いけおじ様は策略家
「グランドル辺境伯令嬢アレクサンドラ。私は貴方との婚約をこの場にて解消することを宣言する」
学園祭の最中、そう宣言するのはバルムンド王国の第一王子、フェルナンド・バルムンド。
金髪で筋肉質の長身の若武者といえる血気盛んな若者。王国国民や家臣団などにも敬愛されているが、唯一の問題は猪突猛進、思い込みだけで行動することが多いことである。
そして近衛騎士団長令息、魔導兵団団長令息、そういった王子に近しい者は少女を取り押さえる
「殿下、なぜで御座いましょうか?わたくしに何か落ち度はあったのでしょうか?」
突然の婚約破棄という状況、突然、取り押さえられるという状況。そういった状況でも冷静に言葉を紡いで訪ねるのはグランドル辺境伯の長女、アレクサンドラ・グランドル。
銀髪と蒼い瞳。そして魔法の適性が水ということや、常に冷静に見せる姿から、氷の令嬢とも称される。
とはいえ、男二人に押さえつけられ、婚約者から突然婚約破棄を告げられるという状況。
その表情は困惑と驚愕を無理やり押さえつけているように見えた。
「しらを切るというのか?学園においては平民も等しく扱うものとする。しかし、貴様はレイラをいじめたと聞いておる」
王子の言葉を受けて現れるのはノイザー男爵令嬢レイラ・ノイザー。王国を中心に海運で財を成した王国南方のとある商会の会頭がノイザー男爵家の莫大な債務を肩代わりする代わりに婿入りした新興貴族。
今はノイザー男爵ではあるが、海運業自体は発展しており、財力だけで言えば子爵家は軽く超えるというもので王国の海運業務を請け負うことから数代先には自主的な海軍力を持つ伯爵になれるのではとも噂されている。
そして学園では、もう一つの名前で呼ばれている。
業突く張りのノイザー。婚約者がいるにもかかわらず、レイラ嬢と親しくなったフェルナンド王子の心を奪ったということで陰口を叩かれている。
「何のことでしょうか?婚約者がありながら、殿下に言い寄ったとて、気に留めることではありませんから。それとも噂や証拠もないことで罪に問うのでしょうか?」
そう、本来であればアレクサンドラ嬢を正妃にして、側妃にレイラ嬢を良いだけの事。
国王もそう思っており、放っておいたならば、この有様。インパクトを狙っただけであればいいチャンスであろうが、同時に王子の無能さを証明することとなった。
「そうですな。殿下。婚約者がありながら、よそに愛人を作るのは、まあ、あまり褒められたことではございませんが、前例はいくらでもあります。それはいいでしょう。しかし、婚約解消を本気でなさるおつもりか?」
そう声をかけたのは壮年の男性。銀髪、青い目、アレクサンドラ嬢とよく似た知的な感じのする男性だった。
「アンダーソンおじ様、お見苦しい所をお見せしました。しかし、これはわたくしの問題です」
グランドル辺境伯の義弟、グランドル子爵アンダーソン。アレクサンドラにとっては叔父、姪の関係だったりする。
「いいや、これはもはや王権干犯に関わる大逆行為にあたる。王子の返答次第では最悪斬首すらありうる」
アンダーソンはアレクサンドラにそう返すと再度、フェルナンドに尋ねていく。
「殿下、再度確認します。本気で婚約を解消するおつもりか?」
フェルナンドはレイラを抱き寄せ、頷き、答える。
「もちろんだ。辺境伯殿には申し訳ないが国母にはアレクサンドルは相応しくない。ゆえにレイラを迎えるつもりだ。」
何を当たり前のことを言うのかというフェルナンドの表情を見て、もはやこれまでかと呆れ、フェルナンドにゆっくり近づいたかと思えば一気に飛び掛かる。
「この大バカ者があ!王権を蔑ろにするとは!それでも王位継承権保有者か!」
知的な印象を見せていたかと思えば、豹変するように怒鳴りつけ、フェルナンドの顔面を殴りつけていく。
「グランドル卿!血迷われたか!」
「王位に目がくらみましたか!」
フェルナンドの腰巾着どもという風に一瞥すれば拳を握りしめていく。
