコに化けさせるのだ……」
そうか!
ネコに化けた時に、《デス文部嵐》を食べさせれば良いんだね。
あとは、磨呂ん五を怒らせる方法を……
……
どうやったら、磨呂ん五を怒らせることができるんだろうか。
何か弱みとか無いかな。
「……自分で考えろ……」
夜露津さんは冷たく言い放つ。
協力支援も、ここまでかな。
レアムがいないことに気づいてたと思うけど、そのことには全く触れなかった。
ボクの問題だからね。
きっと、そういうことなんだ。
さあ、《デス文部嵐》を受け取って出発!
不安要素はあるけど、とにかくやってみよう。
利用客を見たことがない《ひきょう》駅で下車し、《くらやみ森》を抜けて、磨呂ん五の屋敷の前までやってきた。
大きく深呼吸してから、いざ屋敷の中へ。
いきなり現れる無駄に広い大広間の真ん中に、磨呂ん五は以前と同じように真っ白な化粧をして、細い眉毛と細い目をして、こちらを見つめていた。
そして、「マロの……」と、杓子を左右に動かしながら話し始める。
「マロの行く先に波風は立たぬ……」
再会なんだけど、磨呂ん五はまるで初めて会った時と同じような調子で言ったね。
記憶力が無いんじゃないかな。
そういう意味では、ネコ並なのかもしれないね。
「……そちの……」
「?」
磨呂ん五の熱いまなざしがボクに向けられた。
「……この前とは違う……」
何のことを言っているのかわからないけど、ボクのことを忘れてしまってたわけではなさそうだね。
「へえぇ、バカのくせに違いに気づいたんだね」
この前来たときと、どんな違いがあるのか、ボクにはわかっていなかったが、その状況を理由させてもらった。
怒らせる方法としたら、最初に思いつくのは、悪口を連発するだよね。
「相変わらずヘンな格好してさ、しゃべり方もヘンだし、バカ丸出しって感じだよね」
これで怒るかな。
怒ってくれないかな。
「オマエなんてさ、社会のハジだよ。いや、世界のハジかな。存在自体がハジなんだ。早くいなくなればいいのに」
ボクに対して、もしこんなふうに言われたら……イヤだな。
きっと落ちこむだろうな。
そんな言葉を、ヒトに向かって言い放ってる。
言ってる本人がツラくなってくるよ。
ダメだ……
これ以上、悪口を言い続けるのは、ムリかも……
でも、磨呂ん五は全く表情を変えていなかった。
悪口が利いてる感じがしないね。
と、思ってたら、すっと立ち上がり、何か呪文みたいなのを言ったら、ヤツの全身から毛が生えて、あっという間に白と黒のぶち模様のネコに変身したよ。
さっき見たネコだ。
教育組合の理事長の飼い猫の《メタ》に違いない。
よし、ここで《デス文部嵐》だ。
ヤツが大好物の栗のスイーツだ。
そっと床の上に置いて、後ろ歩きでヤツの様子を見ながら遠ざかった。
ネコは、《デス文部嵐》に飛びつき、あっという間にそれを食べつくした。
あっさり、イケちゃったね。
ヤツはその後に、思い出したようにボクをにらんできた。
ゆっくりした動作で、左前足を一歩踏み出し、しかめっ面で歯をむき出して、ボクを威嚇した。
あの顔を磨呂ん五の姿でやっているところを見てみたいな。
無表情なヤツが、ああいう変化を見せてくると、きっと印象に残るよね。
その直後に、ボクの真正面から一直線に走り始めた。
確かにネコだからね。
足が早いのは当然かな。
ボクは《ペットキャリー》の小さなフタを開けて、その入口をネコの方に向けて、置いた。
急にネコの足が停まる。
いや、停まりたかったんだろうね。
ネコは後方に首をひねり、体の向きを変えようとしていたのに、4本足はボクの《ペットキャリー》に向かって、一目散な感じだった。
そして、何よりもネコの姿であることを、すぐにでもやめたいという気持ちが強かったと思うよ。
磨呂ん五は、ネコの姿から元に戻れなくなったようだ。
なぜかって……《デス文部嵐》の影響だろうね。
夜露津さんの狙いは、磨呂ん五に呪いをかけることだったんだ。
そして、正真正銘のネコになってしまった磨呂ん五は、夜露津さんの売り文句のとおりに、ネコの方から入りたくなるという《ペットキャリー》に吸いこまれようとしているわけだ。
必死の抵抗だったけど、健闘むなしく、ネコは《ペットキャリー》に頭から入り、体が収まったところで、出入口のフタがパチリと音を立てて、閉まったのさ。
これで《メタ》捕獲のミッション完了。
ピュアウッドを呼び出したいけど、スマホのアンテナは圏外の表示。
そうだった。
ここでは、電話が繋がらないんだ。
《くらやみの森》を出て、《ひきょう》駅の近くまで戻ってきたら、アンテナが立った。
さっそくピュアウッドに電話しようとしたら、何と向こうから電話がかかってきたよ。
アンテナが立つのを待ってましたと言わんばかりにね。
「まあ聞け!」
まったくワンパターンの兄だよね。