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夜露津さんが言うように、ネコの《メタ》の正体が磨呂ん五ならば、なぜ教育組合の理事長が飼い主なのかって点が疑問だよね。
「磨呂ん五は、催眠術が使えるのだ」と、夜露津さんは続けた。
「理事長とやらは、飼い主と思わされているのだ」
なるほど。
そんな状況で、理事長が《メタ》を飼い猫と思いこんでいるなら、ピュアウッドもだまされてるってことになるね。
そうなると、10000ユニット払って買った《ペットキャリー》は役に立たないよね。
せっかく買ったのにもったいないことをした。
「そうでもないぞ」と、夜露津さんは言った。
何だろうね。
ボクが考えていることが、夜露津さんにはわかってるんじゃないだろうかって思うよね。
まあ、そういうことで良いのかな。
今に始まったことじゃないし。
「その《ペットキャリー》は、ネコならば自分から入ってくれるという代物だ」
うん、そういう売り文句で、ボクは買わされたんだよね。
「つまり、磨呂ん五をネコにしてしまえば良いのだ」
普通なら、ええーっとなって、引いちゃう場面だけど、夜露津さんが相手だと、そういうのが省略できるね。
何か方法があるんだろうなって思っちゃう。
「キサマに用意してもらいたいものがある」
夜露津さんから用意しろと言われたのは、まず《栗》だった。
磨呂ん五の大好物だから、惹きつけるのに必要だと言うのだ。
これは、まあ、リキリキだな。
あいつに頼めば、何とかなるだろう。
そして、もう一つ。
「《呪いの栗》を探すのだ」
うーむ。
これが、よくわからないね。
「《デス・マロン》は、警戒心が強いからな。不用意に触ろうとすると、どこかに飛ばされるぞ」
相手は、栗だと思うんだけど、まるで生き物のように夜露津さんは説明してくれた。
そういえば、磨呂ん五の地下牢で、祭壇のようなモノを見かけたな。
きっと、アレのことだね。
不用意に触って、どこかに飛ばされるんなら、そのまま通り過ぎて正解だったわけだ。
しかし、そんなモノを、どうやったら手に入れられるんだろう。
「……どこかに飛ばされるのは、厄災が原因だ……」
厄災か……
何か抽象的だな。
そういうのの対策って、御守とか、御札とかのアイテムを持ち歩いたりするよね。
「……キサマ……察しがいいな……」と、夜露津さん。
「……宝石屋のオヤジに相談してみると良い……」
宝石屋!
《青色のプレスレット》を鑑定してもらったね。
厄除けの石とか無いか、ちょっと行って聞いてみるかな。
相変わらずおじさんはヒマそうにしていて、すぐに教えてくれたね。
ヘマタイト。
銀色の石。
「ヘマタイトのブレスレットとかを身に着ければ、厄災が降りかかることはない」
わかったよ。
で、いくらで売ってくれるのか聞いてみたら、
「今、店には置いていない」
だった。
うーん……
困ったな……
どこに行けば手に入るのか、全く見当がつかないぞ。
「あのね」
いきなりボクに語りかける声が聞こえたと思ったら、レアムだった。
「ボクね、そういう石を見たことがあるよ。確か、桟橋の辺りに落ちていたと思う」
レアムの家から《おぐに》駅に向かった途中だね。
落ちてたって……そういえば《青色のブレスレット》も拾ったんだったよね。
誰か、そういうのを落とす趣味のヒトでもいるのかな。
まあ、何でも良いかな。
落ちてるんなら、さっそく拾いに行こう。
そこへ、ボクの決心を阻止するかのように、おじさんの声が飛びこんできた。
「ヘマタイトが手に入るのなら、そのアクアマリンは外していった方が良いぞ」
どういうことだろう?
おじさんは真剣な顔をしていた。
「アクアマリンとヘマタイトは、決して相性の悪い石ではないが、そのブレスレットの持つ力は強靭だ。そこへ、別の強い力とぶつかりあったら、身に着けてる人間の方が持たないと思うぞ」
怖いこと言うなあ。
じゃあ、せっかく拾った《青色のプレスレット》は捨てた方が良いのかな。
「ワシの金庫で預かってやろう。頑丈な金庫で、暗証番号はワシしか知らんから盗まれることはないだろう。もし必要になったなら、いつでも言ってくれ。ただし、持ち歩くのは、どちらか一つにした方が良い」
ナイスな協力支援だね。
じゃあ、お願いします、ということで、おじさんに《青色のプレスレット》を預けて、駅へ向かった。
レアムも、ボクについてきてくれてる。
ボクのことを友だちと思ってくれてるのかな。
彼女について、わからない事が多いけど、そのうち色々と話してくれるかもしれない。
こちらから詮索するのはやめておこう。
電車がやってきた。
行き先は《おぐに》。
《ひきょう》から、磨呂ん五の屋敷経由で行くのは危険だからね。
電車は、ラッシュの時間帯でもないのに、ぎゅうぎゅう詰めに混んでいた。
周りをぐるっと囲まれてるんで、窓の外はおろか、レアムの顔も見ることができない。
ちゃんとボクのそばにいてくれてるかな。
《ひきょう》に到着。
誰も降りないし、誰も乗ってこない。
結局、ドアの開閉だけして発車。
この駅、必要なのかな?
誰かは利用してるんだろうけど。
ピュアウッドの話では、この駅を慌てて降りていったヒトがいるくらいだからね。
そして、次の駅の《おぐに》に到着。
ここでも、誰も降りる気配が無い。
ヤバいぞ。
降りるアピールをしないと、そのままドアを閉められちゃう。
「降ります。降ります」
大きめに声を出しながら、ヒトを掻き分け掻き分け……
ようやく外に出られた。
プシュウと音を立てて、ドアが閉まる。
ウィーン。
女の子の悲鳴のような電車の発進音。
女の子……
あれ……レアムは?
しまった!
電車に残したままだったかも……
駅には、ボク以外には誰も見当たらない。
ボクは駅の縁っ子に立って……
遠く去っていく電車が見えなくなるまで……
茫然とそれを見つめていたんだ……