「貴様ら、本当に学園で王国の法を学んだのか?王国法典には、王族の婚姻、婚約の決定権は国王のみに有するとある。つまり、正式に婚約解消を狙うなら、王に頼み込み、国王の玉璽を入れた正式の婚約解消の命令書をグライドル伯爵家当主に渡し、成立するもの。そして2つ目はな。今のお前らの行為が問題になっておる!」
武芸は修めていたと自負していた騎士団長令息の腹を蹴り飛ばし、咄嗟に防御魔法を張ろうとした魔導兵団団長令息の腕をつかみ、床に叩きつけていく。
「王族と婚約関係にあるものは王族と準ずる者として使われる。近衛が守る相手を押さえつけてどうする?愚か者が。この行為も王家に対する大逆と見なされ、最悪、3親等連座での斬首だ。よほど王子の周りは無能が揃ったと見える!」
王国の辺境伯、王国の国防の最前線につくべき地位であり、即応戦力として相応の戦力を常備し、維持することで、敵襲があった際には王国主力部隊到着までの防衛戦を行うということが求められており、そのため、地域独自通貨発行、辺境伯軍編成、独自税制、独自法に基づく自治権をもつ、ある意味独立国家に準ずる権利を持っていた。
そんな重要な辺境伯の分家でいざとなれば辺境伯軍の参謀にもなり、別動隊を指揮することになるグランドル子爵。当然のように自分たちや領民を含む兵士が流した血と汗と悲しみが王国を守る盾たることを誇りにしていたにもかかわらず、実は王国の王子に疎まれ、婚約を一方的に破棄すると暴言を吐かれれば説教の一つもしたくなるもの。そして、残念ながらグランドル子爵家の特技には謀略戦が含まれたりする。
「それでは、婚約破棄のことは王子から陛下にお伝えくだいませ。そして・・・・大司教殿も来賓として来てらっしゃる。ぜひ、この言葉をお送りしましょう。愛の成就をお祈りして、殿下にはぜひノイザー男爵次期当主としてレイラ嬢を支えてくださることを同じ王国貴族としてお祈りしておりますぞ。さて、どうやら我々はお騒がせしすぎたようだ。アレクサンドラ、さあ、お暇しよう」
それだけを言うとアレクサンドラの手を取り立ち上がらせると、アレクサンドラは社交界の一員として恥ずかしくないように会釈して別れを告げていく。
「殿下の幸せを心からお祈り申し上げます。それでは皆様、お騒がせいたしました。」
優雅な貴族令嬢の鏡というほどににこやかな笑顔を見せたアレクサンドラの姿にバツの悪そうな表情をする王子。
卒業式会場を後にして、馬車に近づけば、現れるのは1人の兵士。武装はしておらず、ただ、革鎧を着ているのだが、乗っているのは軍用の頑丈な馬だったりする。
「旦那様、馬上より失礼します。首尾はいかがだったでしょうか?」
「噂は真実だった。義兄殿に伝えよ。即応臨戦態勢とな。大義名分は此方にありだ」
アンダーソンを旦那様という兵士にそれだけ告げると、馬上の兵士は敬礼してから、一気に駆け出していく、本来は重装甲の騎兵と馬用の鎧を付けて馬上槍で突撃するために育てられた軍用馬。一頭育てて運用するためには兵士10人分程度の予算を喰う贅沢なものだが、それを使い潰す寸前までこき使う覚悟らしく、手綱を操れば、すぐさま王都の外に向かっていった。
「さて、状況は一刻を争う。すまぬが、アレクサンドラ。護衛の戦力と共に今すぐ王都から離れ、辺境伯領へと戻っておいてくれぬか?」
そして2か月が過ぎたころ。グランドル子爵アンダーソンは王城への出仕を命じられていた。正式な命令ということで拒否することなく、出仕すれば居並ぶのは国王陛下と各大臣と宰相、そしてボンクラ王子だった。
「グランドル子爵アンダーソン、ご命令により出仕いたしました。それでご用向きというのは何でございましょうか」
膝をつき、頭を垂れながら、口にしていくのは質問。といっても質問の内容は分かっている。
「うむ、グランドル子爵、貴公の義兄にあたるグランドル辺境伯がノイガー男爵家の交易艦隊を臨検し、拿捕。または不当な攻撃により轟沈させたと聞き及んでおる。これについて釈明はあるか?」
予想通りだ。辺境伯たる義兄の権限は必要に応じて臨検を行い、従わざる場合は攻撃することもできるという贅沢なものだ。そもそも辺境伯とはそういう王権の及ばない辺境の平和を手にするための役職だから、必要ならば武力介入が出来るのである。
