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ピュアウッドからの任務を終えて《わがまち》に戻ってきたら、リキリキと勝負して手に入れた《栗》がやけに重く感じたので、《よろず屋》に行って、相談してみることにした。
すると、店主が1000ユニットで買い取るって言ったので、迷わず全部売ってしまった。
さて、謎のブレスレットだけど、どうしようか悩みながら歩いていたら、宝石屋さんの看板が目に入ったので、何となく聞いてみようかなと思って、店に入ってみた。
店内には誰もお客がいなくてヒマそうにしているオジサンがいた。
中学生のボクでも、まあヒマつぶしになるかなというような感じで相手をしてくれたのかな。
いろいろと天然石について教えてくれたよ。
まず、ブレスレットに使われている石はアクアマリンというらしい。
アクアマリンは、緑柱石と呼ばれる石の部類で、青色に変化したものを言うそうで、これがクロムとかいう成分を多く含んで緑色に変化した場合はエメラルドになるんだって。
エメラルドって高い宝石だよね。
まあ、それぐらいはボクにもわかるかな。
アクアマリンは、エメラルドほどではないけど、それなりに価値があるし、宝石の仲間であることには違いない。
もし、ボクのモノにできるなら、宝物ゲットって感じでうれしいな。
それとアクアマリンには持っていると幸福になれるという話もあったね。
ヒト付き合いやコミュニケーションがうまくいくらしい。
うん、これは良いね。
持ち主が見つかるまで、ボクが着けることにしよう。
そこへ、またもやピュアウッドから着信。
『まあ聞け』
はいはい、聞きますよ。
『教育組合の理事長が飼っているネコが行方不明だそうだ。その捜査をキミに依頼したい』
「……どのあたりに逃げたのか、心当たりは無いの?」
『まあ聞け』
ピュアウッドは、ボクが話し終えるより早くに、そう言った。
まあ、遮ったわけね。
よくあることだから、ボクは気にしていないけど。
『理事長は電車に乗っていたらしい。ネコの《メタ》はペットキャリーに入れていたんだけど、《ひきょう》という駅に停車している最中に、急ぎ足で降りようとした他の乗客の足がキャリーに当たってしまってね。それで《メタ》がキャリーの中で暴れまくって、その拍子にフタが開いて、電車を降りた乗客を追いかけていった、というわけでね』
「じゃあ、《ひきょう》駅の辺りにいるかもしれないってことか」
『《ひきょう》駅の周りには民家が少なくて、そこで乗り降りする乗客なんか滅多にいないんだけどね。理事長は、《メタ》が電車から外に出ていった直後にドアが閉まったんで、すぐに追いかけられず、一旦は次の駅まで行ってから戻ってきたんだけど、駅付近には見当たらなかったそうだ』
「まあ、ネコだからね。飼い主が来るのを大人しく待ってたりしないだろうね」
そういえば、ピュアウッドが小さい頃にデパートで迷子になって、両親が探しまくったんだけど、本人もあちこちをウロウロしまくってたんで、見つけるのに苦労したって話を聞いたな。
『ボクの幼少期とネコは関係ない』
ピュアウッドがピシャリと言った。
何で、ボクが思っていたことがわかったんだろうか。
『《ひきょう》駅の近くには《くらやみの森》という昼間でも陽が差さなくて暗い感じの森があるんだ』
「じゃあ、《メタ》はその森に入っていったかもしれないんだね」
『理事長は臆病だから、不気味な雰囲気に負けて帰ってきちゃったんだ。ま、その後はボクを頼ってきたというわけさ』
正確には、頼りになる弟がいるってことだよね。
『報酬は20000ユニット。もう、キミの口座には振り込んである』
ピュアウッドの着信は切れた。
さて、猫を捕まえるんだから、ペットキャリーがいるよね。
またまた《よろず屋》に相談ってことで行ってみたら、何と10000ユニットだったよ。
意外と高いモノなんだね。
ボクはそれを買って、電車に乗った。
行き先は、もちろん《ひきょう》駅だ。
電車の所要時間は《あずまや》へ行くよりも、かなり遠くまで電車に乗った~って感じだったね。
駅舎を出て、駅前広場を抜けて……と思ったら、駅前にヒトのにぎわいが全く無い。
この駅で電車を降りたのボクだけだったみたい。
民家らしいものは見当たらず、駅前を通る道は、いきなり暗い森の入り口みたいなところに向かっていた。
この駅、誰が利用してるんだろうか。
ピュアウッドの話だと、この駅に着いて、慌てて降りていったヒトがいるんだから、まあ一人はいるってことだよね。
それとネコも一匹。
教育組合の理事長が怖くて森の中に入れなかったって、納得できるね。
《くらやみの森》に入ると、淡い紫色の背景に、葉が一枚も着いていない木々の影が写って、やっぱり不気味な感じ。
やっぱり迷路になってて、《あずまや》の山道でもう慣れたから良いんだけどね。
違いは、どこまで歩いても暗い雰囲気であることと、行き止まりはほとんど無い代わりに、格子状になっていて、一度通った道に戻ってきてしまうなんてことがあった。
スマホの位置情報を調べながら、ヒトが通れる道を全部探ってみたけど《メタ》は見つからなかった。
相手はネコだからね。
ヒトが通らない道に行った可能性もある。
でも、飼いネコが野生の食べ物を求めて、ヒトが入りそうにない場所に行くなんて、ちょっと考えられないね。
腹は減るだろうし、エサを求めるなら、やっぱりヒトのいる所に行くと思う。
はたして、この《くらやみの森》に、ヒトが住んでるのだろうか。
よりによって、どこまで歩いてもハゲた木々しか生えてない森の中に入って行くなんてね。
やっぱりネコの考えることなのかなあ。
もう一度、スマホの地図を見て、自分が歩いてきた軌跡を確認してみる。
すると、現在地の近くに、わりと広い面積で探索できていない部分があることに気がついた。
道らしい道は全部通った……と思う。
秘密の入り口でもあるのかな。
単に森林なだけかな。
でも、やっぱり気になるな。
注意深く未探索周辺を歩いていると、どこからかネコの鳴き声が小さく聞こえた気がした。
耳に手を当て、聞くのに集中していると、やはり鳴き声が聞こえた。
間違いない。
声のする方に向かってみる。
慎重に。
慎重に。
あっ、と……ボクは、とっさに声を上げないように、口を手でふさいだ。
いた!
