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「……マロの名は磨呂ん五なり……」
勝手に名乗ってくれてるけど、ボクはただこの辺りでネコを見たかどうか聞きたかっただけなんだけどね。
まあ、相手が名乗ったのなら、こちらも名乗っておくかな。
「ボクはサムシャイです」
「……」
無反応。
このまま用件を切り出しちゃおう。
「ネコが迷子になって……このあたりをウロウロしていないかと思って……」
「……」
さらに無反応。
しばらく待って、何も返ってこなかったら、あきらめて他をあたろう。
「……何人たりとも……」
磨呂ん五の口がぎこちなく動いた。
何を言い出すのだろうかと、耳を傾けた。
「……マロは動じぬ……」
うーむ、ナマケモノってことかな。
「……マロは……栗菓子を所望す……」
何だ、タダでは教えないってことだね。
栗菓子か……
さっきまで栗を持っていたけど、《よろず屋》に売っちゃったからなあ。
《よろず屋》にまだあるだろうか。
もしあれば、もう一度、買い戻して、ママに何か作ってもらおう。
ということで、《よろず屋》にやってきた。
店主は無口な色白のお姉さん。
今日も相変わらず必要最小限の話しかしない。
買い取ってもらった栗の話をしたら、もう使ってしまったということだった。
代わりに売りに出ていたのが《文部嵐》という教育関係者が冷静じゃなくなってるような名前のお菓子で、値段は5000ユニット。
うーん……
ボクは1000ユニットで売ったんだけど、商売人にそういう話をしちゃいけないんだよね。
お姉さんが頑張って作ってくれたんだから、その分を考えて、5000ユニットで買いました。
まあ、ボクは原材料を提供したんで、4000ユニットで買えたんだよね。
そう考えれば、お値打ちに買えたという感じで、良かったのかな。
ま、そういうことで。
さっそく《文部嵐》を磨呂ん五に持っていったら、黙々とそれを食べちゃった。
美味しかったのかどうかは、声にも顔にも出さないから、全然わからなかったね。
で、ネコの《メタ》の話を聞いてみたんだけど、結局は知らないという返事だった。
高いお金を払って、わざわざ栗菓子を買ってきたのに「知らない」は無いよね。
もちろん、ボクはごねてみたよ。
「……マロは動じぬ……」
これを繰り返すばかり。
動じないなら、乱暴もされないだろうと思って、がんがんごね続けてみた。
そしたら、磨呂ん五の細い目が一瞬大きく開いた感じがしたね。
ほんの一瞬。
すぐに戻ったってこと。
「……そちの……それは……」
何か言い出しそうだったので、黙ってみたけど、結局、その後に何も話が続かなかった。
このまま付き合っていても何も起きそうにないから、帰ろうと思った時に、スッと右手が動いて、握りこぶしを見せて、上から下に動かした。
何となく、天井からぶら下がっていた見えないヒモを引いたような仕草。
そしたら、いきなり床が沈み始めて、畳敷きが目の高さと同じになったあたりで、斜めに滑り台みたいになって、ボクはスルスルと暗い通路を下へ下へと滑っていった。
そんなに長い時間滑っていたわけではなく、足が床に着いても衝撃が無かった程度の落下だったけど、天井を見上げたら、飛んでも指先が届かないくらい落ちてたね。
うーん、これは地下牢ってところに閉じこめられたみたいだね。
《あずまや》の洞窟で使った《懐中電灯》がまた役に立ちそうだ。
灰色の壁が奥の方に続いてる。
コンクリートの壁だ。
下水道とかの跡地かな。
水は流れていなくて、カラカラに乾いているけどね。
妙なところに、妙な屋敷を建てたもんだよね。
この仕掛けを作るために、この場所を選んだのかもしれない。