「陛下のお心をお騒がせいたしたること、まことに汗顔の極み。昨今、グランドル辺境伯の周辺を騒がしたるは海賊と聞き及んでおります。それ故に辺境伯は王権に定められた鎮撫の任務を行うために臨検の強化を命じ、如何なる家柄の方の船であろうとも臨検せずに上陸させないようにという辺境伯としての命令を出しているようでございますれば、ノイガー男爵家以外の方も所定の手続きにて臨検を受けてもらっておりまする」
そう、どこの武装商船であろうとも、大型漁船であろうとも臨検艦隊が見つければ臨検するのが現在の状態だったりする。それ故に若干、海外からの輸入品や魚などの価格が上がっているのも事実だったりする。
「グランドル子爵、下手な芝居をよしてもらおうか!アレクサンドラとの婚約破棄に遺恨を持った辺境伯が暴走しているだけではないか!」
キャンキャン吠える青臭い坊ちゃんであるとしか言えない、その声を聴いてほくそ笑むも、顔をあげることなく、言葉を紡いでいく。
「我ら、グランドル家は王国創成期より伝わる譜代の一族。その役目は辺境を鎮撫し、外敵より国を守るのが我らであれば、我が兄、グランドル辺境伯は自ら先陣を切って今も海賊と戦って居る最中でございます。どうしてもご納得いただけねば、陛下に置かれましては我らの爵位を正当な理由をもって剥奪していただきたく存じ上げます」
爵位の剥奪なんぞ、できるわけない。ある種の独立勢力として周辺貴族と交流が深く、その気になれば独立も出来るが、外交の責任をこっちに押し付けられるのが面倒だから従っているだけの状態。しかも職務としては王家より与えられた爵位に従っての仕事をしている。
もし爵位の剥奪を行えば、王家は信用ならないと大騒動となるだろう。それを覚悟の上の剥奪であれば対処策は準備できている。
「では、ノイガー男爵家の商船を轟沈せしめたのか。その理由を答えてもらおうか?」
宰相のその言葉に懐より紙を取り出して読み上げ始めた。
「それでは。まず、ノイガー男爵家の商船艦隊を確認したグランドル辺境伯家臨検艦隊が王国法に基づき、停船命令を意味する発光信号魔法弾を赤色3発、上空に打ち上げました。同時に手旗信号による停船命令、風魔法の1つ、拡声による遠距離通話を試みました。それに対して、臨検を受ける謂れはない。王子からの特命である。として臨検を拒否。しかし、特命であるならば、まずは停船し、特命であることを示す命令書を示すのが手順であるとし、通常の手続きに基づく、強制臨検を行うこととなった模様です」
法は何も犯していない。文句があるなら言えという風に堂々と報告しながら、事は王子の特命という一言で周囲の空気は変わっていった。
「臨検艦隊は戦闘速度で肉薄し、逃亡する商船艦隊に対し接近するも、運悪く、商船の横腹に船首衝角が衝突。で、やむなく、そのまま、船を制圧し、調査したところ、ご禁制の魔薬がいくつも見つかっております。そして、王子からの特命という根拠たる依頼書もありましたが、こちらはノイガー男爵令嬢への贈答品購入についてであり、そのために優先航行権を要請するという物でしたが、あくまでも優先航行権であり、臨検拒否や禁制品の輸入許可ではありませんでした」
実際には魔薬を持ち込んだのは不良船員の一団であり、臨検時に持ち込もうとしたのは小遣い稼ぎ(といっても結構な利ザヤがある稼ぎだが)だが、報告している内容自体は事実。男爵家の組織的な関与の有無は関係ない。王子の特命を受けた船で違法な魔薬を持ち込まれそうになったが、臨検で阻止できたという客観的事実だけで印象は一気に職務に邁進するグランドル一族。対して金のためならば王子の要請を悪用し、違法行為を働くノイガー男爵。そして無能にも法を犯している貴族をかばう王子。
「さて、王子の特命を理由に禁制品を扱うという愚挙に出た事実、さらには王国法を順守せず、王権を無視し、一方的に婚約破棄を宣言、王族に準ずる立場だった我が姪を不当に拘禁せしめたる一件。これらに対する処罰はいかがなさいますか?本件はもはや一男爵と辺境伯との小競り合いではございませんな。陛下。ご英断を」
