第二百二十話 大魔王は形無し
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いや、最初は、『大魔王降臨』とかってタイトルにしようと思ったんですけど……ま、まぁ、読めば分かります。
それでは、どうぞ!
転移で向かったのは、もちろんアルテナ公爵家。昔は、転移で移動できるのは『コツ生』で転移ポイントになっていた場所のみだったのだが、今は、自分でポイントを作ることに成功して、ある程度色々な場所を登録している状態だ。
アルテナ公爵家の私の部屋。そこへ着いたと思って目を開けた途端……。
「ユミリア」
ゾワリとするほどに、色気を含んだ声。そこに居たのは、黒目黒髪に黒の獣つきなイルト様。ただ、イルト様はにっこり微笑んでいるはずなのに、背後のオーラがものすごく、怖い。
「た、ただいま帰りました」
「うん、そうだね? ようやく、帰ってきたね?」
この際、何でイルト様が私の部屋に居るのかなどどうでも良い。どうにかして、この場から逃げなければ危険だと、本能が告げている。
「もう、逃げたらダメだよ? でないと…………ふふっ」
イルト様の危険な笑みで、私には逃げるという選択肢が絶たれた。ちなみに、手の中の魔王は、イルト様の圧にブルブル震え、ミルラスはガッチガチに固まって動かない。こんな状況の二人に助けを求められるわけもなく、私はゆっくり息を吸って、イルト様を真正面から見つめる。
「イルト様。ユミリア・リ・アルテナは、ただいま帰りました。勝手に居なくなって、すみませんでした。ご心配をおかけして、すみませんでした」
何に対して怒っているのか、心当たりがありすぎて、どれか分からない。だからこそ、私には、とにかく謝ることしかできなかった。
「連絡もせずに、すみません。何も言わないままで、すみません。えっと、あとは、えっと……」
「もう良いよ。ユミリア」
そんな声に頭を上げると……イルト様の顔は笑っているはずなのに、目は、全く笑っていなかった。
「ユミリアは、根本的なことを分かってない」
あまりにも危険な光を宿すイルト様の瞳。しかし、ここで退くわけにはいかない。
「根本的なこと、ですか?」
「そう、僕が、どんな思いで、ユミリアを待ち続けたのかを、ね?」
イルト様には現在瘴気は残っていないはずなのに、今、イルト様の背後が黒く揺らいだ気がした。
「ねぇ、ユミリア。僕はどうしたら良いのかな? ユミリアを逃がさないためには、どんな枷が必要なのかな?」
その瞳が、暗く、昏く、光を失う中、私は、唐突に、それに気づく。
(あぁ、そうか……イルト様は、きっと……)
「……寂しい思いをさせて、ごめんなさい。私もっ、イルト様に会えなくて、寂しかった!」
私は、躊躇いなくイルト様の胸に飛び込む。
その際、手の中にあったものを投げてしまい、小さな悲鳴が聞こえたような気もするが、とにかくぎゅうぎゅうと抱きついて、久々のイルト様を堪能する。
「ユ、ユミリア!? ちょっ、まっ! 理性がっ! ぐ、ぅ……」
ギュムギュムスリスリ、ときたまペロリとすれば、イルト様はなぜか真っ赤になって黙り込む。ただし、私はまだまだイルト様不足だ。せっかく、私の部屋に来てくれていることでもあるし、ちょっとだけこの部屋の時間の流れを遅くして、イルト様を丸一日くらい堪能してもバチは当たらないはずだ。
後に、ミルラスはこう証言する。
『う、む……あれは、王子が可哀想だったのじゃ。最初は恐ろしい男だと思っておったが……主様の前だと、羞恥心で意識を朦朧とさせておったよ』
そんなことなど知らない私は、とにかくイルト様を堪能すべく、イルト様の首元で大きく深呼吸して、頬に口づけを落とした。
イルト君は、やっぱりユミリアちゃんに弱いですなっ!
ユミリアちゃん、何となくで危機回避成功ですっ。
それでは、また!