黒と白の模様のネコが、のろのろとボクの前方を歩いている。
そっと近づいてみよう。
ネコよりも少し早い速度で歩く。
間合いが少しずつ詰まっていく。
ペットキャリーは持ってきたけど、うまく捕まえられるかな。
エサとかあった方が良かったよね。
今さら考えても仕方がないか。
ネコがふいにボクの方を振り向く。
ボクは、ピタリと動きを止め、ペットキャリーのフタを開けて、空いている側をネコに向けてみる。
ネコは、一度だけニャアと鳴いて、ボクの方へ近づいてくる。
お、自分からキャリーに入ってくれるのかな。
だが残念なことに、ネコはボクの5メートルくらいのところで向きを変えて、木々の狭い隙間の中に入っていった。
ボクは急いでその場所に行った。
隙間を奥に向かって歩くネコの後ろ姿がチラリと見え、木々の向こう側に消えてしまった。
スマホで位置確認。
未探索エリアだった。
隙間は50センチくらい。
ボクでも潜っていけそうだ。
ただ、足元は草ボーボーで、歩きづらそうだ。
まあ、とにかく服を引っかけないように、ゆっくり、ゆっくり。
また、ネコの鳴き声。
姿は見えないけど、近くにいるらしい。
暗さが増して、空が紫色から紺色に変わったと思ったら、何となく広い空間に出た。
だんだんと目が慣れてきて、ちゃんとした道になっているところに立っているのがわかった。
でも、片側は行き止まり。
もう一方は、右向きの曲がり角になっている。
この道は、今のすき間を通ってこないと入ってこれない。
スマホが示す位置は、思った通り未確認の区画の中にいる。
ボクは、曲がり角の方に歩く。
右へ曲がると、また次も右向きの曲がり角。
そこも曲がったら、次も同じ。
さらに次へ。
やはり同じ。
これで、うず巻状に曲がってきたことになる。
そして、もう一つ曲がったところでボクは立ち止まり、両目を大きく開いた。
そこには、白い壁のサイコロのような四角い建物があった。
薄暗い風景に全く溶けこまない異様な存在感を主張しているが、それが人間らしさを意味していた。
ボクは建物に近づいた。
離れたところからは真っ白に見えたが、実は淡い灰色と白との三角チェック模様。
壁は、板とかじゃなくて、土とかを混ぜた感じの素材でできていた。
人差し指で強く押すと、指のあとがついてしまいそう。
正面からは出入りできる場所は見当たらなかったが、側面に回ったら、木製の引き戸があった。
戸は10センチくらい開いていて、これならネコの出入りができるかな。
さっきのネコが《メタ》なのかどうかわからない。
この中に入っていったのかどうかもわからない。
確認しなきゃね、何もわからないままだ。
ボクは、ガラガラと音の出る戸を大きく開けて、建物の中に足を踏み入れた。
そして、二度目の驚きがあった。
いきなりの畳敷き。
それも、やたら広い。
ボクが通っている合気道の道場を三つくらい繋げたような広さだ。
その畳敷きの間の真ん中あたりに、白と灰色の着物姿のヒトが、黒い杓子のようなモノを胸の前で立てて、ちょこんと座っていた。
真っ白な化粧をして、細い眉毛と細い目をした、たぶん男のヒト……だと思う。
マネキンのように表情を固定させ、ボクをじっと見つめていた。
「ご……ごめんください……」
ボクは動揺しながらも、そのヒトに向かって挨拶した。
そのヒトからは、何の返事も無かった。
「あの……ネコが森の中に入って……探してるんです……もしや、このあたりに迷いこんでいないかと思って……」
ボクがたずねると、そのヒトの細い左まゆがピクリと跳ね上がった。
「マロの……」
そのヒトは、杓子を左右に動かしながら話し始める。
「マロの行く先に波風は立たぬ……」
「……」
ボクが何を返せるかって、もう黙るしかなかったね。
ただ、正直にこう思ったよ。
(何だ……こいつ……)