ハッキリ言って辺境伯は独自の自衛戦力を持つため、伯爵より金がない。常設で騎兵や海兵を含む部隊を持つため、常時金がない。そんな金があるなら戦力維持に回すため、王家に認められている特権もある。
「陛下、我が義兄も心苦しいですが、陛下への忠義心が揺らいでおります。娘を傷つけられ、王国の盾たらんとして先祖代々血を流していたのに、殿下は平然としておられる。挙句、特権を与えて結果として禁制品輸入の題目にされるという体たらくでしょう。これが知られれば他の辺境伯も王権の信認が出来ぬとなるでしょうな」
他の辺境伯の方でもノイガー家関連でのトラブルがあったらしく、もはやこれまでという風にため息をつき、王は口を開いていく。
「我が息子、第一王子たるフェルナンドは排籍、バウマルド公爵家への養子としたうえで、ノイガー男爵家令嬢レイラを嫁として迎え入れることを許可する。以降、王権にてこの婚姻は無効とはしない。同時にではあるが、ノイガー男爵家の関わる商会への監査を財務大臣、法務大臣両名に命じる。ノイガー男爵家には調査終了までの間、蟄居を命じる。以上である。グランドル子爵。説明感謝するのである」
王はそう感想を述べ、退席となった。
その後の大臣たちの動きは速かった、法務大臣と財務大臣は禁制品の取り扱いということで軍務大臣と協議を開始し、海、陸、双方で運ばれる商品を臨検するために必要な兵力の貸し出しを要請したり、公文書での命令書を制作していく。
グランドル子爵アンダーソンは王子の前で恭しく頭を垂れた。
「バウマルド公爵次期当主となられたこと、また愛し合うレイラ嬢との正式な婚姻成立、まことに喜ばし事。グランドル子爵アンダーソン、ここに心よりお祝い申し上げます」
そんなはずはない。バウマルド公爵領は王家の静養のための場所で重要な場所ではあるが、歴代の王が退位した後の余生を過ごす隠居生活のための保養地である。
屋敷は豪華であるが、経済力はほとんどなく、また、公爵という地位そのものも、王族からの追放という意味を持っている。まあ、廃嫡ではなく、排籍である以上、他の継承権保有者が全員死ねば王権を手にすること出来るだろうが、王権争いは関係ないことだ。
元王族であるから経済に関しては恥にならない程度に年金も出るし、爵位だけで言えば王国で一番の貴族だ。まあ、社交界では贅沢は出来るが、政治的な権限は全くない。飾りといえばいいだけの貴族だ。
「か、感謝する。グランドル子爵。貴公と共に王国の重鎮として国を支えるのが出来て何よりである」
引きつった顔でイケメンな顔が醜くなってしまっているが、王子としての誇りからか、怒鳴り散らすことなく、感謝の言葉を受け入れていく、元第一王子。
挨拶を終えれば後は要はないと王都にある子爵家の屋敷へと戻っていった。
「完璧、とはいかなかったが、馬鹿王子に一撃を食らわせてやった。それで、アレクサンドラや義兄上からの文はあるのかね」
「早馬のものが届けてくれたものが新しい文を。蝋封の印から辺境伯様よりの戦時報告書とアレクサンドラ様から手紙のものでございます」
義兄からの手紙は簡単だった。一言で言えば筋肉で語る海の男らしく、戦果を派手に伝えていた。そして早く、ボンクラ王子への報復を済まさないとノイガー関連の商船は悉く轟沈するだろうと脅しにしか見えないことが書いてあったので事の顛末を書いておいた。王子が公爵家の養子となることは明らかに処分されたと分かるので首切り用にアックスを研いでくとまで宣う義兄の溜飲は若干なりとも下がったであろう。
これ以上の騒動は此方が損するだけだと一旦幕引きを図ることを推奨しておいた。
もちろん、臨検自体は続けてよいとしておき、なるべく沈めるなロだけ付け加えておいた。
そしてアレクサンドラの手紙はどうなっているのだろうか。やっと後始末が付けれたから、今度こそ、良き相手を見つけてやらねば。叔父としてそう思いながら封を切り、手紙を読み始めた。
一仕事終えたという満足感があり、彼女の笑顔が見えてきそうな気がしていた。