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『まあ聞け』
兄のピュアウッドは、いつもボクがしゃべろうとすると、そう言って遮ってくる。
『サムシャイ君、キミの懐事情は把握できている。このタイミングで、このボクが声をかけてあげたことに感謝してほしいね』
悔しいけど、ピュアウッドの言っていることは正しい。
欲しい楽器があるのだが、今の所持金では足りない。
あと10000ユニットあれば買えるんだが、それをどうやって稼ごうか考えていたところだ。
そこへ、ピュアウッドから電話が掛かってきたというのが、今の状況だ。
『昨日は、教育組合の連中とドンチャン騒ぎしてね』
ピュアウッドは教員職に就いている。
要するに学校の先生だ。
幸いなことに、ボクの先生ではない。
『エリートのボクは、組合のお偉方の相談役で引っ張りだこなんだ。もう忙しくて、寝るヒマもないくらいだよ』
(良いようにこき使われてるだけだろ)
兄思いのボクは心の中で、そうつぶやいた。
『サムシャイ君、そこでキミの出番というわけだよ。電車に乗って《あずまや》という駅で下りたまえ。その駅から町を抜けて、山の方に行くと、キャンプをするのにちょうど良い《洞穴》があるから、そこの片付けをしてきてほしいんだ』
「片付け!?何でボクが?」
『まあ聞け』
クソ……また一方的にしゃべってきやがる。
『ボクは、キミに仕事を斡旋してあげてるんだよ。キミがほしがってる楽器が買えるように、協力してあげようと言ってるんだ。イヤなら良いんだよ。無理に頼まないから』
ヒトの足元ばかり見やがって。
この兄貴、サイテーだな。
「それで、報酬はいくらくれるんだ?」
『おお、やる気を見せたね。ボクの見こみどおりだ。経費込みで10000ユニット。もうキミの銀行口座に振り込んである』
お、もう払ってるのなら、このままお金だけ受け取って、楽器買って、あとは知らんぷりすれば……
『ズルはダメだよ』
すかさずサムシャイが耳打ちする。
やっばり、見透かされていたか……
『悪いけど、ボクの言いつけとは関係の無い行動を取ると、ボクからの電話が鳴りっぱなしになるよ。ボクはしつこいからね』
(自分で言うなバカ)
『ちゃんと仕事をしないとダメだよ。じゃあ、あとは任せたからね。バイビー!』
言いたいだけ言って、電話がプツンと切れた。
経費込みか。
なるべく安くあげたいね。
安くあげた分だけ儲けになる。
ボクは、まず銀行に行って、口座の残高を確認した。
これまでに貯めた20000ユニットに加えて、合計30000ユニットになっている。
ピュアウッドのヤツ、報酬の先払いは本当にしてくれたようだ。
よし!
ボクは、これで楽器を買いに行く。
ピュアウッドの電話攻撃なんか、着信拒否にしておけば良い。
そう言ってるそばから、ピュアウッドの着信。
無視!
無視!
30000ユニットを引き出して、とにかく楽器屋へ向かおう。
ピュアウッドからの着信音が執拗に鳴り響く。
無視!
無視!
駆け足で楽器屋へ。
着信音!
無視!
着信音!
無視!
楽器屋に着いた。
ようやく着信音は鳴り止んだ。
ピュアウッドめ、根負けしたかな。
「いらっしゃい、サムシャイ」
楽器屋のおじさん。
ボクとは長い付き合いだよ。
小さな頃から、ここへは出入りしてるからね。
楽器のことが詳しくて、ボクに色々と教えてくれる。
まあ楽器屋だからね。
「アレを今買っていくからね」
もちろんおじさんは、ボクが言うアレのことは、よくわかってるはずだ。
前から目を付けてて、ボクのお小遣いが貯まるまで、他の客に売らないように頼んであったんだ。
「それがね……」
おじさんは、バツが悪そうに頭の後ろを掻いた。
「まさか……他の客に売っちゃったの?」
「いや……そうじゃないよ……ちゃんと、取り置きはしてあるよ」
ボクは、おじさんに構わず、アレが置いてあるところに行った。
店の奥の小部屋に、ボクのために取り置いてくれている《電子ピアノ》だ。
ちゃんと、それはあった。
ボクは、ホッと胸を撫で下ろしたが、《電子ピアノ》に赤い文字で書かれた札が貼ってあることに気づく。
《売約済》
これは……?
「ピュアウッドだよ」
おじさんがボクの背後から、そう言った。
「ついさっき店に来てね、それのお金を払っていったんだ。可愛い弟にプレゼントしてやるんだって言ってね。まあ、キミのものになるんだからと思って、売ってしまったんだ」
「じゃあ、これ持って帰って良いんだ」
ボクが嬉しそうに言うと、おじさんは苦笑いした。
「それが……ピュアウッドから、しばらく預かってほしいと言われてね。ピュアウッド自身から、キミに手渡ししたいそうで……だから、申し訳ないが……キミに渡すわけにいかないんだ」
「……うそ……」
ボクは茫然として、その場にへたりこんだ。
着信音。
ボクは虚ろになりながらも、スマホを耳に当てた。
『まあ聞け』
ピュアウッドの憎らしいくらいに勝ち誇った声が聞こえた。
『わかってる。わかってる。今、キミは反省してるね。不正を働こうとした自分に嫌気が差してるね。だが、気にすることはない。人間、誰しも魔が差すことはあるからね。気にしない。気にしない。キミも人間だ。生きてる証拠だ。まだ間に合うよ。キミは、これから《あずまや》へ向かうんだ。魅力的な報酬と労働がキミを待っている……』
ボクは何も返事をせず、そこで電話を切った。