第二百五十二話 乱れる心
ブックマークや感想をありがとうございます。
だんだんと、モフモフが暑苦しく感じる季節になってきましたねぇ。
それでは、どうぞ!
「ダメ。ユミリアも休まないと」
腕を掴んだのは、見目麗しい美少年、イルト王子だ。そんなイルト王子の言葉に、私は小さくため息をこぼす。
「必要ありません。離してください」
確かに、イルト王子の顔は、好みドストライクだ。しかし、だからといって、大好きな相手、というわけではない。
ユミリアであった私がどうだったかは分からないものの、今の私には、このイルト王子は自分と年が離れた子供にしか見えない。成人間近という年齢だったことから鑑みれば、イルト王子を好きになるというのは犯罪臭がする案件であった。
私からの言葉の意味は分からずとも、拒絶されたことだけは理解したのか、イルト王子は大きく目を見開く。その直後、ミーシャからの通訳を聞かされてなお、信じられないといった表情だったが、すぐに、その顔を引き締める。
「ユミリア。ユミリアが何と言おうと、休息は取ってもらう」
「お嬢様にとっては、初の討伐です。疲れていないと思っても、それなりに疲れは溜まっているものですよ?」
この人達が、私を思いやってくれているのは分かる。……いや、記憶を失う前のユミリアを思いやってくれているのだ。彼らにとっては当然のことなのに、今の私には、それを飲み込めるだけの余裕がない。私は、ユミリアではないと、田中雪だと、心が悲鳴をあげる。
「離し、て……」
少しでも気を緩めれば、喚き散らしてしまいそうなのを必死に我慢して、じっとうつむき、ただただそう告げる。
「ユミリア……」
うつむいていた私には、イルト王子がどんな表情をしていたのかなんて、分からない。
腕を掴む手が緩んだ隙に、私はイルト王子から離れ、スペースドラゴンの元へと一歩、足を踏み出して、怯えながら鳴くそいつへと、武器を向ける。
「ダ、ダメっ! お姉様っ。ダメですっ!」
ただ、その武器の先に、ミーシャが回り込み、スペースドラゴンを庇ってしまう。
「退いて。ミーシャ」
「っ、退きません! 今のお姉様は、絶対におかしいですっ!」
自分なりにすごんでみせたものの、ミーシャが退いてくれる様子はない。
「おかしくはない。おかしいのは、むしろ、あなた達よっ」
そう、私は、おかしくなんてない。私は、ただ、帰りたいだけなのだ。ただ、家族の待つ家に、帰りたいだけ。帰れないことを前提に接してくるミーシャ達の方がおかしいのだ。
「お姉様……?」
そこで、ようやくミーシャは自分が失言をしたことに気づいたらしいが、もう、どうでも良い。とにかく、あのドラゴンを倒して、素材を得て、薬を作らなければならない。そして、それさえ終われば、後は帰るための様々な開発を行えば良い。何だったら、旅に出るのも良いかもしれない。
一瞬にして、ミーシャの背後へと回り込み、スペースドラゴンへ向かって駆け出す。狙うは首。私の武器なら、スペースドラゴンの硬い鱗も、バターを切る程度の感覚で落とせる。
そうして、怯えるスペースドラゴンへと肉薄した私は、刀をその太い首へと振り抜こうとして……。
ガッキィィィインッ。
硬質な金属音によって、それが叶わなかったことを知った。
暑苦しいと言いながら、今日、モフモフなぬいぐるみ仲間が増えております(笑)
さてさて、雪ちゃんの心はいったい……?
それでは、また!