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『まあ聞け』
ピュアウッドは、そう言った後に口をつぐみ、静かになった。
その沈黙の意味は、何となく自分の心の中にリバーブして響き渡る余韻を、噛みしめているような感じがした。
ちょっと沈黙が長いな、と思い始めたところで、こちらから「何か用かよ」と切り出した。
『はあ?』
ピュアウッドは、不本意と言いたげに返してきた。
何回聞いても、この『はあ?』にはそこはかとない憎たらしさを感じる。
『そろそろボクに報告があるんじゃないのかなって、こちらから電話してあげたんだよ』
電話してあげたか……やっぱり憎たらしいね。
「あるよ。《メタ》を捕まえた」
『おお!』
電話の向こう側で大げさに振る舞う兄。
人生は劇場だ、って言ってたのを自ら実践してるね。
『さすがだね。ボクの弟だけのことはある』
遠回しに自分を褒めてるよね。
どこまでも憎たらしいヤツ。
「で、ネコはどうしたら良いんだ?」
『今、キミは《ひきょう》駅の近くにいるよね』
何でわかるんだ?
もしかして、ボクのスマホから位置情報を取られてるとか……
そういえば、このスマホは、ピュアウッドが手配してくれたものだ。
『駅の近くに、1軒だけ民家があるだろう。そこの住人は、ボクが勤めている学校のヒトなんだ。そのヒトにネコを渡してほしい。それでキミのミッションはクリアだ』
「わかった……」
ボクは電話を切り、その民家を探すために、駅前のロータリーの真ん中に立って、周囲を見渡してみた。
確かに、民家が1軒あるね。
《ひきょう》駅の唯一の利用客なんじゃないかな。
だとすると、電車を慌てて駆け降りた時に、教育組合の理事長のペットキャリーを蹴飛ばした張本人かもしれない。
理事長から見れば、犯人は身近なヒトだった、ということだよね。
ミステリー色があるね。
そのあたりも確認してみよう。
民家は森の中にあった。
どうやって行くのかな、って探索してみたら、小さな獣道を見つけた。
何度かヒトが通った跡があるし、たぶんこれで行けるね。
木の枝とか、背の高い草とか、なるべく体に触れないように抜き足差し足……
よし、通り抜けて玄関口に到着。
すかさずピンポン。
すると、中から「ほほう」という声。
じっと待ってたら、また「ほほう」という声。
さっきより、少し音量が大きい。
そして、3度目の「ほほう」は、ドア越しの向こう側から聞こえる感じ。
遠近感だね。
カチャッ、とドアノブを回す音がして、ドアが外に開いた。
「ほほう」
改めて、直で声を聞かされた。
出てきたのは、灰色の髪の太ったオジサンで、両手を胸の前で合わせて、左右に揺さぶる仕草をした。
「キミがサムシャイ君だね」
オジサンは、しゃべるリズムにシンクロさせるように、両手を左右に動かした。
オジサンの人生の進行状態が、この両手の動きで表されているのかな。
「さあさあ、ネコちゃんを預かるよ」
ボクは、《メタ》を閉じこめた《ペットキャリー》を手渡した。
つまり、磨呂ん五を渡したってことね。
これからはネコ一筋の人生、ということで。
「ほほうほほう。もう、すっかりネコだね」
うーん。
オジサン、どういう意味で言ってるのかな。
「確かにネコちゃんは受け取ったよ」
「あの……ちょっとおたずねしても良いですか?」
ボクの問いかけに対して、オジサンは「ほほう」と返してきた。
「電車は、よく利用されるんですか?」
「するよ、ほほう」
オジサンは即答した。
「何といっても住まいが駅前だからね」
まあ、そうだろうな。
「以前に……覚えておられないかもしれませんが、電車を降りた時に、うっかりネコの入ったペットキャリーを蹴飛ばしてしまった、なんてことはありませんでしたか?」
「ほほう……」
オジサンは右手の人差し指と親指をL字型にして、アゴに当てて、記憶を探っていた。
「ほほう!」
何か心当たりに行き着いたらしい。
「見覚えがあると思ってたけど」
オジサンは、ペットキャリーの中の《メタ》と目を合わせようとしたが、《メタ》の方は盛んに首を動かして、阻止していた。
「このネコだったんだね。何だ。騒動の発端は、このボクだったんだ」
オジサンは、あっはっはと大きな声で笑った。
「理事長と同じ電車に乗り合わせていたんだね。ボクに気づいてなかったんなら、もう一蹴りしておけば良かったねえ」
あっはっは。
オジサンは、愉快そうにヤバい話をした。
この話題は、このへんにしておこう。
どんどんヤバくなる気がする。
ボクは、オジサンの家を出て、駅に向かった。
背後から、何かを蹴飛ばす音が聞こえたけど……
気にしない。気にしない。
予想はしていたけど、案の定、ピュアウッドから着信があった。
『まあ聞け!』
「……」
『ん? 元気がないなあ。じゃあ、もう一度……』
「良いから、早く用件を言って……」
『まあ聞け!』
ボクを遮るように言うと、ケラケラと笑い声が聞こえた。
自分で仕掛けて、自分が笑って。
何だか値打ちな兄貴だね。
『そこで、次のミッションだ』
何に繋がってる「そこで」なんだろうね。
教員のくせに、日本語の使い方がおかしい。
『キミに《海》の写真を撮ってきてほしいんだ』
「うみ?」
何だ?
意味がわからない依頼だな。
『ボクの学校でね、学校PR用の新しいパンフレットを作ることになった。四季おりおりを表現したパンフレットにしたいということになり、ボクは夏の担当になったわけで、夏と言えば《海》だよね。だから、キミに《海》の写真を撮ってきてほしい』
海か……
イメージできる範囲が広いよね。
「どんなイメージの写真を考えてるんだ?」
『まあ聞け!』
お……一応、こだわりはありそうだ。
『空と海の境界線かな。水平線だ。もちろん、ボクの学校も写ってる。そういうのを頼む』
「そういう写真が撮れるスポットって、どこにあるんだ?」
『まだ《ひきょう》駅にいるなら、穂保さんが詳しいから、聞いてみると良い』
ほほうさん……
さっきの家のヒトかな?
『報酬は、10000ユニットだ。振りこんでおいたからね。バイビー』
ピュアウッドからの着信は切れた。
またまた穂保さんの家に後戻り。
「ほほうほほう」
穂保さんは、相変わらず両手を胸の前で合わせて、左右に揺れていた。