まあ、ここにじっとしていても仕方がないから、行けそうなところは行ってみようかな。
《メタ》が見つかるかもしれないしね。
歩く。
歩く。
歩く……
かなり歩いたな。
《あずまや》の山道くらい歩いた気がする。
陽光が射しこんでいる出口を発見。
外に出てみた。
確かに外に出られたけど、現在地がさっぱりわからない。
スマホの電波が、圏外で届かない場所みたいで。
ピュアウッドが静かなのは、このせいかな。
着信が入らないし、発信もできない。
つまり、助けが呼べない。
GPSも機能していない。
時間は……11時52分……
空は明るいし、これはだいたい合ってるかな。
周囲を見渡せば、緑色の野原が広がっていた。
所々に黄色やピンクの花が咲いている。
獣道があったりして、荒れ放題な感じはしないから、ヒトの手が入っているのだろう。
少なくとも大自然ではない。
ヒトは見かけないけどね。
田舎の雰囲気だね。
しばらく歩いてみる。
地下牢探索ほどじゃないけど、少し歩いた。
そしたら、小屋らしき建造物を発見。
数十枚の板を横向きに打ちつけた簡素な木造だが、建て付けはそんなに悪い感じはしない。
板の褪せ具合から、数十年は経過した古いものだ。
ボクが生まれるより、ずっと前に建てた感じがするね。
小屋の脇には、木製の農具、花壇、桶に汲み置きされた水、干した衣類など。
明らかにヒトの気配を感じる。
いる、じゃなくて、住んでるって感じだね。
雨戸を閉じた窓がある。
隙間から中を覗こうとしたが、あまり見えなかった。
小屋の角を曲がると、今度はドアがあった。
ピタリと閉まっている。
開けてみようか。
中にヒトがいるのは確実だ。
まずはノックしてみよう。
トントン。
……
返事はないけど、中にいるヒトがこそこそと動いたのがわかる。
もしかして、ボクと同じように、あの磨呂ん五に落とされたヒトなんじゃないだろうか。
え……
じゃあ、ここに住んでるってことは……ここから出られないってことなんじゃ……
出られないから、住んでるってことだよね……
その時、カチャっと音がして、ドアがボクの方に迫ってきた。
ボクは、慌てて後ろに飛び退いた。
15センチくらい、ドアが開いたところで、ボクの胸くらいの高さに小さな顔が外に出てきた。
女の子だ……
年は、ボクと同じくらいかな。
黒ぶち眼鏡越しに見えるキラキラ輝く大きめの黒い瞳。
栗色の長い髪。
フワッとしたアヒルの唇。
うーん……
これは……
けっこう……
かわいいかも……
「だれ?」
その子は、ボクと目を合わせるなり尋ねてきた。
ボクは、ちょっとあたふたしちゃったかな。
「ネコを探してるんです……《メタ》っていうんだけど……そしたら麻呂ん五に地下牢に落とされちゃって……いろいろ迷って……やっと外に出られたと思ったら……自分の現在地がわからなくなって……つまり、まだ迷子の状態なわけで……そしたら、ここに小屋……小さな家を見つけたんだ……」
「……」
これで伝わったのかどうかは不安。
でも、ウソは言ってないよね。
「要するに、キミは困ってるってことだよね」
女の子は、はっきりと言った。
「……まあ……簡単に言えば……そのとおりです……」
「麻呂ん五って、だれ?」
「変なヒトです」
これは、ボクもはっきりと答えた。
「マロな格好と話し方をして……ボクを地下牢に落としたから、悪いヤツです」
女の子は、ちょっとだけ笑顔。
苦笑じゃないよ。
微笑。
そう、微笑。
「ボクはレアム。キミは?」
女の子は、そう名乗った。
ボクも答えなきゃ。
「サムシャイです」
「サムシャイ……」
レアムは、ボクの名をつぶやき、今度はニッコリと笑った。
言っとくけど、微笑でも苦笑でもないよ。
本当に、ニッコリと笑ったんだ。
ボクに向けてね。