バーテンダーはお姫様と王子様の恋を応援したい
仮面着用が必須の貴族御用達のバーにて。
『コトン』
静かな室内に、グラスを置く小さな音が響く。
ここは、夜の隠れ家。それぞれの心に蜜の味を秘め、仮面で素性を隠して普段とは違う『夜』を楽しむ場所、居酒屋である。
そこで私は密かな楽しみを見つけていた。
グラスを磨き、暫く。ほら来た。今日もピッタリ、同じ時間だ。
「いつもの」
「畏まりました」
素っ気なく言う小柄な少女は、シンプルながらも可愛らしい桃色のワンピース。仮面は白で、目元を隠した簡略的な格好だ。しかし、その素材の質やグラスを手に取る時のちょっとした仕草は並大抵のものではなく、自然と他を圧倒している。
再びカラン、と扉が開く鈴の上品な音が鳴る。
「やぁ、また来たのかい」
先程の少女に微笑んで手を振り、カウンターにいる彼女の隣に座ったのは彼女と同じ高貴な金の髪をした、男性だった。彼女に無視されたというのに臆することもなく、私に彼女と同じものを、と笑った。
「――は、どうだ」
私に聞き取れない、しかし話しているという事実は伝わってくるような声の音量で彼は少女に話しかける。目も合わせず、グラスを傾けた男に少女は小さく首を振る。
そうか、と少しだけ寂しそうに呟いたのが聞こえた。
それきり、言葉を交わすような素振りは見せず、それでも二人は立ち去らない。惜しむように、優雅にその時間を過ごす。
カラン、ともう一度音が鳴った。今度は騎士様の常連さんだ。
「ブラッディメアリーを一つくれ」
二人から2席離れた場所に座る。これが最近の、3人の定位置だった。
「お待たせしました」
「ああ、その、今日も美しいな」
「あら、お上手ですこと」
「い、や」
そして、この騎士様が来ると、先程の優雅な時は終わりを迎える。
「――何をして――!」
「これだから堅物は――」
眉を顰める少女と、目元を和らげる男性。そこに居るのは『お貴族様』では無く、年相応の青年少女の姿だった。彼らは、こうして毎晩、この時間にだけ、ありのままの自分になれるのだ。
身分に縛られた恋人なのでは、と思う。
周りの者の配慮でも伺えるが、彼らは貴族の中でも特別な存在なのだ。
そして確か――実際に見たことはないが――自国の姫と隣国の王子がこのような容貌だった気がする。
政治的な意味合いで中々お互いの存在を明かせない二人が、しかしこの時間だけ、僅かな逢瀬を楽しめているとしたら。それはとても素敵なことではないのか。
「バカじゃないの。こんなにチャンスが――」
「くくっ、あの人が特別なんだよ――騎士団長をあんなにあっさりと――」
そしてもしかして、いつも二人が居るところに現れるこの騎士様は。
「ん、あ? どうしたんだ」
「いいえ、不躾に失礼しました」
おっといけない。お客様に視線を向けたのを気取られてしまった。
「明日は、」
「ああ、申し訳ありません。明日は定休日なんです」
「そうか。なら――い、や、何でもない」
この騎士様は、王子様の恋敵なのではないだろうか? そう思ってしまうのは、不自然な事ではないと思う。だっていつもこの方は、お二人の姿をみて溜息をついているし、私と話した後も元気がない。特に今日は、それが顕著な気がするのだ。
「これは……?」
「ギムレットです。少し酸味が強いですが、切れ味が良いのでお好きではないかと。疲れているようなので。――店長にはないしょですよ」
「ありがとう」
「いいえ」
やはり、彼には笑顔が似合うと思うから。
そう思って笑うと、少しだけ彼は瞠目して、その後嬉しそうにグラフを傾けた後、ありがとうともう一度はにかんだ。
その直後。王子と姫様は辛いのを、と声を合わせて叫ぶ。やはりこの二人は仲がいいんだなと再認識した。ただ、お店の中ではもう少しだけ静かにしてほしい。
***
「何あれ、砂糖吐きそうなんだけど」
「それはこっちのセリフよ。思わず辛いの頼んじゃったじゃない」
耐えきれない、と言うように声を出して笑い出した彼に、小さく溜息をつく。
「バーテンダーさん男前だなあ」
「貴方の騎士は小心すぎてよ」
「アイツ他の人の前では寧ろ『騎士団長』!! って感じなんだけどなあ」
「好きな人の前でダメだったら意味ないじゃない」
本当に、ダメダメったらありゃしないわ。けれど……――
「暇つぶし程度には、楽しめてよ」
「……ああ、良かった。最近疲れてたからな。もう少し自分を労ったらどうだ」
彼らしくない、ぶっきらぼうな言い方が、楽しくて。噛みしめるようにゆっくりと、グラスを揺らした。
「ふふ、この場所ならもう一度来ても良いわ」
「それ言うの、何回目だ?」
「あら、エスコートするのも貴方の役目ではなくて? 婚約者様」
この場所では、貴方が少しだけ私に本音を見せてくれるから。なんて、言わないけど。
「――ったく、姫さんには敵わないな」
メリアール姫殿下から“姫さん”になったように。私を“婚約者殿”と呼ぶまで、もう少しだけ付き合ってあげる。
ここは夜の隠れ家。
いつもの顔を仮面で偽り、素顔を少しだけ見せる、秘密の場所だから。
ご視聴ありがとうございました。
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